タオの労働
採取業務において、タオは上々の実績を示した。ぶっちぎりのエースだった。作業中に繰り返されたリークの妨害行為も、ものともしなかった。
「おいタオ、無理しない方が良いぜ!マシンが思うように動かないんだろ?後は俺たちに譲って、お前は基地に戻っても良いんだぜ。」
ある日の採取作業中に、リークからそう言われたタオは、すかさずこう答えた。
「いや、マシンは絶好調だぜ。お前が細工を仕掛けた左エンジンは、出発前にちゃんと直しておいたからな。」
「な・・馬鹿な、なぜ・・なぜ・・」
「何故細工に気付いたかって?何故かはよくわからんが、コックピットに座った瞬間に違和感を感じたんでな、良く調べてみたら、細工された跡を見つけたんだ。残念だったな。」
「むぅぅっ、そんな馬鹿な。あの細工は、どの計器にも検出されないはずだ。」
「そうだな、一つ一つの計器は何の反応も見せないだろうな。だが、全部の計器を漠然と眺めていると、なんとなく違和感があったんだ。それぞれの計器の調和っていうか、呼吸っていうか、それが微妙に、いつもと違ってた。それで気付いたんだ。」
(こ、こいつは、魔法使いなのか?)
何度も、手を変え品を変えして、リークはタオへの妨害を企てたが、ことごとく失敗に終わった。その内にリークも、タオに特別なものを感じないわけにはいかなくなってきていた。
しかし、それが彼らの現実を変えるものとは、リークは思わなかった。
(少々魔法じみた能力があったとて、一生奴隷として働かされる事に変わりはないさ。俺と同じくあいつも、大切なものを、大切な人を、諦め、捨て去る時が来るのさ。全てを忘れ去り、おのれ一人の豊かさと安全のみしか考えられぬようになってしまうのさ。奴隷としての日々とは、そういうものさ。)
そう思うリークは、その大切なもの、大切な人を、未だ諦めていないことに、自身では気付いていなかった。
タオに遅れていたマクシムやその他のサバ村からの仲間達が、パイロットに合格してからは、彼らが一つのチームとして作業したので、リークも手出しができなくなった。
マクシムもなかなかの成績だった。3か月で訓練を終えたのも、比較的早い方だったし、作業の実績でも、リークに次ぐ3位に付ける健闘ぶりだった。
だが、タオには全くかなわないマクシムは、
「やい!タオ。少しは俺にも花を持たせて、採取物質をよこしやがれ!」
などと、悔し紛れに言ったものだった。
「何言ってる。俺がエースの座を維持し続けて指揮官になれば、お前たちは晴れてこの俺に、こき使ってもらえる事になるんだぞ。」
「何を!くそぅ、タオ。お前、俺たちをこき使う為に、シャカリキに良い成績出し続けてやがるのか!」
「ハハハハ、それもあるが、指揮官になってお前たちをこき使った後には、ヤマ行きのチャンスが巡って来るって寸法だ。」
「エースを3年間続ければ、ヤマ行きの願いをかなえてくれるって約束をしたんだったな。ガミラと。」
「そうだ、だからその為に、ヘタクソに花を持たせてやる余裕なんて無いのさ。」
「何だと!誰がヘタクソだ!タオめ、調子に乗りやがって。」
「わっはっはっは」
憎まれ口をたたきながらも、タオには親友マクシムと共に働ける事は、心底嬉しい事なのだった。
他の仲間も、死亡者の続出するテストに全員生きて合格できた事に、タオは安堵したし、同じチームとなって作業に当たれることも、とてもうれしかった。信心深く無い彼が、この時ばかりはセクリウムの御加護に感謝したものだった。
古くからいる作業者には、リーク同様タオに妬みを覚えるものも多かったが、全員の腕に装着されている携帯監視装置が、タオたちの安全を保障していた。電流の苦痛を味わってまで、タオたちに危害を加えようというものは、リーク以外にはいなかった。
とは言え、風当たりは強かった。
「どきやがれ若造!ここは俺たちが使う席だ。」
作業時間以外は、基本的に自由に過ごす事の出来るタオとその仲間達が、施設内の食堂で議論していた時の事だ。
現在の採取活動をサバ村救済に活かせないかと言う議論だったが、肝心のカリウムを見つけ出す機能が、コーギが貸し与えている採取船に搭載されているわけでは無いので、否定的な結論に達していた。
タオ達がこの施設に来て、半年が過ぎていた。
広い食堂には空いている席がいくらでもあったが、数人の古株の作業者達は、わざわざタオ達を怒鳴りつけ、彼らのいた席を奪い取ったのだった。
タオ達は直ぐに席を譲ろうとしたが、突き飛ばされ、よろめきながら別の席に付く事になった。
タオを突き飛ばされ、マクシムは憤りの仕草を見せたが、タオにたしなめられた。あくまで衝突を起こさないという、タオの厳然とした姿勢に、マクシムも怒りを収めざるを得なかった。
突き飛ばした古株に、タオは笑顔で言った。
「腕輪が電流を発動しないギリギリの行為を、よくわきまえているものだな。」
「ああぁ?当たり前だ、何年ここにいると思っているんだ、馬鹿野郎!」
「何年いるんだ?」
「あぁぁ?うるせぇな。俺は20年だが、こっちの奴は30年だ。事業開始当初からいるんだ。」
「長いな。あんな過酷で危険な作業の中で、そんなに長い間、事故で命を落とさず続けていられるなんて、大したものだな。」
ぶっちぎりのエースに褒められれば、いくら悪ぶっている彼らと言えど、嬉しくないはずは無かった。
「おうよ、一時エースになったからって調子に乗っている奴とは、訳が違うんだよ、こっちは!」
「そうだそうだ、てめーみたいな青二才は、ちょっと腕が立つからって調子に乗って、あっさり事故で死んじまうもんなんだ。エースになる奴より、長生きするヤツの方が偉いんだってこと、よく覚えておけ。」
悪態をついているようだが、彼らの表情は、ずいぶんと和らいでいた。
「その通りだと思うよ。」
タオはどこまでも低姿勢で臨んだ。
「調子に乗った奴らがどんな死にかたしたのか、教えてくれよ。あんたたちたくさん見て来ただろ、調子に乗って死んで行った奴らを。」
実際タオはそれが一番心配だった。事故で命を落としたのでは、何にもならない。だから事故の原因をちゃんと知っておこうと、彼は考えたのだ。
先輩から真摯に学ぼうとする姿勢に、いよいよ古株たちは態度を軟化させた。偉ぶった言葉遣いながら、事故の起こる原因とその対策について、知っている限りを教えてくれた。
「ふん、てめえなんざ、さっさと指揮官にでもなって、安全なところでふんぞりかえってろ。」
いつしかタオを、エースとして認める発言までしていた古株たちだった。
「いや、俺は、指揮官には全く興味は無いんだ。ヤマへ行きたい。その為にエースパイロットでいつづけたいんだ。」
「ヤマへ?何しに?」
「ヤマの利用方法を学ぶんだ。」
古株たちは顔を見合わせた。何やら気まずそうだ。タオに言ってやりたい事があるが、徐々にタオに好意を持ち始めた彼らには、言いづらい事なのだった。
しばし顔を見合わせていた古株達の1人が、重たそうに口を開いた。
「お前さんなぁ。」
呼びかけ方がじいと同じになった事で、タオの彼らへの親近感と信頼感も、一気に増大した。
「何年エースを続けても、ヤマになぞ行けないぞ。」
「俺たちは一生、ここで奴隷として働かされるだけだぞ。」
もう一人の古株も言った。
「そんなことあるものか。ガミラは約束してくれたんだ。3年間エースの地位を確保したら、必ずヤマに行かせてやると。」
「そういう約束をされた奴は、何人も見て来たが、約束が果たされたのは見たことがない。30年間、一度もな。」
「ガミラは信用するな。自分の腹を肥えさせる事しか考えてはおらぬ。」
「そんなこと。」タオは言い返した。
「彼は同じトーマ星系の同胞じゃないか。同胞同士の約束を裏切るなど、あるはずが・・。」
「奴はもう、コーギに魂を売ったんだ!」
ひときわ大きな声で、タオの言葉は遮られた。
「あいつだけではない、コーギに魂を売り、己の利益の為だけに、コーギの手先に成り果て、トーマの同胞を奴隷として酷使している奴は、大勢いる。」
「ヤマでも多くの同胞が、過酷な労働で命を落として行っているが、その労働を直接監督しているのは、トーマ星系の者だ。コーギの連中はほとんどが、ヤマの上や下にある豪邸で、悠々自適に暮らしておるよ。」
「欲に目がくらんだ奴と言うのは、そういうものだ。同胞だろうが家族だろうが、平気で裏切りおる。ミナト家に指導を乞い、コーギのもとに集った者共と言うのは、どいつもこいつもそんなもんさ。」
「そういう俺たちも、同じ穴の狢だがな。富の分け前欲しさに、のこのこ奴らの罠に飛び込み、この腕輪をつけられ、そして今はこうして、奴隷としてこき使われる毎日だ。言えた義理じゃねえな。ハハハハ・・。」
「ちげえねえ・・。ハハハ・・。」
自虐的な、乾いた笑いで、彼ら作業者達の絶望的な現状が、タオに突き付けられた。
「そんな・・、そんな・・、俺はヤマへ行かねばならぬのだ。ヤマへ行って何かを学ばねば、何かを得なければ、故郷が滅ぶやも知れぬのだ。」
古株達は、もう何も答えてはくれなかった。沈痛の面持ちでうつむいているだけだった。
タオは、同様の発言をリークからも何度か聞かされていたのだが、それは負け惜しみだと思って気にしないようにしていたのだ。いや、薄々その可能性を感じながらも、その絶望的な現実から目を背けて来たとも言えるかもしれない。
しかし今、親近感と信頼感を覚えた者達からの、これらの言葉や態度は、タオに現実を突きつけるに十分だった。
「畜生!」
タオは叫んで駆け出して行った。
「どこへ行く!何をするんだ、タオ!」
マクシムは必至で呼び止めようとしたが、無駄だった。
タオは恐らく、ガミラの下へ向かったのだろうが、ガミラに急接近すればそれだけで、電流の洗礼が待っている。ガミラの背後から近付いても同様だ。ガミラに認知された状態で、正面からゆっくり近づかねば、腕輪は電流を見舞って来るのだ。
今のタオは、それを考慮する冷静さを失っている。マクシムの胸は不安で埋め尽くされた。