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銀河戦國史 (トーマ星系の反乱と勇者タオ)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
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タオの恋

メイリは、そわそわしていた。彼女はタオの恋人であり、集落の中でも飛びぬけた美少女なのだった。

 彼らの集落にある、種類の乏しい布地で、僅かなカラーバリエーションで、メイリは精いっぱいのオシャレをしていた。

 彼女の身を包む服は、不愛想なベージュの生地が大半だが、腰のあたりをきゅっと縛って、女の子らしいボディラインを演出した。貴重なピンクの布地を、袖口と裾にあしらってみた。胸元にはピンクサファイアのネックレスが輝いている。

百年程前に、衛星ファイから採取された貴重なもので、集落に1つだけの代物だ。衛星の重力に逆らって、彼らが持ち上げて来る事が出来る装飾品は、このような1cm程度の石の粒くらいなのだった。

この宝石は、集落の女子全員で共有されており、ここぞという場面を迎えた少女が、持ち出して良いという事になっているものだ。もちろん使い終わったら返さねばならない。

これを身に着けているからには、メイリは今、「ここぞ」という場面を迎えようとしているのだった。

(ロマンチックな時を過ごせますように。)

 ピンクサファイアに、メイリはそんな願いを託していた。魅惑的なその色と輝きは、少女の信託を得るに十分な存在感があった。

(タオは気に入ってくれるかな?)

 そう思うと、メイリのそわそわは、なお一層拍車をかけられた。

 朽ちかけた建物のガラス窓にその身を映し、今日のファッションのチェックに余念がない。

(胸元は少し、開けすぎかしらん?)

 かつて農場筒として使われ、現在は放棄されている軌道上建造物の中に、メイリは隠れるように佇んでいた。

 すでに回転が止まっている筒の中で、無重力に曝された体はふわふわと浮き上がって行こうとし、何かに捕まっていないと、佇む事もままならないのだが、気密性は保たれているので、無粋な宇宙服は着なくて良かった。

 頑張ったオシャレのお披露目に、支障は無かった。

 農場として整備され放棄された建造物内には、野生化した植物が生い茂り、妖艶な色合いの花を咲き乱れさせ、内壁を満たしていた。花弁の一部は本体から離れ、無重力の筒内にたゆたっていた。

 その一つを摘む事で、メイリはその渾身のオシャレに、文字通り花を添える事が出来た。

「やあ、待った?」

 タオの声だ。メイリの鼓動が高鳴った。

 もう2年も恋人同士なのだが、忙しい2人が逢えるのは10日に1度も無かった。タオは資源の採取ポイントと集落の往復に忙殺され、メイリは加工製造筒に缶詰となって働いている為だ。

だからメイリは、未だにタオに逢う度に、ドキドキしていた。

メイリが視界に入った瞬間に、タオの眼球が狂ったように跳ね踊るのを、メイリは見た。どこをどう見たらいいのか、どの部分は見て良くて、どの部分は見てはいけないのか、俄かに混乱している様が見て取れた。

眼球のダンスの後には、タオの顔面に赤色革命が起きた。無論、共産主義は関係ない。恥ずかしさ、ときめき、ドキドキ、ムラムラ、その他さまざまな感情が渦巻いた上での、赤面のインフレーションだ。

メイリは本日のオシャレの勝利を確信し、ご満悦だった。

 2人は別に、こんな放棄された農場筒で、こそこそと逢う必要は無かった。彼らの集落は、恋愛にはとても、おおらかだったから。

もしメイリが、17歳になったばかりの彼女が、今日突然に、タオの子を孕んだと言い出しても、誰一人、何一つ、咎める事は無いだろう。それどころが、集落を上げての祝福を受けるだろう。

18歳のタオに父親が勤まるかなどという事にも、誰一人言及する者はいないだろう。集落で生まれた児は、集落全員の児で、全員が親となって育てるのだから、血縁上の親の、親としての能力など、問題にもならないというのが、この集落だった。

 だが、恥ずかしがり屋の2人は、周りに冷やかされたりしたら2人の雰囲気がぎくしゃくし、この恋が壊れてしまいそうに思えたので、誰にも気づかれ無いように、こんな放棄された農場筒でこっそりと逢うようにしていた。

2年近くに渡ってタオとメイリは、この集落から少し離れたところを浮遊している建造物の中で、秘密の恋のひと時をあたため合って来たのだ。

数か月前までは、2人は無邪気に互いを求め合えた。恋しい思いを無心に重ね合えた。だがこの数か月、2人の間の雰囲気に、微かな暗雲が立ち込めて来ていた。

この日もメイリは、何とか2人の間に、良からぬ雰囲気を生じさせないでおこうと努めていた。ピンクサファイアに託した願いというのも、それだったのだ。その甲斐があってか、タオがやって来てしばらくの間は、2人は甘い恋の語らいに浸っている事が出来た。

遠心力という足場の供給を止めたその農場筒の中で、2つのシルエットが並んで寄り添ったまま、ふわふわと浮き上がり、くるくると回転し、ひらひらと揺らめいた。筒の中に浮かび、漂っていた、野生植物の花弁どもが、どういった力学的作用によるものか、2人の周りに集まり、2人を愛でるように乱舞した。

揺らめきは重なりを何度も生み出したが、2つのシルエットの重なり合いの詳細は、照れ屋な二人の為に秘匿される必要があった。

農場筒の窓から見える、蒼く輝く衛星ファイが、楕円形の窓枠の中で瞳となり、2人の秘め事の唯一の目撃者となった。


しかし時の経過と共に、メイリは気付かないわけにはいかなかった。タオの表情に微かな曇りがある事を。

何か重大なことを、伝えようか伝えまいか、どう言って伝えたらいいか、そんな迷いが、優しい眼差しの奥底に隠れていた。

タオが決意しかかっている重大事を、メイリも友人伝いに聴かされていたのたが、今のひと時を大切にするために、話題にはしないでおこうと思っていた。

しかし、タオの表情の微かな曇りに気付くと、タオが居なくなってしまうかもしれないという不安が、メイリの心の中で一気に爆発し、それを思わず言葉にしてしまった。メイリの衝動を、ピンクサファイアは止めてはくれなかった。

「どこにも行かないでね。サバ村から、いなくなったりしないでね。」

 ずっとメイリを見つめていた、タオの視線がメイリから外れた。

何も言わなかった。タオは何も答えてはくれなかった。

 これまでは、メイリのどんなわがままな要求にも、即座に答えてくれていた。急に会いたいと言い出しても、約束の場所や時間を急に変えたいと言っても、タオは笑顔で応じてくれていた。

メイリの心を満たす為に、出来る限りの事をしてくれていたタオが、ただ傍にいて欲しいというだけの、心の底からの願いに、頷いてくれないのだ。

だがメイリも、サバ村の直面している現実も、タオが集落や彼女を守る為にこそ、命を賭した覚悟を固めつつある事も、充分に分かっていた。だからそれ以上は、何も言えなかった。

2人の間に気まずい沈黙が訪れた。タオの心が閉ざされたように、メイリには感じられた。

ただ、カリウムが採れないというだけの事実が、少し前までは、無邪気に淡い思いを交し合えた二人の間にも、微かな亀裂を生じさせていた。


 2つのシルエットは変わらずに、ふわふわと、くるくると、ゆらゆらと、農場筒の内部空間をたゆたっていたが、もう重なる事は無かった。蒼い瞳は、その事に気付いただろうか。

赤黒い巨星が、何兆トンと含有しているであろうカリウムの、ほんの数キログラムを分けてさえくれれば、2つのシルエットは永遠にでも重なっていられるかもしれない事を、蒼い瞳は知っているだろうか。


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― 新着の感想 ―
[一言] メイリを見た時のタオの表現が物凄くいいですねw 後のカリウムが取れない時の反応と良い落差になってます
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