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銀河戦國史 (トーマ星系の反乱と勇者タオ)  作者: 歳越 宇宙 (ときごえ そら)
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タオの顛末

 加工製造筒の軸方向に設けられた窓から、メイリは虚空を見つめた。

 仕事の合間に休憩を摂っている時の事だ。

 サバ村では、皆が何かの労働に就かなければ、生活は成り立たない。十代の前半からメイリは、この加工製造筒で働いていた。教育は労働の片手間に、年配者によって施されるもので、サバ村に教育機関とか教職者とかいうものは存在しない。

 タオが去ってから約10年が経過していた。

 コーギの全滅や、反乱の収束、カンザウ一族との新たな関係の構築などの情報は、色々な方面から届いていた。

 トーマ長老会でもカーガ星系の在来の住民と、年に1度は情報交換していたので、そこからもマーヤがトーマの女王となった事などは聞こえていた。

しかしそれ以上に、ヤマから物資と共にもたらされる情報が豊富であった。

 女王マーヤがタオとの約束を守ったので、サバ村にも様々な資源が配給されるようになっていた。もちろんカリウムも。

 だからカリウム不足は、もうすでに過去のものとなっていた。ヤマでは大量に採取できるカリウムが、カンザウが指導するミナト家の技術によって、ヤマの重力に打ち勝って運び上げられ、人口彗星という定期便で、サバ村のある第5惑星に搬入され、サバ村にも分配されているのだ。

 タオがカーガ星系に、カンザウ一族の族長でありミナト家の最高権力者でもある者との交渉に赴いた事も、そこから更に、スペースコームジャンプという異世界の技術によって、アメリア星団に向かい、そこの星々を旅して回った事も、メイリ達サバ村の者には伝えられていた。

 しかしまだ、タオ達は帰って来なかった。マクシム達、タオ以外のサバ村出身者が、ヤマ開発の作業に従事しているという情報は漏れ伝わっていたが、タオに関しては、アメリア星団を旅して回っているという情報が最後で、それ以降の消息は不明だった。

 だが、サバ村の危機が去ったという事が、タオに伝わっている事は間違いなさそうだった。カンザウ一族の者が数人、このサバ村にまで視察に来て、詳しい情報をカーガ星系に持ち帰ったという出来事もあったし、女王マーヤやカンザウの族長が、トーマ星系の全ての人を気遣ってくれている事が知れ渡っていたので、そのミナト家の船で星々を巡っているタオには、当然サバ村の状況は知らされていると考えられていた。

 もう何も心配いらなくなったサバ村と、未知の星々を巡り、胸を躍らせるタオの毎日という事実が、1つの思いをメイリにもたらしていた。

(もうタオは、帰って来ないかも・・。)

 メイリはその視線の先を、暗黒の宇宙空間にさまよわせながら思った。

(命を懸けてサバ村を救ってくれて、今は見知らぬヤマやウミや人々と出会う、充実の毎日を過ごしているなら、帰って来てくれなくても、タオを恨んだりは出来ないな・・。)

 虚空の先に、見つけられるはずも無いタオを探しながら、メイリの思いは募った。

(タオが幸せなのだったら、タオが充実の人生を歩んでいるのなら、必ず帰るという約束を守ってくれなくても、タオを責めたりは出来ないな。)

 しかし、

(恨んだり、責めたりはしないけど・・、でも・・、やっぱり・・、会いたいな。)

 そう思った瞬間に、メイリの目からは一筋の涙が零れて来た。

 タオを恨んだり責めたりする気持ちは、簡単に抑え込むことのできるメイリだったが、タオに会いたいという思いは、隠す事もごまかす事も出来なかった。

(会いたい。)

と一瞬でも思うだけで、メイリは涙をこらえる事が出来なくなるのだった。

 会いたい思いを涙と共に溢れさせながら、メイリは相変わらず虚空を眺めていたが、そのメイリの視線の先で、光点が一つ発生した。

 見ている内に、光点はどんどん大きくなって行き、それが宇宙船である事が分かって来る。

 そんなことは、珍しい事では無かった。

 タオ達が旅立つ前であっても、時々はどこかからやって来た宇宙船がサバ村を訪れる事があったし、女王マーヤの下でのヤマ開発が始まってからは、ヤマから来た宇宙船が大量の物資や情報を携えて、サバ村に来ることは、富に多くなっていた。

 だから虚空に出没した光点が宇宙船であったことには、メイリは何の驚きも覚えはしなかった。

(あれにタオが乗っていないかな?)

 宇宙船が近づいてくるのを見るたびに、メイリは毎回そう思った。そしてその期待は、毎回裏切られ続けて来た。

 だから今回も、本気でそれを期待する気持ちは無かったが、それでもタオが乗っていて欲しい気持ちをかき消すことなど、出来なかった。

 宇宙船からシャトルがいくつか解き放たれ、それぞれが居住筒や農場筒等に向かって行くのを、メイリはぼんやりと見つめ続けた。

シャトルの一つは、メイリのいる加工製造筒にも接近し、軸方向から筒に入って来て、ドッキングベイに接続した。そしてシャトルからカプセルが滑り出て来て、ドッキングベイのロボットアームによって、外壁に向けて移動させられて行った。

 メイリにとっては、頭上に見えているドッキングベイから、彼女のいる床面に「降りて来た」と言っても良い。

(あのカプセルの扉があいたら、そこに懐かしい笑顔があったらいいのに。)

 そんな事は無いだろうと頭では考えつつ、心の声を消すことも出来ず、カプセルの扉を見つめていたメイリだったが、扉があいた瞬間そこに、望み通りのものを見つけた時には、頭の中も心の中も真っ白になった。

 カプセルからタオが出てきた。懐かしい笑顔で、まっすぐにメイリの方に向かって歩み寄って来た。

 メイリの両足は、遠心力が作る疑似重力に打ち勝ってメイリの身体を支える機能を、突如喪失した。

 膝が、手が、順に床面に到達し、続いて水滴がボトボトと、同じ床面を叩いた。メイリが流した涙だった。

 安堵と歓喜の嵐が恐ろしい勢いで駆け巡った為に、メイリの思考も感情も完全に漂白され、言葉を紡ぐことは出来そうにも無かった。

「ああああああ、・・ああああああ」

 ただただ、堪え切れない激情を嗚咽の声で発散するしか無かった。

 メイリの瞳は、懐かしい笑顔を捕える能力を失っていた。涙に埋め尽くされて、何も見る事は出来なかった。自ら放つ嗚咽の声で、足音すらも聞き取れない。

 しかし間近に迫った体温が、そこにタオが来た事をメイリに教えた。

 そして、力強い手に抱え起こされ、温かな体温の中に深々とその身を沈み込ませた瞬間に、漂白されていたメイリの思考が、一つの事実を認識し、確信した。

(タオが帰って来た!)

 メイリはようやく言葉を紡ぐ能力を回復したが、たった一つの言葉を繰り返すのが精一杯だった。

「タオ・・タオ・・タオ・・・。」

「メイリ、ただいま。済まない。遅くなって。待たせてしまって。」

「タオ・・タオ・・」

「もうどこにも行かないよ。ずっとメイリの傍にいるよ。」

 メイリが会話能力を回復するまで、十分以上にもわたってタオは、メイリを黙って抱きしめ、その背を摩っていなければならなかったが、記憶の中のものよりやせ細っていたとはいえ、懐かしい感触はタオに、この上も無い幸福を感じさせていた。

「タオ・・ひっ、アメリア・・行ったって。・・ひっ・・、星々を・・巡ってるって。ひっ」

 声も絶え絶えだったが、ようやくメイリは言葉を発した。

「ああそうなんだ。ミナト家の宇宙船で、スペースコームジャンプで、アメリア星団に行って、そこにある幾つもの星系を、沢山のウミやヤマを訪れる事が出来たんだ。」

 興奮気味に語るタオの顔を、メイリは眩しそうに眺めた。

「色んなものを見て、沢山感動して、衝撃を受けて、楽しくて、嬉しくて、そんな日々を過ごし続けて、でも一番強く思った事は・・、」

 そこでタオは、メイリの瞳をじっと見つめて、より力強い声色で告げた。

「俺はやっぱり、メイリと一緒に居たい。メイリと共に生きて行きたい。ずっとずっと、メイリに会いたかった。メイリを忘れた事は一瞬も無かった。」

 メイリは再び、その顔をタオの胸に埋めた。

「会いたかったよ、私もずっと、会いたかった、タオ。」

「おーい。タオやー。」

と、聞こえてきた声に振り向くと、ポポやじいが、マクシムやプロームと共に歩み寄って来た。

 居住筒や農場筒から、シャトルでやって来たのだろう。

「よう帰って来てくれたな。みんな無事で何よりじゃ。」

「ああ、ちゃんとサバ村を救う手立てを携えて、帰って来たぞ。」

と、タオは応えた。

「サバ村はもう救われとるぞ。ヤマからたっぷりとカリウムももらって、わしの農場も絶好調だ!」

と満面の笑顔で言ったのはポポだった。

「ああ、でもいつまでも、よそからもらっているカリウムに頼って入られないからな。ファイから必要な資源を探し出し、持ち上げる施設を作るぞ。」

 そう言うと、シャトルを吐き出した後、宇宙空間にたゆたったままの、彼らの乗って来た宇宙船を指さし、

「あれに、必要な機材と人員を載せてある。少し休んだら、早速作業に取り掛かってもらうぞ。」

 それからしばらく、土産話に花を咲かせていると、更に多くの者がタオ達のもとに集まって来た。

 カリンもソイルも、タオの両親も、資源採取の仲間だった者達も。

そしてマクシムが、彼の両親と共にマーヤを連れてやって来た。

「おお、この方は、我らがトーマ星系の女王様ではございませんか。何と恐れ多い、わしらはひれ伏したほうが良いのかのう。」

 突如現れた高貴なる人に、ポポはたじたじといった体で言った。

「おほほほ、およし下さいポポ様。今のわらわの肩書は、この者の嫁でございます故。」

 そう言ってマーヤは、マクシムの腕を両手でつかんで見せた。

「いやいあ、その話を聞いた時には腰が抜けるかと思ったぞ。ヤマからは色々驚くような報せがもたらされていたが、これが一番衝撃的じゃった。」

と、じいは言った。

「そうね、マクシムが、カンザウから招かれた私達トーマ人の女王様を、お嫁さんにしてしまうなんてねぇ。」

と言ったのは、タオの母だった。

「我が息子の方が、その地位にふさわしいのじゃないかと思わなくはないが、こいつにはメイリちゃんがいるからな。」

と、タオの父も言った。

「タオにメイリがいなくたって、マーヤを射止めるのは俺に決まってたんだ!」

とマクシムは、何やらムキになって喚いた。

「という事は、マクシムは我がトーマ星系の王という事になるのか?」

じいが尋ねたが、

「いやいや、マーヤは女王様だが、マクシムはその婿で、一般人だ。」

とプロームが説明した。

「世界が滅んでも、こんなやつを王と呼ぶものか!」

とカリンが言い、

「こんなやつとは何だ!こんなやつとは!」

とマクシムが反抗した。

「あはははは!」

「わっはっはっは!」

「うふふふふ」

「おほほほほ」

 一同から、ひとしきり笑い声が上がった。

「しかし、よかったのうメイリや。タオがいない寂しさを、皆には見せぬよう堪えておったようじゃが、お前さんの心中は、ずっと察しておったぞ。みなが胸を痛めていたぞ。」

 メイリは頬を赤らめてうつむいた。

「本当に、長らく寂しい思いをさせてしまって、メイリには済まないと思っているよ。これからはずっと傍にいるから、絶対に離れないと約束するから、許してくれ。」

 改めてメイリに寄り添ってそう言ったタオは、

「メイリ、結婚しよう。2人で温かい家庭を築こう。マクシムに先を越されたままじゃ情けないしな。」

「なんでそこで俺が出てくるんだ!」

 タオは再び、彼が乗って来た宇宙船を指して、

「ファイから資源を運び上げられるようになったら、サバ村も今よりずっと豊かになる。そんなサバ村でなら、絶対に幸せな家庭を作る事が出来る。必ずメイリを幸せにしてあげられる。」

「それはもう間違いないな。俺も保証するぞ。」

マクシムもタオに続き、プロームやカリンやソイルも、力強く頷いた。

「俺たちはヤマで、幾つもの施設の建設を成功させてきたからな。マーヤ達の指導のおかげで。」

「ああ、ウミの衛星に施設を作った実績もある。ファイの施設建設も必ず成功する。必要な資源をたっぷりと採取し、農場も牧場も生け簀も、その生産力を飛躍的に向上できるはずだ。」

と、カリンとプロームが相次いで言った。

「ほほほ、しかしそう事を急がず、まずは皆さまでゆっくりと食事でも致しましょう。カーガ星系やトーマのヤマで手に入れて来た、サバ村の皆様には見た事も無い様々な食材を、持参してきております故、速く召し上がっていただきたく存じます。」

 そんなマーヤの言葉で、サバ村を上げての大宴会が執り行われることになった。タオ達の帰還は、サバ村の全員で祝う程の大事件なのだ。

 居住筒に場所を移して、呑めや歌えの大騒ぎとなった。サバ村では見ることも出来ない美酒や御馳走を堪能し、タオ達から語られる、ミナト家やアメリア星団などの暮らしぶりなどの土産話に、集落の全員が興味津々で聞きほれた。

「メイリよ、気付いておるか?おぬし未だに、タオのプロポーズに返事をしておらぬぞ!」

 すっかり酒が回り、顔を真っ赤に染めたじいが言った。

「あらーっ、いっけない!」

そう言って、歓喜が渦を巻くその只中で、メイリはタオに駆け寄り、

「タオ、お嫁さんにして!」

と叫ぶと、二つのシルエットは集落の者全員の前で、堂々と重なった。

 津波のごとき大歓声が、集落の者達から湧き上がり、若き2人を熱く、そして少し手荒に祝福した。


 それから1時間が過ぎた頃、集落の者達の大騒ぎから離れ、なにやらこそこそと作業をしているマクシムを見つけたメイリは、そっと背後から近づいた。

「何しているの?マクシム。」

「うわっ・・と、なんだメイリか。びっくりするじゃないか。」

「それは何?」

「これは紙っていう道具だ。ここに文字を書くんだ。」

「文字なんて、コンピューターの中にあればいいんじゃないの?」

「コンピューターの中の、電子媒体の情報は、宇宙線とか電磁波とか、いろんなものの影響で失われやすいだろ?長く保存するには、この紙っていう道具に記すのが良いんだ。だから俺は、ある種の木の幹をすりつぶして水で煮込んだものを薄く広げてこれを作る方法を、マーヤに習ったんだ。」

 マクシムは、紙を一枚メイリの前でひらひらと揺らして見せ、得意気にそう言った。

「長く残したい文字があるの?何を残したいの?」

「そりゃ、タオの活躍に決まってるだろ。このサバ村を救い、トーマ星系やカーガ星系の歴史を変えた男の伝説を、誰かが後世に語り継がなきゃいけないだろ?」

「そうなんだ。タオの事をその紙に記して、後の世にまで残るようにしてくれようとしているんだ。」

 メイリは嬉しそうに、マクシムの目をまじまじと正面から見つめた。マクシムが少し照れてしまう程の情熱がこもっていた。

「有難う、マクシム。ずっとタオの傍にいて支えてくれて、一番にタオの事を考えてくれてたのはマクシムだったよね。そしてタオの事を、誰より尊敬してくれて、そうやって伝記を書こうとしてくれて。」

 そう言うとメイリは、マクシムの頬に口づけをした。

「おう・・!おお・・、ああう・・メ、メ、メイリ。タオやマーヤに怒らるられれちゃうよ。」

たじたじとなり、デレデレとなり、しどろもどろにもなって、マクシムは言った。

「良いのよ、頬っぺたは。でも、みんなには内緒ね。うふふ・・。」

 そう言って、メイリはマクシムの前から走り去っていった。


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