タオの冒険
「スペースコームジャンプとは何だ?」
タオは興味津々の体で尋ねた。
更に10か月が経った頃だった。タオ達は未だに、カーガ星系に留まっていた。片道に半年程かかる星系間旅行など、そんなに頻繁にできるものではない。
とはいえ、マーヤ達はトーマ星系への出立の準備を始めていた。
シシャー翁が、トーマ星系への技術指導の代表者に選んだのは、カンザウ一族の者では無く、ノート一族のマーヤだった。コーギの生き残りで、既にトーマ星系の人々とある程度の繋がりがあり、カンザウ一族とトーマ星系の橋渡し役を演じた彼女こそ、施術指導の代表者にふさわしいと考えたのだ。
マーヤはトーマ人の女王になるのだ。トーマ人達は、女王マーヤの下に一致団結してヤマを開発し、豊かな国造りに励むことになる。
そして女王マーヤがそろそろ戻らねば、ヤマから自力で資源を持ち上げられないトーマ人達は、ヤマの軌道上で餓死してしまう。運び上げ蓄えてあった資源は、そろそろ食い尽くす頃だ。
トーマ人に技術指導をするのは、主にカンザウ一族の者達だが、その長として彼らを率いるのは、ノート一族のマーヤという事になり、ノート族にもトーマからの収益は分配されることになった。
カンザウだけで、トーマからの収益を独占する事は、ミナト家に余計な波乱を巻き起こすもとになるとの、シシャー翁の判断も有った。
「スペースコームジャンプと言うのは・・・、」
紅葉に萌える庭園を眺めながら、カーガ星系第2惑星の大地で収穫された米から作られた酒をグイッと煽った後、シシャー翁は説明を始めた。
タオも見つめる庭園は、タオにとって4つ目の“顔”を見せていた。
一つ目は雪化粧を施した冬の顔、2つ目は色とりどりの花が咲き乱れた春の顔、3つ目は深い緑の夏の顔、そして今は紅葉萌える秋の顔だ。人為的に造った四季ではあるが、その移ろいを楽しむのも、ミナト家流の“みやび”だった。
「宇宙のあちこちに筋状に存在する、スペースコームと呼ばれる空間の歪みを利用した航宙技術じゃ。びよーんと縦に長く伸びている空間の歪みを利用して、その歪みに沿う形で、ある場所から遥かに離れた別の場所に、一瞬でぴょんと飛び移れるのでおじゃる。ボレール星団とアメリア星団の間に横たわる、10光年近い距離も一瞬で飛び越えてしまえるのじゃ。」
「そ・・そのようなことが可能なのか。そのスペースコームとかいう筋は、我らのトーマ星系やカーガ星系の近くには無いのか?」
「それが、実はのう、トーマやカーガの近くにまで及んでいる事が、10年ほど前に分かったのじゃ。筋はうねうねと動く故に、常に近くにあるわけでは無いのじゃが、1年に1度くらいの頻度で、わらわ達の近くにも来るのじゃぞよ。」
「それでは、ここからアメリア星団へ一瞬でたどり着くことも可能という事か?」
「そう言う事じゃ。これまではボレール星団の、アメリアに近い側の端にあるフッカーカ星系を始めとした幾つかの宙域でのみ、アメリアとのスペースコームジャンプでの往来が可能じゃと思われておったが、今はここカーガ星系からでも、一年に一度じゃが、ひとっ飛びにアメリア星団に行けるのじゃ。」
「これまでは何年もかけてフッカーカ星団にまで赴いてから、アメリア星団に向かっていたのが、ひとっ飛びで行けるようになったのか!それはすごい!」
タオも、カーガ星系の米で作った酒をちびちびとやりながら、シシャー翁の話に胸を躍らせた。
「アメリア星団とはどんなところなのだろう?そんな簡単に行けるようになったのなら、俺も行く事は出来ぬのかな?行ってみたいな。」
「おう、そうであるか。行ってみたいのでおじゃるか。構わぬぞよ。」
シシャー翁はあっさり言ってのけた。「2ヶ月後にアメリア星団からの船がカーガ星系にやって来よる故、それに乗ってアメリアに行けるよう、手配してしんぜよう。なに、一人くらいわけも無いぞな。」
タオとシシャー翁の近くで、カーガの酒と料理に舌鼓を打ちながら、紅葉萌える庭園に見惚れていたタオの仲間達も、この話の急展開には面食らったようだった。
「アメリア星団に行くというのか!?タオ!」
「お前は・・お前と言う男は・・、どこまでスケールがでかくなるんだ?」
しばらくの沈黙の後、マクシムが、
「どこまでもタオに付いて行くつもりだったが、今回ばかりは付いてはいけないな。俺はトーマに戻って、ヤマの開発に従事するよ。」
「お前は、マーヤと離れたくないだけだろ!」
とカリンは冷やかし、マクシムを赤面と沈黙に追いやった。そして、
「でも、俺もタオの戦いにはどこまでもついて行くつもりだったが、今回のアメリア行は、もう戦いと言う感じでは無いしな。俺も、トーマに戻って、ヤマ開発をやるよ。」
と、言った。
「マーヤが、サバ村を始め資源不足に喘いでいるウミの軌道上の集落にも、ヤマで採取した資源を分けると約束してくれた。サバ村を救う為の戦いが村を出た時に始まったが、マーヤの約束を取り付けた時に終わったと言っていいだろう。これでもう、サバ村は大丈夫だ。ここからはサバ村を救う戦いでは無く、俺の個人的な娯楽だから、一人で行くよ。」
タオの言葉を聞き終えた後、リークが話し出した。
「俺も、トーマに戻ってヤマ開発に参加する。タオ、有難う。お前に出会えて本当位に良かった。お前がいなかったら、カスミとも再開できなかったし、幸せな未来など思い描くことも出来なかっただろう。何とか恩返しがしたいが・・、何か俺に出来る事があれば言って欲しい。出来る事は何でもしたい。それくらい感謝しているんだ。」
「おうそうか!じゃあ一つ、お前に命令がある。絶対に断る事は許されない。」
タオのそんな発言が意外だったのか、驚きを露わにしたリークだったが、姿勢を正し真剣な面持ちで、その命令を受け止めようと構えた。
そんなリークに向けて、タオやにやにやしながら言い放った。
「カスミさんを嫁にしろ!」
「プッ・・、うふふふ・・」
一瞬にしてその顔を真っ赤に染めたリークの隣で、カスミは思わず吹き出して笑った。
「タオさんはよく見ていらしたのね。再会してから今まで、一度もそんな話をしないんだから、この人は。」
「・・こ、事が落ち着いたら・・申し込むつもりでいたのだ。ちゃんとその事は考えていた!」
リークは懸命に主張したが、
「いやいや、一年近く前に、雪の庭園での話し合いで、一応事は落ち着いたと言っていいだろう。それから今まで、お前がカスミさんに、言い出したいのに言い出せずにいたことくらい、みんな知っていたのだからな。」
とプロームに指摘され、リークもマクシム同様、赤面と沈黙に追いやられた。
「そこへ行くと、ニーナちゃんたちは順調よね。」
と言いながらカスミは、ニーナのお腹を撫でた。そこにはマルクとの児が宿っていたのだ。
「いや、こいつらはこいつらで節操がなさすぎるんだ。早すぎるだろ。トーマに戻るまで待てなかったのか?」
と、カリンがはやし立てるように言うと、ニーナとマルクも、赤面と沈黙に追いやられた。
舞い落ちて来る紅葉した木々の葉と、赤面する者共の顔が、その色の鮮やかさを競い合っているようだった。
「ハッハッハ」
と、タオは大いに笑った。プロームもカリンもソイルもつられて笑い出し、いつしか赤面していた者も含め、皆が呵々大笑していた。
「愉快な面々よのう。」
トーマの若者達を嬉しそうに眺めながら、ミナト家の最高権力者はまたグイッと、カーガの酒を煽った。
その後もしばらくは、紅葉萌える庭園から、人々の明るい話声と笑い声が耐える事は無かった。
こうしてタオは、4度目の大きな旅立ちを迎えた。今度はボレール星団から旅立って、スペースコームジャンプを体験し、文明先進大星団のアメリアへと赴いたのだ。
長く戦乱の絶えなかったアメリアだが、このところはある強力な帝国が星団の大半を支配下に置き、一定の平和と安定を実現していた。
それが幸いしてタオは、アメリア星団を広く旅して回り、様々な民族・文化・技術等に触れる事が出来た。
それはめくるめく感動と衝撃の連続だった。興奮と充実に満ちた日々だった。毎日が楽しくて楽しくて、面白くて面白くて仕方が無かった。
そんな日々の中で、タオの心の中にまだ、サバ村は、メイリは、残っているのだろうか?




