タオの外交
一ヶ月ほどの準備期間の後、マーヤはカーガ星系へと立っていった。人口彗星でトーマ星系の外縁にある、オールトの海まで行き、そこからビームセイリング航法でカーガを目指したのだ。
反乱軍が刺客達の減速用に設置したビーマが、マーヤたちの出発用に使われたのだ。
タオ達の故郷のトーマ星系第5惑星は、彼らがヤマに向かった時には、そのビーマとヤマとの間にあったので、刺客達は第5惑星を旅立つタオ達の近くを通ったが、マーヤを見送る時には公転運動により、第5惑星はビーマから遥か遠くにあったので、タオ達は故郷に立ち寄る事も、その赤黒い姿を見る事も出来なかった。
マーヤ達の為の減速用のビーマは、もちろんカーガ星系において確保されていた。コーギの出身母体であるノート一族が、コーギの生き残りであるマーヤを温かく迎え入れる体勢だったから。
大勢のトーマ人達が、オールトの海に設置されているビーマまでマーヤを見送りに来た。もちろんタオ達も。
出立の瞬間にはトーマ人達のほとんどが、
「マーヤ様バンザーイ!」
と叫び、諸手を挙げてその行為を称えていた。
タオ達は、叫びこそはしなかったが、身内であるコーギの皆殺しの原因を作ったトーマ人達の為に、多大な労を厭わないマーヤの姿勢に、心からの感謝を告げた。
「マーヤ殿、本当にかたじけない。トーマ星系とカーガ星系という遥かな旅路を、コーギを皆殺しにしたトーマ人の為に行ってくれるとは・・。あなたの優しさ、慈悲深さに、心の底からの尊敬の念を覚えるぞ。」
「いえ、そのような。あなたに救われたこの命で、あなたの為にお尽くし申し上げる事は、至極当たり前の事でござります。良い報せをお送りできますように、全力を尽くして参りますので、しばしお待ちください。」
貫禄と気品に溢れた所作で、そう告げてマーヤは旅立っていった。
トーマ人達の「マーヤ様バンザーイ!」の声は、いつまでも絶えることなく続いた。
マーヤからの報せた届いたのは、1年程後の事だった。
トーマ人達は、既にヤマの軌道上に運び上げられていた資源を食い潰しながら、報せを待っていた。技術指導無しでは、自分達だけでヤマから資源を持ち上げる事は出来なかったのだ。
やはり彼らには、ミナト家の技術指導が必要だった。
「タオ様、マーヤでございます。ようやくご報告を申し上げる事が出来ます。」
そんな無線通信が、カーガ星系からトーマ星系に発せられたのだ。
電波ですら数か月かけなければ届かないので、交互通信は不可能で、マーヤの知らせを一方的に聞く事しか出来なかった。
「こちらに参ってすぐに、カンザウの刺客の所業を、ミナト家の内でつまびらかにいたしましたところ、ミナト家内での力関係に大きな変化がございまして、ようやくこのところになって、新たな体制が確立いたしました故、ご報告が出来るようになりました。」
マーヤの報告は続いた。
「刺客を放ったカンザウの族長は粛清され、カーガ星系を追放されました。死んでいったコーギの者共の恨みは、これで一応晴らされたと思いましょう。ノート一族も、コーギ一派のトーマ星系での悪行をわらわが明らかにした事で、ミナト家での主導的立場を失いました。」
「マーヤ様本当に大丈夫なのかなぁ。ノート一族の不利になるような発言したことで、嫌われたりいじめられたりしないのかな?」
ニーナが心配そうに言った。
「心配いらないって、マーヤ様がおっしゃっていたでしょ。それを信じましょう。」
と、カスミがなだめた。
更なるマーヤの報告に、一同は聞き耳を立てた。
「現在は、新たな族長を選出したカンザウが、ミナト家での主導的立場に就きました。前族長を厳しく罰した事で、返って株を上げた形になって、このような体勢になったのでございます。」
「ノートとカンザウ以外の分家は、相当弱小という事じゃないのか?」と、ガミラは皮肉な見解を示した。
「そして、カンザウの新たな族長であり、ミナト家の実質的な最高権力者が・・・その名をシシャーと申しますが、この方がタオ様を、是非ともお目に掛けたいと申されておられます。その上で、今後のミナト家とトーマ星系の関わり方や、ヤマ開発の技術指導について、決めたいとの事でございます。」
「おおぉ、ミナト家の最高権力者が会いたがっている男か、出世したなタオ。」
と、マクシムは冷やかした。
「つきましてはタオ様、カーガ星系にお越し頂けませぬでしょうか?こちらでは準備万端整えて、あなた様を歓迎する準備をしておりますゆえ、遠路はるばるご苦労様に御座いますが、ぜひお越しいただきたく思っております。」
そこで、マーヤの通信は終わった。
「お・・俺が、カーガ星系に行くのか?」
タオにとっては、カーガ星系と言うのは余りにも遠い別世界に思えていたので、それは意表を突いた招待だった。
しかしトーマ人達は、タオを尊敬のまなざしで見つめていた。
「さすがは我らが盟主!」
「ミナト家の最高権力者とまみえるとは・・。」
「まさにカーガ星系とトーマ星系のトップ会談だ!」
などと言って、タオを祭り上げた。
「で、行くのか?」
そう尋ねたガミラには、カーガ星系行きというものに、恐れを抱いている気色が見られた。
だが、勇者タオがそんなものを恐れるはずも無かった。
「行くさ!もちろんだ!ヤマ開発を続けるには、そしてサバ村を救うには、避けては通れんし、それに興味もある。カーガ星系やミナト家の人々というものを、ぜひ見てみたい。彼らの進んだ文明や技術というものも、体験してみたい。」
「お前が行くのなら、俺たちも当然行くぞ。どこまでも付いて行くって決めてるんだからな!」
とマクシムが言うと、プロームもカリンもソイルも頷いた。
「俺も行きたい。」
と、リーク。その隣ではカスミが、当然自分も、と言う顔をしている。
「俺も行ったら駄目かな・・。」
とマルク。ニーナもマルクと同じことを言いたげだ。
「俺は・・、行きたくない。」
と言ったのはガミラだった。
「ははははは、みんな好きにしろ!行きたいものは共に行こう!行きたくないものは残れ!」
そんなわけで、タオの3度目の大きな旅立ちが決定した。サバ村を旅立ち、第5惑星を旅立ち、そして今度は、トーマ星系を旅立つのだ。
サバ村を飛び出した者だけでも、サバ村の数千年の歴史に数えるほどしかいなかった事を思えば、それがいかに大冒険であるかが分かるだろう。
今回も、先行きは大いに不透明だった。ミナト家とは、その新たな最高権力者とはいかなる者なのか?タオの、その仲間達の、そしてトーマ星系の運命は?
雪が積もっていた。
タオ達には驚きの物体だ。
空気中で凍った水の結晶が降り積もり、見渡す限り白銀の世界を作り出している。
枯れた木々や下草を漂白した、ふわふわして見えるその物体に触れると、鬼気迫る程の冷たさが指先を刺して来た。氷の結晶なのだから冷たいのは当たり前だが、ふわふわの外観からその冷たさを予測するのは、タオには不可能だった。
そしてその驚きの物体は、手の平に乗せているとみるみる溶けて行き、何の変哲もない、愛想など微塵も無い水滴へと変化した。
漂白された木々や下草に囲まれた、中央に横たわる池の水面は穏やかで、時折鯉の跳ねる“ぴちゃっ”と言う音がはっきり聞き取れる程、庭園内は静寂に包まれていた。
その、水底にいる鯉を覗き込もうとしているかの如く、池にせり出すように斜めに生えた巨木は、目の前の景色の立体感を、より一層際立たせる効果を発揮し、男根の如く反り返った幹の曲線は、神秘的なたくましさを醸し出していた。
帽子のように、枝葉の上に乗っけられた雪によって、その木がとても愛らしく、タオには思えた。
風が吹くと枯れた木々の枝が揺れ、カサカサ、ざわざわという音があらゆる方向から聞こえて来るが、その音こそが静けさを感じさせる源となっている状態にも、タオは感動していた。
岩石惑星の地上に建設された、シェルターの中にある人口庭園の風景だ。雪は人工のもので、わざわざ人間にとっては寒すぎる気温にシェルター内を設定する事で、このような雪の庭園が創造されているのだ。
木々を揺らす風も、回転するファンが巻き起こした、人工的なものだ。池で鯉が跳ねる“ぴちゃっ”という音は、人工と言うべきか天然と言うべきか・・。
今タオがいるのは、カーガ星系第3惑星の大地の上、カンザウ一族の本拠地だ。マーヤの通信を受けてから、1年近くが過ぎていた。
「かような庭園を造り、維持して行くには、トーマ星系からの収益が不可欠でおじゃる。」
口をあんぐり開けて、雪の庭園に見惚れているタオに、ミナト家の最高権力者が話しかけた。
「トーマでのヤマ開発で得た利益を、かような事に使うというのは、トーマ人にとっては辛坊ならんことかのう?」
最高権力者と言うには、余りにものんきで剽軽な容姿のシシャー翁が言った。
「どうだろう・・?皆に聞いてみなければ分からぬが、この美しい庭園が無くなってしまうのは、悲しく思える。」
タオはそう言い、更に続けた。
「トーマ人の中でも望むものには、努力次第でこういった庭園を訪れたり、その他のカーガ星系の進んだ文明の下での生活を味わう機会が、与えられるようにして欲しいと思うが、先進の文化や技術を身に付け、使いこなすあなた方の氏族が、こういったトーマには無いものを保持する事は、自然なことにも思える。何と言ったかな?こういった・・・み・・。」
「“みやび”と、わらわ達は言い習わしておじゃる。」
「そうそう、その“みやび”っていうの、あなた方がそんなみやびな生活を送る方が、トーマ人達もあなた達に尊敬の念を抱き、素直にその指導に従う気もするし。」
「わらわ達は、トーマ人に技術指導はいたす所存じゃが、支配も君臨もするつもりではおじゃらん。が、トーマからの収益でみやびな生活を送る事は、その支配や君臨をした事になってしまう様にも思える。」
「技術指導の報酬は、しっかりと受け取ってもらわなければ、こちらも心苦しいぞ。それに、トーマ人達が認めていて、トーマ人にも努力次第でそのみやびを味わえる機会があれば、トーマの収益で“みやび”を享受しても、支配とか君臨とかした事にはならないのじゃないかな?多分。」
「トーマのヤマ開発の利益の、トーマ人とカンザウ家の分配比率を明確に致し、且つ定期的に見直すようにするという事で、わらわ達の“みやび”な暮らしは、続けさせてもらって良いということでおじゃろうかのう?」
「そうだな、トーマ人達も働きに見合った報酬が受け取れていれば、それと作業の安全への配慮がなされていれば、あなた方の“みやび”も問題ないと思う。それに・・、」
タオはシシャー翁に向き直って言った。
「あなたは支配も君臨もするつもりはないと言ったが、俺達トーマ人は、技術指導に来てくれる者達の代表者を、王と呼びたい。あなた方の代表に、我らの王を名乗って頂きたい。」
「な・・なんと・・、王とな。異世界から来たわらわ達のような者を王などと、そちらからそのような申し出を受けようとは、夢にも思わなんだぞよ。」
「トーマ人は、今まで小さな集落に分かれて、バラバラに生活をしてきたんだ。しかし、大勢集まって一致団結して事業に当たらねば、ヤマ開発は進めては行けぬ。その為には、中心が必要だ。君主が必要だ。」
「それはそなたことが適任なのではおじゃらんか?」
「俺は、先の反乱での勲功で盟主に祭り上げられてはいるが、ヤマ開発という事になると、何も知らぬし、何も出来ぬ。先進技術の使い手であるミナト家の、最高権力者が任命した者が王という事になれば、俺達トーマ人も安心してその指導に従い、一致団結して事に当たれると思う。」
「わらわ達は、セクリウムの洗練を受けてはおらぬぞよ。」
「ははは、セクリウムか・・、それを気にするトーマ人は・・、いやボレール星団の人間は多いな。しかしあなたがたミナト家も、カーガ星系に移り住んで2百年は立っているのであろう?だったら、セクリウムから発せられた光を、もうすでに十分に浴びたって、言い張ればいいだけじゃないのか?」
「それはわらわには分からぬ。ボレール星団での信仰であるから・・。」
「その点は、俺が皆を説得してみる。カンザウの刺客に踊らされている時には、あなた方をセクリウムの化身とか言っている者もいたのだから、信仰というのは融通が利くものなんだと思う。」
「わらわ達の代表が王を名乗る事で、そんなに物事がうまく行くものなのかの?」
「この前のカンザウの刺客の攻撃を見て、トーマ人の多くには、ミナト家の文化や技術に対するあこがれと尊敬の念が、更に強くなった。それに、今盟主として祭り上げられている俺が、あなたが王の任命者としてふさわしい人物だと伝えれば、みな疑うことなくあなたの選んだ代表者の指導に従おうという気になると思う。これまでばらばらに暮らして来た者達が、一致団結して事業に当たるには、そんなみんなが安心して従える王の存在が必要だと思うんだ。」
「そなたが王でなくて、本当に良いのであるな?」
「ミナト家の技術を伝承してもらって、開発を進めるからには、王は俺などでは無く、ミナト家の最高権力者が任命したミナト家の者であるべきだ。」
「では、これで決まりといたすか。“みやび”な暮らしが、トーマ人の反対も無く続けていけるのならば、カンザウ一族やミナト家の方は、技術指導継続で意見を一致させられるであろう。」
「ハハハ・・、最高権力者って言っても、いろいろ気を使わねばならんのだな。」
「前任者の二の前は御免であるからのう。皆の意見をよう聞いてから、事を決して行く所存なのでおじゃる。」
彼らの交渉が決着したことを祝うかのように、“カッコン”と、ししおどしの音が響いた。
ビクッと驚いたタオを、シシャー翁は面白がった。
「みやびな音でおじゃろう。よっほっほ。ししおどしというのでおじゃる。名に“おどし”と付いてはおるが、誰かをおどす為にあるのではないのじゃがのう。タオ殿を脅かしてしもうたようでおじゃる。おほほほ。」
ししおどしが野生動物を脅かし、寄せ付けないようにする為に誕生したという事を知らぬシシャー翁は、そんな間違った説明を自慢気にして見せた。
野生動物などいない人工のシェルター内で暮らす彼らだから、それは仕方ない事で、ただの“みやび”な装飾品として彼らは、ししおどしを庭園に取り入れているのだ。ちなみにアメリア星団には、野生動物と呼び得るものは存在する。
タオがカーガ星系に到着して、既に2か月が過ぎていた。
カーガ星系の幾つかのガス状惑星、岩石惑星も視察し、多くのミナト家の人や、在来のカーガ星系の人とも会談を持ち、タオは彼らを信頼するようになっていた。
ミナト家の者と在来のカーガ星系の人々との関係も、サバ村のポポなどが言っていたように、悪いものでは無かった。
ミナト家内での5つの分家による暗闘と言うのも、実在しなかった。
5つの分家が、公正な規律の下での競争を繰り広げている実態はあったが、それぞれがより大きな利益を上げようと、創意工夫合戦を繰り広げるという、建設的で健全なライバル関係だった。
それが歪んだ形でトーマ星系に伝わったのだろう。
先のカンザウ一族の族長は、悪質な抜け駆けやライバル潰しや身内殺しに走ったが、それはミナト家の歴史の中でも、極めて異例な出来事だったようだ。
その悪質な族長も粛清され、カーガ星系を追放されて行った。
タオとシシャー翁は、2か月間行動を共にする内に、肝胆相照らす仲となり、極めて強い信頼関係を築いていた。
雪の庭園の一角に屯していた、仲間達の下にタオは戻って行った。
「話はまとまったぞ、トーマ人の労働条件が悪く無ければ、ミナト家の“みやび”な暮らしが、トーマ人の反感を買う事は無いと、俺は思ったんだが。」
タオの問いかけにマクシムが、
「俺もそれでいいと思うぞ。それにトーマ人達はお前を盟主と仰いでるんだ。そのお前が良いと言えば、良いに決まっている。」
「セクリウムの洗礼の事だが・・、」
タオは、今度はプロームの方を見た。年長者の意見を聞きたいところだ。
「盟主のお前が、ミナト家は既にセクリウムの洗礼を受けてるってい言い切れば、事足りるのじゃないか。」
いい加減な返事のようにも聞こえたが、タオはそうなのだと思うことした。
雪の庭園に屯している一団には、サバ村からの面々と、もと反乱軍だった者達と、マーヤに着き従って来たノート一族の者と、シシャー翁の付の者であるカンザウ一族の者がいたが、全く生まれも育ちも立場も違う者達が、美しい景色に同じ感動を分かち合っていた。
「ちゃんと話し合えば、人は分かり合えるんだな。どんなに生まれや育ちが違ったって。今回の事で思い知ったよ。」
マルクがしみじみ言った。「良く知りもせずに人を憎んだり恨んだりするもんじゃない。」
マルクの言葉に続いて、マーヤも言った。
「相手を良く知ろうとする努力をすれば、人と人はいついかなる時でも、手を取り合って協力してゆけるものだと、わらわは信じたいと思います。」
そんなマーヤはマクシムに寄り添う姿勢を見せている。
2か月の間に、マクシムとマーヤは良い雰囲気になっていた。
カーガ星系に到着した当初は、マクシムが一方的にマーヤに憧れているといった様相だったのだが、いつの間にかマーヤの方も、まんざらではないという姿勢を見せていたのだ。
リークとカスミ、マルクとニーナ、そしてマクシムとマーヤ。雪の庭園は、恋を育む彼らにも最良の環境を提供していた。
一同はしばし言葉も無く、その庭園の眺めを楽しんでいた。




