タオの咆哮
カタパルトからの強力な射出と共に、強力なレーザービームを帆に受けて、最新鋭戦闘機はぐんぐんと加速し、パイロット達は一人を除き、ブラックアウト寸前にまで、激しいGの地獄に陥れられた。
タオのみは、まだまだ平気の様子で、
「もっとだ、もっと加速してくれ、まだまだ大丈夫だ。」
と、無線で後方の宇宙船に告げた。
「ほ、本当に大丈夫でござりまするか?」
と、船でビーム照射を制御しているコーギの男が、心配げに問い返して来た。
「まだまだ、この機の性能限界にまで加速してくれ!頼む、俺なら大丈夫だから!間に合わなければ、何にもならないんだ。」
そう叫んだ数秒後、すさまじい加速が、タオの搭乗機に加えられた。さすがのタオも、意識が飛びそうになる。
「うわぁっ!」
と、苦悩の喘ぎがタオから洩れた。
(やはりこれは、耐えきれぬかも・・)
そんな後ろ向きな思いがよぎった瞬間、タオの手が無意識に触れたものがあった。
ピンクサファイアだった。
タオの目の前は真っ暗だった。強烈なGの影響で、視力がほぼ奪われたような状態だった。
が、見なくても見えた。ピンクサファイアが。そしてそれが放つ、怪しげな光が。
更にもう一つ、タオに見えたものがあった。メイリの笑顔だ。サバ村を出立する時、その脳裏に焼き付けた、メイリの愛らしい笑顔が、ピンクサファイアによって鮮明に呼び起こされたのだ。
「メイリィィィー!」
と叫ぶと同時に、無限とも思える力が、タオの胸の内からドバドバと湧き上がって来た。
強烈な加速とGが、それから数十分に渡って続いた。並の者ならとっくに気を失うか、場合によっては命も無かっただろう。タオとても、普段ならば耐えられたはずは無かった。だが、今のタオは耐え抜くことが出来た。飛び去って行きそうな意識を繋ぎ留める事が出来た。
メイリを救いたい思いで旅立ったタオだったが、この時は、メイリがタオを救ったと言っても良かった。彼女が思いを込めたピンクサファイアが、ピンクサファイアに込められた彼女の思いが、タオの意識を、タオの身体に繋ぎ留めたのだ。
そして遂に、その場に到着した。タオ機のみが先行して、カンザウの刺客が指定した宙域に到着したのだ。トーマ人大量虐殺予定宙域だ。
この場に来て具体的に何をするのか、実を言うとタオにはまだ分かっていなかった。他のパイロット達は、当然のようにカンザウの宇宙船を撃破するのがミッションだと思っていたが、タオは出来るならば、誰も殺したくは無かった。「誰か」を攻撃するのは嫌だった。
現場に到着して、その場の状況を見て判断しよう、タオはそう思っていた。
そしてタオは見た。
成すべき事は、即座に判断できた。
瞬時に意は決した。
攻撃目標に迷う事は無かった。
後は攻撃対象の座標を入力するだけだ。そうすれば、最新鋭機に搭載されたコンピューターが、自動的に適切な角度にビームを分割反射してくれる。
軽やかなステップで、タオの指がキーボード上を走り回り、複数の座標が指定される。そして、裂ぱくの気合を込めた雄叫びと共に、タオは攻撃開始ボタンを押した。
後光のごとく、レーザービームは、タオ機を中心とした放射線を描き、虚空へと分割反射され、飛び散って行った。
その光線は、いったい何を目指すのか?
ピンクサファイアは例のごとく、してやったりの表情のメイリを浮かび上がらせているかもしれない。
「本当に、カーガ星系から来たカンザウ一族の刺客とかいうやつらの言う通りにすれば、俺たちは助けてもらえるんだな?コーギの手下として働いていた事は、不問に付してもらえるんだな?」
「さっきの刺客からの通信を聞いただろう。反乱を起こす前にも、カンザウ一族から約束は取り付けてあるのだしな。コーギの殲滅に成功したら、カンザウ一族がコーギになり代わり、ヤマの開発を指導してくれるって。コーギに反乱を起こしたものも、コーギの手下だったものも、分け隔てなく扱って、コーギの頃よりも安全で豊かな生活を保障してくれるって、彼らは言ってくれているのだ。」
先ほどまで、敵味方に分かれて戦っていた者同士の会話だ。戦うと言っても、徒手空拳での殴り合いだったのだが。
「良かった・・。コーギ達の居住施設が謎の閃光で破壊されたときは、胆が縮み上がったぞ。」
「ああ、あれには俺もおったまげた。どうやってコーギを殲滅するつもりか分からなかったが、遥か宇宙の彼方からあんな怪光線を打ち込んで来るなんて、まさに神の所業だ。」
「そうだな、ヤマの大地の上の施設を破壊したミサイルにしても、神の御業としか思えぬ、すさまじい威力だった。カンザウ一族は、これからはわれらの神だな。あれだけのすごい技術を持っている一族に付いて行けば、俺たちの未来は安泰だ。コーギに着き従っていた頃より、きっといい暮らしが出来るぞ。」
「いい気なもんだな。コーギにこびへつらいつつ、俺たちを酷使してやがったくせに。これからはカンザウの下でこれまで以上に良い暮らしをしようってのか!」
「でもカンザウは、・・いやカンザウ様は、そんな俺たちも分け隔てなく扱って下さるって言われているのだろう?」
「ああ、確かにそうおっしゃっておいでだ。とてつもなくお心の広い方々なのだろう。ありがたい。ありがたい。」
話の途中から、カンザウには敬称が付き、謙譲語で表現されるようになって行った。圧倒的な攻撃技術を見せつけられたことで、カンザウを神と崇め、付き従おうという精神が、トーマ人達の心に宿ったのだ。
だから彼らは、刺客の指定した宙域に素直に集まった。
コーギの手下だった者と反乱軍だったものが、合わせて数千人、コーギの指定した宙域に停泊している、数十隻の宇宙船に分乗していた。
各船の操縦室には、もとコーギ側と、もと反乱側の者が共に、鈴なりになってモニターを見上げていた。
そのモニターには、彼らに接近して来るカンザウの宇宙船が、映し出されていた。
鈴なりのトーマ人の全ての者の顔に、尊崇と敬愛の表情が浮かんでいた。我らの新しい神をお迎えする。新たな指導者の庇護のもとに入る。そんな喜びが、期待感が、安心感が、依存心が、服従心が、トーマ人達の心を埋め尽くしていたのだ。
これでもう貧しい暮らしとも、過酷な労働とも、危険に満ちた日々とも、おさらば出来る。家族や、恋人や、友人や、仲間達に、豊かな暮らしを、贅沢な時を、満ち足りた日々を、与えてあげられる。
みな、そう思っていたのだ。何の疑いも抱くことなく、そう信じていたのだ。
それは幸福なひと時だった。手を合わせる者、涙を浮かべる者もいて、トーマ人達は皆、幸福なひと時を噛みしめる事が出来た。モニターに、カンザウの宇宙船から多数の光弾が放たれるのを、見る瞬間までは。
何十発もの核弾頭ミサイルが、カンザウの刺客の船から、指定された宙域に屯しているトーマ人達の船に向けて、発射されたのだ。
「ミサイル接近!」
予想だにしていなかった、悲劇的な報告が操縦室に届く。
「え?」
未だ幸福に満ちた表情を浮かべたまま、彼らは衝撃的な事実への驚きの声を上げた。
頭は己の最期を理解し、心は絶望に凍り付いたが、表情は未だに切り替えが追い付かず、幸福そのものだった。
光弾には見覚えがあった。ついさっき、その光弾がコーギの居住施設を破壊するところを目撃したのだ。その光弾が、自分達を目がけて飛来して来ていることの意味は、嫌でも理解できた。
「う、裏切りやがったんだ・・。俺たちを、皆殺しにする気なんだ。」
誰かが絞り出したような声で、そう告げた。
タオ達やシーザーの部隊から、カンザウの裏切りを知らされていた者も、その中には大勢いたが、刺客のコーギへの攻撃を目の当たりにした瞬間に、それを心の片隅に押し込んでしまっていたのだ。
だが、凶器の光弾の接近が、心の片隅にあったタオ達やシーザーの部隊の情報をよみがえらせた。
「奴らは始めから、コーギ殲滅に俺たちを利用し、用が済んだら殺すつもりだったんだ。誰かがそう言ってた。まさかそれが本当だなんて思わなかった。」
つい今しがた心を埋め尽くした期待感や安心感が、幻の上のものであったことが、冷徹なまでに証明された。
依存心や服従心の行き先が初めから無かったことが、無情な程に明らかになった。
向かい来る凶器に対して、もはやなすすべがないと知っている人々の中には、その目からぽろぽろと涙をこぼす者もいた。
「豊かな暮らしができると思ったのに。この戦いを経れば、家族や、集落の皆に、もっといい暮らしをさせてやれると思ったのに。」
多くの者が、それぞれの愛する者の顔を思い浮かべていた。ほとんどの者が、愛する誰かの為に戦っていたと言っても、過言ではないのだ。
コーギの手下だったものとて例外ではない。愛する誰かを幸せにしたい一心で、コーギに従属する事を受け入れたのだ。そしてそんな、自分達に富を授けてくれるはずのコーギを守るために、反乱軍と戦っていたのだ。
「コーギの手下だった事は、不問に付してくれるって言ってたのに。反乱軍と分け隔てなく、対等に扱ってくれるって・・・」
コーギの手下だったものの1人は、そう言って嘆いた。反乱軍とコーギの手下だったものを分け隔てなく扱う、という約束は、ある意味果たされているのだが、当然彼の頭には、「共に殺される」などという事は、想定されていなかった。
全てのトーマ人の心にあったのは、恐怖より悲しみや悔しさだった。大切な人を守れず、彼らの期待を裏切ってしまう事への悲しさ、悪辣な者を信じてしまった愚かな自分への悔しさで、彼らの心は満たされていたのだ。
だから、カンザウ一族の族長が、今の彼らを見る事が出来たとしても、彼が思い描いていた、トーマ人の恐怖にひきつる顔は、見る事が出来なかっただろう。誰の顔も、恐怖にひきつる事は無く、ただ悲しさと悔しさに、打ちひしがれているだけなのだから。
十数隻の宇宙船に詰め込まれた、数千人のトーマ人の、悲しみと悔しさに打ちひしがれた視線を集めて、殺人光弾は意気揚々、元気溌剌といった体で、無抵抗の獲物を指して虚空を飛んでいた。
その光弾を、タオの裂ぱくの気合を込めた雄叫びが、切り裂いた。
いや、雄叫びは宇宙空間では伝搬しない。真空だから。
光弾を切り裂いたのは、タオが裂ぱくの気合を込めた叫びと共に分割反射した、コーギの船から照射されているレーザービームだ。
高反射率に表面処理された専用の帆で受け止めれば、推進力として利用できるその光線は、帆以外の物体に命中すれば、破壊光線となるのだ。
刺客の船からミサイルが放たれた瞬間に到着したタオは、ミサイルが発射されて数秒の間に、全ての光弾の前方空間を座標指定し、レーザービームを分割反射したのだ。
それは神業と言える早さだった。タオ以外の誰にも、そんな芸当は出来なかったであろう。
最新兵の戦闘機に、最高のパイロットが登場していたからこその奇跡が、絶望の表情でモニターを見つめるトーマ人達に披露された。
光弾どもは、続々とタオが座標指定した空間に飛び込んで行き、一瞬の閃光の洗礼を浴びると同時に、次々に光球へと変化して行った。光弾の光球への変化が何を意味するかは、モニター越しにそれを見ていたトーマ人達にも、すぐに理解された。
「おおおお!やったぞおお!ミサイルが破壊された!」
「誰か知らんが、カンザウのミサイルを撃ち落としてくれたんだ!」
各宇宙船の操縦室に、凱歌が上がった。
その直後、カンザウの宇宙船から、新たな光弾が放たれたが、その光弾にもレーザービームの閃光が浴びせ掛けられた。
しかし今回の閃光は、百発百中で光弾を射止める事は出来ず、数本がかりで一発の光弾を破壊する事に成功する、といった感じだった。
もちろんこの攻撃を仕掛けたのは、リークやマクシム達が操る戦闘機だ。タオ程神がかった事は出来ないものの、初めて操縦する戦闘機で、ミサイルを全弾撃破したのは、上出来と言ってよかった。
刺客に集められたトーマ人の船団に向けられたミサイルは、全て破壊された。が、
「うわっ!ミサイルにロックオンされた・・!・・くそっ、回避不能だ!」
叫んだのは、シーザーだった。
「何ぃ!何とか振り切れ!」
「撃ち落とせ!あきらめるな!」
「隊長!頑張って!」
パイロットたちは口々に叫んだが、
「・・無理だ・・、もうこれまでのようだ。タオ、後は頼んだ。お前なら信頼できる。後はお前が・・・うわぁ!」
それきり、シーザーの機との通信は途絶えた。レーダーからも、シーザー機の反応は消滅した。
「隊長―っ!・・・そんな・・そんな・・」
シーザー機に向けて放たれたミサイルを最後に、刺客の宇宙船からは、一切の攻撃は行われなかった。
「弾を打ち尽くしたようだな。」
と、プロームが言い、
「集まったトーマ人を皆殺しにするところまでが、奴らのミッションだからな。そこまでの分の武器しか、無かったんだろう。」
と、マクシムが言った。
攻撃しないどころか、カンザウの刺客の宇宙船は、その後、等速直線運動を続けるのみだった。もはや推進力も無いのだった。
そんな刺客の宇宙船に、マーヤの船が接近し、武装解除しての投降を呼びかけると、刺客達は驚くほど素直に、両手を上げて宇宙船から漂い出てきた。