タオの憂慮
- トーマ星系の反乱と勇者タオ -
「オーケイ!ローディングアーム、右へコンマ2度修正完了。」
資源採取用楕円軌道人工衛星から射出されたコンテナが、タオが巧みに操作するローディングアームに向かって直進して来た。
「もう修正完了か、早いな。修正指示出す前からやってたな。」
マクシムから、驚いたような呆れたような声で、無線が入った。
「へへへ、勘だよ勘、なんとなくわかるんだ。」
タオは得意気に笑って言った。
このローディングアームでコンテナを掴む作業を、皆は仲間からの修正指示を頼りに、四苦八苦して何とかこなし、いや、しばしばミスしてアームを損傷させたり、酷い時にはコンテナを掴み損ね、慌ててスカイヨットで追いかける羽目になったりしている。
タオにはなぜか、修正指示は必要なかった。目の前にある多数の計器類を、どれともなく漠然と眺めるだけで、なんとなくアームの適正位置が分かった。
今回も楽々と、コンテナの回収作業を成し終えたタオに、マクシムを始めとする作業仲間たちからは、感嘆と羨望と揶揄の声が届く。
「まったく、かなわねぇな、タオには。」
「なんでそんな簡単に・・。なんでアームの適正位置が分かるんだ?」
「なんか、変なもんに取り付かれてんのか?」
「ハハハハハ、さぁな。何となく分かるんだ、何となく。」
「俺たちが四苦八苦して、たまに出来なかったりすることを、何となくで易々とやられたんじゃ、俺たちはカタ無しだろ。」
「ハハハハ・・。」
言い回しに棘はあったが、みな陽気な明るい声の色だ。信頼し合う仕事仲間にだけ見られる、活気とぬくもりに満ちた雰囲気があった。
第5惑星の黒ずんだ赤いガスに揺さぶられ、不安定な軌道で飛ぶ採取衛星から射出されて来るコンテナを回収する、という彼らの作業は、決して簡単ではないが、彼らが暮らす集落の命綱とも言える。
彼らの暮らす惑星軌道上の集落は、このトーマ星系第5惑星のガス雲から得られる資源のみで、ほとんど全ての生活物資を賄っているのだ。第五惑星の衛星ファイや、近くの小惑星帯からの資源も僅かには使われているが、衣食住に加え、通信や娯楽などに使う機器・器具等のあらゆるものが、ほぼガス雲から採取した物質で生産されている。
「コンテナ回収完了!おつかれさん!」
彼らにとって、命とも言えるコンテナの確保を仲間達に報告し、タオは回収船を、自動操縦で仲間の待つシャトルに向かわせ、操縦席を離れた。
「調子に乗るなよ、タオ!」
「修正なしでも捕まえられるからって、一人で全部やったと思うな。」
「そんなこと一言も言ってねえだろ。ただお前らより、はるかに上手いっていうだけの話だ。自慢する程の事でもねぇ。」
「なんだとてめぇ!もっぺん言ってみやがれ、ローディングアームでその首、胴体から引っこ抜くぞ!」
「おー恐い恐い。」
「ハハハハハ。」
「わハハハハハ」
「あっはっはっは」
通信機を、仲間達の笑い声が満たす。心を許し合った仲間だからこその、乱暴な言葉のやり取りを、タオは楽しんだ。作業を終えた開放感に誘われ、無重力の船内でカラダをクルクル回して遊びながら。
仲間達との作業は楽しい。労働の喜び、協調の喜び、集落の支えとなる喜び、そういった充実感を味わいながら、タオは今日も仕事を終える事が出来た。
だが、楽しんでいられるのもそこまでだった。
集落へ帰還する為のシャトルの、回収船が積載された貨物スペースで、コンテナに採取された物質の種類や量を確認したタオとその仲間は、確認が進むにつれて、たちまちにその表情を曇らせて行った。
「畜生!今回もカリウムが少ない!これじゃ、サバ村のみんなの腹を満たせるだけの食糧が生産できない。」
深刻に、額にしわを寄せるタオを、マクシムは見下ろした。彼の心にも不安と絶望が広がる。
サバ村と言うのは、彼らの集落の名前だ。この数か月で3人ものサバ村の者が、病で命を失っていた。満足な栄養と医療があれば、失われる事の無かった命だ。
十分な量の食糧を生産できるだけの資源を、彼らは何としても、この第5惑星のガス雲の中から採取しなければいけないのだが、物質の分布や変化のパターンが分からない。どこをどう採取すれば、必要なものが必要なだけ得られるのか。
この30年ほど採取していた領域からは、今はカリウムが採れなくなっていた。数千年に及ぶサバ村の歴史の中でも、何度かこういった「不漁」を経験し、深刻な事態を招いて来た。
今も、他の元素は充分な量を獲得できていたのだが、カリウムという元素一つが充分に採取できないが為に、彼らの集落には深刻な栄養不足が広がりつつあったのだ。
「どうすればいいんだ。」
マクシムは唸るようにつぶやく。
「何をすればカリウムは採れるんだ。」
「どこで採取すれば見つかるんだ。」
その場に集っていた彼の仲間達も、口々に苦悩の言葉を口にする。
と、タオが突如明るい表情になって、陽気な声色で言いだした。
「まあまあ、みんなそう落ち込むなよ。また明日。明日少し別の場所を採取してみよう。どこにもカリウムが無いなんてことがあるか。きっと明日は見つかるさ。」
つい今しがた、自分が最も深刻な顔をしていたくせに、とマクシムは思った。それが、皆を勇気づける為の、作った笑顔である事は、あまりにも明らかだった。
しかし、不思議なものだ。タオに笑顔でそういわれると、なぜか少し気分が和らぐ。希望が持てる。タオの持つ不思議なカリスマ性だと言えた。
そう思ったのは、マクシムだけでは無かったようだ。
「そうだな。明日だな。明日。」
「悩んでも始まらなねぇよな。」
「見つかるまで探すだけだよな。」
みなに明るい表情が戻った。何の根拠も無い希望だが、現実の状況に何らの変化ももたらしたわけでは無かったが、タオの言葉で皆が勇気付けられていた。
シャトルは帰途に付き、貨物スペースでマクシムがタオと2人きりになった時、タオの額に再び深刻なしわが刻まれているのに、マクシムは気付いた。
「おいおいタオ、また明日頑張ろうって、さっき言ってただろ。そんな顔すんよ。」
努めて明るい調子で、マクシムは声を掛けたが、タオの表情は変わらない。
「皆にはああ言ったけど、やはりこのままじゃ・・。」
「明日には、何かが変わるかも・・」
言いかけたマクシムを遮るように、
「そう言い続けて何か月になる。このままカリウムが見つからなかったら、集落からは病死者がバタバタ出ることになるぞ。病死と言ってはいるけど、実質は餓死だ。みんな十分に栄養を採れないから、簡単に病気になるし、病気になったら簡単に死んでしまう。」
「でも、俺たちにできる事は、とにかくウミからカリウムを探し出す事だ。」
惑星のガス雲の事を、かれらは「ウミ」と呼んでいたし、ガス惑星自体も、「ウミ」と呼んでいた。人類発祥の惑星である地球を、彼らは見た事も無いし、名前すらも聞いた事がなかったが、命の源である存在に「ウミ」と名付けるのは、数千年も前の地球時代からの遺産であろうか。
「いや、それじゃあ、座して死を待つに等しいかもしれない。何かをしなければ、何かを変えなければ。」
タオは熱っぽく言った。
「何かって、またお前、コーギとかいう連中の事業に参加するって言い出すんじゃないだろうな。」
「もう、それしか可能性は無いと思うんだ。」
「馬鹿言うな!あれに参加したら、散々こき使われた挙句に殺されるだけだって話だぜ。トーマ長老会でもそういう報告があったって、じいが言ってただろ。」
トーマ星系には、第4惑星と第5惑星に、古くからの集落が100程あり、各集落の長老が1年から2年ごとに一堂に会し、情報交換をしたり、出来る範囲で互いへの支援をしたりしている。それが、「トーマ長老会」だ。
集落間には、上下も優劣も無かった。貧富の差も無かった。ガス惑星から資源を採取するという生活スタイルも、採取される物質の種類も量も大差なかったから、全ての集落が等しく貧しかった。
それぞれの集落が独立しつつ、緩やかな連携体制があり、対等な立場での交流があったのだ。お互いの集落を気遣い、助け合う精神も見られた。
実際タオのいる集落であるサバ村も、カリウム不足に陥ってから、何度か近隣集落からのカリウムの提供を受けていたが、近隣集落とて、カリウムが無尽蔵にある訳ではないので、充分な量ではなかった。
タオはマクシムに言い返した。
「でも、コーギの事業であらゆる物質の採取量が増え、安定し、食糧やその他の生活必需品の生産も、たっぷり出来ているって報告もあったじゃないか。たとえこき使われたって、そこへ行けば何かが得られるかも、何かを変えられるかもしれない。」
「殺されちまったら、何にもならないじゃないか!」
「殺されるもんか、何があっても生き延びて見せればいいんだ!」
マクシムは圧倒されて言葉が継げなかった。命を懸けてでもサバ村を救いたいというタオの熱意には、マクシムも胸を打たれずにはいられない。
「このままじゃ、サバ村は滅んでしまうかもしれない。こんな不漁が何回も繰り返されたら、いつか全滅してしまうと思うんだ。ウミから資源を拾うだけの生活じゃ、集落の未来は無いんじゃないかと思うんだ。」
「そんなこと・・。これまでも、何千年も、俺たちの集落はこうやって生き延びてきたんだろ?これからだって・・」
「これまで大丈夫だったからって、これからも大丈夫だという保証にはならないんだ!絶対に滅ぼしたくないから、どうしても幸せにしたい人達がいるから、このまま手をこまねいてはいられないんだ!」
その言葉でマクシムは、ある少女の横顔を思い浮かべた。メイリと言う名の少女で、タオの恋人だ。彼の言う、どうしても幸せにしたい人の、筆頭だろう。
メイリが飢えるのを、メイリの未来が暗雲に閉ざされるのを、タオは何より恐れるのだろう。己の命が尽きる事よりも、何倍も。
メイリだけでなく、集落全体の将来を案じるとタオは言っているのだろうが、二人の仲睦まじさを知るマクシムには、メイリを守る為と言われれば、タオの言葉に反論の余地がなくなってしまうのだ。
それでもマクシムは、タオが集落から出て行くことを恐れた。彼のいないサバ村は、カリウムが無いのと同じくらい、危機的なものに思えた。
だいいち、タオが出て行ってしまったら、メイリはどうなるのだ。それこそが、最もメイリを悲しませる事ではないのか。
しかし、メイリの事に言及する事を照れくさく感じたマクシムは、あえてそこには触れず、別の事柄で説得を試みた。
「お前がいなくなったら、誰がコンテナを捕まえるんだ。」
「誰だって捕まえられるさ。・・ただ、時々失敗するだけだ。」
そしてタオはにやっと笑って、
「お前が慌てて、スカイヨットでコンテナを追いかければいいんだ。」
「ちぇっ、馬鹿にしやがって。この前のとき、どんだけ俺が苦労したか分かるか?お前に。」
タオが茶化したので、この話題は、この時はこれで終わった。