タオの出撃
シャトルから降り立った彼らを出迎えた者を見て、一同は目を見張った。
絶世の美女、という言葉を誰もが思い浮かべた。
そもそも、コーギ一派に女性がいるという事を、反乱軍の面々は想定していなかった。冷静に考えれば、7千人も移住してきているのだから、男ばかりのはずはないのだが、ヤマの開発の技術指導をしに来ているということから、やって来ているのは男だというイメージが、頭に中に染みついていたのだ。
だからコーギの船での出迎えが、女性であるというだけで大変な驚きだったのだが、それが並大抵の女性では無く、絶世の美女だったのだから、驚愕の方も並大抵では済まなかった。
色鮮やかな布地でできた、シンプルな構造ながら優美な衣を、何枚も重ねて着こみ、長々と裾を引きずっているその出で立ちは、見るものを圧倒するきらびやかさで満ちていた。
その女性の顔立ちは、真っ白でほりが浅く、先ほどモニターで見たコーギの者と同族の者であることが一目でわかったが、見るものを圧倒的する程端正な形は、他に比類無きものであるとタオ達に確信させた。
「此度は、大切な宇宙船を犠牲にし、その命を危険に曝してまで、わらわたちを救ってくださり、お礼の言葉もござりませぬ。いかようにすればこの御恩にお答えできますものやら、なんなりと申し述べて頂きたく・・」
「いやいや、別に・・、」
長々とした謝辞を遮って、タオは言った。
「船はもう用済みだったし、何にも危険なことは無かったから、そんなにかしこまってお礼を言ってもらう程の事は無い。」
「それより詫びを言わねばならんのは、我々の方だ。」
シーザーが言った。
「あなたがたコーギ一派がこのような虐殺の憂き目にあったというのは、我々が招いた事なのだ。カンザウの刺客を呼び寄せ、あなたたちを撃たせるように仕向けたのは、我々なのだ。許して・・いや、裁いてくれ。あなたたちには我々を裁く権利がある。」
「いつかこのような時が来ると、以前より思うておりました。トーマの方々が、過酷な労働を強いられ、危険な作業で大勢が命を落としている事を、わらわは知っておりました。知っておりながら、我が身可愛さゆえに、何も出来ずにおりました。此度の事はその報いでございましょう。それに直接手を下したのはカンザウの手の者であり、此度の企みの筋を描いたのも、カンザウの族長でありましょう。さすれば、あなた方が罪の意識に捕らわれる必要は、つゆほどもござりませぬ。」
端正な顔立ちの中の、くりくりと大きな瞳に、たっぷりの悲しさを湛え、怒りや恨みの感情を微塵も見せずに話すその様に、タオ達は底なしの包容力と慈愛の精神を感じた。
言葉の内容よりも、その姿に見とれてポカンとしてしまっていた一同だったが、数秒の沈黙の後、ようやく言葉を返す事に思い至った。
「知っていたのか・・?先ほど話したコーギの者は、何も知らなかったような事を言っていたが。」
「わらわ達コーギ一派も、一枚岩ではござりませぬ故、聞き及んでいる事情も、まちまちでございます。」
少し首を傾げるようにして、少女のような愛らしさを滲ませつつ、そのコーギの女性は説明を続けた。
「わらわ達は八つのグループに分かれ、トーマの皆様への指導をいたしておりました。グループごとにそのやり方は異なっており、トーマの一部の方に、直接の指揮監督はお任せしてしまうグループもあれば、コーギの者がある程度状況を把握しているグループもありました。」
「が、どのグループにおいても、トーマの作業者の方々に、僅かな報酬で過酷な労働を強い、多くの命を失わせてしまうような事態にもなっていた事は、変わりござりませぬ。その実情を知らされておらぬコーギの者も多くおりましたが、わらわは聞き及んでおりました。」
視線を遠くにさまよわせ、過去の自分に歯噛みするように、話を続けた。
「しかしわらわは・・・、知っていながらわらわは・・、わらわ達の長を軽く口頭で諌める事以外は、何も致しませんでした。長の怒りを買う事を恐れ、トーマの方々を見殺しにして来たのでございます。」
気品のある中にも、微かな声の震えが見られ、彼女の誠実な悔恨と謝罪の思いが、その場にいた全てのものに感じられた。
「そのために、トーマの皆様に怒りが募り、此度の様な結末に至ったのでござりますから、この責は一重に、我が身にあるのでございます。」
「ぅわーっ!」
コーギの女性の、あまりに慈悲深く慎み深い態度に、マルクは自責の念に堪えかねて喚いた。
「あ・・あ・・あなたに何の罪があるというのだ!罪があるのは、悪いのは俺達だ!あなたのような心優しい人がいると思いもせず、カンザウの言葉に従ってこんな惨いことを!コーギは皆悪だと、何故決めつけてしまったのだ俺は!・・すまない・・申し訳ない・・本当に・・本当に・・」
そんなマルクを、温かな眼差しで見つめるコーギの女性は、
「あなた方にとって、わらわ達ミナト家の者は未知の存在である故、過酷な労働を強いられてそのように思い込む事も、無理からぬことでござりましょう。そのように自分を責めるのは、およし下さい。」
と言って慰めたが、優しくされればされるほど、マルクの自責の念は膨らむ一方のようだった。
「コーギを皆殺しにするという提案を受け入れた事は、本当に愚かな判断だった。」
と、シーザーも重く沈んだ声色で、深々と頭を垂れて、悔恨の思いを語った。
「今聞いたところでは、確かにトーマ人にひどい仕打ちをしていたコーギの者もいたようだが、一部の者の所業だけで皆殺しにするなど、余りに卑劣だ。良く知りもしない人々を、限られた情報だけで悪と決めつけ、そんな卑劣な行為に及んでしまった。カンザウにそそのかされたとは言え、我々自身の下劣さが、この残酷な大虐殺の最大の原因だ。謝って済む様な事では断じて無いが、本当に申し訳なかった。」
コーギの女性も、反乱軍の面々も、共に罪の意識に心を痛め、傷ついている様に、タオは悲しくなった。
ほんの少し言葉を交わす機会が、もっと早くにあれば、誰も、こんなにも、自責の念に苛まれるような事は無かったものを。そう思うとタオは、運命の非情さを呪いたい思いがした。
「もう、誰が悪いとか、そんな事は良いではないか。そんな事より、なさねばならんことが、急がねばならんことが、我らにはあるはずだ。」
「・・・そうだ!」
タオに言われて、皆が大切なことを思い出したようだ。
「今こうしている間にも、殺されようとしている者達もいるんだ。カンザウの刺客が、反乱軍を呼び集めて皆殺しにしようとしているんだ!」
「まぁ!・・何という事・・。カンザウは、わらわ達ミナト家の内部闘争にあなた方を巻き込み、利用した上に、用が済んだら殺してしまおうとしているのですか!?」
慌てふためいていてでさえ、全くあでやかさを失わず、コーギの女性はそう言った。
「あなたたちコーギの人には、カンザウの刺客の攻撃に対処できるような武器や技術は無いのか?」
タオは尋ねた。
「何とか仲間を救いたい。あなた達の同胞を皆殺しにしておいて、自分達の仲間の皆殺しは食い止めたいなどと、自分勝手な言い分で相済まないが、もしあなた達が何か手立てを持っているなら、我々に授けてもらいたい。」
シーザーもタオに続いて言った。
「仲間を救いたいと思う気持ちが、身勝手などという事はありません。トーマの方々が大勢殺されるなどという事は、わらわにとっても大変な悲しみです。出来る限りの事はして差し上げたいのですが・・。」
「無いのか?手立てが。」
タオは不安げに聞いた。
「無くはありません。最新式の戦闘機が、この船には搭載されております。ですが、操縦できる者がここにはおりません。お恥ずかしながら、このような最新兵器を使用する場面があろうとは、つゆほども想像しておりませなんだので、誰も操縦方法を知り及んでおりませぬ。」
「なんだ、そんな事か。操縦なら任せてくれ。」
タオは自信満々に言った。
「とにかく見せてくれ・・ええっと・・、」
名前を呼びかけたい衝動に駆られて初めて、彼女の名前をまだ聞いていない事に、タオは気付いた。
「マーヤと、申します。」
それを察したコーギの女性は、穏やかな笑顔で名乗った。
数分後、タオは最新鋭戦闘機のコックピットの中にいた。
見た事も無い機体で、見た事も無い計器類がたくさんあり、聞いた事も無い機能がたくさんありそうだった。
だがタオは、コックピットの座席に座り、計器類を漠然と眺めただけで、その機体の性能や操作法を知る為には、どこを触ればいいのかが、なんとなく分かるのだった。
いつものタオの特殊能力と言ったところだろうか。
タオはいくつかのスイッチに触れ、幾つかの計器類に目を走らせた。
「すごい機体だ、これは。ものすごい性能だ。恐るべき能力だ。」
「おいおい、座ってるだけでそんな事が分かるのか?」
シーザーは不思議そうにタオを眺めて言った。
「ああ、このスピードメータのメモリを見れば、この機体の最高加速度が分かる。こっちのスイッチは、ビームの分割反射機能がこの機に付加されている事を教えてくれるし、この操縦かんの感じからすると・・・。」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ・・。分割反射?なんだそれ。」
「ああ、俺も驚いたけど、こいつは目的地に着くまではビームで押されて加速して行き、敵に遭遇するや否や、その推進用のビームを、分割反射して多数の敵に一斉にぶつける事で、攻撃用の兵器に転嫁する事が出来るらしい。この機体そのものには推進剤も武装も搭載されておらず、その分とても軽いから、大きな加速性能を発揮できるんだ。」
マクシムは目をぱちくりしながら聞き返した。
「推進剤も武装もって・・、じゃあこれは、ほとんどただの箱じゃないか。ただ、ビームを分割反射できるだけの。」
「そうなんだ、ビームによる超高加速が可能で、ビームの分割反射による多標的同時攻撃も可能な、箱だ。」
同様の戦闘機が10機、その宇宙線には搭載されており、タオは、たった今理解したばかりのその機体の操縦法を、ウミからの仲間や反乱軍の面々に教え、10機揃って出撃することになった。
「一度も操縦した事も無い奴から、口頭で説明されただけで、実践投入だものな、滅茶苦茶だが、そうも言ってられんか。」
シーザーは苦笑しながら言った。
タオ、リーク、マクシム、プローム、カリン、ソイル、マルク、シーザー、それに反乱軍メンバーが2人加わり、10人の即席パイロットが出撃準備を整えた。
「出撃の前に、何か召し上がって行ってください。腹が減っては戦は出来ぬと申しますでしょ。」
そんな言葉は初耳だったタオだが、確かに腹は減っているし、空腹を解消してから出撃した方が、良い働きが出来そうだと思った。
「おお、ありがたい。出撃前に腹を満たせるとは、願っても無いぜ。」
そいう言う彼の目線は、食事を運んでくる女中たちの方に注がれ、他のパイロット達もそれに吊られて、女中たちの方を見た。
「カ・・カ・・カスミ!カスミではないか!」
驚愕を孕んで、突如リークが叫んだ。それとほぼ同時に、
「ニーナ・・ああ・・ニーナ・・」
瞬時に泣き崩れながら、マルクが喚いた。
食事を運んできた女中の中に、遥か彼方の星系に奴隷として売られて行ったと思っていた、大切な人を見つけたら、そうなるのも無理はなかった。
「リーク、あなただったの、ウミから来て私達を救ってくれた人って・・。」
「あ・・救ったのは、こっちのタオだ。タオが見事に、俺たちが乗っていた宇宙船を、お前たちに襲い掛かっていたミサイルに衝突させた。」
「・・そう、でも嬉しいわ。またあなたに逢えるなんて。あなたがウミでの強制労働から解放され、そんな頼もしい仲間と行動を共にしているなんて。」
そう言いながらカスミは、その手をリークの頬に、肩に触れさせて行った。
そんなリークとカスミの再開劇の隣では、
「ああ・・ああ・・ニーナ・・ニーナ・・。」
「ちょ・・ちょっと、・・しっかりしてよ!みんなの前で抱き付かないで。」
と、感激のあまり泣き崩れ、抱き付いて来るマルクに、ニーナは困惑気味だった。
「よかった、よかった、無事だったんだ。カーガ星系に奴隷として売りとばされたって聞いて、俺は・・俺は・・、ああ、・・ニーナ・・。」
「うんうん、心配してくれたんだね。あなたも無事で何よりだよ。・・でも恥ずかしいから、そんなに抱き付かないでよ。」
「大丈夫だったか?酷い事されなかったか?つらい思いをさせられなかったか?ああ・・、ニーナ。」
「ちっともつらく無かったよ。マーヤ様のもとで、私達はすごく恵まれた暮らしをさせてもらっていたわ。コーギの中には灰汁どい人もいるけど、私やカスミさんの周りにいた人達は、良い人たちばかりだったわ。」
それを聞くとマルクからは、また別の種類の、悔恨という名の涙が溢れて来た。
「そうか・・、やっぱり・・、良い人もいたのか。ニーナに優しくしてくれた人もいたのか・・。それなのに俺たちは・・」
「私もここに来るまでは、コーギはみんな悪人だと思ってたから、マルクや反乱軍の人達の思いも良く分かる。すごく悲しくて残念な事になってしまったけど、私は今回の事で反乱軍を責める気にはなれない。親しくしていたコーギの人達が死んでしまった事は、本当に寂しくてつらい事だけど。」
「・・済まないニーナ。お前が親しくしていた人も、俺たちのせいで死んでしまったのか。何てことだ。」
「もうそのようにご自分を責めなくても良いのではありませんか。あなた方はカンザウの口車に乗せられてしまっただけなのでしょう。」
マルクの哀れな泣き様に、マーヤも思わず声を掛けて来た。
「そうよ、マーヤ様の言う通りよ。一番悪いのはカンザウよ。ねぇ、カスミさん。」
「そうね、とにかくカンザウにこれ以上、人を殺させないことが、今は一番大事な事ね。」
ニーナに答えるように、カスミは言った。
「そうだ、その為に俺たちはこれから出撃するんだ。こいつを食って。」
そう言ってマルクは、ニーナが持っていた盆にのせられた握り飯を、口いっぱいに頬張った。タオもリークもマクシムも、その他出撃を控えた者達全員が、頬を目いっぱいに膨らませ、うまそうに握り飯に食らいついた。
そして、再会を喜ぶのもそこそこに、腹ごしらえの終わった勇者たちは機上の人となった。




