タオの転戦
タオ達やシーザー旗下の反乱軍部隊を乗せた宇宙船は、基地から照射されるビームに押され、トーマ星系第3惑星へむけて進発した。
「う・・うう・・くっ・・、おい、この船、止まれるんだろうな。うぉうっ・・、止めてくれるビーマの手配は付いているんだろうな。」
強烈なGに耐えつつ、再び宇宙を漂流するかも知れぬ危機に陥りたくないガミラが、かみつくような勢いでシーザーに聞いた。
「んん・・っ、ど、どっかの間抜けと一緒にするな。この船は自力で止まれる。ぅぅ・・、停止分のジェット燃料とエンジンは・・うっ・・積んであるんだ。」
シーザーもGに必死で絶えながら答えた。
「・・んん、そんないいものがあるのか。ウミにもそういうの、無かったのか?」
と、リークに問われてガミラは、
「移動距離が・・んん・・違いすぎるだろう、ヤマとウミの移動と、ヤマとヤマのでは。距離が長い分スピードを出さねばならんから、止まるのに必要なジェット燃料も多くなって、船が重くなりすぎるから、自力で停船する事は諦めねばならんのだ。ウミとヤマの移動では、自力停止型の船は・・ん~ん・・使えないんだよ!」
と、Gに四苦八苦しながら怒鳴り返した。
「お前もしかして、まだコーギを救う事を諦めてはいないのか?」
とマルクに問われたタオは、
「ああ。全く方法は思いつかないがな。」
と、答えた。
「確かに、ヤマの開発が終わってしまうのは、これまで過酷な労働の犠牲になった仲間達の死を無駄にする事にもなるし、期待した豊かさを諦めなきゃならなくなる。それは俺もつらい。コーギを皆殺しにしても、ヤマの開発を続けられる方法があればいいんだが。カンザウは裏切りやがったし。アメリアからの知識や技術を持った者が、他にいればいいんだが。」
「お前はどうあっても、コーギを許す事は出来ぬようだな。」
「・・ああ、出来無い。」
「だが、コーギの者と直接会った事は無いのだろ?」
「・・ああ、無い。・・確かに、俺たちに直接、過酷な労働を強いていたのは、コーギの手下になり下がったトーマ人だった。事業に参加すれば豊かさが得られると甘い餌をちらつかせて、俺たちを呼び寄せたのも、ひとたび現場に入った後は、武器で脅して過酷で危険な労働を強制して来たのも、その中で仲間が死んでいっても気にも留めず、安全への配慮をする気配も見せずに、俺たちを働かせ続けたのも、すべてトーマ人だった。コーギの連中がどんな奴で、何を考えているのか等は、俺は何も知らない。本当に恨むべきは、コーギに魂を売ったトーマ人なのかもしれないな。」
マルクがそういうと、タオはちらりとガミラを見た。
「お・・、あ・・、だからこうして、罪滅ぼしに反乱軍の救済に協力しているだろ。」
と、ガミラはしどろもどろの体で反論した。
「トーマ人に恩を売って罪をまぬかれようとしているって言った方が、正確だと思うが。」
強烈なGの中でも冷静な声色のプロームに冷やかされ、ガミラはたじたじとなった。
タオは改めてマルクに向き直り、言った。
「だが、お前の恋人を連れ去り、奴隷として遥か彼方のカーガ星系に売りとばしたのは、コーギの者なのだな。」
「そ・・、そうだ!奴らはニーナを、ニーナを!」
マルクの顔に悔しさがにじんだ。
「結局お前は、女の事だけでコーギを恨んでいるんじゃないか。」
ガミラが憎まれ口をたたく。
「何だと・・」
言い返そうとするマルクを制するようにタオが、
「俺だって、恋人を連れ去られ、奴隷として売り飛ばした奴がいたら、そいつを殺してやりたいと思うだろう。本当に殺すかどうかは分からんが。」
タオはメイリを思い浮かべて行った。その手は胸元に飾られたピンクサファイアに触れていた。
「おれもその点では、コーギの奴らを殺してやりたい!」
同じく恋人を連れ去られたリークが、絞り出すような低い声で言った。
「恋人を連れ去った奴以外のコーギの者には、直接的な恨みはないという事になるな。」
そうタオに言われるとマルクは、
「・・り、理屈ではそうなるかも知らんが、俺にはコーギに良い奴がいるなんて思えない。あいつらが手下にしたトーマ人に渡した武器で脅されて、俺たちは強制労働させられていた訳だからな。直接は話した事も無いとはいえ、仲間達を死に追いやった事に関しても、手下になっているトーマ人とコーギ一派の連中は、一蓮托生だ。」
「もし仮に、お前の恋人を返してくれ、労働条件も改善してくれたら、コーギへの恨みは取り下げ、コーギと協力してヤマの開発を続ける気になれるか?」
その質問はかなり意外なものだったのか、マルクはしばし逡巡したが、
「ニーナを返してくれるなら、殺すほどの憎しみは無くなるだろうな。奴らがこれまでの俺たちへの扱いを反省し、これからは安全や作業の負荷も考慮して事業を進めてくれるとしたら、手を取り合っても良い・・。」
考えを巡らせつつそう言っていたマルクだったが、
「・・、だが、そんなことは万に一つも無いだろう?ニーナが帰って来る事も無いだろうし、お前にも取り返す算段なんかないのだろう?コーギに考えを改めさせる手立ても、ある訳無いのだし。」
「ああ、そうだな。あくまで仮定の話だった。ただ、分かり合える可能性が皆無ではない者達が、今から皆殺しにされようとしていると思うとな・・。」
タオは、その目に悲しみを湛えてつぶやいた。タオの姿に、マルクや周囲にいた反乱軍の面々も、何か感じるものがあるようだった。
「ブレーキを掛けるぞ!」
という声が、出発から1時間程過酷なGに耐えた後、発せられた。
床と天井が逆転したが、今回は全員がそれに備えていたので、ガミラを除く全員が、見事に新しい床への着地を成功させ、「痛たた・・」と、その床に這いつくばって腰をさするガミラを見下ろした。
彼らは、そのあと1時間、方向は180度反転したが、同じく過酷なGに耐えねばならなかった。そして、
「友軍の部隊の一つと連絡が取れました!軌道上のコーギの居住施設の近くに陣取っている部隊です。これから他の部隊にも、本船の全通信設備を使って、呼びかけを実施して行きます。順次通話が可能となる見込みです。」
との報告がもたらされた。
シーザーが、
「よし、まだ刺客の到着には間がありそうだな。幾つかの部隊には危急を伝えられるだろう。今繋がった部隊の画像を出せるか?」
と言うと、彼らがいる宇宙船の操縦席のメインモニターに、2つの画像が、左右に分かれて映し出された。
画面の左側には、通信先の部隊から転送されて来ている、コーギの軌道上居住施設の外観を撮影しているライブ画像が映し出されていた。
タオ達には見た事も無いような、派手でけばけばしい建造物だった。
基本的にはタオ達の集落にあるのと同じ、円筒形の建造物なのだが、その両端には何やら「家畜」を模ったようなモニュメントが設えられていた。
野生動物というものの存在しない彼らの世界では、人以外の脊椎動物は全て「家畜」と認識され、そのモニュメントが雄々しい鷲やトラを模している事を、タオ達は理解できなかったのだ。
金という鉱物も彼らは知らなかったので、その純金製の鷲やトラの彫像も、タオ達には「派手な色の家畜のモニュメント」と認知されたのだ。
画面の右側は、施設の近くにいる部隊の隊長の顔だった。隊長の後ろには、最強兵器である鉄の棒を構えた者数人を含んだ、数十人の反乱軍メンバーがいて、突入の準備が万端といった様相が見て取れた。
が、彼らは突入するつもりはない。そうやってコーギの目を引き付けて、刺客の接近に気付かせないようにする事が、彼らの任務だ。
「おい、こちらシーザー部隊だ。緊急連絡がある。カンザウが我々を裏切り、我々の皆殺しを図っている。今コーギ抹殺に向かって来ている刺客は、我々反乱軍も標的としている。奴らに気を付けろ、奴らの言いなりに動くな!」
と、シーザーが一気にまくしたてると、モニター内の隊長の顔が驚きと恐怖にひきつった。
「な・・なに!カンザウが俺たちを裏切って・・、俺たちを殺しに来るというのか!さっきも身元不明の者からそのような報せがあったようだが、本当だったのか?」
「そうだ。とにかく今すぐそこから離れるべきだ。奴らはまずコーギを皆殺しにし、その後、我々を刈りに来る。奴らにとって我々は雑草らしい。そこにいたら、コーギ抹殺に巻き込まれて死ぬぞ。そこを離れてしまえば、後は刺客達のいう事に従わなければ、殺されずに済む可能性は高いと思われる。」
「つまり、今すぐ一目散に逃げれば良いという事だな。分かった、今すぐ総員退避する。」
その会話に、タオが割って入った。
「コーギの連中と話が出来ないか?そこからコーギの誰かに会話を呼びかける事は出来ないか?」
「なに、コーギと話し・・何を話すというんだ。」
「コーギに刺客の接近を教えるんだ。」
「何の為に?コーギはカンザウの刺客に抹殺させるのが計画だろう?」
このタオとモニター内の隊長との会話に、今度はシーザーが割り込んだ。
「こいつは反乱軍のメンバーでは無く、コーギの皆殺しには反対の者だ。皆殺しは余りにも残酷すぎるって考えもあるし、カンザウが裏切った今、コーギが全滅してヤマの開発が終わってしまうのも、気に入らんらしい。」
「はん?コーギに情けなど掛ける必要は無いぞ!まぁ、ヤマの開発が終わるのはきついが、もう刺客はすぐそこまで来てるんだろ?そこまで考えてられない。我らは逃げるぞ!」
そこへ今度は、マルクが割り込んで来た。
「あんたたちは逃げて構わないが、コーギと話を出来るようにしてから逃げて欲しいんだ。それくらいは出来るだろう。」
「お前は反乱軍じゃないのか?なぜコーギの肩を持つ。」
モニター内の隊長は怪訝な顔をした。
「別にコーギの肩を持つつもりなどは無い。ただ、タオと話をして、いきなり皆殺しにするのはやはり酷いと思ったんだ。俺は一度もコーギの者と話した事は無い、あんたも無いだろ?一度くらい直接話をしてみて、それで皆殺しがふさわしいかどうか判断したいんだ。お願いだ!一度話をする機会を作ってくれ!話して皆殺しが当然の連中だと思えば、刺客の事は教えない。でももし、皆殺しにする必要は無いと思ったら、刺客の事を教えてやろうと思うんだ。」
「馬鹿な、コーギなど根絶やしになって然るべきだ。このまま見殺しにして行けばいいではないか。」
「俺からも頼む!一度話をさせてもらえば良いんだ。コーギにひとこと対話を呼びかけ、こちらの通信波長を教えてから、退避してくれればそれでいいんだ。」
シーザーがまた割り込んで言った。
「お前まで・・。まあいい、どうせ皆殺しが当然という結論になるのだけだろうからな。ひと言くらい話させてやっても、何も変わらんだろう。」
そう言うと、その隊長が映っていたモニターは暗転した。その直後に通信係から連絡を受けたシーザーが、
「通信可能な部隊がたくさん出てきた。人手が足りない。手伝ってくれ!手の空いてるものは通信席に付いて、刺客の件を報告してくれ!」
と、タオや反乱軍メンバー達に告げ、
「味方に刺客の件を伝えたら、コーギの者とも話す機会を作ってもらえるように要請しろ。可能になったら、俺かタオを呼べ!」
と、付け加えた。タオは驚きと喜びを混ぜ合わせた顔で、シーザーを見つめた。
「ひと言話す機会を作るだけだ。コーギの皆殺しの方針が変わった訳では無い。」
シーザーはどこか照れたようにタオに向かって言った。
「ああ、でも、有難う。有難う。」
タオがそう言って手を差し出すと、シーザーはその手を取った。両雄の間に固い握手が交わされた。マルクとマクシムも、なぜかその背後で握手をしていた。
そう言っている間に、モニターの左半分には次々に小さな枠がいくつも生成されて行き、それぞれの枠内には軌道上施設の画像が映し出されて行った。
「あれが、連絡の取れた施設の画像が?」
マクシムがマルクに聞いた。
「そうだ、この船の望遠レンズで捕えた画像や、近くにいる部隊が撮影した画像が転送されたものもある。」
「こんなにたくさんあるのか、そんなにたくさんいたのか、コーギ一派っていうのは。」
マクシムは、コーギというものが何人くらいの一派なのか、どれくらいの数の居住施設に住んでいるのかなど、全く知らなかったことに、今気づいた。
「7千人程が15個の軌道上施設と5個の大地の施設に、分かれて住んでいる。」
と、マルクは教えた。
「そんなにいたのか・・。お、あれはヤマの大地の上の施設か?」
プロームがモニターの一角を指さしながら尋ねた。岩石惑星の地上風景は、タオ達のようなガス状惑星の軌道上で暮らしていた者には、始めて見るものだったが、一目でそれと推測できた。
「ああ、地上施設に攻撃を加えている部隊もいるからな。その攻撃中の地上施設を少し離れたところから映しているカメラがあるようだ。」
見る間に左半分のモニターには、十個ほどの軌道上施設と、3つほどの地上施設が映し出されていた。