タオの危機
1日が経ったころ彼らは、一度は追い抜かれた刺客達の船団を、再び追い抜いた。
彼らは相変わらず、微弱ではあるが電波を出して船団内での連絡を取り合っていたから、タオ達は彼らの位置を把握できたが、電波を出すことなく追い抜いて行ったタオ達の存在に、刺客達は気付かなかった。
その直後、ガミラがまたも顔面を蒼白にして、慌てふためいてタオ達に報告した。
「大変だ!止まれない!」
「何の話だ。」
タオは聞き返した。
「この船を減速してくれるビーマが無いのだ。ヤマにあるビーマの内、半分以上は反乱軍の手に堕ちるか破壊されるかしていて、残ったビーマも反乱鎮圧の為にフル稼働の状態で、この船の減速に使えるビーマは無いと、今ヤマにあるコーギの基地から言われたんだ。」
「ビーマが無いと止まれないのか?」
「当たり前だ、ビームセイリングは、出発地点にあるビーマから照射されるレーザービームで押してもらって加速し、目的地点にあるビーマからのレーザービームで押してもらって減速する航法だ。だから自力では進む事も止まることも出来ない。」
「じゃあ、止めてくれるビーマを、出発する前に予約し説かなきゃいけなかったんじゃないのか?」
「無論したとも。出発時点でヤマに連絡を入れただろ?その時に減速用のビーマは確保したはずだったんだが、そのビーマを持っている基地が、反乱軍に乗っ取られたらしい。まさかそこまで、反乱軍の進撃が及んでいるとは思わなかったんだ。予想外に事態の展開が早い」
ガミラにも、ウラシマ効果を計算に入れる頭は無かった。高加速している彼らの時間は、そうでないものの時間より、相対性理論に従って遅くなる。逆に言えば、加速してない者達の巻き起こす事態の進展は、加速している者達にとっては、速すぎるものとなる。
「で、他のビーマも反乱鎮圧で手いっぱいだから、俺たちの為には回してくれないって事か。こっちが重要な情報を持っているって言えば、回してもらえるんじゃないのか?」
「それも言った。カンザウ一族の刺客がコーギ暗殺を狙っている事も、連絡した。刺客達に傍受されて、こちらが向こうの企みを知っている事に気付かれる可能性もあったが、もはや追いつかれる事も無いと思ったし、背に腹は代えられんとも思ったので、無線でその旨を発信したんだ。だが、信じてもらえん。全く取り合ってはもらえん。」
ガミラとマクシムの議論に、タオが割って入った。
「減速できないままだとどうなる。」
「宇宙空間を永遠に漂流することになる。十数日でトーマ星系を飛び出し、何も無い虚空に向けて突進して行くだけだ。今の進行方向からして、数千年以内にはどの星系に漂着する可能性も無い。」
「・・それはもう、死んだも同然だな。」
プロームが冷静な声色で、絶望的な現状確認をした。
「トーマ星系の一大事に、トーマ星系から放り出されて、宇宙を漂流して、虚しく死んでいくのか?そんな馬鹿げた話があるか!何としてでも止まらないと。」
「止めてくれるビーマを見つけるしかないのだが。」
またしても、ガミラとマクシムのやり取りに、タオが割って入った。
「今、半分以上のビーマが反乱軍の手中にあるんだろ?だったら、反乱軍のビーマに止めてもらえないのか。」
「反乱軍は敵だぞ。」
「お前にとっては、だろう。というか、今となっては誰が敵とか味方とか、関係ない。コーギも、その手下も、反乱軍も、共にカンザウの刺客に狙われている者同士なんだ。」
「そうだ、俺たちは、どちらかに味方をする為にヤマに向かっているんじゃない。反乱を止め、刺客の襲撃を凌ぐために向かっているんだ。止めてくれるビーマが誰のものかなんて関係ない。」
「う・・、うぅ・・、そうだな。分かった。反乱軍の方に呼びかけてみよう。」
気が進まないようすだが、ガミラはタオ達の言葉に従った。
コーギの手下として甘い汁を吸って来たガミラには、それを台無しにした反乱軍は敵としか思えなかったし、反乱軍の中に飛び込むのは彼にとっては危険なことに思えたが、ある意味タオ達も反乱を起こした者達で、彼はその手に堕ちている身なのだから、否やは言えない。
その後ガミラは、第2・3惑星の軌道上の基地や、その間の宙域に展開している幾つもの宇宙船に対して、コーギ側か反乱軍かの区別なく無線電波を発し、連絡を取ろうとしたが、戦闘の混乱のさなかでなかなか連絡は採れず、無線が繋がったとしても、彼らを止めてくれるビーマを見つける事は出来なかった。
もうすでに第3惑星付近で止まる事は不可能な位置にまで来てしまい、その先の、既に反乱軍の手に堕ちている、第2惑星付近で止まるのが精いっぱいの位置に、彼らは達していた。
その先にはもうビーマは存在しなかった。第2惑星軌道上に展開している基地にあるビーマが、彼らの唯一の望みとなっていた。
あと数時間の内に、第2惑星上に展開する数基のビーマの中から、彼らを止めてくれるそれを見つけないと、彼らは永遠に宇宙を漂流するしかなくなる、という状況にまで追い込まれていた。
(頼む・・!止めてくれるビーマが見つかってくれ!このまま宇宙を漂流するようなことになっては、多くのトーマ人を見殺しにしてしまうし、サバ村も救えぬし、メイリにも・・メイリにも二度と会えなくなってしまう。)
懸命な祈りの中で、無意識に握りしめていたピンクサファイアが、ふとタオの目に留まった。
そこからはまたしても、何やら怪しげな光が放たれているような気が、タオにはしたのだ。大丈夫、任せておけ。そんなことを告げている自信満々のメイリの顔が浮かび上がっているような気配も、タオには感じられた。
(メイリ・・?また、メイリが、何かしてくれるのか?助けてくれるのか?)
メイリが願いを込めたピンクサファイアは、またしても奇跡を起こすのだろうか?
「また同じ船からSOSが来てるぜ。」
「ここのビーマで止めてくれって言うSOSだろ?間抜けな奴がいたもんだな。止めてくれるビーマも無しに、宇宙を超高速で飛んでやがるんだろ?」
「いや、もともとは止めてくれるビーマは確保していたんだろ。そのビーマを俺たち反乱軍が破壊するか奪い取るかしてしまったから、止まれなくなっちまったんだ。」
「でも・・、てことは、その船はコーギの手下のものって訳で、俺たちの敵だろ。俺たちに止めてくれってのは、お門違いも甚だしいな。」
「いや、船からの連絡では、もともとはコーギの手下のものだった船を、ウミで反乱を起こした奴が奪い取って、こちらに向かっているらしい。
コーギの手の内にあるビーマには、手下だと偽って、連絡を取っていたが、本当は反乱軍の味方だとか何とか言っていたぞ。」
「俺たちとは別に行動を起こしたが、同じくコーギに反抗を企てた仲間だっていう事か。信用できるのか?」
「さあ、仲間なんだったら何とかしてやりたいが、一応隊長に掛け合ってくるか。それに奴らが言っていた重要情報とかいう言のも気になるしな。」
「なんだ、重要情報って?」
「カンザウ一族が刺客を放っていて、コーギも俺たちも皆殺しにしようとしているってことだ。」
「ハハハハ・・、なんだそれ。カンザウこそ俺たちの味方じゃないか。彼らがコーギに成り代わって、もっと良い待遇で働かせてくれるって言ってくれたから、この反乱を決意するに至ったんだ。え・・ええ!?・・もしかして俺たち、裏切られてたって事か?まさか、そんなの嘘に決まってるだろ?」
話している途中から、この反乱軍の1人の顔色が急速に曇って行く。
「もし、万が一にも、この情報が本当だったら、カンザウが俺たちを裏切っていたら、俺たちはお終いだ。・・まさかとは思うが。」
話し相手の反乱軍メンバーも、深刻な表情になっていた。
2人とも、情報に接した当初は、嘘に決まっていると思ったのだ。しかし、なぜか突然、それが真実である可能性もあると思えてきた。ピンクサファイアの怪しい光が、遠く離れた彼らの思考に影響を与えるなどと言う事は、無いとは思うが・・。
何はともあれ、もしカンザウの裏切りが真実であったら、彼らの前途が絶望的なものであるという事も、この2人は今、ようやく認識し始めたのだ。
無論それは、真実なのだが。
「何だと!?カンザウが裏切っていたのか?俺たちを、コーギもろとも皆殺しにするつもりだというのか?」
隊長はさすがに、聞いた瞬間に事の重大さを理解し、深刻な表情で叫んだ。
「ま、まさか、こんな情報が本当だなんてことは・・無いと・・、本当なんですかね?そんな事、あるんですか?」
隊長の下に報告に来た反乱軍メンバーのマルクは、恐る恐るといった感じで、隊長に尋ねるように言った。
「・・・嘘であって欲しい。真実であってもらっては困る。しかし・・。」
「・・・隊長。」
「すまん。正直俺は、カンザウは信用して良い者たちなのかどうか、疑問に思っていたのだ。本当にコーギ達より良い条件で、ヤマの開発を指導してくれるのか。コーギと同等か、もっと劣悪な条件で働かされる可能性は無いのか、と・・。しかし、我々を皆殺しにする事を企むとまでは、想像もしていなかった。」
「俺たちを皆殺しになんて、嘘に決まってるんじゃないですか?何の為に殺すんですか?俺たちが死んだら、ヤマの開発も出来なくなって、カンザウにも何の得にもならないんじゃ・・。」
「うーむ・・・。カンザウはトーマ星系からの収穫など、どうでもいいのかも・・。カーガ星系での、ミナト家内での権力争いで、自分達が有利に立ちたいだけなのかも・・。コーギを倒し、ノート一族の財源を潰す事で、権力争いを有利に進めようとしているだけなのかも・・知らん。」
「そんな、権力争いの為に、同族のコーギ一派を殺し、俺たちも散々利用した上で殺すって事ですか・・。そんな・・。」
「少なくとも、それをやろうとしたら出来るのだろうな。彼らの、我々よりはるかに進んだ兵器をもってすれば、俺たちを皆殺しにするくらいの事は、た易いのだろう。」
「そんな・・。そんな・・。」
「とにかく、そのSOSを発して来た船を止めて、乗っている連中の話を聞いてみない事には、何とも言えんだろう。」
「は・・はい。では、止めてやるんですね?一つ目のヤマへの攻撃隊の進発計画に、遅れが生じてしまいますが。」
「うん・・、責任は俺が取る。計画に支障が出ようとも、この情報の真為を確認する事を優先する。」
こうして、タオ達が宇宙の漂流者になる危機は、回避された。
ガミラからSOSの連絡を受けた反乱軍の部隊は、ほかにも多数あったが、ほとんどの隊の通信係が、カンザウが裏切ったという事を頭から嘘と決めつけ、上に報告する事すらしなかったのだ。
数人の通信係が、彼らの隊の隊長に報告したが、それが真実である可能性を考慮したのは、その隊長達の中で、マルクの隊長のシーザーだけだった。
マルクは持ち場である通信室に戻り、隣の同僚に告げた。
「やばいぞ・・、本当かもしれん。」
「え・・、だったら俺たち・・殺されるのか。カンザウの刺客に。アメリアから来た、わけの分からない恐ろしい最新鋭兵器とかいうのに。」
顔面蒼白となりながら、2人はタオ達の船の減速の為の行動を起こし始めた。彼らが嘘つきである事を願いながら。
誰かが嘘つきである事を、これほど切実に祈った事など、彼らの人生に一度として無かった。