2号機「時空を超えて現れた、ガイドさん!」
宣市が気を失ってから一時間程が経った。
綺堂家の中には一定間隔でガッ、ガッという何か固いものが他のものとぶつかる音がしていた。そして、それと一緒に生きた人間の声とは少し違う抑揚のあまり効いていない、明らかに人の手によって作られたであろう電子的な音声もしていた。それら二つの音は交互に入れ替わりながら鳴り響いて一つの軽快なBGMの様になっていたが、普通の家にはふさわしくないであろうその音楽はただの騒音でしかなかった。
「う……、うん?」
その耳障りな音に気付いたのか、宣市はうなされるように意識を取り戻した。
「あっ、やっと起きましたか!」
それに気付いたロボット娘は、彼の顔を上から覗き込み安心そうに言った。しかし、ロボット娘の膝枕から起き上がった彼が見たのは異様な光景だった。
「うるさいなぁ……。って、どうなってるんだよ!」
人の命を守るために未来からやってきたと自称するやけに出来の良さそうなロボット娘に、彼の家に既にいたロボット「ソルトくん」が何度も何度も体当たりをしていたのだ。
「ちょっと!ソルトくん、何やってんの!?」
急いで止めに入ろうとする宣市。
「フシンシャヲハッケン ハイジョシマス」
同じ台詞を発しながら、何度も後ろに下がっては体当たりを繰り返すソルトくん。
「いやー、私は別に不審者ではないんですけどねぇ」
宣市が起きるまでに何回体当たりを受けたかはわからないが、受け続けてなお平和そうな顔で正座をしているロボット娘。
「不審者と変わらないよ!」
「いいえ、正体不明機辺りが妥当かと」
「呼称の問題じゃないよね!?」
今も動き続けるソルトくんの胸部ディスプレイに張り付いて操作をするという大変な目に遭っていても、宣市はロボット娘のどこかズレた発言への指摘は欠かさない。そして、そうこうしている間に宣市がソルトくんの警戒態勢を解き、ようやく落ち着いて話を聞ける状態になった。
居間で机を挟んで対面する二人。
緊張しているのか、警戒しているのか、今はもうわからないが、変にかしこまった様子で相手のことをうかがう様な表情を向ける宣市とは対照的に、まるでここが自分の家であるかの様にのほほんとした気楽そうな表情を浮かべて、余裕のある雰囲気を漂わせて正座しているロボット娘。この二人の対面する様子は傍から見るとその体格差も相まって、さながら嬉しそうに話をする母とそれを面倒くさそうに聞き流す息子であった。そんなある意味穏やかな空気の中で、先に口を開いたのは宣市だった。
「で、未来から人の命を守るためにやって来たロボットさん……、えーっと」
「はい、戦闘用人型自律式機甲試作二号機ヴェルダンディ。気軽にヴェルダンディとお呼びください」
どう呼べばいいか困っている宣市に、ロボット娘は用意されていた回答のごとき提案をする。だが、彼はそんな提案に対しはっきりとこう断言した。
「呼ばねーよ!そんな名前、気軽に呼べるか!」
それに対してロボット娘は仕方なさそうに補足する。
「それは仕方ありませんよ。私の名前、型式番号の由来が北欧神話からなので」
「でも今はそんなことはどうでもいい、重要なことじゃないです。うーん、それじゃあ当面の間はロボッ娘さんで」
しかし、宣市はそんな補足説明など聞く気も無い様で再びバッサリと切り捨てた後、ほんの少しだけ考えてからそう言った。
「ロボッ娘……!酷い、なんのひねりもない!」
宣市による適当な呼び名決めに対してぎゃあぎゃあと、本当にこれが機械なのだろうかといぶかしさを感じさせるほど感情豊かそうに抗議をするロボット娘。
「それで、ロボッ娘さんが未来から来たのは何となく信じられるとして、本当に未来の僕が送り込んだであろうことを証明するもの、こうなんか未来的なメッセージとかないの?」
宣市はこのままでは話が進まないと思ったようで、少々強引に質問をした。
「ご安心ください!こんなこともあろうかとあるものを預かってきました。ちょっと待っていてくださいね」
ロボット娘はそう言った後、胸の谷間上部にある半透明のピラミッド型パーツに自身の左手をかざして暗号の様なものを呟いた。
「コマンド――トランスファー」
するとピラミッド型パーツがぼうっと青く発光した後に、左前腕のコンソールに何か緑色の文字がパカパカと点滅しだした。
「なんだなんだ!?いきなり光った!」
「まあ見ててください」
突然の発光に驚く宣市へ軽く対応し、ロボット娘は胸にかざしていた左手を彼に向けて差し出すと、その手の平には先程と同じ青色の光が灯っていた。そして、次の瞬間その光はより強い閃光となってピカッと爆発的に放たれた。
「くっ」
宣市はその眩しさから咄嗟に手を目の前にかざし、顔を背ける。
そして、光は消えた。
そのため、宣市が再びロボット娘の手の平を見てみると、先程青色の光が灯っていた場所に灰色を基調とした直方体の箱のようなものが出現していた。よく見ると上半分に液晶パネル、その下には丸いボタンに三角や四角のマークのついた数々のスイッチ、さらにその下には無数の細かな黒い穴が開いていて、それは古いボイスレコーダーのようであった。しかし、本来ならば点々と開いているスピーカーの穴の一部は、人型のキャラクターだったであろうシール、それも大部分がはがし取られて右脚だけになったもので塞がれていた。
――これって、まさか……。
宣市はそれを見て何かを思い出したようで、急に立ち上がり居間から出ていった。
「あっ、センイチ。どこへ行くんです?ちょっと置いていかないでくださいよ!」
その後を追い、ロボット娘も焦ったように慌てて居間から出ようとする。その時、そんな状況を確認したのか出入り口付近に待機していたソルトくんがロボット娘の前に現れた。
「オキャクサマ イカガナサイマシタカ ナニカゴヨウガアレバ ナンデモオコタエシマスヨ」
どうやら居間の変化を感じ取り、自動で案内をしようと出てきたらしかった。
「あー、今は特にないですね。ご苦労様です、ご先祖様」
「ゴセンゾサマデスカ タマニハオハカマイリニイッテアゲテクダサイネ」
「はい。ありがたいお言葉、身に沁みます」
「イエイエ ドウイタシマシテ」
二台のロボットがそんな時空を超えたやりとりをしていると宣市が戻ってきて言った。
「さすが未来の僕だ。物持ちがいいね」
彼の右手には先程ロボット娘が持っていたのと同じ灰色のボイスレコーダーがあった。だが、そのスピーカー部分を塞いでいるシールは相変わらず上半身がなかったものの、下半身には両脚がきちんと揃っていた。そして、ロボット娘はそれを確認してからこう言った。
「ふふ、それではそのボイスレコーダーを少し貸していただけますか?」
「ん?あ、ああ」
宣市はそう言われたため、ロボット娘にボイスレコーダーを渡した。
「ありがとうございます。……それでは、えいっ」
ロボット娘は宣市からボイスレコーダーを恭しく受け取ると、流れる様にそれに貼ってあるシールを器用にはがして破りとった、――右脚の方を。
当然、宣市はそれに対して指摘の声を上げる。
「ちょっと、ロボッ娘さん!何してんの!?あなたがシールをさらに破った犯人なの?って、右脚の方をはがしてるよ!歴史とか変わったらどうするの!?」
「あっ、間違えちゃいましたね。失敗、失敗。まあ、後で接着剤でくっつけましょう」
しかし、ロボット娘はなにも気にしていないようにそう応え、宣市は呆れ混じりに呟いた。
「そんな適当でいいのか……」
「全く問題ありません!これ位修正範囲内です。それでは、えいっ」
そんな彼の言葉もまったく気にしない様子で勝手に行動をするロボット娘。
「って、言ってるそばから左脚の方もはがすのやめよう!無計画すぎるよ!」
そんなこんなで一人と一体は宣市の部屋へと戻り、現在のボイスレコーダーを未来のそれと同じ右脚だけのシールが残った状態にしたのであった。