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プロローグ「畳に立つ、ガイドさん!」

 春の気配が日に日に濃くなる四月の初めの日々

 穏やかな光が静かに淡く咲いた桜を優しく照らし、小鳥たちの合唱が色とりどりの花と競い合い、気持ちのいい風が首筋を撫でる


 昔の人は「春はあけぼの」と言ったかもしれないが、僕はそう思わない

 声を大にして「春眠暁を覚えず」の方がふさわしいと言い張りたい


 それほどまでに春とは穏やかで静かなものだと思っていた


 今までは


 そう思えなくなった理由はたった一つ、そうたった一つ!


 いや、この場合は一体か


 まあ、それはいいとして!


 未来の僕が今の僕の元へと送り込んだという一体のロボット


 ——戦闘用人型自律式機甲 試作二号機 ヴェルダンディ——


 僕はガイノイドの「ガイドさん」と呼ぶ、見た目だけは美人な全身兵器の物騒極まりないポンコツのせいなのです


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 左右を家で挟まれた一本の道をのんびり散歩でもするような足取りで歩く一人の男子高校生がいた。


 その名は綺堂(きどう) 宣市(せんいち)


 風貌は容姿端麗。その顔だちは街を歩けば美少女かと間違われるほど可憐、その身体つきはそれなりに肉付きもよく活発な少年を思わせるものの、絶望的に身長が低かったために背の順で並ぶ時には小、中、高、いついかなる時も先頭を任されていた。そして、今尚その記録を更新し続けていることもあって、周囲が彼を可愛いものとして扱うことに拍車をかけていた。

 加えて、成績も極めて優秀で、勉強、運動、なにをやらせてもそつなくこなし、学業以外も当然のように優秀で、誰からも一目置かれる存在であり、可愛がられる存在でもあり、言うなれば親しみやすい完璧超人であった。

 ただ、彼も見た目については気に入っていないようであったが。


 噂ではファンクラブもあるらしいが、何故か男性会員の方が多いらしい。見た目は美少女に見えるかもしれないが、彼は男である。


 生活の中でも宣市の超人振りを表しているものの一つが家事であった。


「お前が生まれた時に父親はなんかと一緒にミンチになっちゃったの。そんで私は女手一つでお前とやっていくことになったわけ。私は毎日仕事漬けで連日連夜頑張って来っから、お前も頑張れ」

 と、母親に幾度となく言い聞かされ、幼い頃から家事全般をするように仕向けられたのだ。その過程で彼女の手により派遣された「先生」に仕込まれたので母よりも得意になった、というよりも彼の母は一切の家事が苦手でそもそも比較対象としては相応しくなかった。

 結論から言うと、宣市から見た母親はダメ人間だったのである。

 彼女は仕事だとばかり言ってほとんど家にはおらず、たまに帰ってきたと思えば好きなだけゴロゴロ、出した物は出しっ放しのまま、その場に領域を展開して自分は動かずに楽をしようとする、ゴミはそもそも捨てようとしない、例を挙げだしたらキリがないのでまたどこかで紹介するとして、散々だった。


 ――しかし、実際の母は別にそこまで働かなくとも十分やっていけるほどの高い地位にいる学者だったため、家に帰らないのは単に研究に没頭しだすと止まらなくなってしまうからなのだが、面倒だったので宣市には隠していた。


 そういった事情により宣市は母を反面教師にしつつ「先生」のもと厳しく育てあげられたのであった。そして、高校生になった今は「先生」も来ることがほとんどなくなったので、普段の綺堂家に人間は宣市ただ一人しかいなかったのである。


 宣市は今日も誰も待つ人のいない家へと帰る。


「ただいまーっと」

 宣市はそうそっと呟きながらドアを開けて家へ入る、当然その中には誰もいないはずなので生き物の気配は宣市の他には全くしなかった。しかし、突然モーターの駆動音の様なものをさせながら、玄関からまっすぐにのびる廊下の奥の方から一体の黒いロボットが近づいてきた。そのロボットは胸に真っ平らな板切れを生やしていたり、一本足だったりと大幅に違う部分も見られたが、一応は人を模して作られているようだった。

「オカエリナサイ」

「ソルトくん、ただいま。いつも出迎えありがとう」

 帰宅した宣市を出迎えたロボット――ソルトくんは彼の母からのプレゼントだった。そう、あれは宣市が中学校に進学するときのこと、彼女が突然現れて「仕事場のビンゴ大会で当てて来たので置いていく」と言って持ってきたのであった。それから、宣市とソルトくんの間には様々な誤作動、誤認識によるすれ違いが多々あったものの、今ではもう良き話し相手程度にはなっていた。

「ドウイタシマシテ コノアトノヨテイハドウシマショウ」

「あー、部屋で調べたいことがあるんだ。終わったらまた伝えるよ」

「ワカリマシタ ヘヤヲオサガシデスネ」

 誤認識して胸のディスプレイに不動産の物件情報を表示しだすソルトくんを無視して、宣市は二階の自室へ向かった。


 自室に到着した宣市は床にカバンを置き、すぐさま机の上にあるデスクトップパソコンへと向かい始める。そんなに急いで一体何について調べたいのであろうか。

「予約はどこがいいかなーっと」

 鼻歌交じりにそんなことを言いながら、彼がマウスとキーボードをカチャカチャと操作するのに合わせてディスプレイの色も変わる、青、白、ピンクと変わって、そこからはピンクを基調とした鮮やかな画面が続く、どうやら目的のホームページにたどり着いたようだった。そして、その中には柔らかそうな書体の黄色い文字で「リアルアイドル大戦 season2」と表示されていた。


 ――リアルアイドル大戦、通称リアドル。

 今、世間の一部で巻き起こっているアイドルアニメブームに便乗して作られたゲームで、プレイヤーは主人公である少女を育成し、売れっ子アイドルを目指すアイドル育成シミュレーションゲームだった。とまあ、ここまではよくありそうな設定なのだが、このゲームはリアルと銘打っている通り芸能界の闇の部分、アイドル同士の確執や、愛憎渦巻く恋愛模様、落ちぶれていく様等もある意味しっかり再現されており、一部ニッチな層に大好評を博したので、何もなければ近頃続編が出る予定だった。


「げっ、また男性ユニット増えるの。しかもフライデーって、なんか雑誌になりそうな名前」

 なんだかんだぼやきながらも宣市は調べることに没頭していた。


 しかし突然、それはやってきた。


 机がガタガタと震えだしたのだ。

「なっ、なんだ!地震か?その割には全体的に揺れてるって感じじゃない気もするけど……」

 机は確かに震えているが、宣市から離れた所にあるものは別になんともない様であった。

 ――ガタガタガタ、ガタガタガタ……

 震えは一層激しさを増していく。

「よし……、とりあえずここから離れるか」

 宣市は身の危険を感じたようで、とりあえず椅子から立ち上がって机から離れた。


 すると、先ほどの震えが嘘の様にピタリと止んだ。

「今のはなんだ?工事かな」

 宣市は席を立ったついでにそこから少し離れた窓へと近づき、机を背にして外の様子を伺うが、揺れの起こりそうな原因は特に見つけられなかった。


 ――ガコン!

 突然、机から勢いよく引き出しを開ききって止まるような大きな音がした。それに気づいた宣市はそちらの方へゆっくりと振り返る。


 机の引き出しが開いていた。


 そして、その中からは――女性のものと思しき銀髪の首が生えていた。


「う、うわああああああ!」

 宣市は驚きのあまり声を上げ、慌てふためいて取り乱し、腰を抜かして床に倒れこんだ。当然であろう、誰しも日常生活の中で使っていた机の引き出しの中から女性の生首が生えてきたら驚くであろうし、おかれた状況によってはそれだけではすまないかもしれない。彼もまた、頭ではとりあえず逃げようと思うものの、体は思うように動いてくれず、といった様子であった。それから少しして、もうダメだ。と宣市は感じたようで目を瞑り覚悟を決めたのだった――、が。


「ちょっとー、失礼ですよ?人の顔見て驚くなんて。まあ、私は人じゃないんですけど」

 女性の声らしきものが部屋に響いた。宣市はそれが生首の方から発せられていることに気づいたようで、目を恐る恐る開けながらそちらの方へ向けると、女の生首はその二つの青い瞳を彼の方へ向けていた。その後、その生首は再び口を開いた。

「もう少しで出れますからね。待っててください。よいしょっと。あっ、お尻が引っかかって」

「……あっ、はい」

 宣市が言われた通り待っていると、その自称人じゃない何かは首の横から色白の腕を片方ずつ伸ばし、引き出しの縁を両手で押さえつけた。すると、次の瞬間引き出しの中からそいつは勢いよく飛び出して、腰を抜かしたままでいる彼の前に右ひざ立ちで着地し、背中を前に丸め首を垂らしている格好はまるで映画のワンシーンだ。そして、しっかりと畳を踏みしめ二本の脚で立ち上がり、部屋の中へそびえ立つ、その姿は長い銀髪だけを身にまとった全裸の女性のようだった。しかし、そいつは堂々としたまま言い放った。


「私の名は戦闘用人型自律式機甲 試作二号機 ヴェルダンディ。誰かの命は狙われている!」


 こうして、綺堂 宣市は未知との遭遇を果たしたのであった。

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