第三話 ―その4―
「アシェルさん? 起きてらっしゃいますか?」
「……おはよう…」
「おはようございます。眠れなかったんですか?」
「んん………ふぁ…」
壁にもたれかかって座り、剣を抱えながら一晩中ウトウトしていた。家の跡に布を張れば簡易テントもできたのだが、視界が狭くなるのが嫌でやめた。
不死者の圏内である―――いや、どこでも不死者は勝手に縄張りを張っているものなのだが、ここは少し勝手が違う。自分を狙う変態の領地である。
昼間は自分でも割と堂々と過ごしていたのだが、いざ眠ろうかという時になって初めて懼れた。
……夜這いだ。
マレルがどういう性格かは知らないが、あれほどまでにフェロモンを撒き散らす、毒花のような女だ。気が変わって向こうから突然来るなんてこともありえなくはない………と、疑ってしまった。
だからといって、まさかフェイムに隣で寝てくれなんて頼むわけにもいかない。これまで寝る時は一応、なんらかの仕切りが二人の間にあったのだ。それなのにいきなり隣に来いなんて言ったら………
(……勘違いなんてしないか)
……でもそういう問題じゃない。
原因はマレル……というより、マレルの持っている情報だ。それさえ手に入れればさっさと出立するのだが。
(これはフェイムとちゃんと相談しないと駄目ね。あくまで私個人の要望なんだし)
薄目でぼうっとフェイムを見ていると、フェイムのほうから手を伸ばしてきた。
「気持ち悪そうですけれど、大丈夫ですか? 今からでもゆっくり眠ったほうがいいと思います」
「そうはいかないのよ………ふあぁぁ…。ゴメン、水汲んできて。それから動くし」
「わかりました」
フェイムがいなくなってもしばらく座り込んだまま、瞼をこすった。
昨日マレルとの事を話した段階では、フェイムは「そうですか」と答えただけだった。
フェイムは自分自身にも無頓着すぎる。あまり無理強いをしていると、こっちの都合にズルズル巻き込んでしまいかねない。不死者と争うのは、私一人なのだ。
「くそ……色々悩むのも、全部あの淫魔のせいじゃない」
「……誰が淫魔ですって?」
「―――!!」
一気に目が覚めた! 姿もろくに確認せずに剣の柄を握る―――。
だがそのまま抜くことはできず、固まってしまった。なぜなら、相手が手に持つのが予想し得なかったバスケットだったからである。
「……何?」
「何…とは、どれを指しているの? そもそも礼儀がなっていないわね。剣を握る前に、まずは朝の挨拶じゃなくて?」
「…………おはよう不死者のマレル。お日様のまぶしい朝に可憐な姿にお目にかかれるなんて、今日は真っ赤な雨でも降るの?」
「はあ…寝起きは機嫌が悪いようね。栄養が足りないんじゃない? そう思って朝食を用意したのに……」
「何!? 何て?」
「朝食よ。この辺りには人間がいないから、食料を調達するのも大変でしょう? それはフェアじゃないと思ったから、少し分けてあげようと持ってきてあげたのに」
貴族のようなドレスを纏った美女がバスケットを持ってピクニック……絵になる。あまりに似合いすぎていて気味が悪い。
「……お気持ちはありがたいけれど、食べ物で釣るような真似はゴメンだわ。大体それ、人間が食べられるものなの?」
「ほら」
マレルが白い布を取る。大き目のバスケットの中にはポットにカップ、サンドイッチがたくさんと、その他調味料なんかが入っていた。
「う………」
ぎゅるるるるる……。
慌てて腹を押さえたところで止まるものではなかった。マレルはニヤリと勝ち誇った笑みで見下ろしている。
「お茶くらいは淹れてくれても、バチは当たらないわよね?」
「…………………」
「あれ、どうかしたんですか?」
タイミングを図ったように、鍋に水を張ったフェイムが戻ってきた。そのどこか頼りない足取りの少年を見た時、マレルの目の色がはっきりと変わった。
「………何なの?」
「い、いえ、何でもないわ。少し知っている人物に似ていたから驚いただけ………」
「心当たりがあるの? この子は記憶喪失なんだけど」
「記憶喪失…!? ……いいえ、心当たりなんてないわ。私の単なる思い違いよ」
マレルはあくまで平静を装っているが、動揺しているのは明らかだ。
(不死者であるこの女が動揺しなければならない「何か」がフェイムにあるの…?)
当のフェイムは一人、キョトンと立ち尽くしている。
内心首を傾げたが、どれだけ考えようとも、アシェルに答えは出なかった。
「……フェイム、お湯を沸かして。近くに住んでいる方が食べ物を分けてくださるそうだから」
「はい」
フェイムは昨日作った簡易石竈に鍋を置いて火を起こす準備をする。マレルは先ほどの表情が嘘のように、そっとバスケットを置いて、長い金髪を撫で下ろしていた。
(なんなのかしら……昨日とは表情が違う。親しみやすく見せようってわけ……?)
紅茶を淹れて、奇妙な朝食が始まった。これまで不死者は悪鬼羅刹という認識しかなかったアシェルは、この状況に落ち付いている自身になにより戸惑う。悪夢を見ている気分だ。
「悪いわね。お連れさんがいるとは思わなかったからそれほど持ってこなかったわ」
「別に……頼んじゃいないから」
瓦礫に腰掛けるも、マレルは上品な振る舞いだった。
「フェイムという彼は?」
「昼の食材を探してくるように言ったわ」
「そう………わざわざ席を外してくれたわけね…」
「…?」
紅茶を一口啜って、マレルはついとアシェルに視線を流した。別に何という意図は感じられない。ただ「見た」というだけである。
アシェルはマレルの眼差しを感じながら、サンドイッチを恐る恐る齧る。
「ん? ……少し意外」
「何が?」
「不死者も人間と同じ食事をするなんてね」
「フフ……本当は食べる必要はないのよ。ただね、習慣なの。朝昼晩と三食摂り、身だしなみを整える……人間だった頃と大して変わらないわ。違うのは血を啜らなければいけないということだけ。この身体になったからには、必ず血を飲まなければならない………」
マレルは口の中をゆすぐ様に紅茶を含んだ。
「何か思うところがあるようね」
「…不死者になれば血が愛しくなる。それは食欲と同じ本能的な欲求が生まれるからよ。でも美味いと感じるかどうかは別問題……私は蚊じゃないの。血を吸うために生まれたわけじゃないわ」
「アンタは………どうして不死者になったの?」
胸の奥から湧き出た疑問をそのまま口にすると、マレルはニンマリと笑った。
「なあに? 私に興味が出てきた?」
「そんなんじゃ……もういい」
「照れ隠ししなくてもいいでしょう? 私だって自分のことを知って欲しいわ。あなたは私の娘になるのだから」
「それは絶対にない。何度も言わせないで」
「そう? まあいいわ。……この辺りは何だったと思う?」
「何って………街でしょう?」
足元に転がっている瓦礫もかなり風化しているといえ、人の手で組んだブロックの跡だとはっきりわかる。
「ここにはかつて国があった。周囲を山に囲まれ、森に囲まれ、湖がある。頑丈な岩を高度に加工して、美しい建築物が整然と並んでいた――――二百年前まではね」
「二百年前……どこかの侵略にあったの?」
「いいえ。私が滅ぼした」
「―――っ!?」
反射的に剣に手を伸ばしたアシェルだったが………
「抜かないの?」
「……朝食分くらいは、猶予をあげるわ」
「フッ…そう」
マレルは見透かすように嘲笑う。
「それで、どうしてこの国を滅ぼしたの」
「私はね……この国の王女だった」
「…うそ!?」
今までで一番目を丸くした一言だった。
「驚いた?」
「いいところの生まれなのかもとは思ったけど、まさかお姫様だったなんて………」
「改めまして。マレルリア=ルム=ガルテンバードよ」
マレルは立ち上がると仰々しく礼をしておどけて見せた。ドレスは「王女」が着るほど煌びやかではないが、その佇まいは決して下級の貴族ではなかった。
「王女であった私がこの国を滅ぼした理由はね……私がいなくなった後の王家の有様があまりにひどかったというのが一つ。後は……個人的な憂さ晴らしもあったかしらね」
「憂さ―――!!?」
鞘を握る手に力が入る。風化した建物の跡が故郷と重なる……怒りが湧き上がってくる。
「そんな自分勝手が許されると思ってるの!」
「そうね、許されないわ。あなたの村を滅ぼした不死者となんら変わらないもの……憎いでしょう?」
癪に障る笑みをこぼすマレルに怒りが芽生えたものの、急に変わった態度に違和感もあった。
「挑発しているの? どういうつもり!?」
「別に………ただ認めさせたいだけ。あなたに不死者は殺せない」
「何……!」
「正しくは、人の姿をしたものは殺せないというところかしら。今まで倒してきたものは皆、化け物の眷族だった。違う?」
「……そんなことは問題じゃない。仇なら、例えそれが天使の姿をしていようと関係ない!」
「だったら試してみる? 私を刺してみなさい」
斜に構えたマレルは自分の胸に手を当てる。
「『不死者の正しい滅ぼし方』を教えてあげる。まず心臓を突き刺して動きを止め、次に首を刈る。そして頭蓋を砕いた後全身を串刺しにし、血を絞り出して骨になるまで天日に晒す――――これで確実に死ぬわ。やったことは?」
「あ……あるわけないでしょうが!」
「フン、『できない』の間違いじゃないの? きっとあなたは勘違いをしている。不死者をどこかで人間と同列に考えている。人の姿をしている者を斬る罪に怯えている」
「違う、不死者は許さない! 私は不死者を殺すために今まで生きてきた! たとえ罰を受けても、刺し違えても私はお前たちを……!」
「そこまで言うのなら抜きなさい。その信念で殺せると言うのなら、その剣を抜いて私に斬りかかってきなさい!!」
「こ、この―――っ!」
剣の鯉口を切って鞘から刀身を引き出そうとするが、まるで抜けない。カタカタと哂うように鳴って、重くなっていくだけだった。
「仕方のない剣士様……それでは何者も倒せはしない」
マレルは柄に添えていただけのアシェルの腕を取ると、崩れかけた壁に押し付けた。そして身を摺り寄せて肩を抱き、間近でそっと囁く。ぞっと鳥肌が立つが、不死者に対する嫌悪ではない。むしろ、これは……認めたくない衝動だ。
「私の娘になりなさい、アシェル。そうすれば力が手に入り、恐れを捨てられる………仇を倒す術が得られるわ」
甘い誘惑が理性を溶かす。身を包む柔らかな肌が力を奪う。それでもアシェルは相手が不死者だということを忘れられない。
「いやだ……痛みを感じなくなったら、死を怖れなくなったら、きっと怒りも悲しみも忘れてしまう! だから私は、私は………不死者にならない!!」
無我夢中で振ったアシェルの左拳はマレルの頬を叩き、整った口の端から血が垂れた。途端、マレルの瞳が冷たい怒りに染まる――。
「つっ……フフッ!」
狂喜に顔を歪めて飛び掛ったマレルはアシェルを押し倒す。微塵の抵抗も許さない剛力は少女のそれではない…!
「あ……くっ、うっ―――!」
覆いかぶさった細い身体を何とか蹴り飛ばし、今度こそアシェルは剣を抜いた。わずかに震えながらも、切先をマレルの喉元に突きつける。
「フ………フフフ……」
毅然と立ち上がったマレルは服を払い、指先で口元を拭った。
「正直に言うわ。この間は冗談半分だったけれど、今は本気であなたのことが気になってきた」
「そう……私はアンタが、さらに嫌いになった!」
「城に来ない? 部屋と食事を用意するわ」
「お断りだって言ってんのよ! いい加減にふざけるのは止めろ!」
「ふざけてなんかいないわ。だからそこに印を重ねたでしょう?」
「ちっ…!」
首元を押さえる。服で隠してあった首の痕は、血のついたキスマークで上書きされていた。
「ねぇ…アンタは本当に私の仇のことを知っているの?」
「知っているわ。私は触れたものの記録を読み取る力を持っている。人の精神は複雑だからすべてを視るのは難しいけれど、あなたの中に一瞬写った影がどこの、なんという不死者かはわかった」
「………教えて」
「ダメよ、それじゃ条件の―――」
「教えなさいよ! そんな条件、無理に決まってんでしょう!!」
アシェルは剣も鞘も投げ捨てて叫んでいた。
「アンタを倒すって、どこまですればいいのよ!? アンタのいう『不死者の滅ぼし方』を実践しろっての!? 不死者は憎い! 憎い! だけど、私は………私は……っ!」
「アシェル……」
顔を手で覆うアシェルの頭をそっと撫でかけ、マレルは胸が痛んだ。他人を慈しむなど、エデア以外には久しぶりの感情だった。
「アシェル……あなたは人間だったころの私に似ているわ。本当は弱いくせに、抗って自らを苛むのね。でも実際に剣を執ったあなたは、私よりも遥かに強い……」
アシェルから離れるとマレルは剣を拾って鞘に収め、手に持たせた。
「不可侵―――それぞれに何があろうと介入しないことが不死者のルールなのよ。何かがあれば別だけど、タダで人間に話すことはできないわ。思わせぶりなことを言って悪かったわね………さようなら」
名残惜しくアシェルを見詰めながら、マレルは森の中に消えていく。
「……くそっ! 不死者のクセに……!!」
アシェルは唇を噛んで地面を殴りつけた。
エデアは森の中を進んでマレルの元へ向かっていた。
ただし、その歩みは速くはない。少し躊躇し、時々考えながら立ち止まっていたため、かなり遅い。
迷ってはいた。マレルには国を滅ぼした前歴がある。自棄になったのが半分で大破壊を起こしたのだが、今回の話を聞いた時も、また同じようなことではないかと危惧したのだ。
しかし前回と違う点は、「個人」を「娘」にしたいということだ。
本気かもしれないし、単に自分へのあてつけかもしれない。それをマレルに確認することが無理ならば、相手の「娘」を見て判断するより他に無い。だが、本来は「不死者にふさわしい人間はいない」と考えているエデアである。これまで生み出した血族はマレル一人、従者はバロック一人である。三百年ほど生きてきたが、何をもって不死者にふさわしいとするのか、その基準は未だにわからなかった。
「………ふぅ……」
また立ち止まってしまう。
正直なところ、焼きもちを焼いていないでもない。マレルとは不死者としての関係でこそ「親子」であるが、個人としては対等のつもりだ。だからずっと愛し合うことができた。
いや………自分たちの想いは、そんな理屈では説明できなかったはずなのだ。理にかなってはいないのかもしれないが、本能的であり、原初的であり、運命だった。
(こんなふうに拗れてしまったのは、いつからだろうか……)
触れ合うことを素直に喜べなくなったのは何故だろうか?
原因は自分にあるとマレルは言うが………それはやはり、私の責ということだろう。二百年前にマレルが暴走した時もそうだった。生まれたばかりのアロンを育てるためにマレルから離れてしまって……
「―――え?」
ビクリと背筋が強張った。木々の隙間を縫ってエデアの前方に現れたのは、今思い浮かべていたアロンである。
「な……そんな!?」
目を疑ってしまった。昨日話を聞いていたとはいえ、実際目の当たりにしては――いや、そもそもアロンがちゃんと生きていてこの場に堂々と――――!?
「あ…」
アロンがこちらに気付き、近づいてきた。引くこともできず向かうこともできず、エデアは混乱する。
アロンは………何というか、無防備だった。無邪気だといってもいい。ちょうどそんな頃の姿だった。いざ相対してみれば、時の流れすら半ば超越している不死者の身であろうとも、これほど摩訶不思議なことは無かった。
ついに目の前に立った時、エデアは血が出そうなほど拳を握りこんでいたことに慌てた。
「ア、アロ―――」
「あのうすみません、この辺りに魚が取れる川などがあれば教えていただきたいのですが」
「あ……は…!?」
何を言った? カワ…??
「え…と、ア…アロンね?」
「あろんね? ……言葉が違うのかな」
首を傾げる姿が、エデアにはあまりにもふざけているように映った。
「……貴方、アロンなのでしょう!?」
「はい? アロン? 僕はフェイムです。暫定的ですが」
「暫定的…? 何を言っているの?」
「記憶を失っていて真の名を知りません。もしかして、僕のことをご存知なのですか?」
「まさか……」
そんなはずはない、昨晩はマレルとケンカしていたのだ! バロックは会話の内容も聞いていた………これは間違いなくアロンだ!
「からかわないでアロン。貴方には聞きたいことが山ほどあるのよ。そんな姿になったからって、駄々をこねるのが許されると思ってるの?」
「あの……もしかすると僕はアロンという人なのかもしれませんが、記憶がないのは本当なんです。ですから、上手くお答えすることが……」
「………いいわ。お父様に刃を向けるほど大人になったアロン……いくら私でも、もう甘やかしたりはしないわよ。来なさい!」
「わ……困ります!」
腕を掴んで城に連れて行こうとするエデアにフェイムは必死で抵抗する。いい加減本気で引っ張っていこうと思ったところに、
「マレル……!」
遠めにマレルの姿が見えた。エデアと目が合ったマレルは呆けたように立ち止まったが、その後すぐ、ギリッと睨んできた。
「邪魔しに来ないでって言ったでしょ!」
「邪魔なんて……ただ、あなたの言う人がどういう人物なのか―――」
「覗き見るのも同じよ! ホンット、鬱陶しい…!」
「そんな言い方……!」
「アロン、お前もよ!」
「いたっ、痛いですよ!」
マレルは困惑するフェイムの耳を掴んで、無理矢理顔を引き寄せる。
「どうして昨日、あの娘と一緒に行動していると教えなかったのよ! その下劣な性格にはもうウンザリだわ。せいぜい、エデアの長い説教に耐えることね」
「で、ですから、僕は記憶が無いので、お怒りになられても心当たりがないんです……!」
「はあ? ああ、そういえばそういう設定のようね。でもお前が生まれた時から知っている私たちの前で化けてるつもりなんてのは、笑いを通り越してハラワタが煮えくりかえるわ。少々声色を変えれば大丈夫だとでも思ってるの? 頭のほうまで幼稚になったのかしら?」
「何度も言いますが、意味が全くわからないので……っ」
「うるさい――!!」
マレルはフェイムの頭を鷲づかみにして振りかぶり、木の幹に叩き付けた。突然の暴力に、二人の仲を良く知っていたはずのエデアも呆然としてしまった。
「そこまで言うんなら、私がアンタの頭から秘密や恥ずかしい思い出なんかを引き出して、認めさせてやる!」
「やめなさいマレル、またケンカに―――!」
「王を殺した秘術を知って、ケンカで済むのかしらね…!」
マレルの瞳が魔力の煌きを帯びると同時に、フェイムの体が痙攣する。頭をつかまれたままのフェイムは文字通り地に足が付かずに宙づりにされている。不死者ならではの膂力だ。しかしマレルの真価は、その魔力にある。
(たぶんアロンは私の力を見くびっているのだろうけれど、欠片を持っていれば話は別よ! 王殺しの秘密とお前の間抜けぶりを暴いてやる!)
マレルの魔力がフェイムの意識に潜り込む。記録は遡り、イメージとなってマレルに流れる。アシェルと出会ったこと、旅の途中で盗賊に絡まれたこと、教会で世話になっていたこと――――。
(ん……?)
神父に拾われる以前が、ない。全く何も見えない。
(そんなはずは………いくら精神状態で不鮮明になることがあるといっても、記録が消えるはずはない……)
力をさらに集中させ……わずかに見えた。
何人か子供が遊んでいる風景が……誰? 幼少時代のアロンの周りに子供なんて―――
「うっ――――!!?」
大きく肩を震わせたのはマレルだった。フェイムを開放し、ぐらりと膝をつく。
「マレル……!?」
「エデア……こいつ、アロンじゃないわ」
マレルは袖で額を拭って一度深呼吸する。
「確かに昨日会ったアロンに間違いないんだけれど、魂にはアロンの記録がない………というか、普通じゃないわ。十年分以上も記録が無いのに、容量だけひどく大きい」
「どういうことかしら……」
「本人に聞いて見なければわからないけれど、少なくともこの『フェイム』はアロンと別物。でも身体がアロンである以上は………」
「アロンに、憑依している?」
「さあ……。さて、これからこれをどうするべきか……」
二人の美女の足元に横たわる少年は意識を失っている。
「……エデア、一つお願いがあるのだけれど」
連れて帰りたいところだが、アシェルに黙って行くわけにはいかない。しかしマレルは先程のことがあった手前、来た道を戻ることはできない……。
主人公泣かされ放題というよくわからない展開ですが(笑)、しばらくお付き合いください。テーマが「夜」だからというわけではありませんが、夜中に更新していることも多いので、気が向けばチェックしていただければ。