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Next Crown  作者: 夢見無終(ムッシュ)
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第三話 ―その1―

 この湖はまさに秘境の跡だった。

 辺りに柱の根元や石壁の残骸といったものが残っていたから、かつてここは町か神殿か。さぞかし神秘的で、美しいところだったのだろう。勝手な想像だが、鏡のような湖面がそう思わせてしまう。

「少し休みますか?」

 フェイムがそんなことを言ってきた。

最近、こちらの表情を読んでいるような気がするが……気遣ってくれているのだろうか。

(まぁ……いくら無感動に見えても、どこかでナイーブだったりするのかもね)

 なにせ、顔つきがだ。

「そうね、休もうか。……せっかくだから、水浴びでもしてこようかな……」

「だったら服を貸してください」

「え!? ……どうするの?」

「繕います。肩のところがまた破けているじゃないですか」

 フェイムが指差す部分は確かに、縫ったところからまた少しずつほつれてきている。

「いいわよ、自分でするから…」

「しかし失礼ですが、アシェルさんがやっても焼け石に水です」

「失礼だとわかっているなら言うな!」

 結局渡してしまうのだが、自分より裁縫が上手いとか、「水浴び」に反応しないとか、いろいろ飲み下せないことが―――。

(…って、最近少し隙だらけじゃないの、私は)

 なんだかんだ言ってどこかで楽しんでいるのは自分だ。それは戦士として、あまり褒められたものではない。

「全く……少しは頭を冷やさないとね」

 裸になって湖に入ると、モヤモヤを吹き飛ばしてくれるのにちょうどいい冷たさだった。

「ふう………」

 フェイムと旅を始めて、もう二週間になる。

 ラムス峠での不死者討伐の時にフェイムは傷を負っていた。打撲程度ではあったのだが、内出血で痣ができていた箇所がいくつかあったのだ。それは翌日には治ったのだが、法術を使ったからではなく、勝手に治ったのだ。

 若さを差し引いても、いくら何でも一日で綺麗さっぱりというのは早すぎる気がする……。いや、やはり無意識のうちにリジェネレーションをしているのかもしれない。それなら効果はそこそこ高いのに長持ちしないフェイムの法術に説明がつく。つまり常時術を発動させているからがないのだ。とはいえ、それもすべて仮定での話でしかない。

(西から来た少年……)

 目的もなく西へと向かっているわけではなかった。自分の目的も西―――生まれた村の方へと向かっている。この鍛えた腕が振るう剣は、村を滅ぼした不死者へと向けられる。もちろん人に害をもたらす不死者であれば、どのようなものであろうとも許すことはない。家族を殺し、仲間を殺し、自分に呪いと殺意を背負わせた「不死者」という存在………許すわけにはいかない!

 ここからはるか西、故郷を越えた彼方には「王」がいる。一般人でも知っていることだ。王の地へ近づくほど魔素は濃くなる。もちろん配下には屈強な不死者や魔物が数多くいることだろう。

(この腕一つで、どうにかなるだろうか………)

 胸の内ではいつも不安が影を落とす。それは身体についたどんな傷跡よりも深く、醜く、消えることはない。

 西にそびえる山々を見渡す。この湖と同じくらい澄み切った青空を背に並ぶ山脈は皆、輝くように美しい。不死者の棲む場所など、どこにもないようにさえ思える。だが光があるから陰ができるのもまた事実。神秘的な美しさほど闇を覆い隠すカモフラージュになる――――。

「あ……!?」

 ふと気付く。そういえば、音がない。魚の起こすわずかな水音、虫の音や羽音………鳥の鳴く声すら風にのって聞こえてこない。

 ここは、生者の住む場所じゃない―――

「庭に足を踏み入れし迷い子は、美しい生娘……か」

 遠くから囁くように聞こえてきた声はあまりに艶やかだったが、騙されはしない…!

「――誰っ!!」

 剣を取る。だが振り向いた瞬間に、気配は背後から触れてきた。

「しかし惜しいわ。切り傷や擦り傷が少し多すぎる。まだ恥を知らない肌だというのに」

「ひっ!?」

 ゆっくりと背筋を撫で下ろしてくる―――。

「このっ……離れろ!!」

「…!?」

 相手の動きが止まった瞬間にすばやく離れて距離をとる。そして向き直って構えた途端、目を疑った。

 娘だ。しかも自分とほとんど歳が変わらない外見。

 ただ、格好が違う。一言で言えば身分の高そうな身なりだ。雰囲気も気品を漂わせており、その姿が嫌味になりえないくらい気高さを醸し出している。

 白い肌に白金の髪。大人になりきる前の若い魂を存分に発揮し、白い花のように美しい。ただし―――その笑みには、毒がある。

「へえ……言霊呪法ね」

「貴様、不死者かっ!」

「そうよ。だから…?」

「く……っ」

「服も着ないで斬りかかってくるつもりなのかしら? 私は別に構わないけれど、あなたを負かした後で脱がせる楽しみがないのは残念ね」

「な……に!?」

 少女の姿がふらりと揺れ―――いつの間にか触れそうなほどすぐ前にいた。

(幻覚…魔術!?)

まるで視界の外を歩いてきたかのように……それが一瞬の出来事だったのかどうかさえわからない。

 少女の右手の人さし指がアシェルの首筋をなぞり、その爪が喉下に当たった。左手は剣をもつ腕を押さえて、動かせない。

「フフ……滑らかな細腕の割に、剣を振るうだけの力はあるようね」

「うぅっ…!」

 正面から睨み付けると、何故か少女は恍惚として吐息を漏らした。

「ふぅ……いいわ、その瞳。そういう目は結構好きよ」

「!」

 少女の瞳が妖しい魔力の光を帯びた瞬間、腕を振り払って窮地を脱したが、頭の中を撫でられたような嫌な感触が残る。

「何をした…!?」

「視ただけよ、あなたの記憶を少しね。成る程……不死者がそんなに憎い? ……私はもしかすると、あなたが捜している不死者のことを知っているかもしれないわね」

「え!?」

 まさか、本当に記憶を…!?

「お…教えろ!」

「さて、どうしようかしら………」

 少女はもったいぶるようにせせら笑うと、嘗め回すようにアシェルの全身を鑑査する。その勿体ぶった視線を受けて、さすがに置いていた服で前を覆い隠した。

「ふむ……決めたわ。条件を出してあげる。あなたが私を負かせたら、教えてあげてもいい」

「……!?」

「『力ずく』が一番得意でしょう? 私の城はあの森の向こう……すぐに見つかるわ。あなたはいつどこで、どんな手段をつかってもいい。傭兵を千人雇ってもいいし、お望みなら一対一の決闘でも応えてあげる」

「どういうつもり――」

「ただし」

 また姿が揺らぎ、消える。次の瞬間には少女の気配を背中で感じ、息を呑む。

レベルが違う。まるで抵抗できない。一方的に翻弄されて強張るアシェルの肩に少女の手が張り付き、形の良い口が、耳元で小さく息を漏らす。

「私が一度勝つごとに、あなたを抱くわ」

「は……はぁっ!!?」

 思いもよらない発言は冗談ではない。少女はぐっと身体を擦りつけてきて、その肢体の柔らかさが妙な怖気を生む。

「期限は今日から一週間。それを過ぎれば、あなたは私の娘になってもらう」

 「娘にする」とはすなわち、己の血族に染め上げるということ―――。

「ふ、不死者になるなんてお断りよ!」

 剣を振りかぶると少女はあっさり離れた。

「ふざけた事を! そんな余興に付き合ってられるか!」

「余興…………そうね、これは余興ね。でもあなたが欲しいのは本心なのよ。私の血が疼くもの」

「……!」

「腕もそれなりに立つようだし、珍しい術も使える。何より、容姿と魂がいい……あなたに一目惚れしたの。私は二百五十年余り生きてきたけれど、まだ一人として不死者を『生んだ』ことはない。でもあなたならきっと、愛を交わせる家族になれるわ」

 娘は、それこそ夢を語る少女のようにつらつらと愛を謳いあげる。アシェルの胸の内を生温い風が抜けて、むかついてくる。

「…情熱的な告白をありがとう。でも不死者の女に惚れられても、反吐が出るだけだわ」

「そう。でもあなたは乗らざるを得ない。このまま行き当たりで運良く不死者を倒せたとしても、無意味に多くの敵に狙われることになってしまう。そうなるとあなたの復讐は難しくなるのではない? それにあなたが不死者になったら今よりはるかに強い力を得られるわけだし、私は血脈もそれなりに高位で特殊だから『同族殺し』も問題ない。なんなら、私自身が手を貸してあげてもいい」

「!?? ……それは誘惑しているつもりなの!? 何度も言わせないで、不死者はお断り。不死者になったなら、自分も殺す!」

「フン……残念だけどそれはできないのよ、『不死者なら』ね…。まあいいわ、私の名はマレル。あなたは?」

「………………」

「警戒しているの? 大丈夫よ、は得意だけど呪いはできないから。それとも、不死者に名乗れるほどの名は持ち合わせていない?」

「………アシェル」

「アシェル……私の名と響きが似ているのね。いつでもいらっしゃい。待ってるわ」

 また幻のように姿が揺らぎ、気付くとすぐ目の前に現れる。身構える間もなく、首筋に唇が―――。

「―――――!!」

 咬まれる――! 

 逆立つ神経が剣を振り上げようとした時にはすでにマレルの腕に身を締め上げられていた。アシェルの全身を動物的な悪寒が―――捕食される恐怖が支配していく。

 しかしマレルは首筋に牙を突きたてることなく、強く吸い付いてきた。

「何、を…!?」

「何だと思う…?」

 唇同士が触れ合いそうな距離で濡れた吐息をまぶしてくる。そのあまりの妖艶さに、先ほどの怖れが破廉恥な動悸に取って代わる―――。

「くっ…離せ!」

 アシェルが抵抗するとマレルはあっさりと解放して、自身の唇を指でなぞった。アシェルの首筋が熱を持つように痺れる……。

(いや何をやっているんだ私は! 動揺するな、不死者の前で…!!)

 首に左手をやりながらも剣先を再び不死者に合わせる。そんなアシェルを目にしても、マレルは悪戯っぽく微笑むだけだった。

「ククッ…初々しくて可愛い。また会いましょう、アシェル」

 マレルと名乗った不死者の少女は、隙だらけの背中を晒して消えていった。ただ呆然と、見送ることしかできない……。

 何だ、これは……!?

「何なのよ……何なのよ、アイツは! ヒトをバカにしてえっ……!!」

 剣でがむしゃらに水面を叩く。と、マレルと入れ替わるようにして土手の向こうから気配が―――。

「アシェルさん? どうかしましたか?」

 フェイムだ!

「なっ…バカ! まだこっちこないで!!」

 黒髪の頭がひょっこり見えたところで怒鳴りつける。マレルの挑発に怒る前に、服を着るのが先だった…。







 この第三話、まあまあ長くなりまして、ついでに結構ガチ百合展開になります。あまり期待されても困りますが(ひょっとして自分で首絞めてる?(笑))

 

 ちなみにルビふりのやり方がよくわかっていないのでそのままですが、

 「言霊呪法」=エコーマジック

 「不死者」=ノスト

 「従者」=オーレル

  ―――などと読んでいただければ幸いです。

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