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Next Crown  作者: 夢見無終(ムッシュ)
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第二話 ―その2―

 かつての村の奥には、村を束ねる首長の屋敷があった。この規模の村ではありえないほど大きく、権力を誇示した屋敷が―――。

二階建てで各階七部屋もあるそれは、貴族の邸宅と言っても過言ではない。事実、他の家に比べて華美に彩られた内装は貴族趣味への憧れすら感じるほどに滑稽だ。

 その屋敷の扉を開けたさらに奥―――不死者はそこに潜んでいる。

 不死者の足元には血の気を失った女性……今日の食事が横たわっている。

 渇きは癒され、口元をナプキンで拭う。大きな窓から外を見上げると、今夜は星が明るい。月は出ていないが、そんなものは無粋だと言わんばかりに明るい。

 今夜はどこか―――懐かしい夜だ…。

 しばし静寂に浸っていた不死者だったが……犬の遠吠えが窓の外から聞こえてきた。愛犬の警戒の咆哮……侵入者だ。




 建物の陰に隠れたアシェルは冷静だった。十歳になるころには狩りをしていたアシェルにとって、自分より相手が大きいのは当たり前のことだ。真正面から組み合って勝てないのが前提……だから敵の行動を把握し、弱点を探す。この観察眼こそ、アシェルが生きながらえてきた要素の一つである。

 まずもって言えるのは、相手が怖ろしく速いということ。巨体の動物が鈍重だと思っているのならそれは間違いである。巨体である以上、当然その分筋力も増している。加えてリーチ。こちらが十歩ですすむ距離を一歩で済むのなら、どれだけ逃げても瞬きする間に追いつかれてしまう事だろう。もちろん自重と筋力のバランスが肝心だが、その点をこの犬はクリアしているようだ。ご機嫌にしっぽを振っている。

 ただし、この巨体ゆえの欠点もある。小回りが効かないことだ。

 「小回り」とは素早さではない。荷重コントロールが上手くできるかどうかだ。この巨大犬が元気に走り回れることは前述の通りだが、全力疾走は難しい。急停止できる足腰の強さがあっても、足裏の摩擦力が荷重に耐えられないのである。急スピードで転進しようとすれば足が滑る。それでも無理に停止しようとすれば足裏の皮がめくれてしまう。爪を立てる方法もあるだろうが、下手をすれば爪が剥がれてしまうこともあるだろう。

 この犬も本能的にそれがわかっているようで、巨大犬の攻撃方法はもっぱら飛びかかっての抑え込みだ。これなら怪我のリスクはないし、そもそもこのリーチと運動能力ならこれで事足りる。空を覆い尽くすほどの体躯がかっ飛んでくれば、どれだけ戦い慣れした戦士でも足が竦むことだろう。しかしアシェルは違う。様子を窺い、隙を突く術を心得ている。

 だが……感情が邪魔をする。そこら辺に散らばる衣服の切れ端が目に入る度に、犬の脚が骨を踏み砕く音が響く度に、憎悪が沸き上がってくる。

 アシェル=ミローは戦士でも狩猟者でもない。復讐者なのだ。

「殺す…!」

 巨大犬の視界の外、犬の右後ろ側へ飛び出したアシェルは、後ろ脚を斬りつけた。腱を狙ったが、巨大犬がピクリと反応したせいでずれた。舌打ちと同時にアシェルは再び建物の陰に身を隠し、巨大犬の丸太のような前足は空を切っていた。

 苛立ちと怒りの狭間で、怜悧な理性がアシェルに警鐘を鳴らす。

 このままでは勝てない。いや、やられてしまう可能性が高い。本来なら罠にかけて弱らせる手段を取るべきところなのだ。ただでさえ致命傷を与えられない上に、あちらにはずば抜けた嗅覚があり、臭いを覚えられれば隠れていても意味がなくなる。それにフェイムのことも気にかかる……。

 時間が経てば経つほど、不利になる―――。

 その時だった。

 突如現れた白い光に包まれて巨大犬が苦しみもがく。これは法術の光だ! 次いで、号令と共に矢が浴びせられる。

「何…!?」

 振り返ると、松明の煌々とした灯りと共に大勢が姿を現した。しまった、傭兵団か…!

 この時間なら傭兵団が来ることはないと踏んでいたが、当てが外れたか…!?

 不死者は昼間は外に出ない。はっきりとした理由はわかっていないが、活動できないのではなく、夜の方が魔力が増すからだと言われている。多くの不死者が日の出とともに姿を消すため、不死者を狙う傭兵団などは深夜二時ごろから行動を開始、不死者と対峙する。撤退する事態になっても日の出とともに逃げる算段がつくというわけだ。それを逆算したからこそ今の時間帯を狙ったわけだが……まさかこんなに早くやってくるとは…!

「見張りの知らせで来て見りゃ……昼間のガキじゃねぇかよ。マジで不死者に勝てると思ってんのか!?」

 聞き覚えのある声……顔ははっきり見えないが、昼間の大男だ。無意識に舌打ちしていた。

 とはいえ、助かったのも事実…。それに傭兵団はかなりの手練だった。まず法術による結界で動きを止めて一気に矢で射かけ、弱ったら直接攻撃でトドメを刺す―――これを数十人の規模で無駄なく、畳みかけるように行うのだ。そのスムーズな連携を見れば、町の人間は彼らを英雄と崇めるだろう。それだけの実力も持っている。

 ただ―――それでも不死者を滅ぼせる程ではない。この巨大犬ですら所詮は使い魔……不死者はもっと恐ろしいもののはずだ。

 と、矢を浴びて怯んでいた犬が突然背を伸ばすと、天に向かって吠えた。

傭兵団の男達はたまらず耳を押さえる。よく見る遠吠えだが、声量がバカでかく、頭が割れそうだ!

 咆哮の余韻に喘ぐように男達が呻く中……遠くから地面を叩く音が聞こえてくる。音は軽いが、たくさん迫ってくる……!

「うおおおぉっ!?」

 犬だ! たくさんの野犬の群れが襲いかかってくる!

 犬にもコミュニティがある。巨大犬がボスなのは明白だろう。この巨体で不死者の眷属としての力を得たのなら当然か。暗闇からの突然の襲撃に場は騒然となった。

 野犬は尋常でないほど獰猛で、人間を恐れる気配がない。むしろ獲物を狩るように牙を剥く。いくら強いヘッドがいるからといってもここまでになるだろうか…?

 そこでふと気付く。辺りに散らばる人骨だ。確か、麓の町で攫われたのは大人の女性ばかりだった。じゃあさっき見た子供の頭蓋骨は…? ターゲットを絞り込んでいることから女性を攫うのは不死者の趣味だろう。ということは、この辺りの人骨は、巨大犬の餌か? いや、巨大犬だけじゃない、もしかしてこの野犬たちの……。

 ――ぞっとした。麓の町で訴える被害とは別だ。この不死者は思った以上に広範囲で活動し、そしておそらくこの高台の至る処に骨が散らばっていることだろう…。

「っ…」

 剣を握る手に力が入る。胸に怒りが沸き上がり―――脳裏に悪夢が甦る…!

 こちらに鼻先を向けた野犬の爪が掠めるギリギリのところで避けて返り討ちにし、その勢いのまま急転身、巨大犬に突進する!

「打っ!!!」

 太い木の幹のような左前足に剣を打ち付け、振り抜く! ビクンと身体を跳ねて巨大犬が悲鳴を上げる。剣が骨まで達したのが手応えでわかった。さらによろりと姿勢を崩した犬の肩を駆け上がり、首に剣を突き立てる―――どれだけ大きくなっても犬は犬、急所は同じ…!

「切やああぁぁ―――っ!!!」

 握った剣を軸に身体ごと体重を掛け―――一気に首を斬り下ろす!

 バシャリと大量の血が噴き出し、巨大犬は仰向けに転がってのたうち回るが、やがて静かになる……ほんの十数秒のことだった。

 ボスが倒れて混乱する野犬ども……真っ赤に滴る剣を振り、その鼻面に血飛沫を浴びせて叫ぶ―――

「――失せろ!!」

 アシェルの怒号に従うように、野犬は一目散に夜の闇に姿を消した……。

「や、やりやがった…」

 傭兵団の男達が目を剥く。それはそうだろう、見るからに垢抜けない少女が巨大な怪物を倒したのだ。男達から驚嘆と賞賛の声が浴びせられる。

 ただしアシェルに構う余裕はない。一気に身体に負荷をかけ過ぎた……。

 アシェルの奥の手の「言霊呪法エコーマジック」は、文字通り魔力に言葉を乗せ、意味に力を与える魔術である。ただしアシェルに魔術の素養はなく、そんな能力があると言われて初めて知ったくらいのものでしかない。本来は言葉を聞かせた相手に命令を強制させるのだが、アシェルの力では基本的に気を逸らす程度にしか効かない。犬を追いたてるのがやっとだ。

 だが、自分にかけるなら別だ。アシェルは自己暗示を強化する手段として使い、肉体のリミッターを外すのだ。もちろん魔術が長持ちするわけもなく、使えるのは一瞬。複雑な言葉ではなく、次の瞬間の自分のイメージを気合いに乗せる。それでも身体への負担は大きく、連続で使うなら身体の同じ個所に続けて魔術をかけるのは避けなければならなかった。ただ、ほとんど無意識にするのが多いからこういうことはままある。決着を付けなければ窮地に陥るから気を付けなければ……。

「…さっきのは魔術か?」

 初老の法術師が気付いたようだ。法術は正、魔術は負の属性とされ、互いに反発する。一般人が使うレベルならどちらでも大したことはないのだが、法術が不死者に対抗する手段であり、魔術は不死者が操るためイメージが悪い。ただでさえ年端もいかない女の自分が剣を握っているのだ、あまり知られたくはない。

「魔術って、何か使ってたか?」

「おそらく自分の肉体を強化する魔じゅつっ…」

 唐突に法術師の声は途切れ、弾けるように飛んで倒れる。頭に刺さった剣が松明の明かりを反射している…

「―――襲撃だ!」

 即座に構える―――間もなく、次々に凶刃に倒れていく。

 剣が飛んできた方を振り返るが、何の気配も感じない。

 いや―――

「なっ…!?」

 星空に浮かんだ無数の塵のような影―――剣の雨が、降ってくる!!







 いつの間にか「アルタナ」と同時進行することになっております。なぜに。いやナゼじゃなく(笑)


 前回の更新で「後半に続く」と予告したのにまだ続きます…スミマセン。

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