第二話 ―その1―
突き飛ばされ、尻もちをついたアシェルは大男二人を睨んだ。
「何すんの!」
「はあ? 何もかにもないだろ、バカなのかお前? お前みたいなのが不死者と戦えるわけないだろうが」
「夜の相手は不死者じゃなくて俺たちじゃねぇのか?」
「クッ! まあ顔は悪くねぇが……まだ女って感じじゃあねぇなあ。ハハッハハ!」
いやらしく笑う男達を殴ってやろうかと拳を握ったが、鼻で笑われる。
「そのみすぼらしいボロ剣でどうやって不死者と戦うんだ? 不死者は普通の武器で斬りつけても再生しちまう。聖者によって魔力付加された武具じゃねぇと太刀打ちできねェんだよ。まあ首落とすか心臓串刺しにすれば関係ないって話だがな…お前にそれができんのか?」
「できるから来てる」
アシェルが毅然と答えると男達は押し黙り―――爆笑した。それからは話にならず、アシェルは歯軋りしてその場を後にした。
宿に戻るとフェイムが「お帰りなさい」と出迎える。いつも通り特に感情の見えないその表情にまた腹が立つ。
「どうかしたんですか?」
「門前払いされたのよ。テストくらいしてもいいのに…!」
「そうですか」
やはりフェイムの反応は薄い。
飛び込むようにベッドに腰掛けたアシェルはベルトから鞘ごと剣を外し、太股の上に乗せた。
「みすぼらしい剣ってバカにして……これは何十も何百も不死者の眷属を葬ってきた、私の命を救ってくれた剣なのよ。どんな聖剣よりも戦い抜いてきた、孤高の剣……」
アシェルの目頭がぐっと熱くなる。
「アシェルさん、泣いてるんですか」
「なっ……とにかく! あんな傭兵ギルドはあてにしない! 私は私で不死者を倒す…!」
「それが難しいからギルドに行ったんじゃないんですか」
「うるさいっ!!」
枕を投げつけられたフェイムは反応できずに顔面に受け、よろよろと後ずさりし、ぺたんと座りこむ。まるで人形のような弱々しさだ…。
「…一応言っとくけど、ついてこないでよ」
「でも、ケガしたら大変ですし」
「アンタがいたら足手まといなの! この前だっていつの間にか拉致られてたし……何で生きてんの?」
「わかりません」
「………」
――本当にコイツはどうしたものだろうか。
ラムス峠に着いたのが三日前。
麓の町では不死者の噂で持ちきりだった。いや、実際に被害が出ている。何人も拉致され、帰ってこない。ただし被害に会うのはもっぱら二十代後半から三十代の女で既婚・未婚お構いなしだ。ここまで徹底していると変態の人攫いか変態の不死者である。その内、血が抜かれた死体が見つかる……不死者で確定だ。町は幸いにも交易で潤っていたため、外部に討伐軍を要請した。そうして集まったのが戦士五十名、法術師二十名の対不死者傭兵ギルドである。不死者はその性格により行動も構成もそれぞれであり、従者を何十、何百も従えている者もいれば、全く手下がいないこともあるらしい。ただし変わらぬ法則があり、不死者は一定のエリアにつき一人しか存在しない。そして基本的に領地には不可侵である。エサである人間の奪い合いを避けるためとも言われているが、実態は不明だ。
「一人滅ぼせば済むなんて簡単じゃないのか」などと見当違いの言葉を吐くのは、不死者の実被害がない地域で生まれ育った一握りの愚か者だけである。この傭兵ギルドを見ればわかる通り、不死者一人に対して数十から数百単位のパーティで当たる。これでも決して少なくはない。名のある不死者と戦うならこの何倍もの戦士が必要とされる。さらにその上となると、今度は極端に少なくなる。レベルが並では足手まといにもならないからだ。
今回ラムス峠に棲んでいるのは名がなく、おそらく不死者としてまだ若いのではないか、と見られている。それでもこの人数、この編成なのである。剣の腕に覚えがあっても、アシェルのような少女が追い払われるのは仕方のないことではある…。他人に協力を仰ぐのは主義に反するが、それでも確実に仕留めるにこしたことはない、と思っていたのだが……。
そもそも連携が取れるなどとは端から思っていない。奴らの前に不死者を倒し、すぐに発つ。百人掛かりで挑む相手を女が一人で倒したとあれば傭兵団の面目丸つぶれだ。恨みを買う前に退散するに限る。不死者の塒はおおよその見当が付いている。やるなら早く、一人で……
……結局自分も、一握りの愚か者らしい。
不死者の住まいは、ラムス峠から北に二キロ離れた高台にあると目される。
かつてこの地は河川の氾濫が度々起き、人々の住まいは高台に集まっていた。常に水害と隣り合わせだった村は、何代にも渡る改修工事の末、ついに川を制することに成功したのである。そして村人は低地に移り住んだ。交易のルートとしては高台に回り道するよりも麓を抜ける方が利便性がよかったのだ。村はやがて町となり、目覚ましい発展を遂げた。長きに渡る努力がついに報われたのである。
しかし、その流れに乗らない者たちがいた。高台時代の首長一族である。彼らはかつて占いや予言で人々を導き、取りまとめていたらしい。だが町の発展とともにその効力は意味を成さなくなり、外界からの文明と知識の流入が権威の失墜に拍車を掛けた。見放された一族は麓に下りることを拒絶し、その後の消息を知る者はもはやいなくなった。
だが―――数年前に現れた不死者が名乗ったのだ。一族―――ザムスの名を。
「…で、結局アンタついてくんの?」
深夜十一時。高台へと向かう山道で、アシェルは背後の小さな影を振り返る。
「アシェルさんが死んでしまったら、僕はいつまでも宿で待っていないといけないじゃないですか」
冗談みたいなことを真顔で言うのはフェイムである。
アシェルは眉根を寄せてフェイムを凝視する。フェイムの纏う外套は夜の闇に沈むように黒く、対照的に白い顔がぽっかりと浮かんでいるようで気味が悪い…。
「…別に、帰ってこなかったらそのまま出発すればいいじゃない。旅は道連れでも、別にアンタからの情けはいらないわ」
「はあ」
生返事だ。この場合、言ったことがよく理解できていないのだろう。フェイムの反応パターンは少しだがわかってきた。ただ……今のセリフは自分でも何が言いたいのか、よくわからない…。
開けた台地に出た。高台だ。打ち捨てられた住宅の群れ……集落の跡が星明かりで浮かび出てきた。
思ったよりしっかりした建物が多い……占いでペテンにかけられるような村だから、もっと掘立小屋のようなものを想像していた。規模は小さいものの、不自然なまでに整っている。
ただし、足を踏み入れると興奮はすぐに冷めた。そこかしこに散らばっているのが骨だと気付いたからだ。
「なんの骨でしょう」
「……見りゃわかるでしょ」
ふざけているわけではないのだろうが、さすがに癪に障る。と、フェイムが拾い上げる。コイツ、よく平然としてそんなことができるな…!
「これ、人の頭でしょうか」
「だから見ればわか――!?」
見ればわかった。小さい……フェイムの頭より小さい頭蓋骨。思わず目を背けた。
「あの、これ…」
「…置いておきなさい」
「ここのところ…」
「置いとけっつってんでしょうが!!」
響き渡るほどの大声で怒鳴りつけてしまった。フェイムは特に表情を変えないまま、足元にそっと置いた。
「…これでわかったでしょ。一人でも不死者を滅ぼしに行く理由が!」
くそ、被害者は大人の女だけじゃなかったのか…!
速足で集落の奥へ進む後をフェイムが追いかけてくる。
「でもあの頭…」
「何!?」
我慢できなくなって胸ぐらを掴んだ。フェイムの顔は変わらぬまま―――
「あの頭、大きな穴が開いてましたけど、何か刺さったんでしょうか」
「は……!?」
―――と、その時、気配を感じた。
漏れ出る獣の息遣い、わずかに土を払うような小さな足音、そして建物から現れる影―――……
「……でかっ…」
てっぺんまで四メートルはあるだろうか。艶のある毛並みとしなやかな四肢を持つ、犬……巨大な番犬だった。
「あ、この犬が咬みついた跡だったんですね。でもこの大きさなら丸飲みできそう――」
そこでフェイムの言葉は途切れた。巨大犬の前足で払われ、横っ跳びに闇へと消えていく。
「バカ!」
叫んでももう遅い…。吹き飛ばされた先で何かにぶつかるような音はしなかった。まさか、谷間へ落ちた!?
刹那の思慮を犬の唸り声がかき消す。アシェルは反射的に三歩下がり、腰の剣を引き抜いた。
「くそっ…!」
一人じゃ無理か!? 百人欲しい…。
「アルタナ」で予告しているのに上げる上げる詐欺になりかけているのでとりあえずUP。中途半端ですが後半へ続きます。この話さえ終われば、あとはちょいちょいと進んでいく……はずです。
「テメェの中に熱いのを注ぎこんでやる! へっ、コイツ火照ってやがるぜ‼」
--てな具合に可愛がっていた湯たんぽさん、今日は冷めるの早ぁい。愛が足りなかったのか、世間が冷たいからなのか。あ、自分が寒いせいっスね…。
明日雪が積もりませんように!