第五話 ―その3―
不死者・モルスを滅ぼし、ザクルムを目指して北へ向かう。
途中いくつかの町を過ぎたが、酷い有様だった。人々は皆、生きているが活きてはいない。その裏の不死者の存在を感じ取ることができれば、人間は実験体として存在させられていることがわかる。
おそらくザクルムの居城の直前であるこの村・サーハスでは、それが顕著に現れていた。闇の眷族に隣家が襲撃されても感心を持たない。家族が殺されても戦う意志を持てず、かといって逃げる勇気もない。ただただ、その日を生きるのみ。
「囲いの中の家畜だな、こりゃ」
キルガか軽々しく言うのに腹が立ったが、自分も同じ言葉しか浮かばない。しかしこの村はあまりにも幼少の頃を思い出しすぎて、とても放っては置けなかった。
「しばらくここに逗留するわ」
キルガだけでなくフェイムも目を丸くした。
「オイオイ、マジでそんなこと言ってんのか? ここまできて足踏み?」
「ここまできたから慎重に行く。ヤツらを探り、できるだけ戦力を削ぐ。突っ込んだはいいが囲まれて終わり、なんてのはゴメンだわ」
「ここで中途半端に戦うほうが、疲弊すると思うがね……」
廃屋はいくつもあったが、その中でもマシな所を借り受けることにする。ほとんどは死臭が酷い……。村長に許可を得に赴くが、生返事一つしか返ってこなかった。
(相当酷い……)
自分の生まれた村とて、これほどではなかった。まだ活力に満ち、闇の眷族に立ち向かう意志があった。だからこそ滅ぼされたのかもしれないが………。
「あら?」
空き家に戻ってくると、どういうわけか小さな女の子が一人増えていた。
どうしたのと口にする前に、キルガが肩を竦める。
「フェイム君が引っ張ってきたんだよ。連れ込むなんて隅に置けないよねぇ」
「何言ってんのよ。フェイム、この子はどうしたの?」
「食べ物を調達しようとお店を探していたんですけど無くって、どこかで分けてもらおうと辺りを訊ね回っていたら、この子を見つけたんです。両親が魔物にやられて家に一人ぼっちだって……」
「そう……」
少女の前で膝を折る。目線を合わせようとするが、少女は膝を抱えて微動だにしない。
「名前は?」
「ミア…」
「いくつ?」
「………七つ」
「そう………」
七歳。自分の村が滅ぼされた時と同じ歳だ……。
「おじいちゃんやおばあちゃん、親戚の人は?」
ミアは首を小さく横に振る。
「一人ぼっち……か」
ミアをそっと包み、ぎゅっと抱きしめた。腕の中で抵抗することも泣き出すこともなかったが、ほんの少しだけ、身体の強張りを解いたようだった。
「驚いたね。オタクみたいなんでも、しっかり母性本能があるんだな」
「………本気で殴られたいの?」
「あ、いやいやウソウソ、ジョークだろ? なあフェイム君?」
「え? そうなんですか?」
「…って、同意してほしいなぁ。そんなマジ顔されるとこっちが困る―――」
「キルガ」
「えっ!? もしかしてそっちもマジ……? マジで怒ってる?」
「……ハァ」
まったく、コイツが子供か。
「キルガ。マジで怒ってるから、フェイムと一緒に食料と薪を調達してきて」
「オタクは?」
「この子を見ておくわ。この子はしばらく面倒見る」
「面倒見るって……俺らは行きずりだぞ?」
「わかってる。この村がこうなった原因……ザクルムを始末するまでよ」
「始末、ねぇ。そいつは確約できるもんなのか? 必ず滅ぼせると?」
「…………」
「下手なお節介はやめたほうがいいと思うがな……ま、オタクはウルトラだから? 好きにすりゃいい。俺はゴメンだけど」
ヒラヒラと手を振ってキルガは出て行き、フェイムも追って出た。
「何よアイツ……」
しかしキルガの言うことは真理でもある。戦う者に、まして不死者を相手にしている自分に絶対勝利など在り得ない。もしザクルムにやられれば、この子はまた一人ぼっちになるのだ。
かといって、自分が昔されたようにこの子を連れて行くのか? いや……それは無理だ。
この子に自分と同じ危険を味わわせる?
同じ業を背負わせる?
考えただけで吐き気がする……。
自分の手は汚れてしまった。返り血を浴び、自らも血を流し、その感触と臭いを忘れられなくて、どこかで求めている部分があるのも認めざるを得ない。そんな自分が……母親になれるはずもない。
「お父さんも、お母さんも………」
「え…?」
「どこかに連れて行かれちゃった……」
「……………」
涙も枯れた少女の頬を掌で包み、小さな額に額を合わせた。
「ごめんね、ミア…。お姉ちゃんたちは少ししかここにいないし、ミアを連れて行くこともできない。でもね――……」
日が暮れ、ようやく食事と暖をとることができた。
ミアの身体を拭き、髪を梳かしてやると、ようやく見た目も落ち着いてきた。その可愛らしい容姿をじっと見ているうちに、自分もろくに髪の手入れをしていないことに気付く。できるだけ清潔にするように気を遣っているが、身だしなみは大雑把だ。
(なんていうか………もう女じゃなくて、戦士だ)
今さらか。失笑するしかない。
しかし過酷な旅の中で髪は不思議と痛んでおらず、肌は瑞々しいまま。まさかとは思うが、これもマレルの血のおかげだろうか?
身奇麗になり満腹になったミアはようやく安心したのか、すぐに寝息を立てる。それに倣ってアシェルたちも早々に床に就くことにした。無論、キルガと交代で見張りにつく。
「すぅ……すぅ……」
ミアは寝言も言わない。悪夢も見ないほど疲弊していたのだろう。隣で横になって寝顔をじっと見詰めると、とても愛らしい。しかし……自分が幼少のころの幸せはまるで思い出せない。
初めて武器を握り、初めて憎しみで殺したあの時―――七歳のあの時。あの時、私の中に醜いものが生まれた。二度と無邪気に笑うことを許さない、醜いものが……。
「……!」
目が覚めた。気配を感じる………この肌ではっきりと。
「ん………? 小便か?」
布の間仕切りから出ると、外を眺めていたキルガがボケたことをいう。が、こちらに振り返ると溜息をついて、すぐにまた外に目をやった。
「急を要するが……急違いか?」
「フェイムとミアをお願い」
「へぇへぇ。そりゃもう、言われるまでもなくバッチリだ。この小屋を囲む結界は、そん所そこらのザコ助じゃ破れねぇですよ」
「結構よ。すぐに戻る」
「そりゃそうだ。……だけど、そのままで帰ってこないほうがいいと思うがね」
「は?」
「顔が怖いぜ?」
「……………」
キルガの視線が痛い。何か侮蔑すら感じてしまう。それは…人に対する眼差しではない。
何も言えず、ただ剣の柄だけを握り締めて飛び出す。
「クッ……!」
何だこの苦しみは……! 胸が重く、吐き気がして、逃れられない! 目の前が真っ暗になりそうで………しかし明かり一つ無いこの夜こそ、もっとも気分が鋭敏になる。感情が高揚する。それが、今の自分なのだ。
もう自分は闇に怯えて、隠れることもできない―――。
獣人の群れは兵装していたが、軍と呼べるようなものではなかった。そこらの畑を荒らし、立て札を壊す様はチンピラそのものである。人間と違うのは、人間を脅して金品を奪うのではなく、とにかくさらって弄り、喰らうのである。
ただの獣ならば、悲惨な末路もまだどこかで納得できよう。しかし直立して道具を扱える浅知恵は、倫理無き無惨な趣向を凝らすことでしか発揮されない。古より伝わる不死者の魔法で造り出された獣人はどれも変わらない。そこに叡智など欠片も無い。
広く見れば、彼らに罪は無いのかもしれない。だがその牙が人間に向く以上、駆除するしかない。なによりも、獣人たちは自らの運命を愉しんでいる………やつらは罪人なのだ。
「グガ?」
犬男の一匹が気付いた。暗闇の中、さらに黒く縁取る影―――。
犬男にとって重要なのは視覚でなく嗅覚。匂いは伝える………女だ。若く、ほどよく食べ頃で、極上だ。涎が止まらなくなるほどに。
しかし第六感が訴えている。逃げろ、逃げろ、逃げろ―――近づいてはならないと。
そして愚かな獣人の思考は、微妙な判断をスリルという都合のいい感覚で誤魔化す。
「迂闊にもほどがある……」
影から貫き出るように現れたアシェルは、自分を取り囲む二十頭足らずをいちいち見もしない。ただ静かに、剣を抜く。
「気分の悪くなる晩だ。すぐに片付けてやる……逃げるなよ」
アシェルが牙を剥いた―――その瞬間獣人たちはようやく悟り、次の一瞬には手遅れだった。獣人たちは逃げることも反撃することもできぬまま刃にさらされる。アシェルの斬撃は雷の如き凄まじさで、一度閃くと獣人は絶命し、再び閃けば魂の抜け殻も粉々に破壊される。
阿鼻叫喚は、刹那だった―――。
「ハァ、ハァ、ハァ………」
膝が折れた。
こんな激しい動きは初めてだ。全力で言霊呪法を併用してもこれほどまでは………いや違う。これが不死者の血を受けた私の本来の力だ。言霊呪法は慣れすぎて、むしろ枷になっていたのかもしれない。
この力をもっと引き出せば………ザクルムに必ず勝てる!
「アシェルさん! アシェルさ……うわっ」
走ってきたフェイムは滑りかけて、初めてここが血溜りだと気付いたのだろう。ぶつ切りになった獣人たちの肉塊のすき間をそっと踏み分け、アシェルの隣に立った。
「大丈夫ですかアシェルさん。すごい惨状ですけど……」
「私は大丈夫よ。アンタこそ、どうしてこんなところに来たの?」
「アシェルさんが心配だったので」
心配、か……。
「アンタ、この有様を見てどう思う?」
「えっ、どうって……………凄いと思います。アシェルさん、僕と出会った頃と比べられないくらい強くなっていると思います」
「そう……」
溜息一つ吐く…………。
血を拭いて剣を収め、意を決した。
「フェイム。ここでお別れよ」
フェイムは自分を置いて発つアシェルを見送ることしかできなかった。
いくら理由を聞いても、別れの挨拶どころか、一言も口を利いてくれない。ついに役立たずになったのだろうか。キルガがアシェルとともに行くのを見れば、そう思い知らされてしまう。しかし実際に自分の法術は、転んだ擦り傷を治す程度の効力しかない。もはや人間の域を超えつつあるアシェルの戦いでは焼け石に水だ。ともすれば、自分は対峙する不死者にとっていい的であり、アシェルにとっては弱点でしかない…………それはわかっている。
でも……でも………。
「おにいちゃん…?」
ミアが見上げてくる。
「だいじょうぶ??」
「…うん。ミアちゃん、これからどうしようか」
頭を撫でようとすると、ミアは一歩下がってぐっと口を結んだ。
「わたしはね、ここで生きていく」
「ここで? でもお父さんもお母さんもいないって…」
「おねえちゃんとの、やくそくだから」
「約束?」
「おねぇちゃんはみんなの代わりに悪い魔物をやっつけてくれるって。でも私は連れて行けないから………一人で生きていきなさいって」
「一人で、生きていく……」
そうだ。自分は元々一人で、アシェルさんと旅をしたのは、偶々方向が同じだったからだ。
アシェルさんはもう終着点にたどり着く。いつまでも頼ってはいけないんだ………。
だがな――――生憎、まだオサラバってわけにゃいかねぇよ。




