第五話 ―その1―
山のような岩がそびえ立つこの場所は、まさに自然の造った砦といった感がある。岩の隙間なんかを利用すれば居住することも可能だろうが、現実にはそんな人間は誰一人いない。というのも、端から端まで数十メートルのこの岩場の外は、どこを向いても地平線が見える砂地だからである。加えて日差しが強く、雨も滅多に振らないとなれば、岩場は程度の低い避暑地でしかない。
その避暑地の中心の日陰で岩に寝そべる男は、気だるそうに岩の隙間から空を見上げていた。
「あちぃなぁ……暑いだけだよなぁ。暑いのに、アイツらよく頑張るよなぁ……」
静かだ…。ほとんど音がしない。砂漠では掌以上の大きさの生物に遭遇することは滅多になく、旅の定番コースから外れているのも道理だ。
しかし………急に気配がざわつき始める。カサカサと細かな渇いた音は、やがて大勢の足音に蹂躙されていく―――お客が現れたのだ。
「さてまぁ………どうだかねぇ。イマイチ意気込みが足りないような気もするが」
「ガアァッ!!」
「グゥゥ…!」
唸り声とともに、岩の陰からチラリ、チラリと人間大の影が。男はすでに蜥蜴兵の群れに囲まれている。
この岩砂地帯で蜥蜴兵に遭遇すれば、それは「死ぬほど」運が悪い。爬虫類である彼らは熱にも乾燥にも強いし、何より広大な岩と砂の大地で自分を見失わないほど脳みそが足りない。つまりは適度に扱いやすく、適度に凶暴であり……。まあそれゆえに男はここにいるわけだが。
「岩壁の向こうに隠れているのも含めると………三十匹といったところか。これくらいで全部かな? それじゃ―――始めますかね!」
蜥蜴兵は本能以上に明確な〝殺意〟を抱いて男を取り囲む。対する男の表情は………なるほど、一見さわやかな笑みの中に、恨まれるほどに悪辣とした眼光を携えている。
「拘束しろ―――聖なる檻よ」
男が唱えると岩場の至るところで白い光の柱が立ち、蜥蜴は全て法術陣に捕らわれて硬直する。
「アッハッハ、動けねぇだろ? お前たちのような不死者によって造られた眷族相手なら、対属性である法術の効果は倍になる。とすればザコを引っ掛ける網は簡単なヤツでいいのであって、広範囲にばら撒くのも苦になんないってワケだ」
罠の準備は万全だったのだ。そしてこの男は、一度に全てを引き上げる性分らしい。蜥蜴兵は必死にもがくが、その場に貼り付けられたように身動きできない。
「……案外つまらん結果だな。とっとと終わらせるか」
男が腕を上げると、それが合図であるかのように大量の黒い槍が出現する。空中に固定されたそれらは、一本一本が蜥蜴兵の頭上から穂先を向けている。
「―――行け」
腕と同時に振り下ろされた黒槍は一つ残らず蜥蜴兵の脳天を貫いて死滅させ、そこはまた元の静かな岩場に戻った。
「まあまあ………こんなところでしょうか。証拠の死体も残ってるし、報奨金もいくらかは頂けるでしょ」
町へ戻れば美味い食事と酒にありつける。しかしそのためにはまた太陽の下を二時間ほどいかなければならない。いくらか慣れたとはいえ、この日差しはツラい……。
やれやれと、カウボーイハットを深く被り直したとき。
「ん……?」
行軍している蜥蜴兵の一匹と目が合った。町へ行くのか? いやいや、どう考えても標的は―――
「グガァッ!!」
「ガッ!?」
「ゴアッ!」
一匹が雄叫びを上げると一斉にこちらに振り向く。その数は先ほどと同等……囲まれるには十分すぎる。
「トカゲの分際で分隊だとぉ!? オイオイ……冗談じゃありませんぜ!」
脱兎のごとく来た道を戻る。追ってくるトカゲ達は武器に鎧と結構な装備だが、棒切れ一つ持たない男とスピードは大して変わらない。
岩場を抜け、あっという間に反対側の出口へ――……抜け出ても、やはり向こうまで砂地である。
(どうする? 町まで逃げるか? 普通に戦うか?)
町まで走って逃げるのはだるい。真っ向から戦うのは面倒くさい。なかなか傾かない秤を持て余していたその時、叫び声が………いや、気合が轟いた。
「討ああぁぁっ!!」
「女…!?」
若い女だった。空にまで響かせるように声を上げる女は剣を振りかざし、瞬くほどの速さで蜥蜴の群れに斬り込んでいったのだ―――。
「いやいや、ホント助かったから! んでまぁこれはお礼の印というか、奢りってことで好きなモン食ってくれ!」
「いただきます」
バカ正直に返事をしたのは隣に座るフェイムだ。アシェルは仏頂面を見せたままだったが、正面の男は関係ないといった感じでジョッキのビールを飲み干す。
「しっかし驚いたよ。いきなり割って入ってきた女がヤツらをあっという間に蹴散らすからどんな猛獣かと思ったら、メチャカワイイでやんの。いやいやお世辞じゃないよ、見たまま思ったまま」
「あっそ……」
運ばれてきた料理を適当につつく。美味かったが、調子の良すぎるこの男と同席では気が滅入る。
「でさ。オタク、名前は? お近づきに、色々語り合ったりしない?」
「アタシも知りたいわね。どうしてあんなところで蜥蜴兵の群れと対峙していたのか」
「ん? そりゃだって……ああそうか、オタクら行きずりだもんな。町の東側に山が見えるだろ。あそこに不死者がいる。そんでこの町の連中は、度々ちょっかい出してくるアイツらを倒す気なのさ。不死者にゃ賞金が懸けられてて、尖兵のトカゲを始末してもいくらか謝礼が出るんだよ」
「すぐそこに不死者がいるのか……」
男は三杯目のビールを注文してほろ酔いなのか、ますますテンションを上げる。
「そんなことよりさあ、もっと普通の質問あるだろ? 歳は?ご趣味は?恋人はいらっしゃるの?とか」
「……名前と職業を」
「職務質問かよ! まぁいいか…。名前はキルガ。職業は………賞金稼ぎってところかな」
「賞金稼ぎ……??」
いまひとつそう見えない。外見は二十代、浅黒い肌に逞しい体つきなのだが、服装はカウボーイハットに皮チョッキと皮パンツの軽装で、手荷物もバッグ一つなら、武器らしい物は何一つ見当たらない。かといって素手で戦うようなファイターでもなさそうだ。それになにより軽薄そうな面構えで、どうにも隙が目立つ。
「あ、疑ってんな? 確かに賞金稼ぎっていうのは建前で、ホントは無職同然の放浪人だが」
「……武器は? どうやって蜥蜴兵と戦っていた?」
「会ったばかりのオタクらに、手の内を明かせと?」
「……………」
「冗談だよ、そんな顔すんなって」
……どんな顔だ。
「聞いて驚けよ!? っても毎度普通に驚かれるんだけど。俺はな、『法術使い』なんだよ」
「法術士!?」
耳を疑う。どう見てもこのチンピラ男と偉い神父さんには共通点がない。
「違う、法術使い! 法術士って言うと、本家さんからの風当たりがキツいんだよ」
「アンタが法術を扱えるっていうの……!?」
「いわゆる結界法術だけだがね。そう大層なモンでもないのさ、実際は。聖人や不死者は確かにデカい力を行使できるが、魂の属性があまりに偏りすぎている。でもそもそもはどちらも同じただの『力』なわけで、術式が異なるだけだ」
「??」
「つまりえぇっと………例えばだ、1+1と1―1では結果が違うが、共通の数字を使っているし、そもそも役割としての意味は同じだってことだ」
「足し算引き算くらいはわかるけど………それとアンタが法術を使えることに何の関係があるの? イマイチ理解できないわ」
「あーあれだ、上手く説明できないのは酒のせいだろ。つってもシラフでもそう変わんねぇか! あっはっは…!」
……阿呆だ。もう放っておこうか。しかし……。
「…で? オタクさんはなんて名なんだ?」
「……………」
ほんの一瞬、キルガの目が鋭く光る。直感的に警戒心が口を噤ませるのだが―――
「アシェルさん、食欲ないんですか? 冷めちゃいますよ」
……空気を読めないヤツが隣にいた。
「へぇ……アシェル? ………もしかして『不死者殺し(ノストキラー)』?」
「え?」
「驚くこたぁないね。噂程度だが、有名だよ? 現場を見たヤツがいるわけじゃねぇだろうが………そうだな、ちょうど今みたいな感じなんじゃないの? 不死者の居場所を尋ねていた見知らぬヤツが町に現れると、数日後に不死者はいなくなった………とすれば、必然的にそいつの仕業ってことになるわな。んで、噂にオヒレやらついて『ノストキラー』なんて通り名が勝手にできるわけだ」
そんな噂があったとは知らなかった。少し軽率だったか……?
「でもまぁ、通り名も伊達じゃねぇな。防具もろくにつけてないその軽装で、しかも武器は剣一本なんだろ? それであんな風に立ち回られちゃあ、不死者だって倒せるんじゃね?くらいには思うだろ」
「……………」
「まあいいさ。俺にとっちゃオタクの強さより、可愛さのほうが気になる。不死者を倒せるってどんなゴリラなんだろうって思ってたから………ハハハ!」
「ゴリラ」より、「可愛さ」のほうで少しカチンときた。
「勝手に笑っとけば」
「そうカリカリしなさんなって。まあアレだろ……不死者を狙うのは恋人の仇ってところか?」
「は? どうしてそう思う?」
「左の薬指に指輪はめてる」
「――!」
反射的に右手で指輪を隠すが、キルガはそれを見てニンマリと、いやらしく笑う。
「ナンだよ、照れんなよー。大事だぜ、そういう気持ちを貫くことは」
「そんなんじゃ……た、たまたま指輪に合うのがこの指だっただけよ」
「あーそう?」
「アンタ、こういうの一々チェックしてるわけ?」
「好みの娘限定だけどネ」
「私はアンタがかなり嫌いだけど」
「アララ、フラれちゃった」
こちらが睨むのもどこ吹く風、おどけるようにキルガはまた酒を煽る。
「ところで、さっきから大人しいそっちの坊主クンはなんて名前なのかね?」
「フェイムです。記憶がないので、本当の名前ではありませんが」
「ほう?」
「一年前までの記憶がないんです。フェイムという名は僕を拾っていただいた神父様に頂いたんです」
「ふうむ、面白いねぇ。記憶がないのに『名声』か……。それで? 君たちはどういう関係なわけ…」
と、キルガは突然アシェルに向き直って―――
「はっ!? もしかしてオタク……年下好み?」
「ご馳走様……!」
アシェルは握っていたフォークを叩きつけて席を立った。フェイムも慌てて続く。
ところが―――。
「あの人、まだついてきますよ」
「………………」
食堂を出ようとすると、何とキルガが旅の同行を願い出たのだ。もちろん即NOを叩きつけたのだが、まるで聞く耳を持たない。店を出てからも後ろをつけてきて、アシェルたちは宿探しすらできずに町を歩き続けている。
「どうしますか、アシェルさん?」
「………こっち」
フェイムの腕を引っ張って路地を曲がり―――
「――うおっ!?」
ガキン!
「――!」
陰から突き出した剣先は、黒い短剣によって防がれていた。
呪術的な意匠の黒い剣………それはキルガの掌で浮き上がり、揺らめいていた。
「………アンタ、法術使いって言ってたわよね」
「卑怯じゃねぇのかオタク………いきなり剣を突き出すことはないだろ。そりゃこっちだってびっくりして、本音も出ちまうさ」
「いやいやだからね、ホントのこと言うとだ。俺はこれでも理想に燃える魔術の探求者なわけだよ」
「……………」
「オイオイだから………もう、何度も言わせんなよ。オタクらについていくのも自分の力を試したいだけで他意はないよ。つまりは共同戦線張ろうって話!」
結局、宿で勝手な弁明を聞くことになる。顔を見るのもうんざりだと思っていたが、キルガの魔術に興味がなくもない。自分自身は言霊呪法がやっとだが、珍しい術を知識として覚えておくことは悪いことではない。
「アンタが魔術も法術もどちらも使えるのはなぜ?」
「食ってる時に言っただろ、1+1の話! 人間ってのは基本的に魂が混沌で、やろうと思えば誰でも両方できるもんなんだよ。ただしバランスが大事だから、強い力を同時に行使できる状態に持っていくには相当の修練と才覚が必要だが」
「才覚…? なに? 自慢したいの?」
「オタクが聞いたから答えたんだろ! 嫌がらせも勘弁してくれよ……。もういいだろ? 質問には全部答えたんだから」
「だけど信用には値しない。そうは思わない?」
「ったく………難しいねぇ、年頃の女の子の信頼を得るのは。じゃあ正直に申し上げますが―――下心が無いとは言わねぇけど、オタクの剣の方がよっぽど怖い。OK?」
「……」
どうにもつかみ所が無い……。裏がありそうなのだがはっきりと見えてこない。しかし探りを入れても拒否しないところを見ると、今のところは大丈夫なのか……?
「ふん…もういいわ、アンタは不死者相手に術を使いたいだけなんでしょ。なら好きにすれば。ただし私たちは手伝わないし、手助けしない。不審な動きをすれば後ろから斬るし、ムカつくことを口走れば殴る」
「斬るとか殴るとかはちょっとなぁ……。まあ気をつけますよ、ハイ」
宿の一階のロビーでまだ酒を飲んでいるキルガを放っておいて、二階に上がる。
部屋に入ると、暗がりの中でフェイムが椅子に座っていた。
「何やってるのよ、明かりもつけずに。先に寝てなさいって言ったでしょ」
「あ、あの………そうなんですけど」
「ん?」
「その……男の僕がベッドで寝るのって、おかしくないですか?」
フェイムが言っているのはつまり、一つしかないベッドは女性優先では?ということだ。あのキルガのせいで宿に入るのが遅くなり、結局シングルの部屋一つしかとれなかった。ヤツは放り出すとして、シングルで二人というのは別に今まで無かったことではない。大抵は同じベッドで寝ていたのだが………。
(ん?)
ピンときた。
「もしかしてアンタ、キルガ(アイツ)に対抗心燃やしてんの?」
「いえっ、そういうわけじゃ…。ただ……あ……普通、男女が同じベッドで寝るものじゃないと思うんですけど……」
「……意識するようになった?」
「え?」
「いや……いいや」
照れも少しはあるのかもしれないが、おそらくそうではないのだろう。私たちの関係を勘ぐった宿屋の誰かが漏らした言葉を鵜呑みにしているとか、そんなところだろう。
確かに普通はそうか。普通は……普通……?
「アシェルさん?」
「うん? あ……気にせず寝てなさい」
「でも……」
「外で剣の素振りでもしてくる。ちゃんと眠っておきなさいよ」
部屋を出て一階に降りると―――
「あれ、どこかへお出かけ? レディが夜更けに徘徊とは……あやしいねぇ」
無視した。
町外れまで出歩くと、荒野に一本だけ木が立っている。その枝の下に入れば自分が星の瞬きからも隠れてしまう。そして、どこか安心している自分に気付く。
「……………」
襟の下に隠れた首の傷は、今もはっきりと残っている。
あの日―――私は初めて自分一人の手で不死者を倒した。例えそれが促されたことであったとしても………その瞬間があって、今の私がある。
それから今まで、およそ半年の間に不死者を何人も滅ぼした。
正直恐ろしい………あんなに簡単に不死者を葬れるなんて。マレルの血を得たとはいえ、不死者になったわけではない。ほんの少し力が底上げされたとか、程度はそんな端もののはずなのだ。しかしこの圧倒するような力は………自分が別の生き物になってしまったのではないかと錯覚してしまう。
マレルの血統―――エデアからの偉大な血脈がなせるものなのか。それとも呪いなのか…。不利な状況でも敗れることなく戦い抜いてきた。そしてもし絶体絶命の状況になったとしても、私は死を選ぶことを許されないのだろう。
(ああ……こうも夜の空気を心地好く感じ、闇から安寧を得ている自分は………)
「アシェルさん。アシェルさん。どうしてこんなところで眠ってるんですか」
「う……」
陽が上ってきている。自分は野ざらしで木の下だ。状況を理解するまでしばらく時間がかかった。
「……おはよう。いつの間にか眠っちゃってたわ」
「心配しましたよ」
不安げなフェイムの顔は朝陽より目に痛い。
「悪かったわ……ゴメン。……っと?」
腰を上げると、遠目にキルガが見える。
「どうしてアイツもいるの?」
「一緒に捜して下さったんです。アシェルさんを見つけたのもキルガさんです」
「チッ……」
堂々とするのも変だが萎縮するのもおかしい。あくまで目を合わさないように通り過ぎようとすると、向こうから声をかけてきた。
「ダメだねぇ、年少者に心配かけちゃ。それともあれか? オタクら倦怠期か」
睨み付けて拳を握れば、キルガは素早く一歩引く。
「悪かった悪かった、そうカッカするなよ。ただなぁ、これから一緒に不死者狩りをしようってのに、本調子じゃなかったりしたら困るだろ? こっちは基本的にオタクに合わせるけど、あんまりノンベンダラリとされてもな……。まあ誰だってセンチになるときはあるし、こういうときはパーッと―――」
「わかった! わかったから私がいいって言うまで黙ってて……!」
「了解♪」
どこまでも喰えない男だ………。
毎度思い出したように更新ですみません。
連載中のアルタナ外伝(2016/4時点)以上に後ろ向きなストーリーの今作ですが(苦笑)、この第五話からようやく主人公がまともに戦えるようになります。「そして○年後…」でレベルアップしてるパターンですね(笑)。
今日か明日にもう一回アップする予定です。




