第四話 ―その1―
頼んでもいないのに、エデアは不死者のことについてペラペラと喋ってくれる。こちらの不安を少しでも取り除こうということなのだが、勝手に情報を流してくれるのはありがたい。不死者の歴史なんかはまるで興味が湧かなかったが、現在の闇の世界の勢力構成や、不死者の性質などには自然と聞き耳が立った。
特に興味深かったのが「血脈」。不死者の血脈にはいくつかのルーツがあり、その血は適合するものにだけ受け継がれる。『不死族』は大別して二種類あり、魔力を持つ不死者〈ノスト〉と、その不死者に従属する従者〈オーレル〉がある。前者は人間に牙を打ち立てることによって、後者は不死者が血を与えることによって人や獣が生まれ変わるのだが、どちらも肉体(それとも魂?)にその血が合わなければ滅びてしまう。つまり稀な場合を除いて、不死者の血は基本的に毒なのだ。故に、不死者同士で生殖行為を行っても子供を産めることは神の気まぐれでしかありえない。血脈からなる魔力的な繋がりで一族を増やすしかないのだ。そのためか、不死者は相性がいい人間を本能的に察知する能力があるらしい。
そしてもう一つが「血位」。不死者は同じ血統の者と争うことができないように呪縛されており、特に「親」には絶対に手を上げることができない。その優先度合いが「血位」であり、基本的には始祖に近いほど上位である。魔力が異常に高ければ血位の呪縛から解き放たれて順位が逆転することもあるらしいが、それもほとんどない。逆にそうなったら、その者は不死者の王になれる資質を持っている―――。
話はとてもタメになるのだが、所々で出てくるマレルとのノロケ話が少々辛い。いかに運命的に出会ったか、ことさら強調してくるのだ。マレルが情欲たっぷりにエデアの唇を奪った場面を見なければ、もう少しマシに聞けたのだが……。
そして、滞在して三日目―――。
「本当に大丈夫なんでしょうね」
「大丈夫……のはずですが……」
フェイムはまだ目を覚まさない。エデアの返答も曖昧だ。
「くっ……ああもう! 原因はマレルでしょ!? アイツになんとかさせる! マレルはどこ!?」
「マレルリアはいません」
「いない!?」
振り上げた手が行き場を失った。
「マレルリアは、フェイム君の記憶を辿って西へ行きました。あの子の記憶の始まりである、ミグルの街まで」
「ミグル…って、ここからどれだけ離れてると思ってんの!? かなりのペースで行っても、片道で十日以上かかる!」
「大丈夫です。単純に往復だけなら、マレルリアの全速力で一週間といったところです」
「………はあ!?」
言葉が出なかった。
「ほ、本当に?」
「早馬の速度で走り続けて一日三時間休むとすれば、不可能ではありませんが」
「な……人間が不可能なことをさらりと言わないでよ」
「え?……ああ! すみません、私は生まれつきですから、つい自分の感覚で……」
「……もういい」
三日もいれば、少しは慣れもした。
とにもかくにも、フェイムの記憶の手がかりが得られるのであればありがたい。しかし……
「アイツ、どうして急に、黙って行ったの?」
「そ、それは………マレルリアなりに、フェイム君に悪いことをしたと思っているのではないでしょうか。それで贖罪のつもりで………いえ、それだけでもないでしょうか」
「うん?」
「気晴らしに出たかったのが半分だと思います。同じ屋敷の中ではどうしてもアシェルさんと鉢合わせになってしまいますし。あの娘のことですから、そういう時は我慢できないでしょう」
「……無理矢理、手篭めにされる?」
「いえ、逆に反発してケンカになるとか。強情ですから、一度手を出さないと宣言すれば意地でもしない。負けず嫌いなんです」
苦笑するエデアはどこか楽しそうだった。自分で漏らした一言に、マレルとの長い時間の積み重ねを感じているのだろう。
「フン……」
「どこに行かれるんです?」
自分に続いて立ち上がろうとするエデアを手で制した。
「特訓。外で剣振ってくる。マレルが居ないんじゃ、もうアンタが一緒にいる必要もないでしょ」
「それはそうですね。よろしければ、お手伝いすることもできますけれど」
「相手するっての? ……剣を握れるの?」
剣よりもティースプーンが一番しっくり来る。エデアの手先はそれほどに白く、上品だ。
困惑するこちらを見て、エデアはクスリと笑った。
「剣はマレルリアが上手ですよ。私は魔法が得意ですから、そちらならお教えできます。魔法の基礎はあまりご存知ではないようですし………言霊呪法を持て余しているんじゃないですか?」
「…………」
「あ、すみません、気に障りましたか?」
「そうじゃないわ。なんていうか………」
一つ、息を吐き出した。
「私は不死者を殺すための力を得ようとしているのよ。どうしてそんなに協力的になれるわけ? 自分には火の粉が降りかからないとでも思ってる?」
「えっ……と、どうなのでしょうか?」
「どうって、あのねぇ―――」
「大丈夫です。アシェルさんは平気で人を殺したりできない方でしょう? それでも剣を取るというのなら、そうするだけの理由があるのでしょう。なら、私はそれ以上、何も」
(……何だこれは)
マレルと同じことをまた言われた。私はそんなに甘い顔をしているか? 覚悟の足りない、ぬるい目をしているか? 不死者と馴れ合っている時点で、私はナメられているのか?
いや……エデアにそんな裏があるだろうか。こんな悪意のない不死者に―――。
「……いいわ。特訓に付き合って。ただし、一つだけ言っておく」
私はエデアに背を向けて、静かに拳を握った。
「私が剣を握る原因は不死者なのよ。間違ってもわかったようなことを言わないで…!」
「! ……そうですね」
背中越しの声は弱々しくて、言い過ぎたことを後悔し、不死者に甘い心情を向けそうになった自分をさらに後悔した。
ああ……こんなザマで、私は剣を抜けるのだろうか―――。
地面に落ちる影は凶暴なスピードで奔っているが、走っている本人はそれほど必死でもない。マレルにとってみれば、風に乗って滑るイメージだ。
そうやって半ば自動的に走りながら、別のことを考えていた。マレルが無意識に考えることといえば、エデアのことに他ならない。
(エデア……。私がいなくなっても、まだアシェルと同じ部屋で寝ているのかしら)
アシェルというか、仮にエデアが誰とどこで寝ようと、間違いが起こるはずはない。自分以外に身を許すエデアではないし、そう言えるだけの自信もある。ただ、私が気に入らないのだ。
(フェイムのこともアシェルに一言断りを入れるだけでよかったのに、どうしてわざわざ連れてきたり……挙句に四六時中いっしょって、何を考えてるのよ……!)
不死者が眷族を「生む」ということは本能的な行為であって、愛情と直結するわけではない。アシェルは確かに気に入っているが、エデアに取って代わるほどの存在ではない。
(エデアがはっきり〝嫌だ〟とさえ言えば、私はアシェルのことだって諦めることができる………どうせ許したフリしたって、私の目がアシェルに向けば後で傷つくくせに!)
こんなことならアシェルのことを知らせる前に、エデアをベッドに引きずり込んでおくのだった。中途半端なキスで手打ちにしようと考えたのがバカなのだ。降参を認めるまでいくらでも抱いて、いくらでも啼かせればばいい―――それは、時間の有り余る不死者の特権なのだから。
「――と……」
いつの間にかミグルの町が見えていた。町の人間に怪しまれないようにスピードを落とす。
遠めに見える街は静かで、特に活気があるようではない……。
「……違う?」
何が違うのか……?
………臭いだ。違う臭いが混ざっている。人間の生活臭とは、違う臭いが。
精神よりも身体の反応が早かった。ピリピリと、威圧するような空気を感じる。
街に踏み込むと、平和だった。のんびり。ぼんやり。ひっそりと……いたって緩やかである。
「いや―――」
背後を振り返る―――そこには一人の男が立って、一礼していた。
質朴な町には似合わない、黒のモーニングを纏った紳士。壮年の伊達男である。ただしその笑みの向こうには、余裕があっても許しがない。王族であったマレルが最も見慣れた貴族像であり、最も嫌いな類いの下衆である。
「不死族……従者か」
「さすがは偉大なる王の血に連なるマレルリア姫様。この私がオーレルであることを見抜かれましたか。恐れ入ります」
「私を姫と呼ぶ、か……。すまないわね、こんな野暮な格好で」
当然、マレルの旅姿は動きやすさを重視したスタイルである。だが、そんなことはどうでもいいのである。
(こちらの正体と血脈を知り、その上で世辞を言う従者…………)
頭を垂れるモーニングの男をしばし見下ろし、マレルは口を開いた。
「しばしの間、この領内に滞在を希望するゆえ、サルマード殿に面通しを求む。案内を頼む」
「心得ました、姫様」
前を歩くこの男、胸の内では哂っている―――王の目を使わずともわかる。自分もエデアも、その魔力はもちろんだが、偏愛ぶりのほうが有名ではある。しかしそれは別にいい。聞こえるように侮辱されなければ、ザコの嘲笑など突つかれるほどにも感じない。
(それにしても……この地方に棲むサルマードとは、どんな男なのか? この従者と町の持つ雰囲気は、明らかにかけ離れている……)
シルクのモーニングはいかにも上流階級といった体なのだが、それを支える民衆が裕福とは決して思えないし、かといって資産を搾り取られているようにも見えない。至って素朴。もっと言えば、この町に不死者が入り込んでいるような隙間が見つからないのである。
その謎は、すぐに明らかになった。
「教会……」
白昼の教会は、不死者がもっとも敬遠する場所の一つ。
神を畏れるのではない。神の名を騙って行使される法術を恐れるのだ。不死者の魂は属性として、法力に束縛される。逆も然りで、聖人を殺せるのも不死者だけだ。
モーニングの男が扉を開く。広い館の中は………闇になっている。
「さあ姫君。どうぞこちらへ―――」
「…………」
一歩足を踏み入れた途端―――むせるほどの死臭が鼻をついた。闇の漂う聖堂は血が煮立つように赤い。
その奥の十字架に、逆さに磔にされた影が。そのわずかに残っていた面影を見たとき、マレルは鳥肌が立った。
「どういうこと………チッ!」
サーベルを素早く抜いて、マレルは正面に立つ男に刃を向ける。
「何者だ貴様! サルマード殿を滅したのは貴様の主か!?」
「いえいえ。このように脆弱な者を滅ぼすのに、わが主が出向く必要などありません」
「何だと……まさか、貴様が!!?」
慇懃無礼に、モーニングの男は嘲笑した。
「私の名はレイクマルド=サースル。そしてわが主の名は、ザクルム=サグザウダント」
「ザクルム……だと!!」
ザクルム=サグザウダントとは、不死者王の片腕と呼ばれていた男―――実質上のナンバー2!
しかし………
「……私もザクルムの酷い面は見たことがあるが、貴様のような調子のいい道化を飼っていたとは、聞いたことがないな」
「それはそうでしょう姫君。少女の瞳を持つお若い方が、私のことなど知る必要もありません。もっとも、それは誰に対しても同じことなのですが………」
「あくまで裏方、か。……いいだろう、卑しくも上位不死者に数えられるザクルム。貴様のような男がいるのも当然か。だが………それでは私をこのような場所に招きいれた理由にはならない」
「なんと。あなたほどのお方が、自らの立場をわきまえぬわけではありますまい」
レイクマルドが腕を上げる。するとどこに隠れていたのか、陰から湧き出すように獣戦士が現れる。
獣人としては最高位に立つ獅子戦士〈ライオネル〉。一頭当たりの力も強いが、集団になればその脅威は何倍にもなる。
(ざっと見て二十頭。しかも鎧・剣で武装している……)
これだけいれば、この町がゴーストタウンと化すまで一時間とかからないだろう。
「下等な獣に私を襲わせ、貴様自身は観客気取りか。大した身分だな」
「勘違いしないで頂きたいですな。色狂いのにわか不死者が私に挑戦するなど、文字通り百年早い」
「キサマ――!」
「おやおや、恐ろしい目をしますな。人間のままであれば、猛々しい姫君として後世に名を残していたことでしょう。その証拠に……クックック……国を滅ぼしていらっしゃる」
「それ以上喋るな……もうキサマは、極刑に決まった!」
自分の胸の内が闇よりドス黒くなっていくのがわかる。この男は、私の逆鱗に触れたのだ!
魔力が膨れ上がり、爆発し、燃え上がる。マレルの周りを囲むように現れた、三つの珠。直径二十センチほどのそれは、白い炎を噴出しながら宙に固定され、マレルだけを照らして浮かび上がらせる。
レイクマルドは目を剥き………冷たく哂うと、獣人を突撃させた。
「ガアアアアァァッ!」
咆哮の後、突進する獅子戦士たち! しかしその動きは決してガムシャラではない。最初の三頭は、それぞれが半呼吸ずらした攻撃―――しかも、斧・剣・槍と、リーチの異なる複雑な連携。そうとう練磨された動きであることはマレルも認めた、が―――
「ケモノがっ!」
獅子戦士よりさらに半歩速く踏み出して肉迫するマレルは、一気に相手の胴を切り裂く。その隙を突こうとする二匹目だが、マレルが素早く召喚した炎珠の一つが的確に迎撃し、触れた敵を焼き尽くす。のた打ち回って倒れるころには、三匹目もスライスされて絶命していた。
あまりに鮮やか―――。たった三つのステップで、三体の獣を打ち倒したのだ。その剣技の妙は、かつて貴族であり、今もそのプライドを纏っているからこそである。
レイクマルドは自分でも気付かぬうちに、賞賛の拍手を起こしていた。
「すばらしい! 何ということだ………あなたは下賎な者とは違う。永遠の貴族だ! このレイクマルド、お手合わせできないことが残念ですよ」
「相手をしてやると言っている! そして畜生以下の最期をくれてやる。絶望的な最期をな!」
「フム。まだまだ、先は長いですがね」
再び獅子戦士の強襲! しかも今度は、残りすべてが群れをなして踊りかかってくる!
「無駄だと言っているだろうが、この程度で――!」
猛獣を次々と撫で斬りにして葬り去る。舞い上がった血煙は闇に溶け込み、死を濃く塗り込んでいく―――。
「ハハハハ! 見事ですよ姫君!」
「いちいち癪に障るっ……黙れ小兵!」
遠くで嘲笑する黒の紳士に狙いを合わせ、マレルは剣を持っていない左手を突き出した。マレルの前に縦に展開する鮮やかな魔法陣に力が流れ込み、起点となる三つの炎珠がそれを増幅することで、破滅の威力を煉り出す!
吐き出された紅蓮の炎は残りの獅子戦士を丸ごと飲み込み、荒波となって教会に溢れた。一通り暴れた魔力の炎はすぐに消えるが、一度喰らい突けば敵を炭に変えるまで猛り狂う……。
「フン………」
焦くさい教会で回り続ける、いくつもの火ダルマ。それを詰まらなさそうに眺めて、マレルは思い出してしまった。
(私は、あの時もこうして………はっ!?)
背後に冷たい感触―――追って致命的な刃。首を狙った一太刀をマレルは回避するが……
「フフフ……」
髭面が目を細める。
一撃は首をかすめて、血が滲む。傷口を親指で拭い、マレルは息を吐いた。
「避けていたか。思ったよりはやるようだけれど………そんな悪趣味な剣で切り結ぼうなんて片腹痛いわ」
レイクマルドの握る短剣は刀身が歪に反り返っていて、剣先が持ち手自身に向くほどだった。これでは攻撃することも受け流すこともろくにできない。
しかし当の本人はいたく自慢げに振るってみせる。
「確かに常識では考えられない剣ですがね。これがなかなかの威力を持っているのですよ」
「……?」
「さて……貴女の力は大体わかりました」
黒の紳士は構えを解き、剣を仕舞った。
「貴女のことはあくまでついでだったのですが、一度こうして打ち合ってみてよかったですよ。さすがグランスダイトの血を継いでいるだけのことはあって、侮れない。しかも闘争心が高い分、エデアよりやっかいですか。あの日和見主義の魔女は剣なんて持ち歩きませんでしょうから」
「……仕掛けるというの? ザクルムが、私たちに?」
「王が滅んで半年ですよ? 水面下で不死者の勢力図が変わりつつあるのは、あなた方もご存知のはず。そして、王になるために最も邪魔なのは誰なのかも……」
「……………」
「こうして遭遇してしまったことはいいきっかけです。最後の布石も完了したことですし」
「布石……!?」
「では、また次回―――」
レイクマルドは転がっていた獣人の死体を投げ上げて天上に穴を開けると、吸い込まれるように飛び出して、消えた。
(………………)
剣を収めて辺りを見渡す。教会は戦場に変わってしまったが、今は墓場だった。
十字架に磔にされていたサルマードを下ろす。改めて見て、マレルは顔を顰めるしかなかった。
「どういうこと、これは……」
不死者サルマードの顔―――それは、フェイムを拾った神父の顔だったのだ。
大分間が空いてしまいましたが、忘れていたわけではありませんよ? 「アルタナ」の方にちょっと手間取ってしまっていただけです……力不足でごめんなさい。
改めて読んでみると「この書き方どういう意味?」と過去の自分に首を傾げる部分もありますが、セリフの言い回しだけはカッコイイなぁと思うところもあります。中二病って素敵(笑)。まあ、今もあまり変わらないですが…。




