勇者になんぞ、娘はやらん!
「貴様が魔王か?」
現れたのは、ハゲ、デブ、キモメンの中年オヤジ。
間違っても英雄譚で唄われる勇者の外見ではない。
ちなみに中身も腐っているので、絵本にもなれない。
「きさまの、きさまの、きーさーまーのー、せーいーでー」
怨獄の底より響染み渡るような呪言。
普通の人間が聞いていたら、即座に頭がおかしくなるような精神物理的攻撃力を持った(ようは魂にダイレクトアタック)、禁断のクレームが炸裂した。
内容は要約すれば、以下の3行である。
魔王討伐のため勇者が喚ばれた。
なんと勇者は魔王討伐の報酬として、このオヤジの娘を欲したのだ。
勇者をまともに相手取ったら自分の社会的地位がやばいので、魔王にカツを入れに来た。
なんか色々おかしい。
「せっかく美形貴族を滅ぼして、拐った赤ん坊を苦労して俺好みに育て上げたのに、どこのクズのボケナスともしれんカス勇者になんぞ、くれてたまるかぁ!!」
あ、このオヤジなら、おかしくなかった。
いや、本人自体が、いろいろとおかしいんだけど。
「指折り勇者惨殺の報を待っていたのに、全然気合が入っとらんじゃないか。このボケがぁ!!」
ボコボコにされる魔王。
「ご、ごめんなさい。貴方が名実性魂に至るまで、真の魔王様でございます」
「ざけんなぁ! 俺がそんなものになっちまったら、娘と結婚できないだろうがぁ!!」
「いぎゃあああっ。で、では、大魔王様ということでいかがでしょうか。私めは代理魔王というか、魔界方面領司令官ということで」
「まあそれなら誤魔化せるな。ん? ちがうだろう。結局お前が討伐されたら問題なんだろうがぁ」
「(なんで魔王に取って代わって、その人間の娘を娶らないんだろうか…)」
「んん?(すっごい上げ調子の脅し) 娘が天使なのが何か悪いと?(すっごい低い口調の死刑宣告) まさか、穢れた天使に欲情するとでもォ?(魔王消滅まで後3秒)」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。しっかり魔王を務めさせていただきます」
「わかればいいんだ。が、わかってるだろうな、勇者を惨殺するのはもちろんのこと、死ぬまで徹底的にいたぶるんだぞ」
「は、はい。まさに貴方は名実性魂思考のドブ底まで真の大魔王様でいらっしゃいます」
「誉められてる気はせんが、まぁ魔王なりの誉め言葉として受け取っておこう」
「さて」
そういって荷物袋をぶちまける。
「ああっ、行方不明の四天王!!」
「弱すぎるぞ。こんなんでは勇者を倒すどころか、いい踏み台だ。悪けりゃ噛ませ犬だな」
「あ、はい。(魔王の我をこんなに簡単にボコボコにするんじゃ、そう感じるのも無理ないですよねー)」
「では、特訓だ。勇者が来る前に、徹底的に鍛え上げてやる」
「」
「」
「」
「」
「」
「「え゛?!」」
「「んぎやああああああ」」
そのころ娘は。
「大丈夫かい」
「はい、勇者様」
お姫様抱っこで、絶賛逃亡…駆け落ち中でした。
「ああ、ほんとうに勇者様は神様に祝福されています。あの大邪神が突然留守になった時に一時帰還が重なるなんて」
「いや、神なんて関係ないよ。ボクはボクの意思で、君を救うと決めたんだから」
「勇者様…。ああ、でも、私はあの生きる穢れの娘です。ご迷惑は…」
「大丈夫だよ。教会の洗礼記録で確認した。君は誘拐された被害者で、あいつとはなんの血の繋がりもないんだ」
「えっ?!」
「ほんとうさ(キラッ)」
「(涙うるうる)ゆ、勇者さまー」
しばし抱き合う恋人たち。
再び逃亡を再開した時は、前より速度が上がった。
それも当然。より密着して抱き合っているのだから。
(作者注釈:爆発しません)
「でも勇者様、よかったのですか? 私のために、何もかも投げ出してしまって」
「いいんだよ。勇者召喚に頼るような国に未来はないよ。それに姫とか、すっげえ傲慢だし。むかついたし。それより君こそ、思い残すことはないのかい?」
「いえ、ないです。あの人類種最悪方向超越下衆の娘というだけで、誰もが表向きは恐れ丁寧な扱いをして、裏では呪殺具を大量消費していましたから」
「そっか、本人じゃなくて関係ない家族を狙うあたり、あの国は上から下まで終わりきってるな」
「ええ、ですから、勇者様。どうぞ私を拐ったからには、最期まで面倒を見てくださいね」
「決まってる。だけど、1つだけ条件をいいかな。勇者って称号じゃなくって、ボクの名前を呼んでほしいんだ」
「あ…はい(コクン)」
こうして元勇者とその恋人は、幸せに暮らしましたとさ。
大魔王は勇者到着直前まで魔王を鍛えあげるつもりでしたので、一生魔界より帰って来ることはなく、ついでに世界も救われたのでした。
(おしまい)