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ZERO@POINT(ゼロ・ポイント)  作者: 黒助(くろすけ)
2/7

2,予感

 界矢の通う高校は、地元主産業の一つであった精密製品製造を担う、優秀な技術者精神を育成するために、昭和40年に創立された。

地元の期待も篤い地域密着の気運高い、県立工業高校である。

 彼はここの三年生。

機械成型科をこの春卒業見込みで、卒業後は家業を継ぐ事になっていた。

車マニアなこと以外は、極々普通の青春真っ盛りの少年だ。

 卒業式を待つ今の時期は本来自由登校なのだが、彼を含め若干名は単位不足で特別補習が課せられていたので、不本意な登校が続いていたのである。

 昨日も本当は登校日なのに免許を手にしたら、峠をどうしても攻めたくて無断欠席。

なので今日は絶対に遅刻はできなかったが、結果遅刻となった。


 こそっと教室の中を伺い、先生が黒板に向かっているのを確かめ、忍び足で入る。

生徒達は直ぐに気づいてニヤニヤしながらも協力的に黙っていてくれる、それに感謝して手刀を切りながら後ろの席に座る。

「セーフ!」

心の中でホッとしたのも束の間、

「一人増えとるじゃなか!鳴瀬ぇ、昨日はサボりで今日は悠々遅刻かえ?」

 転任後も九州訛りが未だ消えない担任の鹿島先生が、必殺問答無用の弾丸チョークが飛んでくる。

彼の狙いは正確で高速のそれを避けられる者は居なかったが、界矢はそれを反射的に避けて見せた。

「せからしか!直れっ」

「スミマセン!条件反射で、つい」

 しかししその態度を見てそれ以上責めずに、溜め息をついて、

「お前のその動体視力、もっと前に気付いとりゃ、ウチの野球部も甲子園行けたがに」

と先生がボヤいて爆笑を誘う。

 その後は何もなかった様に補習は再開された。


 さて、午前中で補習は終わって先生が退出後、悪友のトオル達が界矢を囲んだ、

「カイヤ、昨日はどうやった?」

彼も界矢と同時に免許取得した一人だった。

 彼等は卒業後直ぐ就職するに必要な運転免許を事前に取得すべく、三学期より自校に通う事がゆるされ、せっせと通っていた。

そして早い者は卒業式前に、遅い者でも就職迄には一種免許を取っていた。

「早朝行けたんで、独占でドリドリぃ」

「スッゲー!さすが北陸峠のエースやなー、ええなパンダトレノかぁ」

彼等のバイブルはイニシャルDだった、

イニシャルDというのは少年M誌で長期連載されている、公道車バトルを描いた車好きなら誰もが知るマンガのタイトルである、

「あれマンガ通り、ええ車だぞ」

「イイモン、俺は働いて金貯めて新車の86(ハチロク)買うから」

「新車なら俺はBRZ、ボクサー御本家」

「俺はCR-Z、やっぱホンダだろ」

「あんな、ナンパなヤツー」

「実はもう出て直ぐに86注文しちゃったもんねーバンパー黒の、納車何時になるか判らんけど」

「ゲッ、金の事も考えんと、神だな」

「エエもーん、春から稼いで払うで」

集まれば何時も車の話で盛り上がる気の良い仲間四人組だった。



 さて、帰りも何時もの学校近くの店に寄って、手作りのお好み焼きで若き空腹を満たす四人組。

界矢は、焼けてきたお好みを器用に反すトオルに、昨日聞きかじった情報を尋ねる、

「なあ、スーパーNって知ってるか?」

見事に返しを成功させ、ドヤ顔のトオルが醒めた顔で応える、

「おお知ってる。最近ブログ出して、マンガのプロDのパクりしてる道場破り」

「伝説の走り屋を自称してるアレね、何様よ!」

憤慨したようにアカマツも吐き捨てる、

「オレ知らなくてさ、峠入口のドライブインでの噂が気になってさ」

絶妙に青海苔を振りかけつつトオルが、

「あんなんシカトしとけって、ちょっとサーキット走行会で記録作ったって天狗になってるだけだから、っと!」

スーパーNの事など眼中に無いかの様にマヨを正確に振り掛けられて、自慢顔でプロ級の腕をアピールする。

 しかし界矢は気になって仕方なかった、ので煮え切らない顔をしていると、お好みを等分に切り分けながら、しかたないと言った様子で、

「N県のK市へ行ってみ?車関係者なら誰でも知ってるって話だ、ホレ食え!」

切り分けたお好み焼きを界矢の目の前に差し出した。


 ただ、闇雲に行っても迷うだけ、母親に聞いたら心配する、家に帰った後でここは男同士の話と決め込んで小暮さんに相談した、彼はその地名を聞いて驚いたが、少し考えてからあるショップの住所と連絡先をメモをくれた。



 翌日、土曜日は学校補習は無い。早速界矢は、N県へ向かうべく高速道に載った。


 K市へは高速で一旦東の隣県へ進み途中のJCTを南下、中央道を東京方面へ向かう途中にある日本でも屈指のリゾート地の近くだった。

 最寄のICで下車、直ぐにK市街に入る。しかし彼は土地勘が無かったので、メモの住所を頼りにカートショップを探しまわった。

 やがて、あるショップブランドの看板を見つけた。

カート競技大会では名の知れたブランドのカートショップで、カート競技をしていた頃よく目にしたマークを思い出す。

それを見るまで昔の事は忘れていた。

 メモと店名を照合して彼は店を潜って声をかけた。

暫くして奥から女性の返事がした、その後出てきたのは同年代の少女だった。

「いらっしゃい!」

 意外な展開に戸惑っていると、少女はチラッと彼の背後に覗いたパンダトレノを目聡く見つけて、テンションを上げた。

「86パンダトレノ、それも珍しいクーペタイプじゃない!あなたの車?」

パトカーみたく、上下に白黒ツートン塗装されたのでパンダトレノ。

「ああ、そうだよ」

「じゃあ走り屋だね、ホームはどこ?」

「地元じゃないんだ」

「へー、どっちから来たの?」

「T県から」

「まあ!そんな遠くから……」

その言葉尻に、田舎者呼ばわりされた気になった界矢は、一寸ムッとして、

「高速で一時間チョッとだ」

それに直ぐ気付いて少女は、

「ゴメン、そう言う意味じゃ……」

お互いバツが悪くなって暫く黙った、

 沈黙を破ったのは界矢だった。

彼は名乗ってから、父の縁でこの店に来た経緯を説明した。

すると、少女はパッと表情を明るくして態度が急にフランクになった、

「あなたの父さんと父が知り合いだったなんて!私は娘のサキ、伊戸代咲(イトシロ・サキ)よ、カイヤ君とはもしかして昔会ってたかも知れないね」

 男子校に通う彼には、女子と対面した会話は敷居が高すぎるのか、その事には触れずに本題に移ってしまう、

「実はある情報をききつけて、今日は着たんだ」

話を逸らされてチョッピリご不満の咲だが直ぐ気を取り戻して、

「こっちに何か有るの?」

「スーパーNって知ってる?」

それを聞いて彼女は少し語調をかしこまった、

「なーる程、確かにこの辺じゃ有名だけどネェ」

そこまで言ってイタズラっぽい顔に変わって彼の目の前に顔を寄せたから、界矢が気恥ずかしくなって引いた。

「何?顔赤いよ」

「いや、何でもないよ」

「そう?」

チョッと残念そうな顔をしたが、話がながくなると椅子を勧めて、二人座った後で咲は本題の回答を話し出した。


 スーパーNとは、

呼び名の由来は、イニシャル通り地元の県名と同じという見方と、日本を超えるという意味に取る人も少なくない。

でもそれは周りが風評を基に言っているだけで、本人が言い出したのとは違うらしい。

 サーキット走行会や峠ではセミプロ級の腕らしく、話題になってから全国の名だたる峠に現れてはラップタイム戦で勝ち続けてるらしい。

「未だ遠征はじめたばかりらしいけど、5戦全勝らしいよ」

「峠はまだ初心者か......オレと似てるな」

「チョッと謎な所があってね、人知れずレコードを塗り替えて姿を消すんだって、素顔見た人も居ない、謎な人だよ」

「へぇー、でもどうやってタイム証明するの?単に自己申告なら嘘つける」

「タイムラップ刻んだ証拠の動画をブログで公開してるの」

「今、そんな事出来るの?」

「えっつ?もしかして、カイヤくんネット見たこと無いの?」

「PCオンチっていうか、はは」

工業高校の機械科にしては心許ないが、それを知らない彼女さえ呆れて、

「もう仕方ないな、じゃみせてあげる」

そう言って、咲は店にあったPCを起動して手慣れた手付きで検索した。

間もなくブログを見つけると最新のレコード更新時の動画を再生した。


「スゲ!」


 直ぐ界矢は動画に釘付けになった。

撮影カメラは後席に固定してあるらしい。スイッチが入るなり、スケッチブックに手書きで場所と時間、天候を書いたフリップを映し、声は一切出さない。

 坦々と準備される映像が数分続いて、進行方向がハッキリ映るように調整される。

タイマーを入れてスグ発車-ゴールまで編集無しのカメラ回しっぱなしである。

「初め余りにアッサリ記録更新するから編集疑惑あったけど、今は皆が概ね認めてる」

 最後に映像にタイムを誇示するように指でタイマーを指し示しフリップで、


゛I WIN!゛


とその場で書いて見せ、映像は切れた。

 衝撃的だった。

ノンカットで展開するコーナー・トゥ・コーナーの流れるような動き、

見るものが見れば多少タイムに誤差を考慮しても、相当な手練れなのは直ぐに解った。

「これはトリックじゃ無い、ホンモノだ」

さっきまでの気弱な彼と違う真剣な顔を見て咲は、彼の変貌にドキドキしながら、

「今見たばかりなのに判るの?」

「二日前に自分が走ったコースだから」

「えっ?いくら最近の事でも夜だよ、ライトに照らされた範囲しか見えないし」

「コーナーの繋がり具合で判るんだ」

 咲は言葉を暫く失った。

目の前の青年が急に大きく見え、運命のようなモノが変化していく錯覚を覚えた。

「全部隅から隅まで覚えてるの?」

「うーん、俺の場合は全部というよりはコーナーの位置関係とそれを捉えるタイミングって言うか、それらを腰が覚えてるんだ」

「こ、腰が?」

咲は、くねらす腰を思わず想像し一寸恥ずかしくなった、彼は気にせず続ける、

「そう、腰は重心の変化を敏感に感じ取る重要な器官なんだ」

今一つピンと来ないが、彼の真顔に圧倒されながらも、

「そ、そうなんだ」

と尊敬の眼差しで答え、

「じゃあ、カイヤくんは偶然同時期にスーパーNと同じコースで闘ったんだね」

「そういう事になる」

「なんか、カッコいいね」

「全然!」

憤る彼にビックリして、

「何でよ?折角カッコいいって言ってあげたのに」

「負けてる、俺アイツに負けてる」

「タイム測ったの?」

界矢は首を振る、

「俺は測って無いけど、あの映像が早回しじゃ無ければ間違いない」

「ネットだから、回線の調子で遅くなる事はあっても早くなることはないよ」

「そう―――」

一瞬だが咲には界矢が寂しそうに見えた、それを見て彼女は元気付けようと、

「そんな、ハチロクは旧車だし、性能差があるから、ネ?」

それを聞いて更に落ち込む界矢、

「アイツが乗ってたのもハチロク……しかもノーマル仕様だ」

「え?あの暗い影像でしかも車内一部しか映って無いのに?判るんだね」

もう、彼女には救いようが無かった。


つづく


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