兄の友人
「ここ?」
「うん、ここでハルのおにいちゃんに会った」
大学のキャンパスに入り、キョロキョロと辺りを見回す。
「誰か兄貴のこと知ってる人いるかな…」
そう小さく呟いたとき、誰かが遠くで叫んでいるような気がした。
「ハル、誰かこっち来るよ」
キリは怯えたように言うと、春人の脚に隠れるようにしてしがみついた。
「吉田くーん!」
誰かが春人に向かって大きく手を振りながら走ってくる。
「…誰?」
再びキリが怯える。
声の主が春人の近くに走り寄ってくる。艶やかな黒髪を高い位置でポニーテールにしている女の人だった。動くたびゆさゆさと揺れるポニーテールが目を惹く。ノンフレームメガネが似合う、とても綺麗な人だった。…ただ一つ、身長を除けば。170センチメートルある春人より、頭一つ分大きい。彼女は春人の正面で止まると、大きく息を吸い込み、呼吸を整えた。
「あれ、吉田くん…じゃない?」
「…ええ、まあ俺は吉田ですけど」
「あれ?」
確実にこの人は兄貴の知り合いだ。教授か友達か、あるいは彼女か。
「…俺は吉田春人です。春樹の双子の弟です」
「え?きみ吉田くんの弟?へー、そっくりだなぁ。…あ、こんばんはー」
彼女はキリに気づくと、腰を屈めて優しく笑いかけた。
「…こんばんは、おねえさん。ね、おねえさんはハルのおにいちゃんのこと知ってるの?」
「うん、知ってるよ。吉田くんは私の友達だよ。…ホントは教授とその生徒っていう関係だけど。…あと、私はお姉さんじゃなくて、お兄さん。宮島蓮香っていうんだよ」
彼女…否、彼の言葉に俺は耳を疑った。
「えっ、おま…男…」
「自己紹介がまだだったね。私は宮島蓮香。ここで教授をやってる。君のお兄さんとは仲良くさせてもらっているよ」
「ど、どうも・・・」
「おにいさんきれいな人だね」
「ありがと」
キリはあれだけ怯えていたくせにもう懐いている。
「あの、兄に何か用ですか」
「あ、そうそう。レポート提出してないぞ・・・って言いに来たんだけど、君に言っても仕方ないよね。・・・もう、帰り際にあれだけ言ったのに」
「最後に兄に会ったのはいつですか」
「え?吉田くんに?えっと…吉田くんが帰ろうとしてた時かなぁ…。多分…夕方の5時くらい」
間違いない。兄貴が大学を出る前に一番最後に会った人がこの人だ。
「ありがとうございました。…勝手に入ってきてすみませんでした」
「ありがと、おにいさん」
キリは春人の真似をして、ペコリと頭を下げた。
「いいよ、そんなの。お兄さんに伝えておいてね、レポートのこと。じゃあね」
蓮香は大きく手を振って、二人と別れた。
「じゃ、行くか」
「どこに?」
「ここから車で四時間以内で行ける山」
「なんで?」
しつこく尋ねてくるキリに腹が立った。
「うっさい。お前は黙ってついてくりゃいーの」
「わかった」
キリは不満足そうに頷いた。
「春樹も大変だなー」
キャンパスから立ち去る二人を見送りながら蓮香は呟いた。
「ま、かわいい弟くんだもんねー」
『だろ?俺の弟かわいいだろ?』
電話の相手は自慢げに言う。
「初めて見たけど、ホントにそっくりだね、君に」
蓮香は笑いながら言った。
『まーな。…それより、言っといてくれたか、ちゃんと』
「ああ、言っておいたよ」
『そっか、サンキュな』
「いいさいいさ。それより君も、弟くん大事にしなさいね」
『はは、わかってるよ。それじゃーな』
「うん、またね」
蓮香は携帯電話を切ると、遠ざかっていく二人に目を向けた。
(いってらっしゃい、弟くんたち)
蓮香は小さく手を振った。