8羽 とある料理人の話
名前も出てこない料理人目線です
百聞は一見にしかず。世には素っ裸で走る娘がいる。
ロラン様がお帰りになったが、先に馬車から降りて駆け込んできた護衛によると、山賊に襲われ馬車が駄目になったということだった。
一瞬馬車を壊したのはロラン様の方じゃないか?と厨房で働く者達は思ったが、護衛にケガ人がいると聞いて不安になった。
かつては名将と呼ばれたロラン様も70近いご老体、何があってもおかしくはない。
「ロラン様速報っ。ロラン様は無事っ。馬車が壊れた時に頭を打って少し切れたらしいけど、山賊は乗合馬車の女の子が追っ払ったんだって」
侍女の一人が駆け込んできて、おそらく護衛の手当て中に聞いたのだろう情報を厨房に届けてくれる。
厨房の皆はほっと息を吐いた。
「しかし、山賊を追い払える女の子なんてどんなごつい女だよ?」
「ロラン様の女バージョンだったりしてな」
「いや、洗濯長のマーサみたいな女じゃね?」
笑いながらコック見習い達は皮むきをするするとこなしていく。
彼等は知らない。この屋敷で恐れられる洗濯長のマーサ。体格がよく、どしどしと歩くあの彼女が、昔はロラン様をも籠絡しかけた美女だったとは。
まぁ、あくまで昔の話だ。
そこそこ年をとった料理人達がふっと笑ったのが聞こえた。きっと同じことを思ったのだろう。
ほっとした和やかな空気が流れ、厨房にはお帰りになったロラン様と、久しぶりの客人のために張り切る料理人の活気が満ちる。
だが、それも少し後に響いた悲鳴のような声に皆がピタリと手を止めた。
「なんか…悲鳴聞こえたよな?」
厨房は言ってみれば隔離された空間だ。屋敷で何か起きていても、誰かが知らせてくれなければ何が起きているかわからない。
アストール国は平和な国だ。ただ、今のところはと付く。どこの国も思惑があって互いに互いを牽制し合っているのが現状で、小競り合いなら度々起こっている。それこそ国の重臣で大公、第三王位継承者と位の高いロラン様を狙う輩はごまんといる。
ひょっとして、ロラン様を助けたという女の子は間者だったのでは?
厨房に緊張が走る。
まさか自分のお目当ての侍女に何かあったのではあるまいなと若い見習い達もそわそわしている。
そこへ、ばたん!と乱暴に扉を開く侍従が現れて叫んだ。
「厳戒態勢!」
一気に緊張が高まり、騒がしい厨房がしんと静まり返る。
何が起きたと皆が手を止め、次のセリフに皆目が点になった。
「素っ裸のお嬢様が逃走中! 裏口を閉めとけ! 絶対に外に出すなよ!」
素っ裸のお嬢様ってなんだ?
厨房内にクエスチョンマークが飛び交い、侍従が身を翻そうとしたところをあまりに意味が分からず引き留める。
「素っ裸のお嬢様ってなんだ? 間者じゃないのか?」
「そのままの意味だ。風呂から逃走した。一つ忠告しておく、悲惨な目にあいたくなければ見ようとは思うなよ」
侍従はそういってなぜだか赤い頬をさすりながら駆け出して行った。
風呂から逃走ということはやはりそういう意味だろう。
厨房の男達、特に若い男達は自分の仕事を持って廊下に出ていく。もちろん見学するためだろう。悲しいかな、男は下半身に正直だ。
当然侍従の忠告など耳に入ってはいない。
そして、それは本当に来たのだ。
「止まりなさぁぁぁぁい!」
侍女達の叫びに、若い男達がしらっとした顔を保ちつつ芋の皮むきなどをこなしているが、厨房でなく廊下で作業しているのを見れば、何を見たかったかは一目瞭然だろう。
期待する彼等の前を、素っ裸の少女が向かってくるのが見えた。
厨房の中からも見えた少女は、珍しい白に黒のメッシュの入った長い髪をした随分と可愛らしい顔立ちの子供だった。
「なんだ、まな板なガキじゃねぇか」
ある程度年をとった男達は鼻で笑い、珍事には驚きつつも仕事に戻る。
一方、廊下では
「そこの男ども! 見てないで止めなさい!」
侍女長の常ならぬ叫びに若い見習い達が慌ててナイフを置き、少女を捕まえようと立ち塞がる。だが、数人は裸の娘のどこを触ってよいかわからずあたふたし、ここぞとばかりにガバリと飛びついた万年振られ男は、勢いよくその頭を一蹴りされた。
「役立たずのスケベども!」
「信じられないエロ男!」
「変態!」
通り過ぎる侍女達は見習い達を散々にこき下ろし、おまけに石鹸やらよくわからない置物やらを男達に投げつけ、中にはビンタを炸裂させる侍女もいた。
これが侍従の忠告だったのだな…。
厨房内では皆がうんうんと肯いていた。
その日、実に多くの男達が自分の彼女である侍女達に振られ、よりを取り戻すのに苦労したというのは別の話だ・・・・。
可愛そうな男達、欲望に忠実であったがために….°(ಗдಗ。)°
ニワトリ被害ですね。
チキは裸に何の観念もありませんから(笑)