76羽 チキは…?
「なぁんでこういう人達を拾っちまうんだかなぁ」
がたごとと揺れる乗合馬車はアストール国の首都アンヘンへと入る。本日の乗客はお偉いさんばかりだ。だが、乗合馬車の御者であるジェームズは、2年と少し前にチキと共にロランを乗せた時からそんな運命なのか、チキがいてもいなくても困ってる最中のお偉いさんを拾うようになり、地位の高い人々を乗せることに慣れてしまっていた。
今回拾ったのはロランの義理の息子フランツと、隣の国セオドアの大使、それから態度のでかい・・・
「コケ~!」
「あぁ! 駄目ですよヴェンツェル! その卵は食べられません!」
「…いや、すまん、卵を見るとどうしても…」
箱馬車の中が発作的に騒がしくなる。
実はこの旅の間何度も繰り返されている会話だ。その様相までありありと目に浮かび、ジェームズは早く城につかねぇかなと思う。
でなければ馬車の中で血みどろの戦いが起きそうだ…。
「はぁ…」
ジェームズは大きくため息をついてピシリと馬に鞭を入れた。
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「お、きたきた」
城門で出迎えてくれたのはチキの友人でもあるログとラインヴァルトだ。
背が高く、灰色に近い銀髪に銀の瞳を持つ騎士ラインヴァルトは、この二年で精悍さを増し、騎士団の新人の中では最も女性にもてる男と化した。
一方、栗毛に栗目の筋肉質。肉弾戦専門のように見えて実は繊細で頭を使う魔道士であるログは、山賊のようなひげを剃り、見た目が少し若くなって気のいいオヤジのような風貌をしている。
そんな彼は、最近女に磨きがかかって人気急上昇中のエマにプロポーズし、成功したために、全身が余裕と喜びに満ち、仲間内にうざいと煙たがられていたりする。
そんな二人に出迎えられ、門を抜けたジェームズの馬車は、ゆっくりと止まった。
「あ~、二人とも離れといたほうがいいぞ」
ジェームズがそういって箱馬車の扉に手をかけると、離れた所から手を振りやってくるバーデと、ユリウス、それに女らしくなったエマと、少しやんちゃな雰囲気を持つマリー、頭がきらりと輝くギルバートがやってきた。
「すご~い、ほんとにピッタリねギル!」
パチパチと手を叩くマリーに、エマがうんうんと頷く。
「こういう時間を合わせるのはリチャード様仕込みですからね」
何となくジェームズが到着しそうだというギルバートの勘で全員がここに集まったようだ。
一体どうやったらこういった人間を育てられるのかと皆が万能執事の謎に首を傾げるが、考えた所で答えは出ない。実際鍛えられたギルバートにもどういう原理かわからないのがリチャードの万能執事たるゆえんだ。
ごごっごごっごごごっ
乗合馬車の扉が内側から激しく叩かれると、はっとしたようにジェームズが扉に手をかけた。
「ちょ~っと皆下がってた方がいいぞ」
首を傾げながらも騎士達が全員少し下がると、それを確認したジェームズは扉を大きく開き、自分は真横に避けた。
ばさささささ~!
軽い羽音が響いたと同時に小さな白くて尾の黒いニワトリが飛び出し、皆が目を丸くする。
まさか、と考えがよぎったところで、ニワトリははっと何かを思い出したように再び馬車の中に舞い戻り、馬車の中で何やらすったもんだの大騒ぎが響く。
「だ、大丈夫ですよ! ほら!卵は無事です!」
声からしてフランツのようだ。
「まだ手は出してない」
ぼそっと聞こえたのは知らない声だ。
「コケー!」
「痛い…」
「わ~! 血が!」
ジェームズはやれやれとため息を吐き、馬車の中を覗き込んで…
げしっ!
思い切り飛び出したニワトリに顔面を蹴られたのだった。
「うぐっ…さっきまでこれを警戒しとったのに…」
顔を押さえるジェームズを飛び越えて再びニワトリが着地し、次いで巨大な卵を抱えたフランツ、そしてマントとフードで身を包んだ怪しい男が出てきた。
男は手を突かれたのか、血のにじむ手の甲をぺろりと舐める。
大騒ぎに呆気にとられていた男達は、最後出でてきた男を見て咄嗟に腰の剣に手を添えた。
「あぁ、ユリウス、いいところに」
騎士達の緊張感など何のその、白い髪に蒼い瞳をした少し細身の貴公子フランツは、よたよたと赤ん坊サイズはありそうな卵をユリウスの手に渡すと、頷いた。
「落としては駄目ですよ」
そういって渡された卵は意外に重さがあり、ユリウスは両腕で抱えた。
そして、ニワトリがその卵の上に鎮座し、ユリウスを見上げる。
「コケコッコ~!」
卵の上に鎮座したニワトリが鳴き声を上げると、卵が光りはじめ、周りの者達は皆その眩さに目を閉じた。
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ほんの少しの時間だったろうか、ようやく目が開けられるほどに光が収まると、ユリウスの前にはふんっと胸を張るニワトリが一羽。
そして、腕の中には…
「! 赤ん坊!?」
ユリウスは驚きのあまり取り落としそうになり、それを見たニワトリが叫ぶと、赤ん坊が反応して大泣きを始めた。おかげで馬車の止まっている辺りは大騒ぎで周りの注目を浴びている。
「まさかと思うが…そのニワトリがチキで、この卵から孵った子供はユリウスの子とか…」
突然の出来事にユリウスは蒼白になり、言ってみたバーデもそのユリウスを見て慌てる。
「いやっ、俺の想像だからな! 想像!」
「半分は合ってる」
ぽつりと抑揚のない声で答えたのは、最後に馬車から出てきたマントとフードで身を隠した男だ。彼は警戒されないようにとフードを外し、ユリウス達に一礼する。
その顔立ちはテレジアにも、セオドアの前王太子の顔にも似ていて、親子なのだと感じられる。
「あんた、ヴェンツェルか?」
バーデが腰の剣に手をかけながら尋ねれば、彼はコクリと肯いた。
かつてチキが見た彼は半身を蛇の鱗でおおわれ、片目も爬虫類の瞳であったのだが、今はそんな面影はなく、顔立ちの整った好青年である。
「半分ってどういうこと? そのニワトリはチキじゃないの?」
マリーがずずいっと彼に近づいて尋ねれば、ヴェンツェルは驚いてわずかに身を引き、卵から孵った赤ん坊を指さした。
「魔法生物の赤ん坊が孵るには、両親の愛情が必要らしい。だから連れてきた」
「てことは、この赤ん坊はチキとユリウスの子で間違いないのねっ!?」
興奮気味に迫るマリーの襟首をグイと掴み、バーデが後ろへと下げる。
あまりに迫りすぎてヴェンツェルがのけぞっていたのだ。自分もよくやられるので助け舟を出す。
(決して嫉妬じゃないぞ)
なぜか言い訳しながら。
マリーを引き離し、ちらりとユリウスを見れば、彼は赤ん坊を抱いたまま凍り付いていた。
「おくるみ、おくるみ」
フランツがいそいそと馬車の中からおくるみを出し、固まるユリウスから赤ん坊を引き取っておくるみでくるむ。その間もユリウスは赤ん坊を抱いた格好のまま固まっており、さすがに哀れになってジェームズが声をかけた。
「そのニワトリは乳母のヘンナさんだそうだ。チキとえらく気が合って、卵を温める役目を買って出たんだそうだぞ」
皆がちらりとニワトリを見れば、ニワトリは再び胸を逸らす。
「…あの、じゃあ。お嬢様は?」
エマが恐る恐る尋ねると、ジェームズは「あー」と声を上げた後、すまなさそうに答えた。
「あいつはなぁ…たぶん…旅に出たという名の、迷子だ」
・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・
「「「はぁ!?」」」
沈黙がその場を支配したその後、まるで示し合わせたかのように皆の声が重なったのだった。




