72羽 爆弾投下
「も、もう駄目だ…俺は…死ぬ…」
腹の痛さと肩の傷の痛さで悶絶し床に転がるバーデを、ラインヴァルトがとログがジト目で見下ろしている。
「笑い過ぎです。傷、さらに開いたんじゃないですか?」
ラインヴァルトはやれやれと己の隊長の無事な方の腕を掴んで起こし、椅子に座らせて手当てを始める。見た目通りのひどい傷だというのに、けろりとしているのが信じられない。
「治療部隊は皆大ホールだし…ログ、少しだけでも治癒魔法駆けてくれないか?」
ログは頷いて本当にスズメの涙程度の威力しかない治癒魔法を施す。
エマに治癒を施していた時はこれ以上の威力があったのだが、それは火事場の馬鹿力的なものだったのだろうと思えた。
「あ~、可笑しい。まだ固まってるよ。誰かそいつを起こしてやれ」
涙を流しながらバーデはつげる。
ユリウスはいまだ固まり、その前でもにょもにょと胸を持ち上げているおバカなチキを見て再びぶふっと吹き出すと、さすがに哀れになったのか、ラインヴァルトが二人に寄って行った。
「チキ、それはやめろ」
「揉んでもらうと大きくなるんだって隊長が」
やはり隊長の入れ知恵なのかと半ばあきれながらチキを止めたラインヴァルトは、チキを止めるだけ止めて後はよろしくとバーデ達の元に戻って行った。ユリウスを元に戻すのはやめておいたらしい。
チキは固まったまま戻ってこないユリウスを見上げ、首を傾げる。
「ゆ」
「チキ…それは、なんだ?」
突然凝固状態からそんな事実はなかったかのように元に戻ったユリウスが、怪訝な顔をするチキの腕を掴んで持ち上げた。
「チキ!?」
驚きに声を上げたのが誰だったかはよくわからなかったが、皆が驚くのも無理はなかった。
チキの肘から指先が消えかけ、手首から先にいたっては形が見えなくなっていたのだ。
「魔力が…激減してる?」
ログがチキの中にある魔力を読み取ると、チキはえへへと笑う。
テレジアを人に戻すにはチキを人に変えている月の魔力を分け与える必要があったのだが、それは当然チキの能力を低下させ、その体を維持する力を削る行為だった。
「テレジアも言っていたな、命を削ると…。どういう意味だ?」
チキは答えたくないようで、困ったように微笑むばかり。
その様子を背後で見ていたバーデが、頭をガシガシとかいて告げた。
「チキの命はもう持たんのだろ。魔法生物は生命維持に糧を必要とするからな」
ユリウスは驚いてバーデに振り返る。
「糧とはなんだ?」
その顔はなぜおまえが知っていると問い正したげではあったが、それどころではないと気づいているのか、先を促す。
そんなユリウスの後ろでは、チキが言うなとばかりに首を横に振っているのが見えた。
「…クサすぎて俺には言えん」
(愛なんて言えるか~!)
バーデは目を逸らし、ユリウスはチキを抱き上げる。
「チキ、糧とはなんだ?」
チキは首を横に振る。言いたくないと示しているのだ。
そんなチキに…いや、頼られない自分に苛立ちを感じながら、ユリウスは舌打ちした。
「チ」
「チキを責めてやるな。本物の愛情がなければ糧として成り立たんのだ」
タイミングよく部屋に入ってきたのは義祖父のロランと、執事のリチャード、それからなんとなく付いて来た乗合馬車の御者ジェームズだ。
ちなみに、リチャードは白目をむいてぐったりとしているギルバートを引きずっている。
「愛情? ロラン様、糧とはなんです」
チキはユリウスの頭に腕を回し、聞かせまいと強く包み込んだ。
「お前自身だ」
ロランが答え、チキはどんよりと沈みこむ。
チキが恐れているのは、ユリウスがチキに同情して愛を与えることだ。きっとそれでは魔法生物の求める糧にはならないだろう。
落ち込むチキに、リチャードが進み出てにこやかにほほ笑む。
「お嬢様。どのような形であれ、ユリウス様がチキ様を求めたのであれば、それは紛う方なし愛情ですよ。同情や憐憫であなたを抱けるような器用な男ではありませんし、それに、真実愛する者でないとユリウス様の呪いは解けませんから、ことが終わりましたら試してみればわかります」
部屋の中にいるチキとユリウス以外全員が「ん?」と首を傾げた。
とても感動的な場面に、いま、爆弾が投下されなかったろうか…。
ユリウスとチキ以外の者がリチャードの言葉を反芻しているうちに、ユリウスはチキを連れて部屋を出ていき、リチャードはその姿にうんうんと肯いた。
「・・・・・リチャード、まさか…」
二人が消えた後の部屋はしんと静まり返り、ロランが口を開く。
ロランはリチャードを胡乱な目で見つめ、他の者達ももしやと執事を見れば、彼はにこりと微笑んで答えた。
「昔、ある方の愛情を一時期とられてしまいまして、ついついその子供に怒りをぶつけたことがあるのです…それがユリウス様だったと後でわかったのですが…あの頃は私も若かったものです」
「ユリウスが女を気絶させるのはお前の呪いか!!」
「あの方が子供ばかりに目を向けるものですから、その子供が女性に近づけなくなるように、と思わず。その時は嫉妬のあまりどの子どもに掛けた呪いだったのか覚えておりませんでしたが、ユリウス様であったとこの度判明いたしました次第です」
「思わず」と「つい」で呪われ、顔を合わす女達に振られ気絶されを繰り返したユリウスに、皆ひどく同情し、そして、絶対にここの執事には逆らうまいと心に固く誓うのである。
約一名は手遅れであったが…。




