64羽 変化
チキは馬車から降りて城の空気にぞくりと身を震わせた。
「門番がいませんでしたよ」
ジェームズが御者台から降り、馬と馬車を適当なところに繋ぐ。
「門番がいない?」
侵入者も暗殺者も入り放題になっているらしい。そして、しんと静まり返る城の前庭。
時刻が夜も更けはじめただけあって静かでもおかしくはないのだが、城の入り口に門番もなく、松明すら灯されていないのはおかしい。
「ライルのところに行ってみるか。皆離れるなよ」
義祖父ロランの決定に全員が集まると、ジェームズが可笑しな顔をしてチキを見下ろした。
「成長した…か?」
チキは自分を見下ろし、首を傾げる。
ジェームズと旅をしていた頃よりは成長しただろうか? 自分ではよくわかないようでチキは何度も首を傾げていた。
「成長してるだろ。髪は伸びたし胸もデカくなった」
バーデがすかさず突っ込み、チキは長い髪をつまんで持ち上げた。
大きいニワトリ方から変化したときに再び伸びたのだが、これも成長の証であるらしい。それと胸?
チキは服の上から胸をむぎゅっと寄せて上げてみた。
「お…おぉ! 谷間ができた!」
メイド達に必死に贅肉をかき集められ、コルセットで締め上げてなお乏しい胸だったチキの胸が、むにっと手で持ち上げただけで谷間ができるくらいには大きくなっていたのだ。
「まぁ、それでやっと人並み程度だ。頑張ってユリウスに揉んでもらえ」
「わかったー」
バーデは陰でうししと笑う。
素直なチキのことだ、色々と事が片付いた時にはきっとユリウスに迫ることだろうから、あの男の慌てる顔を見てうっぷん晴らしをしようと目論んだのである。
ジェームズはそんなバーデの魂胆に気が付き、やや呆れたような表情を浮かべていた。
「チキ様の成長は命の危険をも知らせているサインですからね、できるだけ早くユリウス様に会って愛を分けていただきましょうね」
リチャードがさらりと言った言葉に、バーデとジェームズが揃って苦虫を潰したような表情を浮かべた。
((愛を分けてもらうって…))
チキはきょとんとリチャードを見た後、自分の少し膨らんだ胸を見てはっと顔を上げた。
「餓えると胸がおっきくなる!?」
「それは危険だといっとろうが!」
すかさずズバンッと脳天にバーデの手刀が入り、チキは頭を抱えて唸った。
だが、そういうことだ。
魔法生物の能力や見た目は、命の危機が迫るごとにおそらく変化していくものなのだ。そうして、自分の命を救うために相手を惑わす肉体や力を手に入れる。
「命の危機に比例して魅力が上がるなら…」
ロランがふと気が付いてそう漏らせば、あまり状況を理解しきれていないジェームズ以外がはっとして視線を合わせた。
「まさか、テレジアもか?」
「…でも、子供は違うでしょう? テレジアの子供も魅了の力を持ってるよ。ラインヴァルトは持ってないのに」
命の危険が迫ると能力を得るというのなら、魅了の力を持つテレジアの子供達はどうなのか。
同じ魔法生物の子供であるラインヴァルトやマリーを見れば、そんな力がないため、違うと言えそうなのだが。
「子供の生まれ方に問題があるかもしれません」
リチャードの言葉に全員がリチャードを見つめる。
「15番目ということは15人は子供がいるということでしょう。となると、あの年で順番に産んだとは考えにくいですので、蛇の姿で卵として産んだと考えられます。そうしてわずか1・2年で成人しているとしたら、子供達は人間の枠には当てはまらない」
「魔法生物が産んだ魔法生物に近い何かってことですかねぇ」
ジェームズがわからないながらもう~んと唸りつつ導き出した答えに、リチャードは「おそらく」と返した。
つまり、魔法生物に近いゆえに規格外の人間として育ったテレジアの子供達の寿命は短いということになる。
魅了の力はその命の短さを知らせているものなので、日が経つにつれて子供達の力も大きくなるということだ。
「まぁ、あくまで仮説です。今はこの異常事態の理由を知らねばなりませんよ」
「そういうことだ。仮説が正しければもう城に味方はいないかもしれんぞ。心しろよ」
ロランが剣を抜き、バーデも頷いて剣を手にする。
ジェームズは馬車にいったん戻り、荷物をあさって戻ってくると、チキに一振りの細身の剣を手渡した。
「護身用に乗合馬車には一本剣が置いてあるんだ。あんまり強度はないからな」
チキはそれを受け取るとぶんぶんと振り回し、頷いた。
「大丈夫。これがあれば誰かから剣を奪えるよ。ありがとうジェームズ」
ジェームズは微笑むと、チキの頭を撫でる。
「では、行くか」
ロランの合図でロランを先頭に、チキ、ジェームズとリチャード、バーデを殿にして城内へと進んだ。
目指すのは騎士団長ライルの部屋。
しかし、チキ達はそれよりももっと手前で道を変えることになる。
「なんだこれは」
城の廊下の角を曲がったロランの一言に、全員が廊下の角を急いで曲がり、そして驚愕した。
廊下には、ピクリとも動かない兵士や騎士が、てんてんと倒れていたのだ。
「生きて…」
生きているのかというチキの疑問に、リチャードが倒れている者達の状態を確認し、首を横に振った。
「神経毒でしょう。かなり強力ですよ」
どくどくと心臓の音がやけにうるさく、チキは浅く息を繰り返す。
「チキ、気をしっかり持て」
背後からバーデに肩を掴まれ、チキは危うく過呼吸になるところだったが、ゆっくりと呼吸を整え直し、前を見た。
「この先は…大ホールだな。皆そっちにいるかもしれん。行くぞ」
ロランは行く先を変えると、チキ達は皆足早に廊下を駆け抜けたのだった。




