62羽 再会
流血描写少しありです 苦手な方はご注意ください
「ぶかぶか~。動きにくい~」
チキは第五小隊隊長バーデの丈の長い上着を着て腕を振り回す。大きいだけあって色々と隠せたのはいいが、やはり大きいだけあって動きに支障が出るようである。
袖まくりをし、手は出したが、大立ち回りするには少し不安なチキである。
「文句ならいまだに来ないユリウスに言え」
すでに夜。いくらチキがなかなか追い付けぬほどにあちこち走り回ったとはいえ、助けが来ないのはおかしい。
(何かあったか…)
城にはそれこそ敵のボスであるテレジアがいるのだ、不測の事態に身動きが取れなくなっていてもおかしくはない。
「早く城に行かないとね」
チキも何か感じたのかそう告げると、バーデと背中合わせで立ち、周りを注意深く見まわした。
この戦いで一番厄介なのは使者の男だ。彼の腕はおそらくバーデと互角かそれより少し上だとチキは見ている。そうなると、ここにいるテレジアの娘と息子の相手はチキがしなくてはならないが、実は、男の方の実力がまったくつかめないのだ。
「チキ、まともにやっても時間の無駄だ。どっかに穴開けて逃げるぞ」
バーデの一言にチキは自分を奮い立たせる。
実を言えばチキはかなり疲労が溜まっている。おまけにあちこちケガだらけでそれなりに出血もある。走り続けで足はガクガク、片っ端から魅了されていく人々の魅了解除も連続で行ってきたため、のどにも違和感と…
チキはちらりと自分の指先を見る。
じっと見られなければ気が付かないくらいだが、指先が透けているのだ。
魅了解除も無限ではない。
チキはなぜかそう感じていた。
ともかく、満身創痍なチキだったが、それでもニコリと笑みを浮かべた見せた。
(「苦しい時は笑っとけ」)
義祖父ロランの教えだ。
余裕に見せれば敵が怯む時があり、そこに活路を見いだせると言われたのだ。
(苦しくても負けない!)
チキが笑顔を浮かべて2番と15番というテレジアの子供達を見やると、彼等は明らかに動揺したような表情を浮かべ、さらにチキはにんまりとほほ笑んだ。
「先手必勝!」
「ぬあっ、こら!」
背後で驚くバーデの声が聞こえたが、ここは無視だ。体力が持つうちに手を打つべし。
チキが15番と呼ばれたテレジアの息子に飛び掛かると、彼はチキの蹴りを腕で受け止め、次いでそのままチキの細い足首を掴んで吹っ飛ばした。
「のわ~!」
「アホかおまえはー!」
バーデはチキのフォローに向かおうと踵を返したが、その背に襲いかかった剣を受け止めることになり、足止めをされた。
相手を見やれば、案の定使者の男がにやりとした笑みを浮かべて襲いかかってくる。
双剣の変則的な動きを見切りながら避け、時に受け止め、受け流し、反撃の隙を探す。
チラリと視界に映ったチキは、飛ばされたものの、壁に両足で着地して事なきを得たようだ。
「必殺!」
チキが壁を蹴り、そのまま加速して再び15番の頭上に躍り出る。
「かかと落とし!」
当然15番は腕で攻撃から身を守る体制を作ったが、かかと落としは落ちてこなかった。
腕を退けて頭上を確認する15番の顔に、その時唸りを上げてチキの蹴りが入った!
「と…見せかけた回し蹴り!」
チキの滞空時間はニワトリだからなのか少し長いのだ。そのおかげで15番を騙し、見事に蹴りをくらわせ、首に足首をひっかけた状態でそのまま15番の体を地面に叩きつけた。
どんっ
鈍い音と共に長身が倒され、チキはその体の上に足を乗せてそのままギラリとテレジアそっくりの2番を睨んだ。
「ひっ!」
2番が悲鳴をあげ後退る。
チキは女の子には手を上げられないので、このまま目力で脅そうと考えた時、どんっと背中に鈍い衝撃が走ってチキは振り返った。
「つっ」
「バーデ!?」
「ドジ踏んだ」
バーデは右肩を剣で貫かれ、顔を歪めてちらりと地面を見た。
そこに落ちていたのは…
「ドジじゃなくて踏んだのはバナナの皮!? 滑ったの!? ださいよバーデ!」
「うっさいわ! 普通そんなところにあると思わんだろうが!」
使者の男は剣を一気に引き抜き、バーデはわずかに呻き声を上げる。
血が噴き出し、わずかに辺りを血で染めたが、バーデ自身は笑っている。
余裕なのか、強がりなのかはわからないが、これで戦力が半減した事に変わりはない。
「チェックメイト」
使者の男の声にバーデは小さく舌打ちし、チキはバーデの剣を奪って自分が戦うかどうかを考えた。だが、考える余裕などなかった。
一撃、二撃とかかってくる男の攻撃は重く、バーデがガクリと膝を地面に付くと、チキはバーデの前に躍り出る。
「よせチキ!」
バーデの焦る声、目の前に振り下ろされる剣。
全てがスローモーションのように映り
そして…
チキは男の後ろに救世主を見た。
ヒヒィィ~ン
馬の鳴き声が近くで響き、剣を振り下ろすよりも早く振り返った男は、目の前に振り下ろされた馬の足を間一髪で避け、地面に転がった。
「二人とも乗れ!」
叫んだのは馬の後ろ、小さなカンテラの明かりを頼りに馬を操る馬車の御者だ。
チキは頷くとバーデに肩を貸し、扉が開いた馬車に飛び乗った。
再び馬が嘶き、馬車が荒々しく走り出す。
「二人とも無事か?」
御者台からひょっこり顔をのぞかせるのは義祖父のロランだ。
「おじいちゃま! 危ないとこだった!」
「みたいだな~。よっぽど危ない所に通りかかる運があるんだな」
ロランはそういって御者台の隣に座る男に笑いながら声をかけた。
「あんまりいい運とは思えませんがね…」
苦笑いを浮かべる救世主。白髪交じりの茶髪がふわふわと揺れ動いている。
彼の姿に、チキは馬車の小窓から腕を伸ばしその首に抱き着いた。
「ひさしぶり~! ジェームズ!」
「あぶねぇぇぇ~! 放せチキ~!」
ニワトリの農場主ボブの幼馴染にして飲み友達、乗合馬車の御者にして王都の宿兼食堂の美人女将ナターシャの夫、そして、初めてチキの姿を見たジェームズとの再会である。
「とにかく、城に向かうから離せ~!」
ジェームズが叫び、馬車は大きく蛇行しながら、城へと急ぐのだった。




