61羽 動乱
ユリウス視点です
バタバタと部屋に駆け込む音にユリウスは顔を上げた。
「何事だ?」
栗毛に碧眼の副隊長カイルが扉を開くと、廊下の向こうからは、止まる気配もなく部屋に飛び込んでくる騎士が一人。見たところ第3小隊の騎士のようだが、あまり面識はない男だった。
「失礼いたします! 自分は」
「非常時なんだろう? 自己紹介はいいから要件を言ったら?」
カイルに促され、男は慌てて頷くと、ユリウスに分厚い手紙のようなものを手渡して告げる。
「ロラン様より火急の知らせです。『後手に回った、こちらは囮だ』とのことです」
嫌な予感に男が退室する前に手紙を開いた。
手紙に書かれたいたのはロランが頼った人間ネットワークからの情報だ。それもかなりの日数分のデータがきちんと纏められている所を見ると、第一線を退いても、このネットワークは稼働していたということだ。
町で何気なく暮らしながらもこれだけの情報を常に集められる老人達にユリウスは舌を巻く。
報告に来た騎士を返し、扉を閉めて振り返ったカイルが、手紙に書かれた内容を見て青ざめていく上司に驚く。
「何があったっ?」
滅多なことで動揺しないユリウスが、顔色まで変えるのはよほどのことである。駆け寄って渡された手紙の内容をざっと読んだところでカイルも一気に血の気が引いた。
「全面戦争はじめる気か…?」
手紙に書かれていたのはここ最近、と言っても1年近くの鉄や武器の流れだ。
それこそ巧妙に、どこの国にも平等に、平常通りの配分で鉄や武器が流れているように見せかけておき、実質その半数以上がセオドアに流れていた。
武器商人ですら魅了されていたのだから気が付く者の方が少ない。
だが、今回のロランの依頼で情報整理しているときに誰かが気が付いてこれを突き止めたようだ。
できれば知りたくはなかった事実だが。
「セオドアには武器が溢れ、流れるはずだった武器が減っているところがあるだろう」
カイルは数字を目で追い、目を見開いた。
「セオドアの狙いは…砂漠の国、ヴィートなのか…」
1年間で少しずつ少しずつ流す武器を減らし、売る武器も鉄に混ぜ物をした脆い武器を売りつけている。それだけならば目利きが気が付きそうなものだが、その目利きの最たる武器商人と鍛冶屋が魅了されていたのだ。
おかしいとヴィートの兵が訴え出ても、鍛冶屋に一蹴されてしまえば剣を持たぬ文官で固められた上層部が調査をするとは思えない。
「こちらは囮って言うのは、アストールを引っ掻き回して動かさないためにか?」
「いま、我々に援軍が出せると思うか?」
騎士達は魅了され、城の警護ですら数が足りない状態だ。ヴィートから援軍要請が来ても、すぐに騎士団を編成して戦場へ行くことは不可能だった。
実質セオドアを支配するテレジアが来たからこそこの国で何かをしでかすのだと彼女に集中したが、それこそが囮で、セオドアは彼女の陰に隠れて砂漠の国へと進軍していたわけだ。
まんまとひっかけられ、テレジアの高笑いが聞こえるようだ。
「ライルに報告を」
カイルは頷くと、二人は部屋を飛び出した。
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「一歩遅かったな」
ロランからの手紙を見せたユリウスの目の前に広げられたのは、ヴィートの印が押された正式な援軍要請である。
「この援軍要請ですらまともには着いていないぞ」
騎士団長ライルはそう言うと大きく息を吐き出した。
「ヴィートは…?」
不安に駆られて尋ねれば、ライルが次に渡したのは戦況が書かれた手紙のようなものだ。
小さな紙は鳥の足に括りつけた筒に入るくらいのものだ。普通ならそれらを集めて情報とし、別紙に纏められて報告されるのだが、今回は後手に回ったため、それすらも惜しく直接届けられたと見えた。
小さな紙には一言
『ヴィートの首都が包囲されました』
と書かれている。
「何日前ですか?」
「3日前。我が国に滞在中のヴィートの使者には伝えたが、こちらも半数以上が魅了にかかり国に帰ることもできん状態になっていた」
砂漠の国がすでに陥落している可能性が濃く、皆が沈痛な面持ちで黙りこむ中、再びばたばたと走る足音に皆が顔を上げた。
「失礼します!」
ノックもなく扉を開いたのは第五小隊の新入り、エマ、ログ、ラインヴァルトの3人だ。
「緊急事態です! ユリウス様にそう伝えろと隊長より伝言です!」
バーデの隊に入るだけあって、彼に良く似た山賊のような風貌のログは、そういってユリウスに視線を向けた。
「チキ様がセオドアから来た使者の男に追いかけられてます!」
エマが叫び、ユリウスはびくりと震える。
「セオドアの使者は、父を知る暗殺者でした」
ラインヴァルトの静かな怒りに騒然とした場が一瞬しんと静まり返る。
「ユリウス、使者を捕えてこい」
「しかし」
「今はどうにもならん。ヴィートの戦況もだ。元凶がこの国にいるならばそちらを捕えるしかあるまい。奴らを保護していたなどという話になっても面倒だからな」
「確かに」
ヴィートが何とか持ちこたえたとして、その時テレジア達を匿い、保護していたなどという噂がヴィート側に流れれば今度はヴィートがアストール国に牙を剥くことになる。そして、そこにセオドアが便乗する可能性もあるのだ。
三つ巴は避けたい。
ユリウスは踵を返すと、エマ達に案内をさせて共に駆けだした。
だが…
「残念ですが足止めさせていただきましょうか」
建物から出たところで、ユリウス、エマ、ログ、ラインヴァルトは足を止め、目の前の光景に驚愕した。
目の前には、気を失って倒れているラインヴァルトの妹マリーと、そのマリーの背に足を乗せ、不敵に笑う・・・・
「どういうことです、ギルバート!」
「どうって、俺は君達の仲間じゃなかったってだけだよ、エマ」
敵となり、にこりと微笑むギルバートの姿があった。
チキ達に助けが来ない理由です。
城でも一波乱中。




