60羽 追跡中
バーデ視点 チキを追跡中
チキが女好き・・・じゃなく、女に弱いことは第五小隊の仲間から報告が上がってはいた。
テレジアが来る前の少しの間、町に巡回に出ては騒ぎを起こすチキの、最も多い騒ぎが女性関係だったのだ。
まぁ、女性関係といっても自分のように惚れた腫れたの騒ぎではなく、男に絡まれていた、いちゃもんつけられていた、泣いていた、と女が襲われていたから戦いましたという理由のレパートリーは様々で、そこには一般も貴族も商売女も関係がなかった。
だから、たぶん、これはそういうことなのだろうと思った。
「父さん? …へぇ、娘もいたのか」
使者とは名ばかりの暗殺者の男の喜ぶような声にいち早く反応したのはチキだ。
連続で攻撃を繰り返すチキは、攻撃のリズムを変えると、時折思ってもみないスピードを出すことがある。
この時もその速さで男の鳩尾を翼の回転で打ち払い、わざとその場で羽ばたき、足を踏み鳴らし、ついでに尻を振った。
(尻は余計だろう…)
第五小隊隊長バーデは、この時できるなら頭を抱えてため息をつきたかったが、チキのこの人を馬鹿にしたダンスは、暗殺者に効果があった。
そこは純粋に驚いてしまったバーデである。
暗殺者と言えばありとあらゆる感情を排除され、挑発等には全く動じることがないと聞いていたし、実際出会った何人かの暗殺者もあらゆる挑発に無反応だったことを思えば、チキの姿に怒りを抱く暗殺者というのは珍しい。
(腕が悪いんだろうか?)
思わず疑って動くのが遅れたが、相対した感じでは、自分を抜いたここにいる騎士の中で男を相手にできそうなやつがいない。それぐらいの実力はありそうだ。
そんな男相手にチキは挑発した後、猛ダッシュで走り、立ち止まって再び挑発するという動きをしている。そしてなぜか、片方の足を外側に向けて蹴る仕草をしていた。
バーデがはっとしてチキと目が合うと、チキは安心したように再び走り去ってしまったのだ。
だからこれはそういうこと、なのだ。
チキはいつものように女を守るため、自分を囮にしたと、そういうことなのだ。
女とはもちろんラインヴァルトの妹マリーだ。
となれば、とバーデは動いた。無駄な時間を喰うわけにもいかない。
「全員馬車に乗れ! ログ、城に戻ったらすぐにユリウスに町へ来るよう伝えろ。緊急事態だと!」
足手纏いは返し、彼等の馬車が消えていくのを見送り、バーデは急いでチキの後を追った。
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最初に追いついたのは教会前の広場だ。
ここに来るまではチキも大騒ぎして注目を浴びてくれていたので探し出すのは楽だった。
だが…あれは何をしているのかとバーデは目の前の光景に呆れてしまった。
「神の御使い」
「おぉ、後光が…」
教会前の広場の人々が、教会屋根の上の風見鶏の前にでんと座り込むおかしなニワトリを見て拝みだしたのだ。
(何の宗教だこれはっ!?)
バーデが叫びだしたくなったのも無理はないだろう。もちろん叫ぶ寸前でやめたが。
見ればチキは拝む人々を無視し、広場内をきょろきょろと見回し、何やら顔色を変えたように見えた。
すくっと立ち上がったニワトリに、広場の民衆が「おぉっ」とざわめき、チキが苦い表情をしたようにバーデには見えた。
(・・・・ニワトリの表情が遠目でわかるって、どんな人間だ俺は?)
がっくりと落ち込むバーデ。
と、落ち込んでいる間にチキは教会の裏手に回り、姿を消した。
(落ち込んでる場合か!)
慌てて追いかけるも、今度は何の痕跡も残さず移動されてしまい、ちらりと見たという人々の目撃情報だけを頼りに駆けずり回る羽目になった。
現場に辿り着いたと思えば何人もの魅了被害者が倒れており、チキ達はいない。その度に町のまともな人間を捕まえては自警団へ通報させ、再び追跡を開始するという行為を繰り返す羽目になった。
繰り返したら・・・・
「てめぇぇぇぇ、バーデ! 町の住民を手当たり次第襲って逃げるたぁ、どういう了見だワレ!」
町の自警団の筋肉猛者達に追いかけられる羽目になった。
「俺じゃねぇ! そんなことした日には騎士団追い出されるだろうが!」
「そういいながら以前裏町の女共と豪遊したことがあったよなぁ!」
「あれは捜査だっていったろうが!…ちょっとはめ外したけど…あのあと減給されてんだよ俺は!」
確かに仕事だったが、仕事の金と思ってやりすぎたのだ。あの時の減給と小隊長全員による拳骨はかなり痛かった。
「て、俺の黒歴史を穿り返すんじゃねーよ!」
それに、できるなら追いかけても来てほしくない。彼等がいつ魅了されるかわからないのだ。
一般市民相手なら手刀一つで落とすことができるが、それなりに鍛えられている自警団の猛者達を相手に手加減しながらの戦いは勘弁してほしい。
「てめぇの嘘は聞き飽きてんだよこっちは! 今度は何をやらかして」
道の角を曲がると、やはり倒れている町の人々がいた。
「だから、俺じゃないって言っただろうが」
すぐに追いついて惨状を見た自警団の男達が、ただならぬ気配にごくりと喉を鳴らす。
「…わかった。じゃあ質問を変えるが、手がいるか?」
自警団のリーダーは素早く状況を判断する。
彼は、馴染みの女をバーデに奪われてからというもの、何かにつけてはバーデに突っかかってくるが、こういう異常事態の対処は早いし話が通じる。
「いらん。といいたいがこれがあと何か所かあるかもしれん。町の人間の回収だけ頼む。何があっても戦闘には加わるなとだけ皆に通達しとけ。怪しい奴の近くには寄るな。特にフードで顔を隠した奴等だ。 味方同士でやりあうことになりかねん」
「…厄介そうな話だが、請け負った」
バーデはまだ落ちて間もない男達を見て近いと確信する。
だが、予想では近かったはずなのに、その後も道を変え、場所を変え、あちこちを駆けずり回り、気が付けば町は夜の闇に包まれ、バーデも息切れし始めていた。
(ユリウスの野郎はどうしたんだ!)
馬の応援が来ない事に苛立ちを覚えつつ、もうひとっ走りと走り出すと、途中途中で自警団が怪しい集団がと方向を示してくれる。
できるだけ近くには寄らず、チキ達の姿を確認して追ってくれたようだ。
半分はこれ以上の町人の回収はしたくないせいもあるだろうが、なんにせよありがたい。
バーデは自警団の男達に礼を言い、路地へと突っ込んでいった。
そこで見たのは素っ裸で敵と相対するチキ。
どうやら人間に戻れたらしい。だが、その体にはいくつもの傷があり、バーデはクラリと貧血を起こしかける。
(ユリウスとロラン様に殺される・・・・)
そう思いながらチキの前に助けに入り、上着を渡し、囮になったことを叱ったのだが…
「囮になろうなんざ百年はえぇ!」
「チキそんなに生きられないけど?」
全く通じなかった。
(これが可愛いと思えるお前を尊敬するぞユリウス・・・・)




