57羽 暗殺者
「お…まえっ! 暗殺者か!」
バーデは剣を力任せに跳ね返すと、男は後方に飛んで軽く着地する。
「さすがは傭兵上がりの隊長さん、暗殺者にもあったことがあると見える」
男はくすくすと笑う。
「うちのお姫様がそこのニワトリに…。サイズがおかしくないか?」
チキのサイズに首を傾げる使者の男に、チキはむふ~っと鼻息を荒くする。
大きなお世話と言いたいのである。
「まぁいい。そこのニワトリに感化されて計画を早めてしまったからな。彼等も着いて早々動かされたのさ」
「彼ら?」
「それは自分で確かめるといい。私はこちらが仕事だ」
そういうなりスピードの上がった男の剣に、いち早く動いたのはチキである。
剣相手にどこまで通用するのかはわからなかったが、狙われたのがマリーだったため、チキは騎士道精神を存分に発揮させてその凶刃を足の爪で跳ね返した。
「!」
「ゴゲッゴッゴッゴゲッ(女の子に剣は向けるな!)」
剣ですぱっと落ちるかと思われた足の爪も、どうやら強化されているらしく無事だった。
そうなるとチキは立ち向かう方法があるので黙ってはいない。
バサッと両の翼を広げ、軽く羽ばたく。
「…やれやれ、オオカミ狩りが今度はニワトリ狩りになるとは」
男は油断している。
ならば、先手必勝!
チキは嘴攻撃を繰り出し、男のいた場所に再び嘴型の穴を開ける。まともに食らったら体にも穴が開きそうな威力にさすがに使者も大きく目を見開いた。
「…あの狼はしぶとかったな。何度切り裂いても悲鳴すら上げず、最後まで仲間を守っていた」
チキの攻撃を避けながら、何を思ったのか男は話始め、視線はちらちらとラインヴァルトに向けられていた。
ラインヴァルトの顔が青ざめるのを見て男はにたりと笑う。
彼が言っている狼というのは、おそらく国を立て直そうと奮起した彼の父親のことを言っているのだろう。
「息子の方はとんだ腑抜けだ」
「挑発には乗るなよ」
バーデがラインヴァルトを見て声をかけ、マリーを庇うエマの前にログが立ち、ギルバートがラインヴァルトをいつでも止められるよう彼の後ろに立った。
チキは嘴と爪の攻撃を繰り返している。
「お前は父親のように仲間を守るのではなく、守られる方を選ぶのだなぁ。腰抜けレギナルト」
わざとセオドアでの呼び方で名を呼んだ使者は、ラインヴァルトが剣を持つ手に力を込めるのを見て更に笑みを深めた。
「父さんを悪く言うんじゃないわよ!」
皆がはっとして我に返った。
その声はマリーから発せられ、ラインヴァルトが驚いて彼女を見る。
「父さん? …へぇ、娘もいたのか」
使者の男の歪んだ笑みに、チキのスピードが速まり、男はわずかに押され出す。
「ゴッ!」
嘴、蹴り、蹴り、嘴、嘴、蹴りで剣を跳ね上げ、嘴…と見せかけて回し蹴り、ならぬ翼アタック!
「ぐっ」
男の鳩尾にミラクルヒット!
「お嬢様素敵です!」
エマが歓声を上げ、マリーが拍手する。
チキは吹っ飛ばされた男を見て翼をバタバタさせ、足を踏み踏み、ついでにくるりとまわってお尻もフリフリ。
男の真似をしての挑発である。
「こっの、獣風情が!」
さすがにお尻フリフリは馬鹿にされた感が強かったのだろう。男が剣を構えてチキに迫るのを見たチキは、猛ダッシュで逃げる。
バーデはぎょっとしてチキを目で追うと、チキは再びお尻をフリフリ。
完全に男で遊んでいるようだが、足を外側へ蹴る仕草をし、バーデと一瞬目を合わせ、再び男に追われて走って行った。
「全員馬車に乗れ! ログ、城に戻ったらすぐにユリウスに町へ来るよう伝えろ。緊急事態だと! それからヴァル!」
「はい」
バーデは彼の肩をポンポンと叩き、頷く。
「よく我慢した。妹とチキに救われたともいうがな。今のお前じゃあの男の相手は無理だ。だが、妹なら守れるな?」
ラインヴァルトは不安そうに馬車で待つ妹のマリーの顔を見ると、大きく息を吐いて剣を収め、頷いた。
「チキを助けてやってください」
ぺこりとお辞儀をし、馬車に乗り込む。
「魅了された奴らに邪魔される可能性もある。脇目も振らずに突っ走れよ!」
「わかりました!」
ログとギルバートがコクリと肯き、馬車は勢いよくその場を離れる。
バーデは一度剣を鞘にしまうと、チキと男の後を全力で追った。




