42羽 情報収集
音楽が鳴り響く会場に入った瞬間、チキ達は一斉に視線を浴びる。
チキ、ギルバート、ログは驚いて身構えたが、どうやら貴族達は皆入ってくる者達を値踏みしているだけであって、特別チキ達がどうということではないらしい。
その証拠に、チキ達の後に入ってきた者達にも視線が向けられ、位が高かったのか沢山の貴族が彼等に群がっていた。
「貴族って言うのはやはり現金なのだな」
しみじみと呟き、頷くログの横で、ギルバートがその足を踏みつける。
ギルバートが履いているのはヒールの高い靴なので、かなり痛かったのだろう。ログは必死に叫ぶのを堪えて身悶えた。
「貴族は貴族以外の者に厳しい。あんまり余計なことを言うと情報を得られなくなりますよ」
ばさっと羽根付きの扇を広げて笑いながらこっそりとギルバートが告げる。
「わ、分かった」
ログは焦ったように肯き、チキはギルバートがいればログは大丈夫そうだとラインヴァルトの元へ寄った。
チキ達の設定は、チキとラインヴァルトが姉妹で参加、ギルバートとログがパートナーとして参加、そしてエマが裏方に回り、給仕として参加している。
「とりあえず例の人が現れるまでは情報収集しないといけませんわねお姉さま」
チキがギルバートのと同じような扇を広げてにこりと頬むと、ラインヴァルトがコクリと肯く。
ギルバートもラインヴァルトも迫力美女だが、声を出せばばれるので、のどを痛めている設定だ。ただ、どうしてもの時は練習した裏声で対処してもらうようにはしてある。
(とりあえず誰か釣れないかな?)
チキはともかく、ラインヴァルトは誰から見ても絶世の美女、必ず誰か話しかけてくるはずとチキがわくわくしながら待っていると、案の定貴族のお坊ちゃまがふらふらと寄ってきた。
「初めましてお嬢さん達。見ない顔だがどちらの家のお方だろうか?」
まず家を探るのは当たり前だ。ヘタに上位貴族とかかわってもあまりいいことはないので、貴族達はここは慎重に行動する。
「ご存じないかもしれませんわ。私と姉は社交界にデビューしてもほとんど参加することのできない辺境の出ですもの」
「となると辺境伯の?」
「いいえ。辺境伯でなくただの伯爵、しかも落ちぶれた、というべきかもしれませんわ。ただ、父が第二皇子様と懇意で、この度ご招待いただいたのです」
落ちぶれた伯爵家。名前も知られていない。
子供がいても社交界に出す準備もできないような没落寸前の貴族は実は掃いて捨てるほどいる。彼等がこういった大勢人が集まる場所に突然現れるのは、自分と爵位を買ってくれる金持ちを探すのが目的だ。
だが、そういう女だと安く見られてどうでもいい男達に群がられるのも面倒なので、第二皇子とつながりがあると言って権勢をかけておく。
こうしておけば適度な会話が可能になる。
「そんな会話ができるなんて意外だ」という表情を浮かべるラインヴァルトのつま先を、チキはにっこり微笑みながらドレスで足を隠しながら踏んづけ、ラインヴァルトは痛みでピクリと眉を跳ね上げた。
(チキだってやるときはやるんですよ~だ)
失礼なラインヴァルトは足で黙らせ、チキは本題に入る。
男がうまく話しに乗ってくれるといいが…。
「私、このパーティーにセオドアの姫君がいらっしゃると聞いて楽しみにしてきましたのよ。セオドアの姫君は王の心を虜にした絶世の美女だとか」
軽く仕掛けてみれば、男は話題に興味を持ったようで、その場にとどまった。
チキ達はここに来るまでに城のメイド達に、貴族が今気にしている話題を聞いておいたのだ。
メイド達は立食用のテーブルを用意したりして会場内を往復しているので、その時に耳にした話題を教えてくれた。
やはりセオドアのことは一番の話題になっているらしい。ならば、本題でもあるその話題を振っても構わないだろう。
もしもこれが逆にさわらぬ神に祟りなしとばかりに口を噤む話題であったならば情報収集は困難になった。だから、これはある意味幸運だった。
「傾国の美女らしいね。彼女が現れてセオドアは変わったからね」
セオドアは元々緑豊かな平和な国だった。それこそ、この国アストールと変わらないような平和な国。
しかしある日、自然や動物を愛する気弱だったはずの第3皇子に愛人ができた。
正妃に迎えることもできない、どこの出身かもわからないような娘は、第3皇子の愛を一身に受け、彼を支えた。
そこまでは良かった。だが、ある日内乱が起きた。
城の一騎士が仲間を率いて王と王族を襲い、次々と殺していったのだ。
第3皇子の愛人である娘は、必死に王子を助け、支え、そして最終的に彼と共に国に牙を剥いた騎士とその仲間を返り討ちにした。
その後、セオドアは目に見えて変わっていき、武器を増やし、軍を整え、王に逆らうものは見せしめに殺していったという。
「とても自然を愛した気弱な王子のしたことじゃないって皆言ってるだろう? しかも、誰もその渦中の愛人を見たことがなくてさ、ここで初お披露目ってわけだよ」
だからこそ話題に上る。
気弱な王子を残虐王とまで言わしめた愛人。それが今回使者と共にアストール国に来ているのだ。
王の元を離れて…。
「彼女だけがここにいる理由を誰か知ってるのかしら? 彼女とお話しした方はいるのかしら」
う~んと男は考え込み、「あぁ」と声を上げる。
「あそこで取り囲まれてる彼女。見える?」
チキは男が顎で示した先を見て頷く。
この会場に入ったときから多くの人に取り囲まれた女性がいるのには気が付いていた。だが、彼女は高位貴族で取り巻きが多いのかぐらいにしか思っていなかったが。どうやら愛人と接触ある人物で、皆にその話をせがまれていたようだ。
(あのおばさんが愛人さんと話した人)
ギルバートの方へちらと視線を向けると、ギルバートの手元が動く。
(俺が行く、だね。わかった)
チキが了承の合図を指を曲げたりのばしたりで伝えると、ギルバートが歩き出すのに慌ててログがついていく。
あれではどちらがエスコートしているのかわからない。
「あなたはお話は聞かれたの?」
「僕が? いや、傾国の美女には興味ないよ」
残念ながらこの貴族の男からはこれ以上の情報は得られないようだ。別の人が寄ってこないかとチキは待ち構える。
「それよりも、僕は君のお姉さんに興味がある。お姉さんと踊りたいのだけれど、申し込んでもいいかな?」
チラリと流し目で見られ、ラインヴァルトは一歩後ずさる。
当然彼は踊れない。
「あら、ごめんあそばせ。姉は足を怪我していて踊れませんの。残念ですが他を当たっていただけるかしら」
チキが、私に興味がないのならさっさと引っ込めという表情で高慢的に振る舞えば、男は残念そうにラインヴァルトを見つめ、すごすごと去っていく。
「あんなあしらいでいいのか?」
チキはラインヴァルトに振り返ってにっこりほほ笑んだ。
「自分を介して他人をゲットしようという輩はコテンパンにのしてしまいなさいと礼儀作法の師に教わっているの。貴族の間では日常茶飯事な取引なのですって」
貴族のやっていることは言葉遣いや態度こそ違えど、下町とそう変わらないのだなとラインヴァルトは頷く。
これが町の酒場での出来事ならば、別の女に興味を示した男はこう言われるだろう
「おとといきやがれ」
そう言われて殴られた男達を思い出し、ラインヴァルトはぶるっと身を震わせ、どこの世界も女は女、ヘタに逆らってはいけないと思った瞬間だった。




