38羽 提案します
チキ達はバーデに連れられて雑用で寄るぐらいにしか来たことのない第一小隊の騎士が働く区画に来ていた。
「こっちは城の中だー。第五は離れにあるのにね」
「こちらの方がやはり立派ですねぇ。しかも、皆様動きが洗練されております」
チキとエマがきょろきょろあたりを見回し、ギルバートとラインヴァルトは終始無言、ログにいたっては大きな図体をしておきながら、まるで何らかの罪を犯して逃げ回る山賊のごとくびくついている。
(ものすげぇ不安…)
このままこの五人を連れて行っていいのかとバーデは胃が痛くなるのを感じながら頭を横に振った。
(考えるなー、胃炎で倒れたくないだろ俺)
バーデが自己暗示をかけながら辿り着いたのはこれまた立派な両開きの扉で、扉に騎士団の紋章が彫られていることからも、位の高い者の部屋だとわかる。
バーデが深呼吸してノックすると、中から応えがあり、エプロンドレスの侍女が扉を開けてくれた。
「第五小隊隊長バーデ・ムートならびに新入り5名まいりました」
「ご苦労」
答えたのは金髪碧眼の男。騎士団団長ライル・デル・アストールだ。
ここは騎士団の長、団長室なのだ。
部屋はバーデの隊長部屋の3倍の広さがあり、酒臭くもなく、ベルベッドのような生地のソファや、複雑な模様の折り込まれた高そうな絨毯には、バーデの部屋のようなシミや汚れもない。
ここならゴキブリも走らなさそうだとどうでもいいことをチキは思った。
「団長のライルだ。お前達と話すのは初めてになるな」
皆しんと静まり返る。
「緊張はしなくていい、とりあえず座れ。今回の作戦について確認してもらいたいことがあるからな」
バーデはチロリと5人を見やり、絶対緊張してるのはログ一人だと当たりを付けた。
チキは先ほどから目があちこちへ泳ぎ、エマはライルを見て夢見る少女の表情で、ギルバートは自然体でいながら、ちらりと調度品を見てはなぜかその価値を計っているし(小さくあれは物がいいとか呟いていた)、ラインヴァルトは何か思い悩んでいて心ここにあらずだ。
(団長、考え直しませんか!)
祈りを込めて団長を見たが、団長はその視線に気が付くことなく執務室の中央にある来客があったときの際の席へと付いた。
チキは団長に促されて席に座り、「おっ」という顔をする。
「ふかふかだ」
「バーデ様のボロ堅い椅子とは違いますね」
「隊の費用の違いじゃないですか?」
「お前ら黙れっ」
バーデの胃はきりきりしている…。
ライルは一瞬呆気にとられたものの、苦笑すると全員が席に着いたのを確認して話を始めた。
「特別任務のことについては聞いているな」
「平和宣言の記念パーティーで何かをするということだけは。ですが、なぜ私達のような新人を起用するのでしょう?」
ギルバートが丁寧に尋ねると、バーデがあからさまにほっとした顔で息をついた。
いくらなんでもまじめな席で茶化したりはしないのに、とチキは思うが、普段が普段なのでたとえ口に出して言っても信じてはもらえないだろう。
「一つに、後ろ盾があるということ。これはロラン様のことを指す」
お披露目はしていないが、いざという時は他の貴族を動かしてでもうまくかばってくれるはずだという言葉に、チキ、エマ、ギルバートは無言を貫く。
ロランは家族としては甘いが、騎士としては突き放すのではないだろうか。
そう思ったが、三人とも表情には出さない。
「二つ目に、顔が割れていないことだ」
騎士の多くは有名人だ。何かに紛れて行動するとしても、必ず貴族の誰かが気が付くのだという。
「そういえば、第五小隊は外回りなので貴族様とすれ違うこともほとんどありませんでしたね」
エマの記憶にある限り、貴族とすれ違った、と言っても豆粒ぐらいの大きさの貴族とだ。それだけ距離が離れていたということは、顔の認識などできようはずもない。
「三つ目は、性別だな」
「それはつまり私とエマが女装すると言うことでしょうか?」
チキがお嬢様モードで話しかけるのをバーデは目を丸くして聞く。
ここ最近は少年モードという名のお子様モードばかりだったので、ギルバートも少なからずどきりとした。
さすがにこんな場所で何か企んだりはしないだろうが。
「そうだ」
ライルが頷くのを見て、チキはさらに尋ねる。
「顔が知られていないというのが前提でしたね」
「そうだが?」
チキはにっこりとお嬢様の笑顔を向ける。その瞬間、エマの表情は無表情の物になり、ギルバートは内心「あぁ…」とため息をつき、バードはなぜか嫌な予感にぞぞっと身を震わせた。
「でしたら、当家の執事に付いて数度他の貴族様と面識のあるギルバート、冒険者ギルドにて名高く、貴族からの依頼もいくつかこなしたことのあるラインヴァルトとログは不向きです」
「チキ様っ」
それではチキとエマだけが危険にさらされるとばかりにギルバートが声をかければ、チキは口をはさむなとギルバートを片手で制し、この上なく楽しそうに唇を開いた。
「提案があります」
「ほぅ」
面白そうにライルは先を促し、チキは揚々と案を語った。
その内容に、バーデはひたすら胃を押さえ、エマは押さえきれずにキラキラと目を輝かせ、ギルバートは敗北者のように項垂れて、ログは真っ青になってだらだらと冷や汗を流し続けた。
「なるほど。それはそれで面白そうだ。許可する」
「ありがとうございます」
チキはライルに一礼すると、にっこりと勝者の笑みを浮かべた。
ただ一人、ラインヴァルトだけが終始無言のままだったが…。




