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ニワトリだって恋をする  作者: のな
王都編
27/78

27羽 祭り

「お兄ちゃんの知り合い?」


 マリーが首を傾げる姿に、チキは騎士団試験を思い出して口を開く。


「こいつはっぶがぐふげふぐっ!」


 叫ぼうとした口を灰色狼に塞がれ、耳元で「黙ってろ」と低く囁かれると、チキの全身に鳥肌が立った(元ニワトリが鳥肌を立てるのもおかしいが…)。

 どうやら灰色狼は騎士団試験のことを言われたくないらしく、チキがうんと言うまで口から手を離さないようで、最終的にチキは息が苦しくなってギブアップした。


「ぶは~っ」


 ぜぇぜぇと息をつくチキは、実は鼻も塞がれていたのだ。


「悪い」


「殺す気かーっ」


 さすがのチキもついに絞められる時が来たかと一瞬ニワトリ達の集団の幻を見た気がしたが、何とか戻ってきたので灰色狼の胸ぐらを掴むと揺さぶった。


「悪かった」


 再度謝られ、やんわりと手を外されてチキはようやくふぅと息を吐いた。

 

「マリー、最初から説明を」


 灰色狼がマリーを振り返ると、マリーはすでに恋人とみられる青年と腕を組んでにっこり微笑んでいた。

 おもわず「いいな」とチキは思ったが、すぐにプルプルと首を横に振る。

 騎士団は忙しいから今はまだ会えないのだと自分に言い聞かす。


「だーかーらーっ。チンピラに囲まれてるところをチキが助けてくれて、あたしは一回家に戻ったの。で、チキにアタシの自信作を着せたから、お祭りをお兄ちゃんがエスコートしてねってこと。じゃっ」


 チキも灰色狼も意味が分からず「は?」と首を傾げたが、マリーはこうと決めたら素早い人物。再びニワトリよりも素早く人込みをかき分け消えていった。

 

 置いていかれたチキは唖然。

 灰色狼と仲良く祭り見物など冗談ではない、こちらは食うか食われるかの間柄なのだ(チキの思い込み)。


 灰色狼はマリーの消えた方向を見た後、振り返ってびくっと脅えたチキに向き直った。


「妹が迷惑かけたな。あらためて自己紹介しよう。俺はレギ…いや、ラインヴァルトだ」


「レギって?」


 言いかけた言葉の方が気になって問いかければ、彼は銀色の瞳をすっと細める。

 何か聞いてはいけないことだったろうかと思ったが、負けず嫌いなチキは気を使うよりも睨み返すという行動をとっていた。それも無意識に。


 灰色狼はその視線にふっと笑みを浮かべ、肩を竦めた。


「俺はセオドア生まれだからな、セオドア名がレギナルトというんだ。ラインヴァルトがアストール国の発音だろう?」


「なるほど」


 確か義父のフランツも他国ではフランシスになると聞いたことがある。 

 どの名がどのように変化するかは正確には知らないが、人の名前が他国では違う発音になるとチキも聞いていたのでそれなのだと納得した。

 

「僕…」


 言いかけてすでに自分の着ているものが女物であったと思い出すと、背筋を伸ばし、スカートの横をつまんで淑女の礼をする。

 女性の服を着ているときは女性らしく振る舞えとは礼儀作法の教師イザベラの教えだ。


「私はチキ・デルフォードと申します。以後お見知りおきを」


「女か…?」


 チキの額にビシリッと青筋が立った。が、自分は淑女だ、淑女!と心で呪文を唱える。


「この姿で間違いはしないでしょう?」


 にっこりほほ笑めば、ひどく胡散臭い顔をされた。


「男が女装してるように見える。出会いが出会いだったしな」


「どういう意味ですかっ」


 自分は淑女という呪文が早回しで脳内を巡り、チキは返事を構えながら待った。これで返る返事が失礼なものならば絶対飛び蹴りをくらわせてやろうという構えだ。


「昔飼っていた熊に見えたんだ」

 

 ・・・・・・・


 ・・・・

 

「…熊って飼えるの?」


 予想外の答えにチキは驚いてきょとんとした顔で聞いてしまっていた。

 熊に会ったことはないが、オオカミよりも手ごわいと聞いていたので人が飼えるものだと思わなかったのだ。


「母熊を亡くした小熊をな。野生に返したがしばらく一緒にいた。無邪気に飛び掛かってくるところが似てたな」


 見たことがないので自分と比べようがなく、うむむむとチキは唸る。

 ここは光栄と言えばいいのか失礼だと怒ればいいのかわからない。

 

「そんなことよりチキ、でいいか?」


「んあ? あ、いいよ・・じゃない。いいですわ」


「そのおかしな言葉遣いはやめてくれ。気持ち悪い」


 彼が顔をしかめたので、チキはムッと眉を寄せたが、諦めたように肩の力を抜いた。

 確かに自分が彼にあったのは騎士団に入隊するため男として振る舞っていた時なのだ。礼儀作法の教師イザベラの教えを破るが、相手の意向だ、仕方がない。


「わかった。普通に接する。チキは…ヴァルって呼べばいい?」


「あぁ。ところで、マリーが何をやらかしたか聞きたいんだが」


 ラインヴァルトはチキの着ている衣装を見下ろし、困った表情を浮かべる。

 彼自身、妹のデザインする服は悪くはないとは思うが、この世界ではまだ破廉恥だと指を差されるような衣装だ。何しろ、作った本人すら女性は足を出さないという暗黙の掟を前に着ることができなかったというのに、まさかそれを着て歩く人物がいるとは思わなかったのである。

 よもや妹はチキを脅したのではと思ったのだ。


「ん~。とりあえずギルバートとエマを探すの手伝ってくれる?」


 道すがら話そうというチキの案に頷き、二人は祭りでにぎわう町中を連れ立って歩き出した。





 チキ側の主観だったがあらかた説明が終わると、ラインヴァルトはよくわかったと呟いて謝罪してきた。


「ヴァルのせいじゃないからいいよ。面白かったし」


「だが…」


 さすがに迷惑をかけ過ぎだと感じたヴァルは困った表情でチキを見る。どうやらとてもまじめな性格らしい。


「じゃあ、あれ、あれとってっ」


 チキはふと目に入った屋台の輪投げを指し示す。


「あれで勝負しようっ…あれ?」


 とってもらうのが目的だったはずだが、次の瞬間には勝負になっていた。

 ラインヴァルトは、首を傾げて己を不思議がっているチキにほほ笑むと、その頭を撫でてやる。


「わかった。どれを賭ける?」


 そう声をかければ、チキの目がきらりと輝き、チキは一直線にあるものを指し示した。


「あ…あれか?」


 思わず聞いてしまったのも無理はない。そこには、輪投げの屋台にはふさわしからぬもの、いや、自然と生きるこの世界にはありなのかもしれない、だが、祭りの中持ち歩きたくはないものが蠢いていた。


 チキは興奮気味にぶんぶん頭を縦に振り、ラインヴァルトはその様子を見ると、ぶはっと吹き出した。


「どこの世界に虫を欲しがる女がいるんだっ」


「あれは美味しいんですっ」


 そういってさらにラインヴァルトを笑わせるチキの指し示すもの、それは…うぞうぞと動くミミズのような生物の詰まった箱だった…。


 

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