26羽 ある隊長のお話
とある隊長のお話です
話は少し巻き戻る――――
男はいつものように馴染みの娼婦の元でのんびりと過ごしていた。
ベッドに腰掛け、う~んと裸の上半身を伸ばし、乱れた栗毛の髪とひげを整えて欠伸する。
特に決まった女もいないし、婚約者なんていくら騎士なったとはいえ柄じゃない。元々自分は山賊盗賊と呼ばれるような人種で、たまたま拾ってもらったから騎士になったが、だからと言って貴族と結婚するつもりは毛頭なく、休みの日はこうして相性の会う女の元に通うのが習慣になっていた。
今頃は副隊長がお見合い写真を執務机に乗せて怒り狂ってるんだろうなといつもの光景を思い浮かべ、栗色の目を窓の外に向けた。
ベッドに座ったまま眺めることのできる窓の外は家々の屋根があるばかりだ。
それもそのはず。娼館のベッドの上から眺められる景色が人の視線と同じところにあるなど、よっぽどの趣味でないと望まないだろう。
まぁ、娼館の中にはそういった部屋もあるにはあるが。
男は屋根が見える5階の景色なんとなしに見ていたのだが、そこにぴょこりと人が姿を現した。
「!?」
屋根の上に上がる人間など煙突掃除の人間か、屋根修理の人間だが、現れたのは身なりの良い少年だ。しかも、その珍しい髪色に見覚えがあった。
「あいつは確か…」
じっと見つめていると、少年がふと顔を上げ、パチリと目が合う。
男は思わず悪いことをしているような気分になって、上半身裸の自分にどぎまぎしたが、少年は何の興味もなさそうに目を逸らし、屋根の上を疾走したかと思うと、ふっと姿を消した。
落ちたのかと慌てて服を着込んで部屋を飛び出す。
背後から女の声が聞こえたが、そちらはもう金を払っているので問題ないはずだ。まぁ、ほったらかしにされてプライドは傷つけたかもしれないが。
町中に出ると、祭りのせいか人がごったがえしており、進めなくなった。
男は人々の口に子供の事故死等の話が上がっていないことにほっとして、少年の追跡をあきらめたところに、バタバタと走り回るどこかの貴族の私兵。
「あぁ? 何事だ?」
王都内で貴族の私兵が走り回るのは騎士として見過ごせない。
私兵の数などは制限されているが、町中を走り回るのは禁止はされていない。だが、やはり縄張りのようなものはあって、王都は騎士の縄張りだ。私兵に荒らされたくはないのである。
どこの私兵か知らないが、勝手は許さんと一歩踏み出したところで、顔見知りの姿を見つけて足を止めた。
「お~? ユリウスじゃねぇか」
同じ小隊長仲間に手を振れば、こちらに気が付いたらしい女泣かせの色男が顔を向ける。
「誰だ?」
「ひでぇ!」
「冗談だ」
「やっぱりひでぇ! で、何してんだ?」
ユリウスの隣には彼の右腕でもあるカイルが、いつものように女受けする笑顔で立ち、こちらに会釈するのを手を上げて応える。
「人を探してる」
「人ぉ? どんな悪人だ? そこらをちょろちょろしてる私兵と関係あるか?」
相変わらずあちこち走り回る目障りな私兵を睨むと、ユリウスは小さくため息を吐く。いや、ため息…というよりどちらかと言えば自分を落ち着かせようとしているようにも見える。
焦ってる? 滅多に動じることのないこの男が?
「何かドジ踏んだか?」
ユリウスのミスで貴族との間に確執ができたとしたら面白いことになるなと期待して聞いてみたが、首を横に振られた。そうではないらしい。
この男の泣きっ面はまだまだ見れんなぁと残念に思いながらじゃあなんだと訊ねれば、カイルが答えた。
「ユリウスの婚約者が行方不明なんですよ」
ほほぉ、婚約者ねぇ…
・・・・・・・・
・・・・・・
・・・・
「・・・・はぁっ!? 婚約者ってお前! こないだ31か32の見合いで振られたろ! 男爵のっ、あれ成功してたのかっ?」
見合いの席で女達が全て気絶するという話は有名だ。
じゃあ普段はどうかと言えば、できるだけ距離を保つか、目を合わせない、意識を向けないということである程度会話を保つことができている。そんな男に婚約者ができたというのだろうか?
「別の方ですよ。とても可愛い婚約者殿です。ちょっと変わってますけどね」
カイルが含むように笑い、男は興味津々に周りを見回す。
「どんな娘だ? 俺が見てるかもしれんだろ?」
ユリウスは心ここにあらずなので、カイルにこっそり尋ねると、明らかに面白がっているのがばれたのか、大きくため息をつかれた。だが、これが面白がらずにおられようか! 騎士団内の振られ男達の英雄とまで言われたユリウスの婚約者だ。せめて顔ぐらい確認したいではないか!
「白に黒のメッシュが入った髪をした小さい女の子です」
どこかで聞いたような姿である。いや、しかし、あれは男だ。騎士団の入隊試験を受けに来るぐらいだから男だと頭の中では処理されていた。
まさか違うのか?
「さっき屋根に上ってたが…」
「体の弱い娘がそんなことをするはずないだろう」
ユリウスに一蹴され、やはりあれは違うんだなと男は頷く。だが、カイルは苦笑いを浮かべている。
「どちらに向かいました?」
「いや、あれは男」
「えぇ、で、どちらの方へ?」
ユリウスとカイルの反応が違う。
これは何かあるなととりあえず例の少年が消えた方を告げると、カイルは念のためと少年が消えた方へと私兵を向けた。どうやら協力し合っているらしい。
「まさかと思うが…騎士団の試験を受けたりするような娘じゃ?」
「えぇっ、まさかっ…受けに来たんですか?」
やっぱり違うよなっと思った直ぐ後に、確認され、がっくりと地面に手をついた。
そんな婚約者なのか…。というか、あの子供は女の子か…。
いろいろ目が節穴だった自分にショックを受けていると、見覚えある二人が駆けてくる。一人はギルバートという名の試験の好成績者。もう一人は、できれば確保しておきたい治癒士の能力を持つひょろっとした少年、名前は…こちらも女っぽかったな。
よもやと思い、じっと見つめれば、視線に気が付いたエマがもじもじと動く。その動作はまさに少女。
見た目のひょろさに騙されたっっ・・・・
またもやショックを受けているところで、ギルバートが見つかったと報告する。
「そうか…」
ほっと息を吐き、安堵の笑みを浮かべるユリウスを見た男は、悲鳴を上げたくなった。
お前誰だー!
それはカイルも思っていたらしく、呆然自失な男の背中をポンポンと同情するように叩いた。
その後、男はユリウスのの婚約者に合流することになる。そして、人生初の大失敗な選択をすることになるのだ。
バーデ・ムート32歳。変わり者集団第五小隊隊長と、その部下になる者達の出会いであった。




