25羽 着替えましょう
教訓。人助けしたら浚われることがあるので注意しましょう。byチキ
人一人引きずるようにしながら、ニワトリも驚くスピードで路地を駆け抜け、たどり着いたのは小さな二階建ての家だ。だが、なぜか裏口である。
少女は鼻息荒く裏口の扉を開け、チキを引っ張り込んで中に入ると、声を上げた。
「母さん!、あたし理想のモデルを見つけたわ!」
何のことでしょう、とチキも驚きの連続過ぎて聞けなかった。
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少女の名前はマリー。ふわふわの金髪にキラキラした緑の瞳、どこか勝気そうな顔立ちはチキに親近感を持たせる。
彼女は町の小さな仕立て屋の娘で、裏口から入ったこの建物は、住居兼母の店舗なのだそうだ。
「さぁ、座って」
チキはキッチンに通され、椅子に座らされてお茶を頂く。気分としてはどうしてこうなった、と言いたいところだが、女の子は大事なもの。傷つけたり喧嘩を売ったりしてはいけないのだからあまり下手なことは言わないように口を噤む。
ジェームズの教えがおかしな風に解釈されているせいで、外では大騒動になっているのだが、チキは全く気付かない。
「すごいわ~。女の子が髪を切って少年風になるなんて。なんて画期的なのかしら」
マリーは先ほどからチキを観察するのに余念がない。その度にチキはびくびくするのだが、その辺りは全く気が付いてくれていない。
「私の欲しかったモデルはこういう斬新なタイプなのよっ。あなたなら着てくれるわよね!」
「えぇと、何を?」
「わかったわ! すぐに持ってくる! 待っててね!」
もう何も言うまいとチキが思った瞬間である。
どうやらマリーは理想のモデルとやらが見つかったせいで興奮してしまい、ある種のパニックに陥っているのだとチキは思う。となると、落ち着くまで解放されそうにないようだ。
絶対怒られるよね…。チキ呪われたらどうしよう…?
世にある呪いスキルというものがどのようなものなのかと身震いしていると、ずだだだだだだだっと音を立ててマリーが階段を転げ落ちてきた。
「マリー! 大丈夫? ケガは?」
驚きながらすかさず手を貸して起こせば、マリーの額が赤くすりむいているのだが、当の本人はにっこりとほほ笑む。
「衣装は無事よっ」
誰も衣装のことは聞いていないんだけど…と思ったが、やはり口にするのは躊躇われた。
「これをねっ、着てみてほしいのっ。私の自信作っ」
じゃーんっと広げられた衣装は、襟ぐりが大きく開き、肩が出るパフスリーブをしたトップスに、前は膝上丈、後ろはバッスルのようにシフォンが重なり垂れ下がったスカートだ。
一見セパレートドレスのような形だが、生地が一般のシンプルな生地を使っているため、ドレスのような豪華さや華やかさは薄れ、普段着用の可愛らしさが際立っている。
「これにね、茶色いブーツを履いてもらって~」
ばさばさと服を渡され、チキは困惑のあまり首を傾げる。
「女の人って足を出しちゃいけないんじゃ?」
彼女が渡したスカートは後ろは長いので問題ないが、前は膝丈とあまりにも短い。
女性は足を隠すもの、と授業で習ったチキは大いに混乱したのだ。ひょっとして王都では足を出してもよいのか?と。
「そんなの昔の人の言うセリフよ。これからの女性は足もばーんっ、胸もばーんっとアピールしていかなくちゃっ。チキちゃんも射止めたい人がいるでしょう?」
そこは恋するニワトリ、チキだ。コクコクと激しく首を縦に振ると、マリーがにやりと笑みを浮かべて「だったら」とチキの手にある服を示す。
「これで彼もイチコロよ。とにかく着てみてっ」
さぁさぁと促され、別の部屋に放り込まれてチキは途方に暮れた。
エマもなかなかに強引なところはあるが、彼女ほどではない。
さて、どうしたものかと服を眺め、とりあえず二人が見つけてくれるまではここでじっとしていようかなと考える。これは、常日頃ギルバートに
「迷子になったら動かないでください」
と口を酸っぱくして言われているためだ。
チキはこれまでの人生(?)迷子になった自覚はないが、どうやら他の皆に言わせるとチキの行動は放浪癖ではなく、迷子らしい。
運がいいので今まで農場に帰れていただけだと義祖父ロランにも呆れられたことがある。
行きたい方向に歩いてたら旅に出て、知り合いを見つけて寄って行ったら農場に帰っていたという本人談から皆がどう分析したのかチキには謎であるが、とにかく知り合いがいなかったら動くなと言われているので動かないことにして、マリーに付き合うかと腹を決めた。
着替えてみると、小さいチキには少しサイズが大きかったが、前スカートが短いため、普通のスカートより動きやすい。
「おぉっ」
これなら嫌いなスカートも我慢できるとチキは感動するが、足を出してはいけないという世の認識は変わっていないことをすっかり忘れている。
茶色い用意されたロングブーツも履く。こちらのサイズはぴったりだった。
着替え終えてキッチンに戻れば、今か今かと待ちわびたマリーがその姿を見て立ち上がり、滂沱の涙をこぼした。
「?!」
「この服を着てくれる人がついに現れたわ~っ」
自分が泣かせたのだろうかとおろおろするチキと、だばだば涙をこぼすマリーの元に、一人の女性がひょっこり顔を出した。
「あら?騒がしいと思ったら…あら? あらあらあらあら。マリーったらモデルを見つけたのね」
ひょっこりと顔を出した女性はマリーにそっくりで、マリーが少し年をとったような印象を受ける。
「そうなのよ母さん! これで私の創作した服が世に広まるわっっ」
「それは素敵っ!」
どうやら見た目通り親子らしいが、中身も同じようである。
人間は分身するんだな、とチキが誤解するほどに二人はそっくりだった。
「でもこれじゃちょっと女装した男の子みたいだから髪を結っちゃいましょうね」
マリーの母はそういうなり髪の長さが誤魔化せるように素早くチキの髪を結い上げ、お団子にする。
「これで良し。あ~そうそう、ヴァルがあんたが来ないって迎えに来てるから、皆で出かけてらっしゃいな」
話についていけずにチキはマリーとその母を交互に見ると、マリーは「大変」と叫んでチキの腕を掴んだ。
「お兄ちゃんを待たせてたんだったっ。チキも行きましょうっ」
どこへ?という間もなく、再びものすごい勢いでキッチンから飛び出し、今度は表の店側の入り口へ飛び出した。
「ごめんお兄ちゃんっ。話すと長くなるから短くするけど、チンピラに囲まれたから一回戻ったの。で、あたしはトムと行くからお兄ちゃんはチキと行ってね」
話を短くし過ぎて何のことやらわからないチキは、マリーの手から腕を開放され、顔を上げたところであんぐりと口を開けた。
「お前…」
チキと目があった男は目を見開き、信じられないものを見たという目でチキを見つめた。
互いに見つめあって数秒。
「灰色狼!」
チキは男を指さすと叫んだのだった。




