24羽 人助けしたら…
チキは落ち込んでいた。
いや、落ち込むなんて生ぬるい。はっきりってやさぐれていた。
「酒が飲んでみたい…」
ジュース片手にナターシャの食堂でぽつりとつぶやく。
「何恐ろしいこと言ってるんですか」
ごすっと後頭部をギルバートに叩かれ、その勢いのままがんっとテーブルにおでこをぶつければ、慌ててエマが介抱に走る。
「落ちた…絶対落ちたぁぁぁ~」
べちゃっとテーブルに突っ伏してさめざめと泣くチキは、ジュースしか飲んでいないがすでに酔っ払いの様相を醸し出している。おかげで周りの視線がビシバシと痛いのだが、チキはそれどころではない。
「あの灰色狼のせいだ」
「ああ、結構かっこよかったですよねぇ。髪の色はチキ様やフランツ様とは違って灰色により近い白…ていうか銀? 珍しい色でしたし」
「顔は覚えてない」
チキはむす~っとしながらジュースのコップをじっと見つめていた。
「ギル、呪いでこれをお酒に」
「そんなスキルは持ってません」
即答にチキはむむぅとさらに膨れる。
飲まなきゃやってられんという人間達の真似事がしてみたいのだが、ロランの屋敷では酒類には一切手を付けさせてもらえず、盗み飲もうにも監視が厳しくて断念。ならば町中でならと期待したが、ギルはロランの信奉者。そこは断固として阻止された。
仕方がないのでジュースを一気に飲み干し、「ぷはっ」と声を上げて一言。
「飲まずにやってられるかーっ」
「ジュースで盛り上がるの止めて下さい」
ごすっと再び後頭部に打撃が来た。
結局実技試験はギルバートのみが奮闘し、チキとエマは最初の活躍だけで終わったため、騎士団入隊は望み薄となってしまった。
チキはそのせいでやさぐれたが、時間が経つにつれ、もうそのことは脇に置いて2日目のお祭りを楽しむことにしたのだ。
「夜には帰りますよ」
ギルバートは時間にも厳しい。まるでリチャードのようだとエマと二人文句を言いつつ、あちこちで店をひやかしていく。
「そう言えばユリウス様には王都入りのことは伝わったのかしら?」
鶏肉の串焼きを頬張り、変な視線をギルバートから受けながら歩くチキを見て、エマがぽつりと呟いた。
「ん~。ロランじーちゃまが王都に正式に入ったのが一昨日だから、知らせはそろそろユリウス様にも届くはずだけど、騎士団も今は忙しいから屋敷に招けるのはもう少し後だっておとうちゃまが言ってた」
「すぐに会えないなんて貴族というのは面倒ですね」
「そうね~。ニワトリならどこでも行けるのに」
しみじみ呟くチキは鶏肉を頬張り、エマとギルバートを奇妙な気分にさせる。
(ニワトリの方が自由がない気がするのですけど?)
(それより俺は鶏肉が気になる)
エマとギルバートが囁く後ろで、チキはぴたりと足を止めた。
何か聞こえた気がしたけど、気のせい?
きょろきょろと人込みを見回し、もう一度耳を澄ます。
目より耳がいいチキは、目を閉じた。
「・・・って」
気のせいでなく耳に届いたかすかな声は甲高く、か細い声で助けを呼んでいた。
チキは前を行くエマとギルバートに声をかけるのも忘れて声のするほうへと走り出した。
声がするのはざわめく大通りではなく、道をそれた路地から聞こえる。
狭い路地に反響したからこそチキの耳にも届いたくらいの小さな声だったため、場所は少し離れていた。
民家の屋根に上ったチキは何とか声のする方を探り当てると、そのまま屋根から飛び降りて狭い路地の中に飛び込み、そこでチンピラに取り囲まれる少女を発見した。
「離して! あたしはお兄ちゃんの元へ行くのよ!」
「その前に俺達が面倒見てやるって言ってんだぶふぉぉ!」
全て聞く前に少女の腕を掴んでいた男の頬にチキの蹴りがヒットした。
「きゃああ!」
少女は腕を引っ張られて悲鳴を上げ、チキは少女を掴んでいた男の手を手刀で切り離して少女を背にかばう。
「大丈夫?」
「あ、はいっ。あのっ」
「僕は…正義の味方?」
なぜか疑問形で首を傾げる。
チキはつい先日エマに勧められた小説の内容を思い出し、こんな時かける言葉を使ってみたのだ。
「可愛いマドモワゼルに無礼を働く愚か者どもめ! この正義の騎士が相手をしてやるっ」
エマの趣味を疑いたくなるような内容である。
背にかばわれた少女は何とも言えない表情を浮かべて困惑し、目の前の男達はなんだか可哀想なものを見る目でチキを取り囲んだ。
「あ~でも、僕騎士になってないから騎士って名乗れないかぁ」
チキはぶつくさと呟き、先程吹っ飛ばした男が殴りかかってくるのをすっと横に避けて足をひっかけ転ばせる。その間も何やらぶつぶつ言っている姿が不気味である。
「気味の悪いガキめっ」
全部で5人。全員がそれぞれバラバラにチキに襲いかかり、チキはそれをひょいひょいと避けると、掌底で男3人を一気に沈めた。
「このっ」
分が悪いと感じた男の一人が少女の背後に回り、少女の手首を掴もうとしたが、すでにチキがその懐に潜り込み、鳩尾を殴りつける。
「女の子に手を出すなよ腐れポンチ」
「ポンチ…」
どこか幼いチキに少女は思わずといった様子で言葉を繰り返す。
「くそガキ!」
「…今日その台詞他でも聞いたよ。僕も言っていいかなぁ? クソ大人って」
ふわりと舞うように男の背後に回ると、そのまま首の後ろに手刀を落として沈め、チキはふぅと息を整える。大して乱れてないが、ここに来るまでに家々の屋根の上を全力疾走したのだ、その分の息が上がっていた。
「大丈夫?お嬢さん」
少女に振り向くと、少女はじぃぃぃぃ~っとチキの顔を覗き込み、チキは思わず後退る。
「な、何?」
「あなた・・・」
少女はぽつっと呟くと、その両手を前に突き出し、ぐわしっとチキの胸を両手で掴んだ。
「うひぃっ!」
さすがのチキもこれには驚いて飛び退り、思わずあんまり無い胸を隠す。
少女は自分の手をわきわきと動かして眺め、うんと大きく頷くと、その目を喧嘩に突っ込むチキ以上に輝かせてチキの腕を掴んだ。
その迫力にチキも逃げられず、目を白黒させていると、少女はそのまま走り出して告げる。
「あなたみたいな人を探してたのよ! ぜひうちに来て!」
その後の彼女のダッシュはチキより早かったのではないだろうか。
チキは、少女に浚われたのだった…。
チキ「お兄さんは…?」
少女「さぁ、急ぐわよー!」
チキ「…怒られる…」




