23羽 銀の男
べしべしと男達の顔を踏みつけながら、チキは視線を感じ取っていた。
や、な感じがする
野生の勘が働きそれを見てはいけないとそう言っているような気配は、以前ニワトリ姿で旅をしていて狼と遭遇したときに似ている。
あの時は群れからはぐれた狼が一匹ガリガリに痩せた姿で小さな村の入り口まで来ており、チキはそこで狼と睨みあったのだ。それも一晩中。まさに食うか食われるかの戦いだったと思う。もちろん勝者は弱った狼でなく、凶暴なニワトリの方だったが。
野生の勘に従うならば見ない方がいい。だが、それを越える好奇心がチキには昔から備わっている。だから…ついついそちらの方向を見てしまったのが運の尽きだった。
ぶわりと全身の毛が逆立つような感覚に、チキは動きを止めて地面に降り立った。
鋭い剣を思わせる銀の瞳、灰色に似た銀髪。敵を蹴散らす姿はまさに狼をもわせる俊敏さを持ち、周りを威嚇するその圧倒的な威圧感がユリウスにどこか似ていると感じた。
強い。でも、負けたくない。
「チキ様っ?」
チキは木刀を片手にチンピラとの戦線を離脱し、男と視線をからめた。
目が合ったなら戦わずにはいられない!
「オオカミ、勝負!」
チキの武器は速さと身軽さ。それ以外に際立ったところがないため先手必勝でもある。
勢いに乗り、両手で握った木刀を振り下ろすと、あっさりと木刀は受け止められ、はじかれた。
「軽いな」
低いバリトンにチキの全身がざわざわとする。
これは絶対チキの獲物だ!
チキの目がキラキラと輝き、明らかに身に纏う気配が変わるのを周りの男達も感じて目を見張る。
チキは両手で持っていた木刀を片手に持つと、駆けつけたエマを振り返った。
「エマ! 剣!」
「あ、はいっ!」
実技試験で剣を渡すなど言語道断な行動だったが、チキに魅せられた者達の動きが止まっているので剣を持とうが持つまいがあまり変わらない状況のようである。
チキはエマが投げた木刀を片手で受け取ると、実に楽しそうに笑みを浮かべ、両の手に木刀を持った状態で駆け抜ける。そのスピードは先ほどの倍だ。
「速いっ!」
誰かが叫んだその瞬間、カカンッと木刀同士がぶつかり合う音が響き、銀髪の男とチキの剣がぶつかり合った。
チキの剣は軽いが、一撃目は軽く当て、二撃目が強くぶつかるという遠心力を使った攻撃は、小さいながらも剣を持つ手を痺れさせ、少しずつ力を削いでいるのを男は見抜いた。
「なるほど。だがやはり軽すぎるな」
「二撃ならね」
押し返そうとした男の頭上に跳ねがったチキは、素早い動きで連撃を放った。これぞ
「「嘴攻撃人間バージョン」」
うんうんと頷いたのはそれを見ていたギルバートとエマだ。
ロランとの訓練でチキは何度も嘴がないのが不利だと叫び、編み出した技だ。最初は嘴代わりに唇で迫ってきたのだが、さすがにそれは男が喜ぶだけだとロランが激怒して止め、手を使えと言って編み出した技だが、難点が一つある。
「そろそろかな」
「そろそろですねぇ。私は剣を持っておりませんのでお願いしますギルバート」
「ずるいですね」
ギルバートはふぅとため息を吐くと、チキの剣の動きだけを目に走った。
「あぁっ!」
猛襲ともいえる連撃だったが、チキは遂に限界が来たと感じた。
スルッと木刀が手からすっぽ抜けたのだ。それも両方。
これには騎士も参加者もぎょっと目を剥き、驚くほどの速さで振り回されていた木刀が勢いよく飛んでいくのを目にして青ざめた。
一本が騎士の足元に落ち、ひやりとさせられ、もう一本が近くの男に向かって飛んでいく。
「うわ~!」
さすがに対処できなかったのだろう、男が悲鳴を上げるその瞬間に、男と木刀の間に入り、ギルバートが木刀をたたき落とす。
カンッと木の音が響き、ギルバートは安堵の息をもらした。
「握力ないんだから気を付けて下さいよチキ様」
この言葉にエマとチキ以外の人間がぞっと青ざめる。
(あれがもし真剣だったら…?)
(無差別攻撃かっっ?)
チキはむぅと膨れ、ギルバートが拾った剣を投げるのを受け取る前に、先程まで戦っていた銀髪の男に首の後ろを軽くたたかれ、そのままガクリと気絶した。
「チキ様!」
エマとギルバートが驚いて駆け寄れば、チキはスースーと息の乱れなく気絶している。
問題はないらしい。
「連れて行け」
男はそういうとギルバートにチキを投げてよこし、ギルバートはチキを受け取ってエマと共にやれやれと息をついた。
気絶してしまえば騎士試験は終了だ。目立ちはしたが、あまり実力は発揮できていないので、きっと落ちたろう。
「とりあえず参加はしたのですから大丈夫ですよ。落ちてもきっと別の方法であの方のお側に立たれます。だから、ギルは騎士になってみてくださいな」
「う~ん。そこそこしか興味はないけどとりあえずやっとくよ」
手を抜いたらチキとロランに叱られるしとギルバートは男達の中に再び混じって行った。
チキはむにゃむにゃと口を動かし、小さく寝言を言う。
「チキが優勝~」
エマは笑うと、チキの額をぺちっと叩いた。
「あんまり暴走すると焼き鳥にしますよチキ様」
チキは一瞬びくっとした後、そのまま眠りにつき、チキの実技試験は幕を閉じたのだった。




