22羽 実技試験
二日目は当然のごとく実技試験。
午前中に体力検査と適性検査をするのだが、エマとギルがその適性試験で違う判定を下された。
「回復の魔力ありか。治療師になれるわけだ」
意外な能力が隠されていたようで、これにはエマも大喜び。こんなことは田舎の家にいたら一生わからなかったと感動している。
治療師というのは軍にいてもいなくても重宝されるもので、軍にあれば戦う治療師。これは騎士や兵士になりたがるものが少ないため、大変貴重な人材だ。そして、町に降りれば医者にもなれる。
能力の差によりやれることは限られてくるが、けがや病気の多い世の中では慰め程度の治療でもありがたがられるのだ。
「チキは何にもなかったよ」
適性試験の結果はすぐに紙にチェックを入れて渡される。紙に書かれているのは回復、攻撃、補助、呪いの4項目。チキの紙には何のチェックも入っていない。だが、それが普通である。
ギルバートの適正はと言えば、補助と呪い。思わずチキとエマは身震いした。
「呪いって何するんでしょうね」
「やっぱり人を呪い殺すとか? ギル、リチャードに似てきたもんね」
チキは言ってみて、やはりリチャードは人を呪い殺せるのかもしれないと思い至り、ぞぞっと身を震わせる。どうやらエマとギルバートも同じ考えにいたったようで、ぶるっと体を震わせていた。
これはきっと忘れた方が身のためだ。そんな気がする。
「そこのガキども、早く中に入れっ」
呼ばれて振り返ると、騎士の訓練場の入り口で騎士の一人が呼んでいる。どうやら中に入っていないのは浮足立っているチキ達だけのようだ。
慌てて中に入れば、ムッとした熱気に三人は顔をしかめた。
これから行うのは実技試験。互いに戦いあってその実力を示すというものだ。ただ、体力検査の後なので皆一様に疲弊している。
「対戦方法は全員入り乱れての勝ち残り戦だ。仲間内でタッグを組むのも背後から襲いかかるのもあり。ただし魔法の使用は禁ずる。武器は木刀のみとする」
「結構何でもアリなんだねー」
訓練用の木刀を渡され、それを振りながらチキは笑う。
何でもアリということは一歩間違えれば大けがをしかねない。だが、それすら気に留めない豪胆さが三人にはある。それこそロランの特訓を思い起こせばなんのそのなのだ。
「チキ様。奴もおりますよ」
「奴?」
ギルバートの視線の先には、ぎらついた目をした男がこちらを睨んでいた。
「誰?」
ギルバートは内心「そういうと思った」と感じたが口には出さず、答えのみを告げる。
「知識試験の前に絡んで来た奴がいたでしょう?」
「あぁ、頭カチカチだとチキ様がおっしゃった相手ですね」
「いたっけ?」
やはりチキは覚えてないらしい。エマはかろうじて覚えていたらしく、「気を付けませんと」と警告する。
ギルバートの見る限り、力押しの取るに足らない男に見えるが、何が起きるかわからないのが何でもアリの勝ち残り戦というやつだ。慎重に構えておくべきだろう。主に自分が…とギルバートは気を引き締める。
何しろ、チキは「ふぅん」で終わったし、エマは「あの方カッコいいですねっ、背も高いし」とはしゃいでいるのであてにならない。
どうしてこの暢気な主従の性格を強制してくれなかったのかギルバートはロランの屋敷の教育者と保護者達を恨むのだった。
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訓練場は柔らかな砂の敷き詰められた円形の屋内練習場だ。雨が降っても訓練できるのが魅力的なところだが、屋内であるために走り回ると砂埃が舞って目が痛くなるのが難点だった。
「初め!」
騎士の掛け声で皆が皆武器を構え、思い思いの敵に突っ込んでいく。しかし、チキ達は動いていなかった。
「うぅぅぅ~。目が痛い~」
すでに砂埃の洗礼を受けているチキはあまりなじみのない感覚に戸惑っていたのだ。
「目が洗えるといいのですけど困りましたね。あっこすっちゃだめですよっ」
姉と妹、いや、この場合は弟というべきか、そんなチキとエマの様子にギルバートは呆れながらも周囲を警戒していると、案の定例の男とその仲間と思われる集団が近づいてきた。
「おうおう、ここはガキの遊び場か?」
「そう言うそちらはチンピラのたまり場ですかね?」
ギルバートの切り替えしにエマが振り向き、チキが目をグシグシこすりながら顔を上げた。
「ギル、敵?」
「一人で平気ですよ。目が良くなったら手伝ってください」
「ん~。まかせて」
チキはグシグシと再び目をこすり始め、エマが慌ててそれを止める。
完全に無視された男達は苛立ったように木刀を構えた。
「ふっざけやがって! 騎士のなんたるかも知らないガキどもが!」
そういう彼等の振る舞いこそチンピラだとギルバートの後ろで聞いているチキですら思うが、ちらりと動きを見る限りギルバートの敵ではないので放っておくことにする。
「あなたが騎士のなんたるかを知っているとは思えませんけどね」
「ハッこれだからガキはっ。俺たちゃ騎士になって上にのし上がるのさ。今の腑抜けた貴族の坊ちゃんどもなんざ何の実力もないお飾りだからな」
ギルバートはチンピラのような集団の一人が告げた言葉に大きく息を吐き出した。
「残念ですねぇ、一人で片付けさせてもらえると思ったのですが」
チラリと背後を振り返れば、チキが木刀を片手ににっこり微笑んでいる。
腑抜けた貴族の坊ちゃん、お飾り、その言葉が全く当てはまらない人間がいるとこの男達は知らないらしい。
チキはすっと目を細めると、エマとギルバートに指で合図する。
指の合図はロラン仕込みの暗号だ。おそらく騎士団の者達なら解けるだろうが、チンピラには解けない。
『左右に展開、挟み込め』
了解の意を二人が返したところで、チキは砂を蹴りあげた。
初めから卑怯とも取れる戦法だが、目つぶしは効果的だ。
「ぶわっ」
油断しすぎな男達が砂を払いのけている間に三人が動く。チキは男達の頭上へ、ギルバートは男達の左側。エマは男達の右側へ。
利き手というのは大抵右の方が多い。頭上はともかくとして、男達の右手側、チキ達からして左側は腕の立つものを行かせるのが常識だ。だから、ギルバートが突っ込む。
対して、武器を持たないチキ達から見て右手側は剣の腕が劣るエマが抑える。
どちらも頭上を荒らすチキがいるのでそう活躍する場はないが。
「なんだっ、このガキ!」
「ぶえっ」
「ぐおっ」
「ぶふっ」
チキに攻撃をしようとすれば自然上を向くことになり、そこをうまく踏まれ、驚いたところに左右から攻撃が来る。チキだからできる戦法だが、防ぎにくいことこの上ない。
「足元が疎かですよ」
エマが男達の足を払うと、見事に男達がすっころぶ。
「弱いな~」
チキは木刀を使わず男達の顔を踏んでいき、彼等の怒りをあおっている。
「二人とも何人か沈めてくれませんかねっ」
ギルバートは孤軍奮闘、男達を気絶させる役目に回っていた。
そんな人をおちょくった三人の戦いぶりは、この試験の試験官である騎士達を唖然とさせていたのだったが、三人はいつものように遊んでいただけだったので全く気が付いていなかったのだった。




