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ニワトリだって恋をする  作者: のな
成長編
13/78

13羽 会遇

 専属の侍女が付きました。


 彼女の名前はエマ、歳は14。赤みがかった栗毛に、深い森を思わせる緑の瞳。男性並みに身長が高く、チキと同じで成長途上なので見た目はひょろひょろと不恰好だが、ロラン曰く


「肉付きがよくなれば傾国の美女にもなれるぞあれは」


だそうだ。

 傾国の美女が何かはわからないが、美女なら悪くはないだろうと「よかったね~」とチキは微笑み、エマは恥ずかしげに顔を赤く染めていた。

 

 ただ、侍女が付いたということは、当然もう一方の、そう、教師もついたということだ。


 男性と女性の教師が一人ずつ。

 教養、作法、一般常識を教えるのは女性のイザベラ。30歳の女性。

 長い金髪をいつもひっつめて結い上げ、青い瞳を隠すかのようなグレーの薄ガラスのメガネをかけている。なかなかに豊満なボディを持っているのだが、ハイネックに長いスカートと隙のない服装でがっちりガードしている。

 

 男の教師は、大丈夫かと心配になるようなよぼよぼした老人だった。

 すでに髪はほとんどなく、茶色い人好きしそうな瞳が優しい。

 教えるのは歴史、地理、経済など、時に雑学を織り交ぜる彼の授業はチキを飽きさせず、うまく知識を吸収させていた。


 そんな教師と侍女に囲まれ、日々を過ごすチキは、慣れないことだらけで限界だった。


「うぅ…チキ、人間やめたい」


 姿勢を正され、頭に本を乗せて落とさないように歩く。しかもヒールの高い靴で。午前中それをみっちりやらされたチキは、ようやく解放されて今は庭のベンチに腰掛け…ず、それにべったり上半身を乗せて地面にじかに座っていた。


「汚れますよ」


 エマに(たしな)められるが、今は立つ気力がないのだ。


「リチャードとイザベラは似た匂いがする」


 はふぅ~とため息をつくチキの言葉にエマは首を傾げ、そして「あぁ」と手を叩いた。


「そういえばイザベラ様はリチャード様の姪っ子なのだとか」


 恐怖の大王オーラは血筋の成せる技らしい。

 チキがあまりにも憔悴した様子でベンチにべたっとへばりついているので、エマはお疲れの主に何をしたらいいかと考えを巡らせる。すぐに思い当って動けない辺りはエマもまだ見習いだという証拠だ。

 

 彼女は、小さな町の弟妹の多い大家族の長女に生まれたが、あまりののっぽさに嫁の貰い手がなく、逼迫(ひっぱく)する家計を案じて身売りを考えていたところをリチャードに拾われたという経緯を持つ。

 ゆえに侍女としては完成されておらず、チキと一緒に授業を受け、時折リチャードに使用人の在り方を学び、日々成長中なのである。

 もちろんチキ同様疲れてはいるが、もともと人間であるため、精神的疲労感はチキほどではない。


「そうだ。お茶をご用意いたします。せっかくですからお庭でお茶にしましょう」


 お庭でティーパーティーは夢見る少女達の「お嬢様ライフ」には欠かせないものだ。それを実践できると思ってうきうきのエマをチキは見送り、再びばったりと上半身をベンチに預けた。


「孫とか娘とか、侍女とか教師とか…チキに足りないのは騎士様だけなのに…」


 なぜこうなったと思わずつぶやくが、全てチキが招いたことである。

 

 孫を承諾し、お姫様になることを頑張ると宣言し、負けず嫌いの性格から知識を吸収する。途中でやめられないのもその性格のせいだ。

 心に従うだけのニワトリ生活ならばすぐに王都に向かって騎士の横に立つのに、と思う。


「騎士様に会いたい…」


 ふはぁ~と大きなため息をつくと、じゃりっと土を踏む音がして、チキは体を起こす。


「お帰りエマ。早かった…」


 振り返ったチキは口を開けたまま固まった。


 ふわりと風にあおられて揺れる金糸の髪、空の青の瞳は驚きに見開かれてはいるが、身から発せられるのは百獣の王のごとき風格。

 男はしばらくチキと見つめあったかと思うと、くるりと背を向けて歩き出す。


 チキは驚いて慌てて立ち上がるとその背を追った。


「待ってっ、騎士様!」


 が、一歩目で長いドレスを踏みつけ、前に倒れる。


「のわっ」


 変な声に驚いた男は振り返ると同時に、懐に飛び込んでくる形になったチキを難なく支えると、そのまま体を起こしてやった。

 自然、密着してしまい、顔を上げたチキからはっとして目を逸らした。


「あの…チキです…」


 目を逸らされたことでチキの胸は苦しくなり、声はいつもの元気をなくしてか細くなる。


「そうか」


 そっけなく返された返事に、名前は教えてくれないのだろうかとチキは不安になる。

 じっと男の端正な横顔を見つめ続けるが、視線は全く別の方向に向けられ、チキを見ようとはしない。


「あの…チキのこと、嫌いですか? チキ…迷惑?」


 ジワリと涙が浮かぶ。

 チキは自分がこんな弱いと思っていなくて、泣きそうになる自分に苛立ちながらきゅっとすがるように男の腕の辺りを握った。


「迷惑ではないが」


「じゃあ、こっち見てっ」


「それはできない。あなたも倒れる。…体が弱いと聞いた。それで隠されていたと。やっと治ったというのに俺のようなものに関わって寿命を縮めたらどうする」


 ん?とチキは首をひねった。

 誰の体が弱いのだろう。チキは隠された記憶もないし、病気になった記憶もない。健康そのものだ。大体彼に関わって寿命が縮むとは何事か。今さっきまで彼に会えなくて栄養失調を起こしていたというのに。


「倒れないからこっち見てっ」


 チキはもどかしさに男の顔を両手で挟み、ぐいっと顔を自分に向けさせた。

 青い瞳が戸惑いに揺れている。だが、チキを映していた。


 チキはその目に映れたことに喜んで満面の笑みを浮かべ、彼の首に抱き着いた。


「やっと会えたよぉぉぉぉぉっ」


 それは、男―――ユリウスにとってもやっと会えた気絶しない娘との出会いであった。 


サブタイトル補足

会遇:出会うこと。めぐりあうこと。遭遇。


 似た意味の遭逢と悩みましたが遭逢は人同士の出会いに使っていいのかよくわからず断念…。

 二字熟語は好きだけど意外と難しいですネ。

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