12羽 おしおき
ちょっと閑話的なお話です
チキは反省した。猛烈に反省した。だから、早く誰か助けてほしい…。
義父との対面の後、チキのあまりの言葉に義父フランツは倒れてしまった。
「お義父さんて弱いの?」
チキの中の天秤は強いか弱いか。強いなら挑み、弱いなら助けてやるくらいはする。唯一の例外は騎士様だけ。
チキが倒れたフランツが運び込まれていく姿を見送りながらロランに聞くと、ロランは笑いすぎて出た涙を指で払って答える。
「弱いというか、まぁ、典型的な箱入り貴族だな。あれは婿入りする前はハミルトン姓で伯爵だったんだが、あの通りアルビノだろう?」
「アルビノ?」
「白い髪に赤い瞳。色素の薄い者のことを言います」
リチャードが答える。
「チキも?」
びろんと髪をつまんでロランとリチャードに見せれば、二人は首を横に振る。チキはそういう種類だと説明される。
「アルビノであることを心配した母親が、伯爵になる前も後もあれを外に出さなくてな、俗語に耐性がない」
「俗語って…タマついてるか?」
ひゅおぉぉぉぉっとリチャードから吹雪のような冷気が発せられたのでチキは再び口をつぐむ。
ロランは笑ってチキの頭を撫でてやる。
「まぁ、そんなような言葉だな。婿入りしてから世間に放り出されて大分慣れたはずだが、娘から言われてショックだったんだろうよ」
「そっか…。じゃあ気を付ける。お義父さんは『ほとんど女の子』てことだね」
チキの中で、フランツは守ってあげなくてはいけない人。つまり、『女の子』ということになったのだ。
「どうなればそういう結論に辿り着くのかわからんなぁ」
ロランは首を傾げている。
とりあえず、挨拶はフランツが目を覚ましてから仕切り直し、ということになった。
とそこで、リチャードがすっとチキの前に出る。
「では、話が終わりましたところで、さっそくチキ様には本日の躾、もとい、礼儀作法の授業をうけて頂きましょう」
今、躾って言ったな…
ロランはにこやかにほほ笑みながらも、黒いオーラをまき散らす執事に、ぞぞっと身を震わせる。
ロランは王族だ。現王の伯父で、大公(元・王)の兄である。
元々教育を受けているロランでさえ、昔はリチャードの父親に礼儀作法を叩き直され、泣くことも多々あった。
その親にしてこの子ありとでもいうのだろうか、リチャードがロランに仕えるようになると、ロランの礼儀作法はリチャードの嫌味攻撃により矯正が入るようになり、今ではどこへ行っても恥じない作法を身に着けている。
同い年の主人にも容赦のない実は陰険なリチャードが、あの恐怖の大王であった彼の父親譲りの性格のリチャードが、チキの礼儀作法、特にスラングとも呼べる言葉使いを許すはずがない。
「さぁチキ様、本日はリチャードがチキ様に東方の和の心というものをお教えして差し上げます」
それは地獄の始まりだぞチキ!
ロランは心で叫び、チキに味方したが、口に出すことはできなかった。何故なら、不穏な気配を察したリチャードに蛇のごとく睨まれたためだ。
ロランは蛇に睨まれた蛙となった…。
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そして現在に至る。
タマというのは決して言ってはいけない言葉だと叩きこまれた。それも、東方の和の心という正座なる拷問方法によって。
初めはチキも変な座り方だねぐらいにしか思わず、甘く見ていた。
容赦ない鬼執事は、体重が軽いチキのために分厚い本をその膝の上に乗せ、一言「その姿勢を保ちなさい」といい、そこから礼儀作法の授業が始まったのだ。
だんだん痺れてくる足。
じわじわと足に何かが響いてくると、リチャードは背筋を伸ばしなさいと膝の上の本をポンポンと叩き、チキは軽く悲鳴を上げた。
「しび、痺れるよっ。チキ足が痺れるっ」
「強者は足が痺れたりしませんよ」
リチャードはさらっと嘘を吐く。だがチキにその嘘は効果的だった。
背筋を伸ばし、気合を入れて正座の姿勢を保つチキは、再び授業を真剣に聞き始めたのだ。
リチャードは満足そうにうなずくと、言葉遣いの授業を進める。
チキは鳥頭だが、夢に向かって学ぶ姿勢になると、まるでスポンジが水を吸収するかのごとく覚えが早い。
だが、どんなに吸収が早かろうが、どんなに負けず嫌いだろうが、足が痺れるというのは錯覚にはならないのだ。
「授業はここまでにいたしましょう」
時間にして小一時間。チキは耐えた。が、そこまでだった。
「終わった―!」
叫んだ瞬間、おそらく立とうとしたのだろう。チキはそのまま顔面から床にダイブした。
「ふおぉぉぉっ」
動かしたはずの足が動かず、何とも言えない痺れが足を苛んでいる。
「あぁ、やっぱりか…」
授業が終わったのを報告されて見に来たロランが、四つん這いになり、全身でしびれを現しているかのようにぴくぴくと震えるチキを見て同情する。
同じ目にあったのは何十年前だったか…。
「しばらくは動けんぞチキ」
つんつんと足をつつけば、悲鳴が上がる。
「触るなーっ。今チキに触るなーっ」
涙目で訴えられればちょっと楽しくなるのが人というものである。
「チキ様、言葉遣い」
リチャードがもっとやれとばかりに援護してくれたので、ロランはチキの脚をつんつんと突き続けた。
「うひぃぃぃっ。ごめんなさい。チキが悪い子でした。だから助けてくださいっ」
ロランはリチャードを見上げると、彼はにっこり微笑んで頷き、ロランは突くのをやめた。
「まぁ、これに懲りてこれからは言葉遣いに気をつけねばな」
「淑女教育のための教師を用意いたします」
「うむ。あぁ、それとチキに専属の侍女を付けてくれ」
「かしこまりました」
リチャードはロランの命を受けて退室し、ロランはいまだ涙目でプルプル震えるチキを見下ろして思わず吹き出してしまう。
「チキ、このまま歩けなくなる?」
泣きべそをかくチキはロランに今の不安を尋ねる。
「もうすぐ治る。それまで耐えろ、チキ」
にやりと笑みを浮かべるロランを見ると、チキは切実に願った。
「だ、誰か、チキを助けてぇぇぇ~」
もちろんこの助けに応える者はなく、チキはそのまましばらく床と仲良しになっていたのだった…。




