プロローグ
今度はニワトリ! なぜかニワトリ! なぜニワトリ!?
恋愛に挑戦です…恋愛に… 先は長いです、期待はせずに生暖かく見守ってください!
吾輩はニワトリである。名前はまだない。
農場の片隅でぼへーと空を見上げるのは白の体に、尾羽は黒、赤い小さなトサカを持つちょっと小柄なニワトリである。
卵を産ませるために農場主が買ったひよこの中に混ざっていたちょっと変わり者、というのがこのニワトリのポジションだが、ただ種類が違っただけで、これと言って変わりはない。と本人は思っていた。
実は、このニワトリ、つい先日農場がオオカミに襲われた際にあるものに心を奪われたのだ。
もちろんオオカミではない。
それは…
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数日前
いつものようにニワトリが草をつつきながら過ごしていた長閑な農場の昼。
この農場は王都から遠く離れた辺境の村の片隅にあって、村の人々が卵をもらいに来たり、牛の乳をもらいに来たりする他はほとんど訪れるものがない静かな場所だ。
しかし、その日はなんだか少し様子が違って、農場の主の家の方が随分と騒がしかった。
そのニワトリは警戒心より好奇心の方が強く、てけてけと牧草地を抜けて、ひょいっと人の胸辺りまでありそうな柵を飛び越え、農場主の家の玄関付近へと回った。
漂ってくる香りは、太陽の香りと、牧草の香り、牛の臭いと、嗅いだことのない馬の臭い。それから、ひきつけられるようなさわやかな香り。
物陰からひょいっと頭だけ出して覗き込むと、そこにはやはり3頭の馬がいる。それも、見たこともないような引き締まった体躯の馬達ばかり。
この農場付近で見る馬と言えば、足の太い農耕馬か、辺境の物売りのポニーぐらいなので、ニワトリはバチバチと何度も瞬きを繰り返した。
『なんか用か?』
ぶるるっと首を振り、興奮したように前足で地面をカツカツと蹴る馬の一頭が、ニワトリの視線を感じたらしく、落ち着か無げに話しかけてくる。
『騒がしかったので気になって。どこから来たの?』
『なんだ、ニワトリか』
馬はこっそりと物陰から頭だけ出して瞬きするニワトリを確認すると、ほっとしたのか警戒を解いて落ち着きを取り戻す。警戒心の強い一頭のようだ。
『俺達は王都から来た』
『へぇ。遠いんだよね? 何しに来たの?』
ニワトリと馬の距離は相変わらず。ニワトリは物陰から首を出しているだけである。一応見知らぬものに警戒してますよ、といった風情だ。
「お、ニワトリがいる。あれに興奮したのか、お前」
どうやら馬の視線から飼い主がニワトリに気が付いたらしく、笑っている。
ニワトリの首だけ出した姿は、あちらから見ればひどく滑稽に映るようだ。
ニワトリから見た馬の飼い主達は、見たことのない揃いの服に身を包んでいて、見れば鍛えているのが服の上からでもわかる。彼等はおそらく騎士といった類の人間達だ。
なぜわかるかって? だって農場主が「騎士様」と呼んだのだ。今。
「こんな所ですまねぇすが、どんぞあがってくだせぇ。トニー、馬達を頼む」
頼まれたのは農場主の息子だ。まだ10歳程度の少年が「は~い」という返事と共に元気よく家から飛び出してきた。
「じゃあ、俺が一緒に行くよ。トニー、案内してくれるか?」
先ほどニワトリを発見した、騎士の中でも見た目が軽薄そうな男が、子供だけは危険とトニーの後に続いて大きな馬の手綱を引いていく。
このままでは話が聞けないとばかりにニワトリは慌てて物陰から飛び出し、後をついていった。
「あ、尾黒」
トニーがニワトリに気が付いて足を止めた。
尾が黒いから尾黒、安直なネームセンスだ。
「また逃げ出したのかー」
「へぇ、よく逃げるんだ?」
「うん。しょっちゅう。柵を越えていろんなところを出歩いてるの。村の先にいたこともあるよ」
男が振り向けば、ニワトリがどうよとばかりに胸を逸らしつつ歩いている。その姿に思わず笑みが浮かんだ。
『ねぇ、何しに来たのー?』
ニワトリは馬から少し離れたところをついていきながら馬に話しかけると、馬は少し煩わしそうに首を振った。
『探し物だ。小娘には関係ない』
『ふぅ~ん。でもさ、騎士ってあれでしょ? お姫様を迎えに来るって』
『何の話だ』
『村の子達が言ってた。“私は実はお姫様でいつかお城から騎士様たちが迎えに来る”って~』
『よくある夢物語だな』
他愛ない話をしながら着いたのは厩舎だ。ただし、農耕馬用の厩舎なので、初めて見る馬の姿に農耕馬達が落ち着か無げに鼻を鳴らす。
「喧嘩にならないか?」
厩舎の雰囲気に騎士が問えば、トニーは全く気にも留めずに空いている場所に馬達を入れていく。
「大丈夫。尾黒がいるし」
何が大丈夫かと問いたいところだったが、トニーの余裕の理由はすぐにわかった。
ニワトリが厩舎での指定の位置といった通路の中央に置かれた藁の上まで歩くと、「コケ」と小さく泣き座り込む。その瞬間厩舎は静かになったのだ。
これには騎士も驚き、思わずといった様子で自分達の馬を見てしまう。
「尾黒は農場の動物との戦いに勝ってるからボスなんだ」
騎士がまたもニワトリを見れば、ニワトリは「コケ」と小さく言って口を少し半開きにしたまま固まった。
しばらく睨みあう両者。
だが、ニワトリはそのまま寝てしまい、ただ寝たかっただけだと悟った騎士はなぜだかがっくりと肩を落とした。
そして迎えた夜。
べつに夜を迎えようと思って昼寝したわけではないニワトリ。ただ単に寝坊して、起きたら夜だった。
『あー失敗』
お腹もすいたし草をつまみつつ鶏小屋へ帰ろうかと、目が覚めた酔いどれ親父のようなことを考えつつ、よっこいしょと立ち上がったところで、ピタッと動きを止めた。
嗅ぎ慣れた生臭い臭いは、ここにいる動物達の物でなく、凶暴な・・・
「コケーッ!」
小さいながらも大音量で鳴けば、見つかったとばかりに厩舎の入り口から飛び込んでくる狼達!
敵は騎士達の馬の臭いを嗅ぎつけ、狙い定めてやってきたのだ。その数8!
農場最強のニワトリも真っ青になる事態だ。
だが、ニワトリは戦う。
敵の牙を擦れ擦れで避け、その顔にキツツキのごとく嘴連続攻撃を与え、圧し掛かり攻撃はオオカミの頭上へと飛び上がり、その頭にケリを入れた。
が、8匹はさすがに厳しかった。善戦むなしく、ニワトリは抑え込まれ、オオカミの餌に成り果てようとしていた。
「よくやった」
その低い声は動物たちの本能に直接危険を訴えかけた。
狼は声の主の蹴りの一撃で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
一気に高まる緊張。
唸る狼。
解放されたニワトリはむっくりと起き上がり、月明かりに照らされる巨大な影に身を震わせた。
並みの獣よりもしなやかに動く体。狼達を圧倒する空の青をした瞳は鋭く、ゆらりと舞う金の髪は月明かりに照らされて、まるで月の神のよう。
ニワトリは、剣すら抜かずに狼を打ちのめす男に、一瞬で心を奪われたのだ――――――
そうして始まったニワトリの恋
まだ名前すらない彼女の恋が、彼と彼の周囲に波乱を呼ぶことなど、この時はまだ誰も予想だにできなかった――――――
ニワトリはカツラチャボという種類です。見た目がキレイ。