魔法の武器
5/6 勇者支援官6日目
日課のトレーニング、日課の師匠の真似事、その後の朝食。そこにサイモンがふらふら現れた。少し痩せたか?げっそりした顔には目の下に隈ができている。
「サイモン、久しぶりだな。4日ぶりか、何してた?」
サイモンが俺の前に座り、テーブルに突っ伏した。
「う・・・・行軍訓練で伝承の町まで行って、今帰ってきた。お前のせいだ。」
「何でだよ!理解できるように説明して欲しいな。」
「この間ここで大盤振る舞いしただろう。あの後、隊長にばれて大目玉だ。どう考えてもお前のせいだ。」
ひどい言いがかりだ。勝手に俺を肴に酒盛りを始めたのはサイモン、お前だ。
「あほか、全部自業自得だ。でもまあ徒歩3日で、転移の魔法で戻ってお釣りが来る日程だろう、どうしてそんなに疲れている?」
「違う、違うんだ。往復で4日、しかもフル装備、物資無しで一個中隊の行軍。しかも俺が中隊長で全員任せたって俺達だけで行かされた。死ぬかと思ったぞ。」
「なるほど、それはすごい。たるんだ馬鹿にはちょうどいい。」
この城の軍組織は次の通りである。小隊長が3人の部下を率いて一個小隊。それを4隊で一個中隊。一名が小隊長と中隊長を兼任する。同じく4部隊をまとめて大隊とする。この頂点に立つのが近衛騎士隊長である。つまり近衛騎士は64名しかいない。ただそれだけでは足りないので、その下に4倍の人数の騎士も存在している。さらに必要に応じて民兵を雇うこともある。
先の戦いで近衛の約半数が失われ、かつ先の近衛隊長も無くなったらしい。その後就任した今の近衛隊長は当時生き残った最高位で、身分などうるさい近衛の中ではめずらしい叩き上げだ。普段は結構気さくな人だが怒ると相当怖いようだ。
行軍訓練、総員で隊列を組み目的地までひたすら歩く。ただし今回は通常のものとは違った。まず鉄の剣、盾、鎧を着込み、更に野営用の荷物を背負う。総重量は約50kgぐらい、俺には絶対無理だ。さらに最低限の水しか持たず食料は現地調達、もし手に入らなければ食事無しの過酷な行軍だ。もちろん魔物は出現する可能性はある。まあ殺気だった16人の兵士を襲ってくる魔物はいないだろうが、それでもずいぶんときびしい。
「今日は一日休息が許された。部屋帰って寝る。」
サイモンがふらふら出て行った。
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近衛騎士隊長に聞いてみたいことがあって近衛控え室に来ている。普段より人数の減ってはいるが、それでもたくさんある白い目を無視して進むと、扉の開いたままの隊長室を形式上ノックして入室した。
「聞きましたよ、アイゼンマウアー隊長。」
「何をだ?ケルテン特務隊士。」
近衛隊長も心なしかやつれている。やっぱりな。
「行軍訓練ですよ。大変でしたね。」
「ふん!たるんだ連中を引き締めただけだ。私はなにもしていない。」
「そうですか。では隠れてついて行ったのは秘密ですか?」
「知らん、なんの話だ。雑談ならまた今度にしてくれ。書類仕事が溜まっている。」
この人なりの照れ隠しだ。しかし語るに落ちてるよこの人。
「まあそういうことにしましょうか。では本題に入ります。勇者について聞きたいことがあってきました。」
「勇者か、私に答えられることなら答えよう。」
「ええ、先日落第勇者に言われまして、お前が勇者やれってね。これは駄目ですか?」
「駄目だ。」
まさに即答、一切考えることもなく答えが返ってきた。
「即答ですね。不足しているのは力量ですか?それとも器量ですか?結構自信があったのですが?」
「そのどちらででもない。近衛、騎士を含む正規の軍人は勇者にはなれない。」
「なぜ?聞いてもよろしいですか?」
「ふむ、ここからの話は極秘になるがよいか?」
「結構口は堅い方です。」
「よろしい。少し話しが長くなる。あちらで話そうか。」
隊長は部屋の扉を閉めるとソファに腰掛けた。隊長が座るまでは立っている。
「まあかけてくれ。」
「はっ!では失礼します。」
「ではさっきの話だが、ローゼマリー王女が誘拐された件と関わりがある。」
「話の先がみえませんが?」
「そう結論を急ぐな。その後魔王側より秘密裏に交渉があった。」
「交渉ですか?身代金とか、降伏勧告ですか?」
「君は頭の回転が早すぎるな、まあ聞け。そうではなかった。あちらの要求は一つ、双方の軍事活動の停止。」
双方の軍事活動の停止?それが本当なら魔物に襲われて死ぬ者はいないだろうし、こちらから勇者を派遣する必要はないはず。だが実際には町から外に出れば魔物は襲ってくるし、5日程前に新たに勇者を派遣したことは記憶に新しい。
「はあ?でもまだ対立は続いてますよ?
「そうだな。詭弁、茶番の類だ。」
「政治的駆引き・・・ですか?交渉は大臣がなされたので?」
「そうだ。先の戦でこっちもかなりの犠牲があったが、あちらも結構な損害があったらしい。砂漠都市を落としたとは言え、魔王側が何かを手に入れたわけではない。」
「なるほどこの城は必死の攻防で追い返し、城塞都市は城壁とゴーレムで、湖上都市は湖とちょっとした小細工で侵攻を止めた。」
「ほう・・・やはりお前の仕業か?」
「何の話です?まあ街が無事だったのです。よかったではないですか?」
湖上都市を守る為に十分な防衛を事前に取っておいた。陸路を遮断し湖を越えてくる魔物を飛び道具で倒すだけの簡単なものだがそれでも十分に役立った。このことは城には秘密である。武器を揃えて王朝に背くことができると思われるのは、本意ではない。
「よい、そういうことにしておこう。それで、これは想像の域をでないがあちら側はこちらの最大の利点を潰すのが目的と思われる。」
「最大の利点ですか?」
「分からぬか?個々の強さでは我ら人間と魔物どっちが強い?それが分かれば答えはおのずと出てこよう。」
「なるほど・・・個々の強さに自信のある魔物は人間の集団連携を恐れ、封印した。」
「そうだ。王女の命を盾に取られてはこの要求を呑まずにはおれなかった。」
「では今現在暴れている魔物は軍事行動ではないのですか?」
「それが詭弁だ。あちらが言うには個々の魔物全てが言うことを聞くわけではない。魔王様の崇高な深慮が理解できぬおろか者がいないとも限らないと。」
「ひどい詭弁ですね。主は知らない、馬鹿が勝手にやっているだけだとはね。それでこちらも同じ様なことが起きているだけだと言い張っている。」
「そうだ。だからお前は勇者にはなれない。2ヶ月前ならなんら問題なかったのだがな。」
「じゃあ今止めて勇者になるのは?」
「それも駄目だ。忘れたか?お前は3年10万Gの契約金でここにきたのだぞ。」
思わず天を仰ぎ見た。そういえばそうだった。
「去年の湖上都市が大変だったのは承知しているが、残念ながら契約は契約だ。あきらめろ。」
「もしかして3年後がないかもしれないのに?」
「そうならないようお前はお前の仕事をしろ。有望な勇者を育成しているらしいじゃないか?」
「お耳に入ってましたか?有望かどうかはこれから分かります。駄目なら放逐します。死なれると目覚めが悪くなりますから。」
「さて話は終わったようだな。飲み物を用意させる。誰かある!」
それから二人でしばらく武術談義に花を咲かせた。
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茶の一服の合間にふと隊長の剣が目に入った。近衛騎士の持っている派手な装飾とは違うが、別の意味で派手で華美な装飾がされている。
「アイゼンマウアー隊長の長剣は支給品ではありませんね。ちょっと見せてもらってもよろしいですか?」
「そうだな・・・お前の刀とやらを見せてくれるならいいぞ。」
互いに腰から武器を外して交換した。俺のは刃渡り80cmの大刀だが余計な装飾は一切ない。
「すごいな、これはまるで剃刀のようだ。どこで手に入れた?」
「特注です。仔細は秘密です。この長剣もすごいですね。全てがミスリルでできていて魔力も感じられる。由来を聞いてもよろしいですか?」
「秘密だ・・・ふっ!冗談だ。一族伝来としか聞いていない。代々雇われ戦士の家系にはすぎた一品だが気に入っている。」
結構古い。拵えの様式からすると多分これは・・・確認してみるか。
「代々と言われますが、どの程度遡れますか?」
「家系図があるわけではないから詳しくはわからないが、500年は遡れるらしい。」
500年前、勇者のいた時代だ。当時どころか今のこの地にこの剣を作る技術はない。だとすると、この剣を持ち込んだのは勇者一行に違いない。
「分かりました。この剣の銘は豪炎の剣、勇者に付き従った戦士の一振りです。間違いはないかと思います。」
「なんとそのような謂れがあったとは・・・。」
「試したいことがあります。時間を頂いてよろしいですか?」
「ああ、ここまで聞いたら全てを知っておきたい。」
「ではここでは狭いので訓練所に行きましょう。」
近衛隊長と俺は数名の兵士を引き連れて城の中を通って訓練所に向かった。すれ違う者が何事かと目をみはっている。俺達の緊張が伝わっているようだ。
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訓練所についた俺は木偶を4つ横に並べた。
「この剣には特別な力があるはずです。」
木偶から10mほど離れて構えた。俺の後ろには近衛隊長を先頭に人の山ができている。
「Magna Flamma(大火炎)」
そう言い放ちながら剣で弧を描く。俺から的の4つの木偶まで巨大な炎が伸びた。木偶についた炎はしばらく消えない。自然に火が消えた頃、歓声が上がった。
「なんだ今のは!」
「あんな魔法みたことないぞ。」
俺は振り返ると豪炎の剣を隊長に返した。
「お返しします。間違いありません、豪炎の剣です。大事にして下さい。」
「嗚呼、なんと言っていいか分からないがありがとう。本当にありがとう。」
「その武器を持つに相応しい人がその武器を持っている。当たり前のことです。」
俺と隊長は感動している。
「おい!今のはなんだ。説明してくれ!!!」
外野うるさいな。せっかくの感動のシーンを邪魔するなよ。今二人は勇者の時代を旅していたのだ。だが収拾がつかないようなので説明することにしよう。
「これは豪炎の剣といいます。勇者につき従った戦士の剣で、剣に宿る魔力を先程の様に放つことができます。炎の剣と同じようなものです。正確に言うと炎の剣はこの剣のレプリカですね。だから宿る魔力が小さい為、小さな火の効果しかありません。」
「なんでお前にそんなことわかるんだよ。見てきたわけでもないのに!」
「文献を読み、正しく推理する。それで分かることもあります。隊長には後でパワーワードを記述してお渡しします。」
ここで俺は手をパンッ!と叩く。
「はい、余興はもう終わりです。皆さん、仕事にお戻り下さい。いつまでも遊んでいると地獄の行軍訓練が待ってますよ。ねっ!アイゼンマウア-近衛騎士団長どの。」
俺は片目を瞑って、隊長に話しかける。それで皆蜘蛛の子を散らすように散っていった。しかし、その中から女性の声が飛んだ。
「ちょっと!こっち来なさいよ。」
マギーだ。何時のまにかいたマギーが俺の腕をとって強引に引っ張る。周りの視線を全く気にしないで俺の手を引いて歩く。目立って仕方がない、勘弁してくれよ。
「何?もしかして怒ってる?」
「うん、怒ってる。私のいないところで知識を披露しないで!」
「何それ?どんな嫉妬の仕方だよ?」
「いいの!皆が知っていて、私だけ知らないなんて許せない。」
「わかった、わかったよ。じゃあ詳しく説明するから先に図書館に戻っていてくれ。」
「いいわ。でも絶対に逃げないでよ。」
「逃げないよ。じゃあまた後で。」
俺は一旦マギーに別れを告げると自室に戻って荷物を漁った。確かどっかに片付けたはず。