別の勇者
5/5 勇者支援生活5日目
あれから3日が過ぎた。物見の水晶球で確認した勇者ガルドはラオフ近郊で狩りをしている。まさに狩りだ。両手持ちの斧を振って、当たればほぼ一撃でことが済んでしまうとはすごい膂力だ。もしかすると力はSランク、期待できるかもしれない。城に戻ってきたら面談することにしよう。
さて我が弟子アレフだ。朝一で俺の部屋にやってくると、ぜひ見て欲しいことがあるとうれしそうに言った。それで訓練所に来て、今俺の目の前で素振り100本10セットを終わらせた。
「これは驚いた。まさか3日でできるようになるとはね。」
「その気になれば20セットでも30セットでもできますよ。多分。」
まじか。才能って怖いね。多分って言ってるけど嘘だ。やったんだ。無茶をする。筋肉は大きな負荷をかけた後、十分な休息を与えることでより強くなることは経験則で分かっている。その休息を治癒の魔法によって加速させるのがこの訓練の最大のからくりだ。
「よしっ!ではそこの木偶を斬ってみろ。」
アレフは木偶の前に立つと鉄の剣をすらりと抜く。そして構えから一気に振りぬくと即元に戻す。元に戻した後、得意げにこちらを見た。俺は斬られた木偶に近づき確認する。麦わらを切り裂いて芯棒を抉っている。もし人の腕なら骨までいってるだろう。
「合格だ。わざわざ言わなくても自分で分かっているようだし、次のステップへ進むか。」
「はい!一ついいですか?」
「何?何か分からないことでもあるのか?」
「違います。ケルテン師匠が斬るのを一度見てみたいのです。」
「俺が?」
「はい!」
俺は頭をぼりぼりと掻きながら答える。
「あ~なんか気が進まないな。後で怒られるんだ。備品を大事にしろ!ってね。」
「はあ?」
「そうだろうね。そういう返事しか出てこないよね。分かった、一度だけ見せるよ。」
刀を抜いて中段に構え、気合と共に斬りつける。そして残心。刀を納める頃、袈裟がけに斬られた上半分がすべり落ちた。アレフの顔が壊れた木偶と俺の顔を往復する。木偶に駆け寄るとその切り口を眺めた。
「もうやらないよ。もったいないからね。」
「どうやったらこんな斬り口になるんですか?私にもできますか?」
「無理、武器が違う。君の武器は叩き斬る武器、俺のは斬る武器。振り方も全く違う。だから同じことができる必要はない。」
「でもそれ使ってみたいです。」
「駄目、さっきも言ったように振り方が違う。君の振り方で使うと折れる可能性がある。これは力の弱いのをカバーする為に特注した俺だけの武器。だから駄目。」
「そうですか・・・。」
アレフが露骨にがっかりした顔をした。フォローをしておく必要があるな。
「そう残念そうな顔をするな。純粋な力ならアレフ、君の方がずっと強い。俺の力はC評価、君はB評価、しかもまだ伸びしろがあるからもしかするとA評価もありえるかな?」
「A評価、B、C???なんですか?それ。」
「ああ俺独自の評価だ。力や素早さを大体5段階でする評価だ。もちろんAが上でEが一番下だ。」
「はあ?」
「ちなみに君はB、B-ってところだ。伸びればA-、Bぐらいになれるかもしれない。」
「そのマイナスってのは?」
「ああ、同じBでも幅があるからね。Aに近いBはB+、Bに近いAはA-と表現しているだけ。まあ人はその日の体調や心理で多少上下するから参考までの評価だ。」
「面白い評価基準ですね。考えたこともなかったです。それでケルテン師匠は?」
「俺か?まあCてとこかな。結構鍛えたけど力はこれ以上伸びなかった。素質の問題らしい。ちなみに力Cは鉄のフル装備ができるぎりぎりぐらいだ。本当は攻防バランスのとれた剣と盾、鎧と装備したかったけど、素早さが犠牲になるから俺は諦めた。」
「なるほどよく分かりました。この装備が僕には適していると言うことですね。」
「そういうこと。では次のステップだ。まず武器を納めて両手を下げ自然体で立つ。」
アレフは言われたとおり立った。鉄の剣は腰に納められ、左手の盾は逆さまになる。盾は左上腕部に固定されている為、使用時には左手で握り手をつかみ、腕を上に曲げなくてはならない。
「まずそこから抜剣しつつ斜め上に斬撃。」
アレフはシュパッと音を立てて抜き撃つ
「次、いつもの斬撃、即納剣。」
残撃はいいが納剣でもたつく。まあそんなところだろう。
「これを100本。シュパッ、シュ、シャキーンぐらいのタイミングでできれば完璧。ああ剣を納めたら必ず自然体に戻る。」
「むずかしいですね。手本を見せてもらっていいですか?」
「いいよ。」
おれは自然体から居合いで右斬り上げ、振り上げた所で両手持ちで袈裟懸け、そして納刀。自然体に戻した。ん!今一瞬殺気を感じた。
「流れるようですね。武器を戻すことの意味は?」
「ああ、ちょっと待って。そこの影にいる方、見るならこちらでどうぞ。ここは訓練所です。見られて困ることはありません。」
俺が声をかけると、建物の影から体格のいい大男が出て来た。
「わりぃわりぃ。別に隠れてみるつもりは無かったんだがな、なんか昔師匠に教えられたようなことやってるから思わず脚が止まった。って、おい!お前学者じゃないか?久しぶりだ。」
「もしかして達人?2年ぶりくらいですか?」
こいつはサバイバルの達人、俺がつけたあだ名で俺にあだ名をつけたのもこいつだ。野外生存術と薬草学が得意な武闘家。ノイエラントを旅してまわった時、よくつるんで冒険したのはいい思い出。互いに右拳を当てて挨拶をする。
「なんであなたがここに?」
「おまえこそ?」
「今月から大臣の下で勇者の支援をやっています。」
「奇遇だな。俺はその勇者をやっている。2月からだ。」
「あの~すみません。」
いかんいかん。あまりに懐かしくて自分の弟子を忘れていた。
「アレフ、紹介します。彼はガイラ・ガラ・ライガ、古い友人です。無手で闘う流派の末裔です。ガイラ、彼が私の弟子のアレフです。彼も勇者です。まあ見習いですが・・・。」
「なるほどねえ。しかしまあお前さんが勇者担当とは・・・驚きだ。しかも弟子まで取っている。」
「いえ。ちょっとありましてね。推しかけ弟子というかなんと言っていいやら。断れなくてですね。」
そこにアレフが口を挟む。
「挨拶が遅れました。師匠ケルテンの弟子アレフです。よろしくお願いします。」
「おう!俺はガイラ。武器も持てねえ、魔法も使えねえが拳一つで勇者をやってる。しかしまあお前さん見る目あるよ。いい師匠もったな。」
「私もそう思います。ガイラさん。」
「アレフ、俺のことはガイラでいい。さん付けされると背中がむず痒くなる。」
「分かりました・・・ガイラ。」
アレフが不器用にガイラを呼び捨てで呼んだ。
「おう!それでいい。しかし学者よ。さっきよく俺がいたのに気づいたな。そっちからは見えない位置だったはずだが?」
「さっき刀を抜いた瞬間、殺気を感じました。」
「ああ、一瞬反射的に構えた。斬られるかと思ってな。知らなかったがお前さん、武器が使えたんだな。一度お手合わせ願いたいものだ。」
「嫌です。この武器は人に向けて抜く物ではありません。それにまだ授業の続きがあります。アレフ、武器を納める理由を聞いていましたね。」
まだガイラの目が戦いたがっている。ここは強引に話を戻すことにした。
「はい。戦闘が続いているならそのままでも良さそうですし、終わったならそれこそ急ぐ理由は無いとおもいますが?」
「もっともな意見だね。でもアレフ、君は武器を持ったまま魔法を使えるのか?」
「無理です。僕は右手が空いていないと魔法は使えません。」
アレフは右手を前に突き出すと魔法を放つ振りをした。
「だろうね。だから武器を納める練習をする。まさか魔法を使う度に武器を棄てるわけにはいきませんから。」
「そうですね。今までは戦闘中に魔法を使うことがありませんでしたから。」
「これは私独自の解釈だから、他にやってる人はいないでしょう。でもやって損はない。じゃあ練習を続けて。」
アレフは練習を再開した。やはり納剣にもたつく。これだけは慣れないと難しいだろう。俺とガイラが暖かい目で見守る。数回繰り返してアレフが手を止め、こちらに振り向いた。
「質問です。毎回自然体に戻す理由は?」
「ああ、覚悟の問題だ。うちの流派では常在戦場とも言う。」
「ジョウザイセンジョウ?」
「常に戦場に在りって意味ですよ。如何なる時も戦うことができる心掛けの一つです。」
「そうだ、気ぃ抜いてると死んじまうぞ。」
ガイラはそういいながらアレフに向かってとことこ歩く。そして直前で流れるような正拳突き。もちろん顔面に寸止め。
「わっ!」
「もし今のに対応できたら、私からは免許皆伝です。それとガイラ、私には止めてください。反射的に刀で受けてしまいそうです。」
そういいながら刀を半分抜いて目の前に鞘ごと構えて見せた。ガイラがむぅと唸る。
「ではアレフ、後は自分で練習して下さい。とりあえず一週間にはいつもの素振りを10セット、その後にこの練習を10セットができるようになっているといいでしょう。ではガイラ、積もる話もありますからあちらで話しましょう。お茶ぐらい出しますよ。」
アレフを放っておいて2人で食堂に向かって歩く。ガイラが軽口を叩いた。
「しかしまあ、お前さん鬼だな!」
「何が?」
「何ってさっきの鍛錬だよ。ありゃきついぜ。根をあげても知らないぞ。」
「いつでも止めていいと伝えてあります。ただ今のまま放り出したら死にます。そうなる前に勇者を止めさせるか?自分で強くなるか?それだけです。」
「優しい鬼だな。」
「優しい鬼ですか?確かにそうかもしれません。でもそれが分かると言うことはガイラの師匠も相当な鬼だったのですね?」
「ああ、あれは確かに鬼だった。当時は優しさなんて欠片も感じなかったが、今から考えると優しかったのかもしれん。」
それからしばらくの間、積もる話は止まらなかった。