魔法談義①
厄介になると思われた今日の予定が半日ほどで終わった。残った時間は図書館で消費する。
城の1階にある王立図書館。ここには美人の司書官がいる。彼女は宮廷魔術師を兼任していて、馬鹿は嫌いと公言しているにも関わらず近衛騎士やら貴族のぼんぼんの来館に頭を悩ましている。
「マギー!今日は来れたよ。」
俺は軽口を叩いて入館する。ここ一ヶ月毎日通っていたが昨日は来ることができなかった。しばらくここに来る機会はぐっと減るだろう。では今日のうちに俺なりの研究結果を教えてやってもいいかな?
「ケルテン!もう昨日はどうしたのよ。ずっと待ってたのよ。」
待ちわびていたのか図書館の主が俺を迎え入れた。彼女の名はマギウス=J=フォン=ヴィッセンブルン。彼女は代々伝わる魔法使いの家系で、彼女自身が伯爵号を持つ当主でもある。もっとも当主になったのは半年前の戦乱で当主であった兄を失ったせいであり、その際に代々の当主の名前でもあるマギウスの名を継ぐことになったと聞いている。男の名前なので仲のいい者は愛称であるマギーを使用する。
「おいおい!聞いていないのかよ。勇者査察官に任命されたんだ。さっきまで大変だったんだぜ。」
マギーが抱きついてくる。この人は自分が美人な自覚がない。おまけに胸が大きいのも気にしていない。俺はどきどきを通り越してばくばくしている鼓動を抑えるのに必死である。照れくさいのを隠すように文句を言う。俺の鉄の剣が大きくなる前に放してくれてよかった。
「それね、馬鹿どもが言ってたのは。」
「俺がここに来なくなるなんて無いよ。まだ読んでいない本がいっぱいあるしね。」
俺がこの城に来た最大の理由がここにある。この図書館には門外不出の文献がいっぱいある。地方に伝わる伝承だけでは限界がある。この城に来たのは歴史と権力に埋もれた伝承を掘り起こす為と言っても過言ではない。
「わたしは?」
マギーは怒ったように言った。
「いや君に会えるのもうれしい。また魔法談義ができるし。」
「じゃあその魔法談義で許してあげる。」
そう俺が気に入られているのはその一点に尽きる。彼女は二言目にはかつて魔法使いは天を地を人を思うように操れたはずと言って今の魔法に満足していない。実は最初にこの図書館に来た時はほとんど相手にしてくれなかった。毎日のように古文書を読む為に通う。本を汚さないで、必ず元に戻して、それだけが会話だった。一週間ぐらいして俺の読んでいる本が彼女には読めない物であることに気付いた。それからは人が変わったように俺に近づいてきた。今は愛称で呼ぶ関係である。
「OK!じゃあ準備するからそこで待ってて。できれば飲み物を用意してほしいな。」
図書館を歩き回って幾つかの本を持ってテーブルに付く。マギーは不器用にお茶を入れている。大体いつもの通りだ。
「じゃあ始めようか。今日は俺の推察したことについてだ。 まず第一に魔法が正しく伝わっていない。」
「全く意味が分からないわ。」
「そうだろうね。俺も同じこと聞いたらそう答える。じゃあこれ見て。」
俺は本を取って挿絵のあるページを開く。挿絵には火炎の魔法を使う魔法使いと説明書きがある。また別の本を取って開く。こちらにはの魔法の説明がある。
「これが何?火の魔法の説明でしょ?」
「この絵をよく見て・・・魔法で大地を焼き払ってるだろ。」
「そうとも見えるね。」
「じゃあ、君の魔法で同じ事ができる?」
「無理ね。火球が出るだけ、こんな風に焼き払うことはできない。」
「次,ここには火球の魔法と火炎の魔法は別種の魔法であると書いてある。そんな魔法あったっけ?」
この質問にマギーは首をかしげる。斜め右上を見上げながら何か考えている顔はとても美しい。
「知らない。私達が知っている攻撃魔法は炎の魔法と雷の魔法の2つだけ。他のは伝承でしか聞いたことないわ。」
そう、お伽話の勇者達が操った魔法は大地を焼き払い、天から雷を落としたとされている。そんな魔法は伝承されていないが長年に渡る研究の末、俺はそれらにたどり着いていた。今から初めてそれを誰かに伝えようとしている。
「次に魔法の詠唱内容について、これは意味の解からない言葉を丸暗記して詠唱している。そうだよね?」
「そうよ。はるか昔勇者一行から教えられた魔法は口伝のみね。」
「この世界には本来魔法技術はなかったと思っている。そこにそれらを自由に操る大魔王たちがこの地を征服した。そして同じく魔法を駆使できる勇者が光臨して大魔王を倒した。このとき少しの魔法が伝授された。」
「だめよ!その名前を口にしてはいけない。」
「なにが?大魔王のこと?本当の名前も知らないのに!」
「やめて!呪いが・・・何か悪いことがおこるかもしれないじゃない。」
「わかった。その名はもう口にしない。俺が悪かった。」
今現在、大魔王の名は伝わっていない。大魔王と口にすることすら禁忌とされている。口にすることで蘇るかもしれないと無意識に恐れられている。口にする時があるとしたら子供を叱る時だけである。悪いことをすると大魔王が現れる。陳腐な言葉だ。
「話が逸れたね。考察を続けよう。魔法の詠唱文の一小節目についていくつかの魔法は同じである。ならこれらの魔法には共通点があるはずだ。」
またマギーが首をかしげている。この顔が見たくて俺は毎日のように魔法談義をしているようなものだ。
「わかった。消費する魔力ね。数値化はされていないが消耗が近い。」
「正解!まだ魔法を覚えたての頃やらなかったか?自分は小治癒の魔法を一日に何回使えるか?小火球なら、眠りの魔法ではどうだろうかって。」
「やったわ。最初小治癒の魔法は2回しか使えなかった。でも火球は4回使えたわ。小治癒が3回使えるように成ったら小火球は6回使えるようになった。小治癒の魔法は小火球の2倍疲れるって言ったら大人が驚いてた。」
「またまた正解。ちなみに具体的に数値化すると俺数値だが小治癒は4魔力、ここの共通する4つの魔法は2、明かりは3、脱出は6、転移は8、治癒は10、雷が5だ。」
「ちょっと待って、記述が間に合わない。もう!ここに書いてよ。」
「了解。じゃあその共通する3という部分が詠唱する文節にあるか?」
俺はさっきの消費魔力を紙に書きながら質問する。またマギーは俺が好きな顔で考えている。
「うん。あるわね。」
マギーの目が輝いている。ちょっと俺は意地悪をする。
「さて、じゃあ次の質問。今俺は答えを持っている。君はその答えを教えて欲しいか?」
「駄目!そんなカンニングみたいなことはしたくない。」
「OK!じゃあヒントをあげよう。詠唱2小節目3小節目の一部分は全ての魔法でほぼ一致する。さてこれはいかに?」
「もういいわ。自分で解明してみる。時間はあるから。」
この勝気な感じもたまらないな。多分答えを教えたら二度と口をきいてくれないだろう。手元の紙に詠唱文をかきながらうんうんうなってる。俺も昔やったな。現在伝わっている魔法の発音と発掘した魔法の書を見較べるのだ。数ある魔法の詠唱文の解読は大変だった。数ある魔法・・・そういえば開かずの間・・・あっできるかもしれない。
「そうだ。例の開かずの間、試してみていいかな。」
「はあ?あんた何言ってんの!昔から該当する鍵も見つからないし、有名な鍵師でも開けることはできない。だから開かずの間なのよ!」
ここには開かずの間がある。勇者の時代より一切開けられていない開かずの間。鍵も無く万能鍵である魔法の鍵でも開かないから放置されている。その前には古い箱などが詰まれていて無いものとされている。
「やってみたいことができた。もし開いたら報告する?」
「う~ん・・・しない。ここが騒がしくなるのは嫌!馬鹿が増える。」
「だよね。報告の義務はないし。じゃあ荷物をどけようか。」
それから小一時間、埃まみれになって荷物をどけた。
「もう!埃まみれ。これで開かなかったら荷物は自分で戻してよね。」
「分かった。でも開いたら戻すのは手伝ってくれるってことだよね?」
「うっ!そう来る?いいわよ、それでいい。」
扉の前に立って鍵穴を確認する。魔法の鍵にあう大きさよりずっと小さい。しかもやたら複雑な形をしている。鍵を探していたから開かないのだ。閉めたのは勇者達に違いない。ということは閉めた鍵は失われてない。ならば、使う魔法は。
《俺はMPを1消費する、魔力はマナと混じりて万能たる力となれ
おお、万能たる力よ、全てを開ける鍵となれ。》
「Reserans(解錠)」
カチッ!シリンダーが400年ぶりに音を立てた。
「何?今の魔法?」
「遺失魔法の一つ開錠。教えて欲しい?」
「意地悪ね。でもまだ駄目、今の私ではまだ早い。」
「君の意見を尊重するよ。じゃあ入ってみようか?」
5世紀の封印が今解けた。そこにあったものは・・・埃だった。そうだよね。500年も密閉しておけば埃ぐらい溜まるに決まっている。後ろではマギーが布で口を押さえていた。
「掃除をしないととても調査できないね。」
「そうね。でも誰がやるの?」
「そりゃあ俺達だ。他の人を入れるわけにいかないし。」
「じゃあ。新しいローブ買ってよね。汚れちゃうから。」
「いいよ、昔遺跡で見つけた絶対汚れないローブを進呈しよう。」
「やった!でもあんた一体何者なの?剣では近衛隊長に匹敵し、魔法を使えばまるで勇者につき従った賢者の様。」
「俺は戦う考古学者ケルテン。それ以上でもそれ以下でもないよ。」
「戦う考古学者・・・いいわね、その称号。あなたらしいわ。」
それから埃を取るだけで2時間かかった。マギーのロ-ブの袖は埃で真っ黒、二人とも頭が埃で真っ白だ。それで見つかったのは数冊の本と、小さな宝箱一つ。
「ねえ!なんか開かずの間にしてはしょぼくない?こんなに苦労したのよ!」
「それはこの宝箱の中身見てから決めようぜ。」
そう言って10cm立方ほどの宝箱を空けた。中には紫色の布に包まれた鍵一つ。持ち手から伸びるただ一本の棒だけで一見してどんな鍵にもあうことはなさそうである。
「何これ?鍵にしては何の突起もないわね。使えるの?」
「そうだね。見た目は唯の棒みたいな感じだけどね・・・」
俺はそう言いながら先端を手で触ってみる。やはりそうだこの金属は不定形でいかなる形にでも変化する。
「うん。間違いない、。いかなる錠でも開けることのできる秘宝。勇者が所有していた鍵で魔界の金属と人間の技術の粋を極めた究極の鍵だ。」
「え~!でも開かずの間の中にあったら意味ないじゃない?」
「そうだね。だけどそれ故にここに置いた勇者の意思が感じられるね。きっと勇者はこの鍵もこの世界には不必要なものと判断したんだ。」
「この鍵も?どういう意味。含みがあるわね。」
「鋭いね。一字一句に引っかかるとは。」
マギーはその豊かな胸をはって言う。
「馬鹿にしないで!これでもこの城で一番の賢者って言われたこともあるのよ。」
「まあ賢者ってのは誇大だね。」
「単なる比喩表現よ!それはそうと話を逸らさないで。」
「ごまかせないか。うんじゃあまた俺の推察なんだけど勇者達は可能なのに魔法や技術を伝承しなかったと思っている。」
「なんでよ、技術は伝承するべきでなくて?」
「うんそうだね。君は善良で平和な人だからそう言うと思ったよ。」
「どういう意味よ!また馬鹿にしてるでしょ!!」
「いや褒めてるんだ。その考え方を忘れないで欲しい。」
おれは肩をすくめて言う。
「ならいいけど、でも説明して!」
「例えば大人数を即死させるような魔法や一個大隊を一撃で爆死させるような魔法があるとして、それを君が嫌いな貴族のぼんぼんが覚えたとする。さらに今現在魔王がいないとして彼らはその魔法を何に使うだろうか?」
「そんなの敵がいないのだから使い道ないわ。」
「残念。答えは言うことを聞かない相手に使う。」
「そんなひどいことするわけないじゃない。」
「そう?君も貴族の御令嬢だから分かっていると思うけど、言うことを聞かない奴隷や家来に暴力を振るう貴族は少なくないよね。」
マギーはその口に両手を当て驚きの声を上げる
「あっ!」
「そう。力の大きさの違いだけでやることは変わらない。現在湖上都市と城塞都市が自治区になっているけど、このことを苦々しく思っている人間は少なくないと思うよ。城側の意向はできるなら直轄地に戻したいし、自治側は最終的に独立を考えているかもしれない。これらの解決策に力は必須なんだ。」
「分かった。もういいわ。」
「そう。続けるね。多分勇者は今言ったことを理解していたんだ。残念ながら彼の旅路は魔物とだけの戦いではなかっただろう。だからこそ、この地ではその力を封印した。彼らの死後それらの力が使用されないようにね。」
「なるほどね。でもあなたはそれを掘り出して使えるようにしているのは勇者の意思に反しているのではなくて?」
「うっ!耳が痛いね。でも各地に古文書なり口伝による伝承者がいたのは、再びこの地に災厄が襲ってきたときの為だと思うんだ。彼は災厄の復活を予言していたから。」
「そういえばそうね。じゃああなたはいいことをしているんだ。」
「さてね。もしかして豹変してこの国を征服するかもよ!」
「フフフッ!じゃあそのときは私があなたを殺してあげる。」
「怖っ!心しておくよ。死にたくないのでね。」
プッ!あっはっはッ・・・・・・・・。その雰囲気に耐え切れず二人は笑う。
「はあ。こんなに笑ったのは久しぶりね。でもあなたはさっき言った魔法も使えるのね。多分。」
「怖い?」
「いえ。あなたは力の使い方を知っている人だと思うから怖くないわ。」
「ありがとう。」
あれっ!目から涙が・・。悲しくなんかないのに?気が付くと俺の頭はマギーの胸に抱かれていた。しばらくそのまま時間が過ぎる。
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「はあ・・・なんかゴメン。ローブを濡らしちゃったね。」
「いいわ、どうせ埃まみれだし。それにあなたにも弱いところがあるのがわかってうれしいわ。」
「うわ~なんだか恥ずかしい。俺が俺じゃないみたいだ。」
急に我に返ってのたうち回る。そんな俺の肩をポンとマギーが叩く。
「なんかあったら私に相談しなさい。お姉さんが相談に乗ってあげる。」
「うん、そうするよ。お・ね・え・さ・ん!」
「君にお姉さんと言われるとなんかむかつく。やっぱそれ無し。」
そして2人で今日二回目の大笑いをした。そうだね。俺18、マギーは22、それは言っちゃ駄目か。
「とりあえずここを出よう。また日を改めて調べるから。」
「そうね。お風呂にでも入りたい気分。」
「じゃあ北の村にでも行く?いい温泉知ってるよ?」
「きっと君のことだから行けるんだね。もう何を言われても驚かなくなっちゃった。」
「うん。行けるよ。これも知りたい?」
「止めとく。今日の宿題ができてからでいい。でも温泉には行きたい。」
「OK!ではこの鍵は君に預けておく。俺には必要ないからね。」
「でもこんな大事なもの!」
「君に持っていて欲しいんだ。二人だけの秘密。」
「わかった。絶対身から放さない。」
二人は開かずの間改め、勇者の部屋を後にし、温泉のある北の村に行った。翌朝、その宿の主人の視線が痛かった。