動乱の終焉
「なあ、シュミット!あいつ動いたか?」
「いや、動いていないな。」
暗闇で座り込んだ二人が薄明かりの下の鎧を見ている。その声に力はない。
「何時になったら動くんだ?」
「俺に聞くなよ、あいつに聞いて来い!」
「なあ、この会話、さっきもしなかったか?」
「ああ、これで7回目だ。30分毎に聞くな、不毛だ。いいかげんにしてくれ。」
「そうだな、いいかげんに動いてくれ、俺はもう限界だ。」
「違う、俺が言っているのはお前にだ、サイモン。いちいち答える方の身になってくれ。」
二人とも代わり映えしない状況に苛立っている。そんな折、城の方向から複数の足音が聞こえた。
「誰だろう?こんな時間に誰か来るなんて聞いてないぞ。シュミット、お前の指図か?」
シュミットが黙って首を横に振る。二人が暗闇に姿を隠した。歩いて来たのは水色のローブを着た魔術師と黒い執事服を着た男の二人である。
「あら?あの二人がいないわ。どうしたのかしら?もしかして寝ちゃった?」
「寝てねーよ!」「誰が寝るかっ!」
思わず二人が暗闇から顔を出した。
「なんでここに来てんだよ、明日にするんじゃなかったのか?」
「やっと自信と覚悟ができたってところね。ぶっつけ本番の手を使うから手伝って。シャッテンブルグ、礼の物を。」
「はい、お嬢様。」
真面目な顔をしたマギーが護衛についてきた執事に声をかけ、荷物を受け取る。そこから二本の瓶を取り出すと一本ずつサイモンとシュミットに渡した。
「何だよ、これは?」
「聖水よ。あいつが動き出したらそれをかけて!それで動きが止まるはず。」
「はずって、そんな不確実なのか?」
「仕方ないじゃない、さっきも言ったようにぶっつけ本番なのよ。ケルテンに聞いた方法だからそれ以上のことは言えない!」
「でも動かなかったらどうする。」
「それこそ知らないわ、それに私の予想だとそろそろ動くはず。」
「なんでそんなことが分かる?」
「瘴気が最も濃くなる時間帯なの。だからもう黙って待つ、いいわね!」
マギーの強い口調にサイモンとシュミットが身をすくめた。執事を含めて4人が闇に姿を隠す。それから30分後、じっと見つめていたマギーが口を開いた。
「ねえ、動いていない?なにかが鎧を装備しているみたい。」
そんなことは誰もが見ていて分かっていた。ただなんとも不思議な光景だけに何も言えなかったのである。それは見えない人がいるかの様に鎧の部品を見えない腕、足、胴体に装備していく。最後に兜が頭があるべき所に置かれる。そこには間違いなく鎧の魔物、通称鎧騎士が存在した。
「今よ!」
マギーの掛け声にサイモンとシュミットが駆け寄る。あと2mの距離から聖水を振り掛けた。駆け寄る二人に反応した鎧騎士の動きが鈍る。
『私は魔力を2消費する、魔力はマナと混じりて神に捧げん。
おお、偉大なる神よ、彷徨える魂を正しきに導き給え!anima purificationis(魂の浄化)!』
ラストワードから一瞬の後、黒い甲冑の身体が白い光に包まれる。その光が消えた時、鎧は力を失ったように崩れ去った。満足気なマギーの表情に執事のシャッテンブルグが安堵の表情を浮かべた。あとの二人は開いた口が閉まらない。しばらくして我に返ったシュミットが問うた。
「なんだ今のは?そんな魔法聞いたことないぞ。」
「だから言ったでしょ、使ったことないからさっきまで練習してたの。うまくいってよかったわ。」
「そう簡単に言うなよ。もしかして遺失魔法か、どんな効果だ。教えてくれ!」
その問いにマギーが頷く。
「さっきも言ったけど覚悟がついたのはそのこと、あなた達の前で使ったら公表することになる。その覚悟がつくまで時間が必要だった。それと間違えない様にしっかり覚えて、詠唱の練習に時間が必要だった。だから明日にしようと思ったの。でもそこまで待っていられなかった。好奇心に負けたわ。」
「なるほど、実際に効果を目で見たい、その好奇心は何よりも強い。たとえ俺達に見られてもそうせずにはいられなかったか?それで効果を教えてくれ、他言はしない。」
「その通りよ。今の魔法は魂の浄化。神に祈り、魂を正しく導く魔法。」
「そうか、魂が宿る魔物を強制的に成仏させるか・・・。」
サイモンが崩れた鎧を手に取っている。二人の長い話に飽きたようで手にした鎧を明かりの下で眺めている。
「見ろよ、漆黒だった鎧が白銀に戻っている。」
マギーとシュミットもそれを確認する。全てのパーツを一つずつ調べる。
「もうこいつは只の鎧に戻った。さっきの魔法で全てが終わった。そう報告しなくてはいけない。マギーどうする?」
「そうね、覚悟はできているわ。そのまま報告して下さい。」
「すまないな、俺達の力が足りない故にあんたに苦労をかける。」
「いいわ、必要なら私からも説明する。大臣でも陛下にでも・・・。」
「シュミット、もういいだろう。マギーの判断に任せよう。お前はありのままを大臣に報告しろ。それがマギーの覚悟に答えることになる。」
「分かった。夜が明けてから大臣に報告する。それまでゆっくり眠ってくれ。」
マギーがそこを離れて屋敷に向かって歩く。当たり前のように執事が前を歩く。残されたシュミットとサイモンは鎧を集めると城に持って帰った。
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ノイエブルク 謁見の大広間
王座に国王ライムント16世、右に国務大臣オットマー、左に近衛騎士隊長アイゼンマウアー、以下文官4名、近衛騎士4名が立ち並ぶ。中央には特務隊士シュミット、近衛騎士サイモン、そして筆頭魔術士マギーが控えている。報告を聞いた国務大臣が国王に伝え、皆を召集したのだ。
「陛下、此度の事件が、この者らによって解決したことを報告します。」
「そうか、ご苦労であった。事の顛末を聞いてよいか?」
「はっ!特務隊士シュミットでございます。陛下の許可を得まして直言致します。此度の事件は人間による事件ではありませんでした。正確には元々人間による犯罪でしたが、死した後に魔物になったと小官は愚考致しました。ここに控える近衛騎士ローゼンシュタイン殿、筆頭魔術士ヴィッセンブルン殿の協力によって、その魔物を消滅させることに成功しました。」
「なるほどのう、しかし大臣より一つ納得のいかぬことがあると聞いた。」
「はい、臣が思うに犯行に及んだ者は漆黒の鎧を着ていたと聞きます。しかしながらここにある鎧は白銀。不名誉の証があることから同一なのは明らかです。ならば如何なる方法で魔物を消滅させたのか不明であります。」
「そうか、誰ぞ説明はしてもらえぬか?」
サイモンとシュミットが顔を見合わせ、マギーを見つめる。マギーが首を縦に振ると説明を始めた。
「筆頭魔術士マギウス=J=ヴィッセンブルンにございます。此度魔物を消滅させたのは遺失魔法の一つ、魂の浄化する魔法です。この魔法は神に祈り、魂を正しく導く効果をもちます。これで納得いただけますでしょうか?」
その場にいた全ての者があっと驚く。遺失魔法、その響きに驚かぬ者などいない。
「なんと遺失魔法と申したか。その詠唱、都合が悪くなければ今ここで教えてはくれぬか?」
「構いません。ただし極秘により人払いを。」
「それもそうじゃ、大臣、近衛騎士隊長を除く全ての者は下がるが良い。大儀であった。」
その言により文官、近衛騎士達が下がった。最後にサイモンとシュミットが心配そうにその場を去る。大広間の大扉が閉まった。
「そなたの望みどおり人払いは済んだ。」
「はい、では・・・『私は魔力を2消費する、魔力はマナと混じりて神に捧げん。』」
「「あっ!」」
ここまで静かに聞いていた大臣と近衛騎士隊長が思わず大きな声をあげた。
「いや、済まぬ。続けてくれ。」
「はい、『おお偉大なる神よ、彷徨える魂を正しきに導き給え!anima purificationis(魂の浄化)!』となります。」
「驚いたの、大臣。詠唱の半分程は聞いたことがある。ヴィッセンブルンと言うたな。これはそなたが見つけた魔法か?」
「・・・・・・はい、私が書物から発見し、解読致しました。」
「そうか、余は以前にも同じような質問をした覚えがあるな。」
王様に見つめられたマギーは口を閉じた。
「なるほど、その者も今のそなたと同じ反応をした。まあよい、そういうことにしておこうか。それでこの魔法は秘術としておくか?」
「いえ、この魔法は一部の魔物にしか効果がなく、普通の人間には効果がありません。それゆえ魔法の技術が確かな者には伝授してもよいかと存じます。」
「そうか、近衛騎士隊長よ、そなたがまず伝授されるがよい。その後はそなたの判断で伝授すべき者を吟味するがいい。」
「御意。しかるべく致します。筆頭魔術士殿、よろしくお願いします。」
「はい、では後ほどお伺いいたします。」
「いえ、師事するのはこちらです。こちらから伺うのが筋です。」
「分かりました。では図書館にてお待ちいたします。」
それを眺めていたライムント16世が微笑む。
「此度の事件解決、及び遺失魔法の発見、何か褒美が必要だの。大臣、何か見繕ってくれるかな?」
「はい陛下、お任せくださいませ。」
「よろしい、ではご苦労であった。下がってよいぞ。」
「はい。」
マギーがこの場を辞する。背中に冷たい汗が流れる。ケルテンを守る為についた嘘を見抜かれている、そんな気がした。




