魔法と秘術
部屋に戻った俺は重い装備を所定の木人形にかけていく。典礼用の装備は細部は結構華奢にできているので、普段は部屋の隅の木人形に飾っておかなくてはいけない。そこににやにやしたサイモンが入って来た。
「よっ、おつかれ!さっきは悪かったな。」
「・・・そう思うなら手伝えよ。片付けるのも手間だ。自分に着せるより面倒くさい。」
「了解。しかしそんなに重いのが嫌なら魔法使い用の正装でよかったんじゃね?」
「ああ、それも考えてはみたんだがある理由があって止めた。」
サイモンの言葉に手を止めて答える。サイモンの手も止まった。
「ある理由?」
「さぼんなよ。まあ大した理由じゃないが、まず魔法使いの地位が低い。」
「そうか?おれはすごいと思うけどな。Incursu(電撃)とか、sanitatem(治癒)とか俺には使えないからな。」
元々この世界は神によって選ばれた心正しき者達によって作られた世界だ。よって争いの種になる魔法は存在していなかった。過去に何処から現れた魔王は魔法を駆使することで世界を絶望に落とした。そこに現れたのが同じく魔法を駆使する勇者一行。互いに拮抗する力を持つ両者ではあったが、封印されていた神の武具を身につけた勇者が勝利を収めた。魔法が伝わったのはこの後だと思われるが、それは最低限のものでしかなかった。
なぜそんなことを断言できるのか?それは俺にはほとんど全ての魔法が使えるからである。ここ5年の間考古学者として世界中を旅して発掘、解読、会得している。そういった理由を踏まえてこの世界の魔法使いは地位が低いと判断しているのだが、サイモンにそれは分かっていない。
「そういうが攻撃魔法の一撃と剣の一撃、与えるダメージは大差ない。ならば魔力を消費しない剣の方が強い。また回復魔法で回復できる量もそれと大差ない。かつての勇者の時代の大地を焼き払い、天より雷を落とし、死人すら蘇らせる魔法が使えるわけではないのだぞ。」
俺は嘘をついた。使える魔法を使えないふりをする。この強大な魔法を公表したくない。これは多分勇者の決定と違わないと思う。戦乱の時代には究極の武器になるかもしれないが、平和の時代には強力な暴力となる。またもし新たなる魔王側が使えるようになると互いの使用する魔法は被害を拡大するであろうことは想像に難くない。
「ふ~ん、そんなものか?お前は学者みたいなことを言うんだな。でもよお、そんな強力な魔法が使えたら魔王もいちころじゃね?」
気軽に言ってくれる。物を簡単に考えすぎる。こいつは剣の力量は近衛でも上の方、魔法も基本の魔法なら使用できるが双方を別物として考えることしかできない。もっとも片手剣と盾を使用する戦闘スタイルでは魔法は使いづらい。どちらかの手を空けないと魔法を発動できないから戦闘開始に攻撃魔法を放ち、戦闘終了後に回復を行なうのが常識だと思っているのだろう。
「もしの話はいい。しかし懐かしい称号だ。ここの兵士になるまで戦う考古学者って言われてたよ。」
「戦う考古学者ねえ・・・一日の半分は図書館にいるお前らしいいい称号だ。よしできた。」
サイモンが最後のパーツを木人形に取り付け終えた。
「サンキュ。で、話を戻すが魔法使いのローブ姿は動きづらいから嫌だ。第一格好悪い。」
「プッ!クックック!やっぱりお前は面白いな。好きにするがいいさ、どうせ俺じゃない。」
「あきれたやつだ。よく近衛騎士になれたなお前?」
俺は肩をすくめて言う。近衛にあるまじき軽さだ。
「俺もそう思う。先の戦いで兄貴が死ななかったら間違いなく貴族の三男坊って気軽な身分でいれただろうよ。誰にとってかは知らんが迷惑な話だ。」
「お前が言うな!」
文句を言いながら革の服を着る。自作の特別製で動きやすく軽い。必要な場所だけ金属板で補強してある。篭手も脛当ても同様だ。最後にこれもある鍛冶に作らせた特別製の刀を佩く。刀を作る技術は廃れていたが代々伝わっている秘伝書を解読して作ってもらった。それから更なる改良を重ねて今ではお気に入りの一刀だ。力の強くない俺には使いやすい装備である。
ここからは俺なりの強さの考察である。他人と手合わせしたりして相対的に理解できるぐらいであるが俺、サイモン、近衛隊長の身体能力は次の通りである。力、素早さ、知力、耐久力、魔法力の5つである。
俺 C B A C+ B-
サイモン B+ B- C- A D+
近衛隊長 A A- C A C
記号は俺評価で、体調や他の原因での振り幅を意味している。+はふり幅の上、-が下である。例外として人間の限界値Sと無いことを意味するFがある。Sはお目にかかったことはないがFは魔法を使えない者が該当する。
俺に較べて隊長の化け物具合がわかると思うが、サイモンも十分強い。しかもまだ伸びしろがある辺りに空恐ろしさを感じる。力のCというのは鉄の装備ができるぎりぎりの域である。ただし装備すると素早さが犠牲になる。ゆえに俺は標準戦闘スタイルは捨てた。それでも普通に戦えば隊長には勝てない。多分サイモン相手でも5割勝てればいい方である。
次に知力、これが俺の唯一の強みである。総合すると魔法使いか盗賊推奨のステータスだ。賢さはDあれば下級の魔法が使用できる。Cもあれば中級魔法、つまりこの時代の全ての魔法が使用できる。だからこの時代に賢さB以上は無意味になる。魔法はワンワードスペルではなく詠唱方式で、理解できない詠唱を丸覚えで使用している。簡単に言うと『Parva Ignis(小火球)』といえば火の玉がでるわけでなく、口頭か頭の中で詠唱してパワーワ-ドとして『Parva Ignis(小火球)』と唱える必要がある。実際はもっと難しく魔法力の消費、マナとの融合などの基本があるのだがここは割愛する。
総合して俺は隊長に勝てるかというと普通は無理だ。だが俺にしかできない魔法を使用すると可能になる。それは能力上昇系魔法の使用、身体強化の魔法を2重にかけることで素早さBがSに化ける。他には武器強化、魔法障壁の使用も有効である。騎士同士の試合は双方構えてからの戦いなので、魔法を使用する時間はいくらでもある。かくして俺はそれなりの強さを認められている。
「よし準備完了。愉快な任務じゃないが行って来る。」
「おう、がんばれよ。応援しているぞ。」
部屋から出る俺の背中にサイモンの声がかけられた。なんか馬鹿にされてる気がする。
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とりあえず今日の勇者5人の詳細と居場所を確認する為に大臣の執務室に向かうことにする。執務室へ行くには城の一階奥の2階への階段を上る。ここには常時2名の兵士が詰めている。もちろん俺は顔パスだ。他には大臣、近衛騎士なども顔パスだ。2階に上ると近衛の詰め所がある。反対側が大臣ら文官の執務室にである。ちなみに中央に謁見室があり、その裏側が王様らのパーソナルスペースになっていて、立ち入りは大臣と近衛隊長以外は許されていない。
2階は礼式がとても面倒くさい。ほとんどの扉の前に近衛騎士が立っていて入室の理由を説明しなくてはいけない。それらの障害を乗り越えて大臣の部屋に入る。部屋の中には何人かの文官がいたが大臣によって退室させられていく。俺を睨んで退室していくのは簡便して頂きたい。
「お邪魔でしたか?ずいぶんと仕事が立て込んでいるようですが?」
「かまわん。今この城で最優先の仕事は魔王と勇者のことに他ならん。」
「そうですか。ではその勇者ですが・・・。」
俺は地図を眺める。地図にはノイエラントの簡単な地形といくつかの光点が見えた。手前の台には水晶球が紫色の座布団の上に鎮座している。大臣は抽斗から書類を取りだすと、一枚の書類の上に右手を水晶球に左手をかざした。すると一つの光点が強く光り水晶球に見知らぬ男達の姿が映った。
「見よ。これが血の契約の効果の一つだ。この契約書の人間をこちらの遠見の球に移すことができる。少量の魔法力を消費するが便利なものだ。」
「これはだれですか?」
「これは勇者12とその一行だ。固有名詞は書類にある通りだ。」
書類にはエイブラムとある。固有名詞で呼べばいいのに。勇者12ってひどくね?
「先も述べたが勇者が何人いようとかまわぬ。同じくそれが誰でも一向に構わぬ。現在いる勇者は12、25、41、42、43そして今月の51、52,53,54,55の十名だ。」
「なるほど一月、二月が一名ずつ三月は全滅で四月は豊作ってことですか。」
「ふん。だれがどうでもかまわん。そう言ったのが聞こえなかったのか!?」
うわっ!一気に機嫌が悪くなった。やっぱ王族だ、下々のことなど気にも留めないか。
「分かりました。では調べさせていただきます。今月の勇者はこの5枚ですね。」
そう言って自分の担当する勇者の契約書を手に取った。
勇者51 山奥の村出身ガルド 大斧の使い手 嗚呼、あのごついやつか。現在位置はと・・・水晶球に手を当て魔力を送り込む。もう城外にいるようだな・・・とりあえず問題なし。
勇者52 城下町出身ドォーマン 全く記憶にない。居場所は・・・城下で同行者2名か。
勇者53 同じく城下町出身クロウ またしても全く記憶にない。こいつも城下で同行者2名っと。
勇者54 これまた城下町出身ゲオルグ やっぱり記憶にない。完全に意識が無かったようだ。反省せねば・・・ こいつも同行者2名?ちょっと映像を拡大・・・なるほど、こいつら3人はいっしょか。もしかすると駄目かもしれない。
勇者55 出身地不明アレフ 15歳 若いな。まっ18の俺が偉そうに言うことでもないか。ふむ居場所は城下町。ただし一人・・・。
最悪今日一日で4人解任しなくてはならないか。う~ん、我がことながら大変だな。
「大体わかりました。でも本当にいいんですか?1000Gとっても。」
「かまわん。我々王族に対して詐欺を行なったのだ。死刑でもかまわないぐらいだ。」
やべっ触れてはならないところに触れたようだ。とばっちりが来ないうちに退室することにしよう。契約書を返すと頭を下げて部屋を後にした。2階から1階に降りるまでほとんどの文官と騎士は俺を一瞥するだけで話しかけてくる者はいない。所詮平民の俺にかける言葉はないと見える。