遠征
5/20 勇者支援生活 20日目
いつもの朝の訓練所である。もう特に教えることもないので自分の鍛錬だけ行なう。おや?出入り口が騒がしい。人垣が真っ二つに割れ、貴族服と護衛2名、取り巻き3人、計6名が歩いてきた。ああギルベルト殿下だ。こんな所に何の用だ。自分の屋敷に引っ込んでろよ、謹慎中だろ?そう心の中で罵る。なぜかこっちに向かっているような気がする。やばい目を合わせるな!
「先日は世話になった。礼を言う。」
俺の願いむなしく、俺の前にふんぞり返った殿下がそうのたまった。世話をした覚えもないし、第一礼をするなら、"ありがとう”とか、頭を下げるとか、金をよこすとかいろいろあるのではないかと思うのだが、やはり高貴な御人は違うようだ。はあ、返事待ちですか?後ろの取り巻きがプルプルしている。そろそろ何か言っておくか。
「いえ、差し出がましいことをしました。お恥ずかしい限りです。」
「そうか、こちらこそ王族の心得の勉強になったぞ。これからも父上をよく補佐してくれ。」
「はっ!かしこまりました。」
言いたいことを全て終えたのか、踵を返して立ち去っていく。取り巻きが一睨みしていくのはまあご愛嬌ってもんでしょうか?いまいち納得いかないが嵐が去っていくのは歓迎する。しかしまあ、我ながら心無い返事をしたものだ。
「あの~あの人、一体何しにきたのでしょう?」
「あ~、あの人って言わないほうがいいぞ。あれでも王位継承権3位、国務大臣の嫡男ギルベルト殿下だ。」
「はあ、その割には尊敬の念が感じられませんが?」
「分かる?」
「それはもう。顔に書いてありますよ。」
思わず自分の顔を撫で回す。
「この間、城中でこっぴどくやりこめてやった。今謹慎中のはずだ。向こうも俺の顔なんぞ見たくもないはずなんだけどなあ・・・。」
「大丈夫なんですか?」
「う~ん・・・どうなんだろうね。反省して謝りにきたと考えていいのかな。」
「分かりません。そんな偉い人に知り合いはいませんから。」
二人して首を傾げる。まあ悩んでもしょうがない。俺も嫌いだし、あっちも俺のことなんか歯牙にもかけていないはずだ。放っておこう。
「そうだ。今日は昼から俺もついて行く。そろそろ大臣にそれなりの成果を報告したい。」
「いっしょに戦えるのですか?」
「いや、俺は見てるだけだ。とりあえず昼1時にここに来いよ。」
アレフが納得いっていないようなので適当に切りあげる。昼までにしばらく城を開けることを各所に挨拶しておくか。
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昼すぎ、俺は兵舎前で馬を2頭用意して待っている。馬には夜営用の道具を載せてある。さっきはわざと言わなかったが3、4日ほどの遠征をするつもりだ。しばらくするとアレフがやってきた。意外な重装備に驚いている。
「これからラオフ付近まで行く。馬には乗れるな?」
「ええっ?そんな所まで行くんですか?何も用意してませんが?」
「かまわん、現地調達すればいい。」
「分かました。馬には乗れます。行きましょう。」
あまり納得していないようだが知らないふりをする。意地悪だが実際にはもっと理不尽なことが多い。
「よし行こう、しばらくは駆けるだけでいい。特に相手にしたい魔物もいないし。」
俺が先に駆ける。アレフは黙ってついてくる。見たところそれほと馬の扱いは得意ではない。とりあえずは乗れてはいるが、股が痛いらしい。時々馬の休憩も兼ねて降りて歩く。アレフが痛む所に小治療の魔法をかけている。
「いずれ慣れる。慣れてもらわねばならん。」
「ええ、それは分かってます。」
「あと馬の息も気にしておけ、馬を潰すなよ。じゃあそろそろ駆けるぞ。先に走ってくれ。」
今度はアレフを先に走らせる。馬の様子を見ながら駆ける訓練でもある。さっきは俺が馬の様子を見てペース配分を決め、疲れる前に休憩させた。わざわざ説明したりしない。馬の息があらい、少しペースが速いか?すまないな、しばらく我慢してくれ。馬にそっと話しかける。しばらくして俺の馬が遅れだした。
「アレフ、止めろ。馬が潰れる。」
「はい、まだ行けますが?」
「どうも俺の馬の方が劣るようだ。お前は自分の馬は見ていたが俺の馬は見ていない。」
「すみません。気づきませんでした。」
馬から降りて大治療の魔法をかける。今日はこれ以上無理をさせない方がいい。体力はともかく馬の気力が持たない。それに日没が近い。
「それはいい。次から気をつければいい。今日はここまでだな。よし水場を探してくれ。馬も頼む。俺は食い物を探してくる。」
そう言って自分の馬の手綱を渡す。アレフが怪訝な顔をしている。
「早くしないと日が暮れるぞ。水場を見つけたら次は火をおこしておけよ。薪は馬に積んである。」
それだけ言い残すと俺は獲物を探す。魔物が出るようになってから野生の動物は少なくなった。獲物がいなければ食べられる野草などで腹を満たすしかない。今日は俺がやるが明日はアレフにやらせる。こんなことはガイラが得意なのだがな。
取ってきたのは蛙と野草、それを火で炙り塩をかけて食べる。そう嫌な顔するなよ。食えるだけましだぜ。馬は遠慮なくその辺の草をムシャムシャ食んでいる。ノイエラントの夜は早い。魔王が現れてから特に顕著だ。もう8時ぐらいか。
「俺が先に見張りをしておく。お前は寝ろ。夜中になったら起こすぞ。いいな。」
「瘴気封印の魔法は使わないのですか?覚えたばかりなので使ってみたいのですが?」
「それもありだが今回は無しだ。そういう訓練だ。帰ったらサイモンに自慢できるぞ。」
「分かりました。それではお先に眠らせて頂きます。」
アレフが毛布をかぶって横になる。少し腹を立てているかもしれないな。悪いな、俺の馬が遅いのも、食い物を持ってきていないのも、最低限の食い物しか獲ってこなかったのも全部わざとだ。もっと困ったことはいくらでも起きる可能性がある。俺がいるうちに困っておけばいい。深夜2時くらいになったら起こしてやろう。アレフは6時間は眠れるはずだ。俺は火を絶やさぬように薪を足す。
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5/21 勇者支援生活 21日目
眠い。俺は4時間ほどしか寝ていない。それでも起きて、いつもの鍛錬を行なう。食事は昨日の夜の残りだ。
「アレフ、出発前に薪を集めてくれ。」
「分かりました。探してきます。」
俺は水筒に水を詰めた。馬の分もあるので結構面倒だ。水筒は竹の節を抜いたものを使っている。しばらくしてアレフが薪を持って戻ってきた。縄でまとめて馬に縛り付ける。
「よし行こうか、今日も先に行ってくれ。」
「はい、今日は馬を潰しません。」
俺は馬に飛び乗り、無言で手を前に振った。アレフが先に駆ける。時々こちらを見る。こちらの馬の息を確認しながら必要に応じて休憩をしたり、降りて歩く。少し慎重すぎるきらいはあるがもう同じ間違いはしないようだ。思わすニヤリとしてしまった。
昨日も今日も魔物は相手にしていない。弱い魔物は無視して駆け抜ける。あっちも駆け抜ける馬にはついてこれない。橋が見えてきた、そろそろラオフと海底洞窟への分岐点だ。
「よし、アレフ。橋を渡ったら降りるぞ。そこが目的地だ。」
アレフが無言で手を挙げた。ずっと馬に気を使ってきて精神的に疲れているのだろう。
「ここから北へ行くと北の村ラオフだ。馬なら3時間くらいか。で、東に進むと毒の沼地が広がる。それを抜けると海底洞窟がある。湖上都市アウフヴァッサーのある島へ続いている。行くなら徒歩だ。残念ながら馬は毒の沼地に入る事を嫌がる。」
「ではどうやって物を運んでいるのですか?」
「もっともな質問だ。魔王が現れるまでは普通の泥濘だったんだがね、魔王の瘴気のせいか毒の沼地に変わった。以来湖上都市に訪れるものはほとんどいない。もちろん物も入ってこない。」
「そうですか、やはり早く魔王を倒さねばなりませんね。」
「そうだ。ならもっと強くなれ。この辺から魔物が強くなる。明日の夜までこの辺で狩れ。」
「分かりました。では馬は頼みます。」
アレフが馬を預け自分の装備を確認する。歩き出すアレフに声をかける。
「途中食える獲物がいたら狩ってきてくれ。それが今日の夕食だ。俺はここら辺で野営の準備をしておく。」
アレフが張り切って歩いていく。この辺の魔物なら問題ないだろう。おそらく本来はこの辺にいない魔物も出るかもしれない。あとで聞いてみよう。俺は野営の準備をする。もしもの雨を避けられる様濡れぬ場所を確保する。あとは焚き火をする。馬に草を食ませる。眠い、少し眠るか。瘴気封印の魔法をかけ安全を確保してから目を瞑った。
誰かが近づいてくる気配で目が覚めた。アレフか。
「どうだった?この辺の魔物は。」
「それなりに相手できるってところでしょうか。」
「それなり、とは?」
「大蠍は武器がまともに効きません、魔法を放ってくる大蝙蝠にも剣が届きません。この2つの魔物相手には小火球を使ってますから消耗が激しいです。魔法を使ってくる人型の魔物も出てくるようになりました。治療の魔法がかかせません。」
アレフが疲れた顔で語る。まあ予想通りだ。
「骨の魔物には会ってないか?」
「見てませんね。どんな感じですか?」
「そうだな・・・嫌な相手だ。感情がないから動きが読めない。それでいて技術は持っている。」
「そうですか。気をつけます。」
「焦ったり侮らなければ怖い相手ではない。それはそうと夕飯は?」
アレフは布の袋から兎を取り出した。少し焦げている。
「魔法で仕留めたか、昨日よりはマシなものが食べれるな。捌けるか?」
「できます。やりますので休んでいてください。」
「わかった。お前に任せる。明日はもう少し北へ移動する。しっかり食っておけ。」
アレフが夕飯の準備をしている。ふん、俺に気を使うとは生意気な、自分も疲れているくせに。だがそれでいい。ガイラに自信をもって渡せる。さあ食事の準備ができたようだ。
「さっき魔力の消耗が激しいって言ってたな。ちなみに飛んでる魔物にはこんな方法がある。」
俺は落ちていた石を近くに投げつける。ガイラの見よう見まねだ。
「これで落とす。ガイラがこうしてた。」
「投石ですか、あまり威力は期待できませんが?」
「ああ俺は得意じゃないからな、ガイラのは飛礫といってもっと速さも威力もある。」
食事が終わる。今日はもう寝る時間だ。
「今日も先に寝ておけ。昨日と同じ位におこす。」
「では先に寝ます。おやすみなさい。」
瘴気を封じていることは秘密だ。緊張感のなか寝ろ。
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朝だ、今日も眠い。日課の鍛錬はやる。何があってもアレフの前では泣き言は言わない。
「今日は薪を集めなくていい。今日の夜には城に帰るが、村が見える辺りまでは行こう。」
「先行します。ついてきて下さい。」
「生意気だな。ついて行こう。」
2時間は走っただろうか、遠くに村の煙が見える。この辺でいいか?
「よしいいぞ。この辺から別行動だ。馬は連れて行くぞ。」
「では私はこの辺りで魔物を探します。」
「ああ、しばらくは村にいる。日が落ちたら城に戻れ。魔法の翼は持っているか?」
「転移の魔法が使えますが?」
「疲れて使えない場合もある。護身用に一つ位持っておけ。ほらっ!」
俺は懐から魔法の翼を取り出すと、アレフに投げつける。受け取ったアレフは腰の袋に片付けた。
「すみません。借りておきます。」
今日が終えたらきっとアレフはいろいろな意味で前より強くなっている。そう確信した俺は馬を引いてラオフに向かった。




