勇者支援及び査察官
今俺の前で大臣が怒って怒鳴っている。
「もう少しで台無しになるところだったのだぞ、次の勇者の耳に入らなかったからよかったものを。」
「まあまあ大臣殿、この者も知らずに口にしたまでのこと、大事には至らなかったのですからよろしいではないですか。」
「私が怒っているのは知らなかったことだけではない!近衛隊長殿、そなたの部下が十分な説明をしなかったことに腹を立てているのです。部下の教育は正しく行なっていただきたいものですな。」
大臣の怒りの矛先がかわった。近衛隊長もサイモンも小さくなってる。
「いえね、大臣。俺は知らなかったのですよ、ケルテンが知らないことをね。てっきりすでに大臣が説明しているものだと・・・。」
大臣は苦虫を噛み潰したような顔をした。サイモンを一睨みすると俺の方に視線を向けた。
「もうよい!では改めて説明しよう。何か質問はあるかね。」
「はっ、では質問させて頂きます。勇者は唯一人、しかもはるか昔の勇者の血を引くものではないのですか。そう理解しているつもりでしたが?」
「なるほど、勇者の伝説と預言書のことは知っておるようだな。」
勇者の伝説:およそ五00年前、ノイエラントを絶望に落とした大魔王がいた。この災難に対してノイエブルク王家は異世界から勇者を召喚しこれを討伐させた。勇者の名は残されていない。
勇者の預言書:大魔王は死に際して言い残した。我死すともいずれ第二、第三の魔王が現れるであろう。
国民の噂:はるか昔の勇者の血を引きし新たなる勇者が現れ、この国を助けてくれるだろう。
ここひと月の間、王立図書館で調べた中の公文書にあったのが勇者の伝説と預言書だ。すでにお伽話でしかない勇者と魔王のお話の真相は城の図書館の片隅にあった。
『この国難に王家は勇者を公募する。我と思わん者はノイエラント城まで出でよ。』
新たなる魔王に一都市を落とされ、城から国宝と王女が奪い去られた後、とうとうその記された立て札が城下町に立てられた。
「そう怪訝な顔をするでない。概ね正しいが問題がある。まず第一にもし勇者の血に連なる者が現れても証明する術がない。そしてその者が必ずしも魔王を討伐できるとは限らない。」
「では偽者かもしれない者を勇者として招き入れているということですか?」
「そうだ、一人一人にはお前こそ本物の勇者と招き入れている。だが何人の勇者が現れようと一向に構わぬ、そのうちの一人が目的を達成すればよい!」
いや、そこでキリッってどや顔されても困るんですが・・・。
「しかし、それでは泥棒に金をやるようなものではないですか?」
「だからお前がいるのだ。」
えっ!俺となんの関係があるんだよ。
「そこでだ。改めてお前に任務を与える。ノイエブルク王家国務大臣付き特務隊士 勇者支援官 兼 査察官だ。」
「国務大臣付き特務隊士 勇者支援官 兼 査察官ですか?」
「そうだ。お前には今日謁見した勇者5人を担当してもらう。まず支援だが、勇者への助言、救助、レベル管理を主にする。」
「レベルとは?」
敵を倒せば強くなれるものではない。地道な訓練と経験、素質でしか強くなれない。だからレベルなんてものはない。
「うむ。各々の勇者の持ち込む素材によってレベルを決める。簡単に言えば倒したモンスターの証明だ。このレベルに応じてどの程度のことが可能か助言するがよい。詳しいレベル管理については素材買取所の者に聞け。」
なるほど、モンスターの素材をいくつか持ってきたら、次に倒せるであろうモンスターを判断する。相性の問題もあるが無理に死地に送り込むような真似はしなくていい。
「そして一番大変と思われるのが救助だ。もしなんらかの理由で勇者が行動不能もしくは死亡した場合、速やかに現地に行って救助するのだ。尚、死亡していた場合でも死体が残っておれば王家に伝わる秘術によって蘇生が可能だ。この任務ゆえにお前が特務隊士に抜擢されたと言っても過言ではない。」
どういうことだ。それだけなら近衛の連中でもできるような気もするが・・・?
「お前の疑問はわかる。この任務に大事なのは強さはもちろんのこと、魔法が不可欠だ。その中でも転移、回復の魔法が最も重要になる。救助に行ったはいいが戻ってこれないのでは意味がないからな。現状ではそこまでの魔法が使える者で腕の立つものは少ない。残念ながら近衛でも隊長と副隊長ぐらいしかいないのだ。ケルテン、お前は全ての魔法を会得していたな。」
「ええ使えますよ、全てをね。」
「ならば勇者を救助後、魔法による回復や転移魔法による帰還を行なえ。」
「しかし一つ問題があります。勇者の行動不能、死亡、現在位置などは張り付いていなければ分からないと思うのですが、それが5人ともなると不可能と思われます。それは如何に?」
「その点は問題ない。私の執務室の壁にある世界地図があるのは知っているな。あれで仔細がわかるようになっておる。それを含めての血の契約だ。」
「なるほど、そのような秘術があるとは知りませんでした。」
「これも王家の秘術よ。知らぬのも無理はない。それはともかくもう一つの任務だが、勇者として力量が足りぬ者、器量が足りぬ者がいたならば、査察官として解任する権限を与える。なお口頭による宣言だけでなく説得も必要だ。」
「ちなみに力量や器量の基準はどういったもので?」
「それはお前に一任する。解任される者が納得いかぬ場合もあろうが説得の方法も一任する。」
「それは私の気分でやめさせることができて、さらに気に入らないやつはぶん殴ってでもやめさせてよい、そう解釈してよろしいのですか?」
「そうだ。察しがいいではないか。ちなみに先月までに旅立った勇者は20名だが現在残っているものは5名しかおらぬ。お前以外に2名の特務隊士が同じく任務についておるが大体実力行使が必要だったらしい。まあお前は近衛隊長と互角に戦えると聞く。せいぜいがんばるがよい。」
ちょっと待って欲しい。誰がそんなこと言ったのだ。大臣の隣で近衛隊長とサイモンがニヤニヤしている。お前らか。
「いえ、近衛隊長には一方的に負けています。」
「あの勝負は私の方が一方的に有利なルールの下、行なわれたものだ。謙遜することはない。お前を推挙した私の顔もたててくれ。はっはっはっ!」
近衛隊長が腕を組んで笑っている。隣のサイモンがサムズアップしている。何がグッ!だ。あとで締める。
「それにこれはもう決定事項だ。快く拝命せよ。」
「はあ、わかりました。特務隊士ケルテン 勇者支援官兼査察官 拝命いたします。」
腹が立つので嫌味たらしく片膝を付き、右手を心臓の前に沿える最敬礼で答えてやる。
「よい。任務に励め。」
くそっ、まるで嫌味が効かない。さすが国王の実弟で王位継承権2位だけはある。これだから高貴な生まれな方は困る。
「最後にもう一つある。もし今夜にでも城下で女を侍らせて酒宴に興じておる不届き者がいたら、即解任、さらに1000Gの罰金とせよ。罪状は陛下に対する詐欺罪だ。これで国庫への負担はほぼ無くなる。」
なんて悪辣な。5人のうち一人くらいそんなやつはいるだろう。準備金100Gは高くないってわけだ。しかし素直に聞くはずもないから、全ての厄介事を俺に押し付ける腹だ。
「そう嫌な顔をするな。今までおよそ半数がそれで脱落しておる。無条件でお金や名誉がもらえると思っておる輩は少なくないぞ。」
「わかりました。もういいです。せいぜいがんばりますよ。」
おれは大臣の執務室を退室した。儀礼用の重装備がさらに重く感じた。