戦う術
5/15 勇者支援生活15日目
いつも通りの朝練である。アレフは鎧にも慣れてきたようでもたつくことなく、剣を振っている。魔法はどこまで使えるようになっただろうか?
「アレフ、魔法はどうだ?」
「まだまだです。覚えていた小火球と小治療の魔法は思考詠唱できるようになりました。ただ新しい呪文がまだ詠唱文が記憶できていません。なんていうか、口には出さないのですが噛むんです。あと消費魔力が大きい魔法が増えて祝福爺さんと、図書館を往復してます。」
「はははっ!そりゃ大変だな。まあがんばれ、全部できるようになったらとりあえず卒業だ。」
「えっ、本当ですか?頑張ります。」
アレフが嬉しそうに返事をした。
「それはそうと、お前いくら持ってる?」
「ゴールドですか?貯金含めると1000Gくらいですかね。」
それはすごい。城の周りだけで1000G貯めたか。約300匹の敵を・・・レベル7ぐらいかな。登録レベルを変更しておこう。
「あと500貯めろ。」
「何に使うのですか?」
「貯まってから教える。無駄遣いじゃないから心配するな。」
「はあ?そうですか。」
何か期待していたのか、がっかりしている。ある意味ずるだから秘密だ。
「まあそうがっかりするな。分かった。じゃあここで模擬戦をやって5連勝したらすぐにでも教えてやる。」
「本当ですか?約束ですよ。」
「ああ、いいよ。ただしルールは相手まかせな。」
ここにいる連中を集めて趣旨を説明する。もちろん賭けの話は内緒だ。
「とりあえず誰とやらせるかな。希望者いるか?」
「はい、私にやらせてください。」
ジョルジョか。やる気だね。ライバル視してるのかな?
「いいよ。ルールは?」
「何でもありでいいです。武具の制限もいりません。距離は10m。」
「いい覚悟だ。よしでは俺がこのコインを投げる。落ちたら開始だ。あと賞金をだそう。アレフに勝ったら100Gだ。本気でやれよ。」
俺がそう言うと周りで日和見していた連中がざわざわし出した。金出さないとやる気にならないのかよ。そのうちにアレフとジョルジョが所定の位置につく。双方鉄の剣、盾、鎧、剣を抜き互いに構える。俺はコインを投げる。コインが落ちる音が響いた。
時計周りに摺り足で動く。距離が地道に縮まる、あと8m。ここでアレフがいきなり剣を納めた。そして口述詠唱。消費魔力2、小火球か・・・待てよ、なぜ口述詠唱?ジョルジョが慌てて距離を詰める。居合い一閃!アレフの剣がジョルジョの剣をはじき飛ばした。そして鍔鳴りの音が響いた。
「そこまで!勝者アレフ。」
見物していた連中がざわざわする。中には卑怯だと言う声も聞こえる。先日いなかったのだろうな。
「ジョルジュ、何かあるか?」
「いえ、ありません。私の負けです。」
「そうか、じゃあいい。次誰かあるか?」
「俺がやる。ルールは木剣、木盾。距離は5m。武器のみの一本勝負。」
若い男が前に出る。真新しい紋章入りの正規の鎧、アレフを見下したような目、自信に満ちた顔、貴族出身の近衛の新人か?話にならんな。まあいい、俺はコインを高く投げ上げた。
互いに構えにじりよる。木剣は居合いに向かない。そう思って選択したのだろう。まあ間違いではない。双方手を出さないまま、盾がぶつかりそうな距離になった。アレフが盾を相手の盾に思い切り叩きつける。意表をつかれた男がのけぞった。がら空きの右手にアレフの剣が当てられる。
「そこまで。勝者アレフ。」
「なんだ、こんなもの!認められるか!」
「お前の負けだ。負けた者の言い訳は見苦しい。」
「いや、騎士の闘いは勝てばいいというものではない。おい!なぜ皆黙っている。こんな下賎な者に言わせておくことは無い。」
木剣を振り回し激高して周りを見渡す。目を合わせる者はいない。重い空気が流れる。その雰囲気に耐えられなかったのか剣と盾を叩きつける。
「いいか!俺は絶対にお前達を認めない。」
その若い近衛騎士は出て行く。取り巻きらしい数人が慌ててその後を追った。明らかに場にほっとしたような空気が流れる。皆、俺の顔を見ている。何?もしかして俺が怒るとでも思った?残念、俺はアレフの成長が見れて機嫌がいい。
そして3戦、4戦とアレフが順調に勝ちを収めた。相手がアレフの奇策を警戒している間に普通の攻撃が的確に入る。こうなるとアレフが負けることはないな。
「よし、次は俺の番だ。勇者アレフの実力、このサイモン様が見定めさせてもらおう。」
いつの間にかやってきたサイモンがしゃしゃり出てきた。場の雰囲気が変わった。そうだろう、見習いだけでなく正規の兵が負け続けたのだ。悔しいが自分ではどうしようもない。そんな思いが各々の心にあった。そこに救世主が現れた。
「サイモン、ルールはどうする。君に決める権利がある。」
「馬鹿め、俺にルールはねえ。お前も知っているだろう。」
「OK!じゃあ一つだけ、距離は10mだ。アレフ!こいつは強いぞ、今までの相手といっしょだと思うな。」
「望むところです。」
サイモンが剣を抜き無造作に構える。アレフは腰を少し落とし、柄に軽く手を当てる。気が高まる。俺が投げたコインが地面に落ちた。
「Parva Ignis(小火炎)」
いきなりアレフが魔法を放つ。小さな火球がサイモンの1mほど前の地面に着弾し、砂煙を上げた。さらにアレフが一気に距離を詰めて居合い、金属と金属がぶつかる激しい音がする。砂煙の中でサイモンの盾が剣を受け止めていた。
「甘い!」
そう言うとサイモンが下段から切り上げた。アレフが仰け反ってかわす。崩れた体勢にそのままサイモンが右足で蹴りを入れ、アレフが倒れた。
「そこまでだ。勝者サイモン。」
サイモンがアレフに手を貸し引き起こした。
「残念だったな。」
「完敗です。読まれてましたか?」
「ああ、前にこいつにやられた。あの時は電撃だったけどな。」
サイモンが俺を指差した。俺とサイモンはにやつく。あれは互いに苦い思い出だ。
「サイモン、賞金だ。もうどんちゃん騒ぎするなよ!」
「しばらくはやらねえ。隊長が怖いからな。じゃ、ありがたくもらっとくよ。」
それだけ言うとサイモンは去っていった。集まっていた皆が解散していく。思うことがあってジョルジョを引きとめる。
「ジョルジョ君。君に頼みがある。」
「私にですか?」
「ああ、明日からアレフに型稽古を教えてやってほしい。」
「でもアレフ殿は私より強いですよ。」
「そうかな?まあそれはともかく、貴族騎士の言う正統な剣を教えてやってほしい。ちょっと邪に傾きすぎた気がしないでもない。そういう訳だアレフ、明日からジョルジョ君にもご教授してもらうように!」
「はい、ジョルジョ殿。よろしくお願いします。」
「ジョルジョ殿は止めてください。ジョルジョでいいです。」
訓練所に三人の笑い声が響いた。
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5/16 勇者支援生活16日目
落第勇者達が帰ってきた。買取センターへ行ってその足でで俺に会いに来たようだ。
「ほら。借りてた金を返す。」
金の入った袋を投げてよこした。俺はひっくり返して中身を全てテーブルにあける。
「10、20・・・200、210。少し多いぞ?」
「利子だ。つまらんこと言わすな。」
ドゥーマンが言い放つ。後ろの二人がそっぽを向く。こいつらなりの礼らしい。
「そうか。じゃあ、ありがたくもらっておく。それでいくら返せた?」
「1000G。実際は900ちょっとだったが、手元から出して1000Gにしてきた。」
「結構、結構。なら本当はラウフの村あたりを勧めたい所だが・・・あまり気が進まないな。」
「都合の悪い事でもあるのか?」
「大いにある。俺が担当している勇者一人が乱獲している。それだけならいいが、ちょっと人格に問題がある。多分村の宿でぶつかるだろうね。」
そう言う俺を見て三人の顔も歪んだ。
「そんな顔するとはなんかあったのか?」
「顔に出てたか?買取素材がぼろぼろでね。指摘したら怒鳴りやがった。多分素材の数をごまかそうとした。」
「そんなことできるのか?」
「例えばがいこつの大腿骨ってあるだろ、これを真ん中あたりで折る。あら不思議2体分に見えないことも無い。」
「へえ~そんな方法があったのか?そんなこと教えていいのか?」
「いいさ。やったら鑑定にやたら時間かけてやる。立体パズルには時間がかかるんだ。」
それを聞いた三人が心底嫌そうな顔をした。
「あんたらしい仕返しだ。俺達は止めておく。」
「賢明な判断だ。北の村ラウフへは行けないとなるとやはり伝承の町しかないな。今度はもう少し長期滞在してくるといいよ。あっちに一週間はいてもいい。」
「そこから南はどうだ?」
「止めろ、砂漠都市には近づかない方がいい。敵の支配域に入ったらとんでもない魔物が出てくる可能性がある。」
「よーく分かった。みなまで言わなくていい。俺達のできることだけをする。」
「分かってもらえてうれしいよ。一人でも知り合いが死ぬのは嫌だからな。」
なぜ3人共俺を見てにやにやしている。そんなに変なこと言ったか?
「そうか。俺達はあんたの知り合いなんだな。」
「じゃあな、次戻ってきたら俺達は自由だ。」
「出会いが最悪だったからな、嫌われてなくてよかったよ。」
3人は口々になにか言って出て行った。よく聞こえなかったが悪い気はしない。
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そうか、そろそろ行動範囲がぶつかり始めるか。一度魔物の勢力について整理しよう。
城の周りには大した魔物はいない。以前からいるスライム、知性はなく酸性の液体でできた身体で獲物を包み込むだけの魔物は強くはない。頭上に気をつければよいだけだ。次に大蝙蝠、瘴気で凶暴化した野生生物だが大型化したせいで動きは鈍い。ある意味危険なのはゴースト、成仏できずに地に縛り付けられた彼等を倒す術はない。取り込まれたら精神がやられてしまう。心を強く持って通り過ぎるしかない。
先の大戦では多くの魔物がその姿を現した。最初に陥落したのは砂漠の町トロッケナーヴィント、ドラゴンと石でできたゴーレム、そして巨人族があっという間に外壁や建物を破壊し、人狼族が町の人を虐殺したと聞いている。人狼族、普段は狼の姿をしていてマナが高まると人の姿になることのできる魔獣、それが瘴気によって常時人型を取れるようになった。もともと友好的ではない彼等ではあったが完全に人類の敵となってしまった。
その後城に攻め寄せて来たのは骸骨や鎧だけの不死の魔物、その背後にはローブに身を隠した者がいた。どちらもその正体は分かっていない。
他にも本来野生生物でしかなかった動物が魔物と化しているのもある。全てではないが地上だけでなく空を飛ぶ生き物も隙あらば人を襲ってくる。荒れた海に入る者はいないが魚が襲ってこないとは限らない。
結局城は守られたが近衛騎士や騎士の数は半減した。その殆どが城壁を破壊しようと近づいてきた大型の魔物によって命を失っている。近衛騎士の隊長が命を落とし、混乱した近衛騎士を纏めて戦いを続けたのは、当時近衛騎士の副隊長であったジークフリード=アイゼンマウアーである。その功績を持って近衛騎士隊長になっている。有史以来初めての平民出身の近衛騎士隊長である。俺を含む冒険者では伝説となっている鉄壁の二つ名を持つ戦士だが、如何な理由で近衛騎士にいたのかは知らない。
その後の近衛騎士の再建には相当の苦労をしたと聞いている。亡くなった近衛騎士の近親者は勿論のこと、騎士からの格上げされて近衛騎士となった。そのせいで近衛騎士の格が下がったとの風聞もあったが、戦時だけに大っぴらに文句を言う者はいない。近衛騎士になった者の中にサイモン=フォン=ローゼンシュタインの名がある。彼は男爵の位を持つ近衛騎士の家の三男で、本来なら近衛騎士になることはない。武の素質は十分にあったが、振るう場所がなかった彼はチンピラかヤクザのような生活をしていた。それが大戦で父、兄を失ったことで近衛騎士になることになってしまった。幸か不幸かは本人にも分からない。
よくよく考えると問題が山のようにある。これから倒さなくてはいけない魔物を倒す術がない。もう一度同じ規模の軍勢が攻めてきた時に対処する術もない。俺の周りだけはうまく事が進んでいるつもりだったが思慮が足りないようだ。そういえばあったことも無い特務隊先任士官もいる。一度面を通しておくべきだろう?よしまずそちらから片付けるとしよう。




