世界の向こう
「陛下、ご報告致します。魔王の島を覆っていた暗雲が晴れました。この城にも暖かい太陽の光が射しています。」
「そうか・・・やってくれたか。全ては古い言い伝えのまま、彼の者はまこと勇者の血を引く者であったか。」
ホフマンスから報告を受けたライムント16世が、感慨深く呟いた。
「はっ?勇者の血を引く者ですか?」
「そうだ、言い伝えに従って集めた勇者の一人が魔王を倒したのだ。彼の者こそ勇者の伝説を継ぐ者にふさわしい。まあそんなことより、そなたには大変な仕事ができたぞ。」
「はて・・・魔王無き今、これ以上私がやらねばならないことなどありますでしょうか?」
「ふむ、そなたは鈍いのう。これほどの偉業を成したのだ、盛大に出迎えてやらねばなるまい。」
「あっ!これは失念しておりました。では全てに優先させて頂きます。」
ホフマンスは一礼してから執務室へと急いだ。それを見送るライムント16世の目は優しい。
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「先生、いつもより空が明るくなりました。何かの前触れでしょうか?」
ほんの二週間前から弟子となった子供にそう言われて、ゲオルグが空を眺めた。魔王が現れてからは薄く煙ったような光しか射していなかった。それが今は太陽の光が目に痛いぐらい眩しい。その意味を理解したゲオルグは満面の笑みを浮かべた。
「何言ってんだ、お前。あいつ等やったぞ、やりやがったぞ!」
「えっ!何をですか?」
「勇者だよ、勇者が魔王を倒したんだ。お前は覚えてないのか?太陽の光を、この眩しさは、この暖かさは、魔王が現れる前と同じだっ!」
ゲオルグは天に向かって両手を広げ、その光の暖かさを全身に受ける。
「あのお兄ちゃんがやったんだね。」
「ああ、そうだ。俺達とお前達をここに連れてきたあいつ等がやったんだ。そうだ、お前に一つ仕事をやる。町中に触れ回れ、勇者が魔王を倒したと、この町中に教えてやるんだ。」
「はいっ!」
ひときわ大きな声で返事をして、その子供は駆け出した。
「魔王が倒れたぞ、勇者が魔王を倒したぞー!」
その声が届いた所から、更に新しい声が広がった。
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無事に光の宝玉を手に入れた俺達は、魔法で外に脱出した。太陽の光が眩しい。さらに転移の魔法でノイエブルクへと戻る。 ノイエブルクの城下街の入り口では近衛騎士が待っていた。いつ俺達が戻ってきてもいいように交代でずっとここにいたそうだ。それから近衛騎士の護衛に囲まれて城下街を進む。護衛がいなくては一歩も前に進めないほどの人の集まりだ。何とか城下街を抜城に入る、国王ライムント16世が二階への階段の下で俺達の帰りを待っていた。
『おお、勇者アレフよ、そなたこそ勇者の伝説を継ぐ者だ、此度の偉業に対して余から褒美をやらねばならぬ。もしそなたが望むのなら我が王位を譲り、この国を治めるがよい。どうじゃ、そなたはそれを望むか?』
ラルス16世のその言葉に、この場に並ぶ半数以上の者の表情が曇った。
「いけません、陛下。王位継承権もない者に王位を譲るなど、そのようなこと前例がありませんぞ。」
並んでいた貴族の一人が異論を述べる。まわりの者達もそれに同調するかの様に頷いている。
「ふむ、では我が娘をやろう。そうすれば正式に王位継承権を与えられるだろう。国務大臣、それに相違ないか?」
「御意、現在直系の王位継承者もおりませぬ故、やむを得ないかと存じます。」
驚いたことに国務大臣ホフマンスがあっさりとそう言った。多分ライムント16世とホフマンス国務大臣の両者の間で何らかの話がされたのだろうか?
「だ、そうじゃ。どうだ、余に代わってこの国を治めてくれるな?」
ライムント16世の視線が改めてアレフに向かい、返答を求める。
「いいえ、この国を治めるに相応しい者は他にもいます。それに僕の治める国があるなら、それは僕自身で探します。」
「そうか、それは残念じゃ。しかしそなたが新しい国を治めるとなると、このノイエラントを切り取るしかあるまい。それは新たなる流血の道を望むことになるがそれでも構わぬのか?」
ライムント16世の目が細く鋭くなりアレフを見据える。アレフはその視線を正面から受け止めて言葉を続ける。
「いいえ、。ある人から聞いたことがあります。世界は唯一つではないと。ならば、どこかにその世界があるはず。僕はその世界を探してみようと思います。」
「なるほど、そなたの決意は固いようじゃ。そなたになら娘をやってもよいと思っておったのだがのう。実に残念じゃ。」
俺の視界内にいる貴族達の表情がめまぐるしく変わる。憤激から同意、また憤激、殺意、そこから安堵、勇者と国王の言葉の度に顔色が変わる。
「僕のこれからの道は険しく、望まぬ者を連れてはいけません。もし新たなる国を興したその時には、ローゼマリー王女を正式に王妃に向かえに来ます。それでよろしいでしょうか?」
「はっはっはっはっは!よくもまあ余の前で言うた。よい、ではそうするとしよう。だがそう長くは待てぬぞ、ローザもいつまでも若くはないのだからな。」
ライムント16世が大層愉快そうにそう言った。周りの貴族の空気は全く気にしていないようだ。
「待ってください。」
階段の上から女性の声が聞こえた。全ての視線がその声の主に送られた。
「その旅にローザもお供しとうございます。このローザを連れて行ってもらえますね?」
ローゼマリー王女の爆弾発言に全ての者が言葉を失った。ローゼマリー王女の目がアレフに返事を求めている。
「いいえ、これからの僕の旅は厳しいものになると思います。とてもお連れできる旅ではありません。」
「そんな、ひどい。ローザはその覚悟が出来ています。このローザを連れて行ってもらえますね?」
ローゼマリー王女の言葉の後ろ半分は異論を許さぬ迫力があった。アレフの目がローゼマリー王女、その父ライムント16世を往復している。ライムント16世が目を瞑り、軽く首を横に振った。
「はい、分かりました。」
「アレフ様、うれしゅうございますっ!」
ローゼマリー王女がアレフに飛びついてその喜びを表した。俺はこうなるべく事を進めた。ガイラもマギーもこの結果を微笑ましく見ている。
「では話は決まったようじゃな。勇者アレフよ、娘のことは頼んだぞ。だが、ノイエラント以外の世界に行くにはいろいろと必要となるであろう。それらは余から贈らせてもらおう。それまではこのノイエブルクに留まるがよい。」
「いえ、そこまでしてもらうわけにはいきません。」
「遠慮はいらん、そなたの偉業に報いるには足りぬぐらいだ。それに娘を送り出す父親の気持ちを考えてくれ。」
「ありがとうございます。では喜んで受け取らせていただきます。」
「そうか、ではまず用意した晩餐をうけてもらおう。」
そしてその日は、夜通しで城下街全てを巻き込む晩餐となり、その間勇者アレフとローゼマリー王女は常に同じ場所にあった。